第5話 異世界転生の記憶
俺は夢を見ている。今朝見た悪夢とは別の悪夢だ。
そう、これは異世界に転生した日の事だ。
雨が絶えず降りしきる日、俺は道の交差点の真ん中で仰向けに倒れていた。
あれ、なんで俺はこんな場所で倒れているのだろう。
まずは起き上がる為、身体に力を入れようとすると痛みが走る。それならと首を横にゆっくりと動かして辺りを見渡してみる。
遠巻きにこちらを眺めている人、信号が青になっても走り出さない車、少し離れた所にある大きな袋、そして近くで流れる真っ赤な血を見て思い出した。
俺は信号無視をした車に轢かれたんだった。
◆
俺の名前は百瀬倫太郎。
入院した小学生の義妹の手術代を稼ぐ為に昼は大学で勉強、夜は工事現場でバイトしている。かなりハードなスケジュールだが、体力には自信があった。義両親にも止められているがなんて事はない。
本当の両親が事故で亡くなって、親戚を盥回しにされていた俺を見かねて拾ってくれたのが今の義両親だ。その娘の…義妹の為に力になれるならと思えば、俺は頑張れる。
見た目は目つきが少し悪く、知らない人からしたら強そうな奴だと思われる。恵まれた肉体には感謝しているが、勝手に恐れられるのも偶に傷だ。
俺は皆と仲良くしたい。
今日はクリスマスだ。雪も降っていてあたりが寒い。俺はこの日の為に予約してあった玩具屋へ足を運んだ。
予約していた物、それは大きな熊のぬいぐるみだ。入院している妹にクリスマスプレゼントは何が良いかと聞いたらこれを強請られたので値段を調べて予約した。
熊のぬいぐるみを包んで貰い受け取る。俺の身体の半分くらいある大きさなのでまあまあ重たい。両手で抱えながら頑張って運ぶ。
早く喜ぶ義妹の顔が見たくて信号が青になった瞬間に走り出した。そして横断歩道を渡ろうとしてそれは起こった。
横から顔を照らす眩しい光に目を奪われ、身体がその場で固まってしまう。かなりのスピードで近づいてくる車に俺は避けられなかった。
撥ねられてくるくると身体が宙を舞い、頭から地面に落ちてしまった。そして冒頭へと戻る。
「ぐっ…ぁ、まだ…死にわけには…いかないんだ。義妹が、待って…!」
(誰でも良い、俺を助けてくれ!誰でもいいから助けてくれよ!)
必死に周りの人達に伝えようとするがこれ以上は身体中の痛みで上手く声が出す事が出来ない。それでも相手に伝わる様に目を鋭くして睨みつける様に視線を送る。
だが、携帯を取り出している素振りはあるものの誰も耳に当ててる者は俺が見えている範囲にはいない。そして俺に近づいてくる人もいない。
もう絶望するしかない。頭がぼーっとしてきて視界がだんだんと狭くなってくる。そして眠い、物凄く。自分じゃ耐えられない程だ。
「ほな、み……ごめん。ぷれぜ、ん、とが…」
熊のぬいぐるみが包んであるプレゼントが雨で濡れてびしょびしょになっていく。病室で待っている義妹を思い浮かべる。今か今かとプレゼントが届くのを待っている筈だ。
(…大丈夫。今、兄ちゃんが持って行くからな)
歳の離れた義妹は身体が弱い。あまり感情を表に出す事が少ないが俺の側だと笑う事が多い。
向日葵のような笑顔をみると此方も何かと可愛がってしまうのだ。
渚は昔から甘えん坊で入院する前、家にいる間はずっと一緒ってぐらい酷かった。心残りは思えば思う程、増えていく。
ああ、これが俗に言う走馬灯ってやつか。
俺は意味もなく空に向かって右手を伸ばす。
考えている間も雨が容赦なく降りかかるが気にしない。もう時間が無い事が自分でも段々と分かってくる。体の震えが止まらない。
雨のせいか血が流れているせいか分からないがそろそろお迎えが来そうだ。
せめて死ぬ前に願う事にしよう。
「…しあわせに、なれよ…」
右手がアスファルトの地面へ落下する。暗くなっていく意識の中で一人は寂しいなぁと思いながら俺は眠りについた。
◆
長い間、深い眠りについていた様な感覚に違和感を覚え、目を開ける。
(なんだ…?俺は助かったのか?帆波に会えるのか!)
俺が目を覚ますとそこには巨大な女性が俺を上から覗き込む様に見ているではないか。咄嗟に身をよじろうとするが身体が上手く動かない。ガヤガヤとなんだか俺の周りでうるさい音が聞こえる気がする。
「この子が…私の子か…」
「あぁ、小さくて可愛いな…」
俺を抱き抱える大きな白い髪の女性。そしてその横にいる男性。その女性よりも大きな身体が視界に入った。
その男性は黒髪で日本人っぽい感じがする。反対に女性を見ると白い髪に赤い瞳、そして額には立派なツノが2本生えていた。
まさに俺が知っている知識の中で鬼という言葉が当て嵌まる。
「ふぇ?オギャァァア!!!」
(一体、俺はどうしたんだ?ツノ生えとるぅぅうぁぁ!!)
多くの情報が頭の中で駆け回り、取り敢えず気絶する事にした。