第49話 暴走
全身から力が漲ってくるのを感じる。薪を代償に願った力に身体が振り回される。
こうしている間にも魔力はどんどん消費され、足りない分は俺の自我を削っていく。
ーーー長くは持たない。オレが俺でなくなる前にアイツを倒す!
「あっははは!まずは小手調べだ!我が敵を燃やせ、アビスフレイム」
「…ファイアボール」
魔力、それに威力について力を取り戻している魔王の方に軍配が上がる、そう思われた矢先、アルバルトは魔法を放つのではなくその手に留めた。神々しく燃える炎は彼の手の中で更に燃え上がる。
襲い来る闇の波動が面だとすればアルバルトの火球は点だ。普通に考えればそのまま闇に飲み込まれて終いだが鬼人族として覚醒した彼の力はそれを凌駕する。
普段から無意識のうちに抑えていたその力は長き封印から解き放たれた。炎は闇を弾き返して更に勢いを増していく。
闇の波動が消し飛ぶとアルバルトの魔法も消滅した。魔法の残滓が周りに飛び散る中、彼の手には魔法を纏った大剣が握られている。
「エンチャント"灼熱剣"」
ふぅーと短い息を吐くとゆらりと揺れて魔王に近づいた。それは先程、アルバルトが魔王にやられるきっかけを作った歩行だ。
「ほぅ、面白い。ならこれはどうだ!"暗黒剣 絶"!!」
お返しとばかりに燃える剣をぶん回して斬りかかるがヘリオスも素早くその場から飛び退くと同時に折れた剣で応戦する。
再びぶつかり合う炎と闇。金属の音が辺りに響き渡り、物凄い風圧と衝撃で互いの武器は手から弾かれ別々の場所へ飛んでいく。
「ルゥァア!!!」
「ぬぅっ!?」
武器が弾かれると即座にアルバルトは拳を力一杯に握り締めて襲いかかる。
反応が遅れたヘリオスは咄嗟に腕をクロスして頭を守るがアルバルトの狙いはガラ空きになったボディだ。隙だらけの腹へ右足を突き出して蹴り上げる。
「ガハッ…!?」
ヘリオスは腹から背中に突き抜ける衝撃に耐えられず息を吐き出す。彼はくの字に曲がり空へと身体を放り投げられた。
それを追うようにアルバルトは足の指先に力を入れて建物の壁に飛ぶ。その壁を手と足の指で掴むと再び蹴り出し、ヘリオスへと接近した。
「舐めるなァッ!"空歩"!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
ヘリオスは飛びかかって来るアルバルトを目で確認すると、体勢を立て直して両足を何も無い場所だが思いっきり蹴る動作をする。パンッと空気が張り裂けた様な音を出せば彼の身体は物凄い勢いで落下した。
そう、空気を蹴って移動をしたのだ。
落下する自身の重さとスピードを利用して拳を前に突き出す。当たれば一溜りもない破壊を秘めた拳は鬼人族の力で強化された彼の拳とぶつかり合う。互いに振り抜かれた拳と拳は空気中とはいえ凄まじい振動を与え、2人の周りに残っていた建物がぐらついて一気に崩れ落ちる。
建物が崩落したせいで瓦礫が風圧で浮かび上がる。いち早く体制を整えたアルバルトは足元に浮かんでいた瓦礫を思いっきり蹴り飛ばしてまだ空中にいるヘリオスへ両手を組んで鉄槌を下す。その姿は釘をハンマーで思いっきり叩く仕草に似ていた。
「チッ、なかなかやるな」
ドゴンッと地面に叩きつけられた魔王は大の字に倒れたがすぐに身体を起こして立ち上がった。空から追撃を喰らわそうと落ちて来たアルバルトから距離を取って躱す。
「なんと凄まじい事だ…これが本来、アルバルトが手にする筈だった力だというのか…」
「ひははは、イヒヒ!…ァアアア!ユルサナイ、ユルサナイ!カノジョは、たいラさンハ、俺が!オレガァァァア!!!」
力を使う度に思考が曖昧になる。頭を振る。まるで狂気に飲まれる自分を振り払おうと、忘れてはいけない大切な存在を思い出す様にもがいていた。
「力に振り回されてもなお、此処までやれるかーーははっ、面白いぞ!もっと、もっとだ!もっと魅せてみろ!俺を楽しませろ!もっと、怒り狂ってしまぇ!!ハハハッ…!」
ヘリオスは嬉々としてアルバルトの成長を讃える。その表情は笑顔で歪んでいた。
そしてヘリオスは苦しんでいるアルバルトへ素早く近づくと全力でアルバルトの顔へ拳を振り抜く。
ヘリオスからの全力を受けたアルバルトは吹き飛ばされ、家屋に激突したがすぐに破壊した壁から這い出て来る。四つん這いの状態で各々の手足で地面を削り、口を大きく開けて弾丸の如く、ヘリオスへと迫った。
「オレガァアァア!!」
「ハハハ!……まるで獣だなっ!」
交差する拳の殴り合い。守りより攻め。躱す事よりも最早、相手に一つでも多く叩き込む事だけに集中している。
戦っているアルバルトの思考はぐちゃぐちゃになっていた。
ケルベラルの意識が流れ込んでくる。俺の意識と混じり合っていくのを感じた。
目の前の敵を倒す。あの名前もよく分からなくなった女を助ける。誰かに託された気がした。傷は治る。しかし、激しく動けば身体は痛みを増していく。痛みが快楽に変わる。痛みが憎悪に変わる。
もっと味わってみたくてみたくてみたくてみたくて…頭が割れそうになる。痛くて苦しくて楽しい。人と獣と鬼の本能が混じり合い、暴走し始める。
アルバルトは自分を突き動かす衝動を抑えきれず、自身の内から来る力に振り回されていた。
(ハハハ!どうだぁ?楽しいだろう、凄えだろう!これがテメエの中に眠っていた力だぁ!)
ケルベラルの幻影が耳元で囁く。思わず、頷きそうになるがそんな事はないと言い聞かせて耐える。違う、こんなに痛くて苦しい戦いに楽しくなんかあるわけがない。
「ヘリオスゥゥゥッッ゛!!」
「ふんぬぅうう!」
アルバルトの鋭い一撃が魔王の横腹を抉る様にぶつかる。ヘリオスはそれに耐え抜き、お返しとばかりにアルバルトの胸を打ち抜き、追撃で顔に拳を叩き込む。両者の激しい攻防が続く。
互いの一撃は並の冒険者なら喰らったが最後、最低でも意識を刈り取られるほどの威力を誇っている。倒れないのは意地だ。互いの意地と意地がぶつかり合い、いかに相手を早く屈服させるかが勝負の分け目だ。
「ダークバインド!!」
「グゥゥウウウ!!こんナ、モノがァァァァ!!」
ヘリオスがアルバルトに向けて闇の束縛魔法を放つ。雷が地面を走る様にジグザグに動きながら彼の元へ到達する。そしてその肉体を雁字搦めに拘束した。
神の魔力を持つ聖女マリアですら、抜け出すのに時間を掛けた闇の拘束をアルバルトは身体全身から魔力を噴き出す事で力任せに打ち破る。
「許さない、赦さない、ユルセナイ!!!」
狂った2人の戦いは肉が鈍くぶつかり合う音とその戦いには似つかわしくない笑い声が木霊する。
ぶつかり合う、殴られたら殴り返すという戦闘にアルバルトの自我はどんどん削られていく。手に伝わって来る生肉を叩く感触が気持ち悪くて仕方なかった。
ーーこのままでは勝てない。
俺は戦いの中でそう実感した。
ヘリオスに向かって殴りつけた拳は自身の耐久性を遥かに超えており、当たった瞬間にひしゃげてしまう。
だが、覚醒した鬼人の力で数秒で治る。
ーー痛くて辛い。でも、なんだか楽しくなっている自分がいた。
顔面を打たれ、鼻の骨が折れる音が脳内に響く。これ以上はヤバい。身体は既にボロボロだ。
だが治る。まだ、治る。
ーー気を抜くと暴力の嵐が来る。
………楽シカッた!
無意識の内に閉じ込められていた鬼人の力は凄まじい。だが、魔力には限界がある。
こうしている間にも治す度、攻撃する度に魔力は消耗している。自分の理性が削られて人の心が、魂が欠けていく…。
既に限界だったアルバルトの魔力は残りわずかだった。
吸収したケルベラルの魔力と普段無意識に溜めていた魔力が鬼人族本来の姿を取り戻した事で多少は回復していたが、それももう底をつきかけて来ている。彼の精神も限界に近づいていた。
次第に魔力に終わりが見えてくるとアルバルトの動きもぎこちなくなっていく。魔力が枯渇している為か、視界も段々と狭く、身体を動かすのが苦しくなって来た。
ーーでも、絶対に負けるわけにはいかない。
負けてはならない。今は思い出せなくなってしまった大切な誰かをこの手で守るまでは!
「あっははは!楽しかったぞ、我が息子よ!これで終いにして……なにっ!?」
「……やっと、ツカマエタ」
最後の力を振り絞り、顔面に刺さる拳を押し返して彼は魔王に抱きつく。膨張した両腕でヘリオスの腕を押さえつけて身動きを取れなくする。
これが今、アルバルトに出来る精一杯だ。
「このはな、せぇえ!!」
「はなスかァァアア!!」
アルバルトがヘリオスを捉えている時、アルバルトの右手から輝く強い光が発光する。
光り輝く3本線から描かれる紋章は右手に現れている。その光に気付いたヘリオスは叫ぶ。
「なん…だと、その紋章は!勇者召喚は確かに潰した筈だ!」
力任せの拘束から何とか片腕が抜けたヘリオスはアルバルトに向けて拳を握る。
「いい加減、離せ!アルバルトォォオ!!」
振り抜いた拳はアルバルトの顔面へ向かうが、その拳ごと手のひらで掴んで握り潰した。アルバルトは燃える己の右手を目一杯まで握りしめて、苦痛に歪むヘリオスの顔面へと叩き込む。
「くたばれェ!ファイヤー、ハンドォオオオオオオ!!」
「……ガッ!!?」
吹き飛ばされたヘリオスは何度か地面にバウンドした後、何とか着地すると鼻を押さえて鼻血を止めようと試みるが、なかなか傷が癒えない。
そこへ好機と見たマリアが魔法を行使する。
「動きが止まった!今なら…!光の炎よ、我が敵を焼き尽くせ!ホーリーブラスト!!」
杖により増幅した光の魔法がヘリオスを捉えた。ヘリオスは顔の前に腕を組んで光の渦に耐える。真っ白く輝く光はヘリオスの身体を焼き焦がす。
眩い光が終わり、視界が回復すると目の前には身体中から煙を上げるヘリオスがいた。
「…まさかこの俺が膝を着くとはな。力を取り込んだばかりで完全とは言えぬがここまでとは思わんかったぞ!……このまま勇者の力と聖女まで相手にすると少しばかり面倒だ。やはりあの時、遊ばずに聖女を仕留めておくのだった」
グゥと口から小さな悲鳴を上げて膝をつく。まだ立ち上がるのが難しいと悟ったヘリオスは顔だけ上げ、愛しい息子のアルバルトへ声を掛けた。
「俺の力も取り込んでいる…それに女神の力も……興味深い。お前がどちらの力を選択し、どちらの道へと歩み寄るのか……猶予をくれてやろう。お前が再び俺の前に現れるその時までこの地は滅ぼさん。魔大陸でお前を待つ。そして俺を…」
最後に何かをボソッと呟いてヘリオスは自身の影に身を潜める。一瞬だけ垣間見たヘリオスの表情はその対面にいたアルバルトにしか見えなかった。
「ニガスカァアアア!!」
アルバルトは地面を強く踏み込んで飛ぶ。力の暴力ともいえる拳が影に沈むヘリオスに迫るが後一歩の所で空振りに終わった。
魔王が消えた事によりあちこちで襲撃をしていた魔物や魔族が影へ沈んでいく。どうやら撤退したらしい。戸惑いの声はあるものの攻撃がないと分かると戦っていた冒険者の大きな雄叫びが聞こえた。
聖女マリアも安堵の息を吐いた。
「…どうやら魔王は撤退したみたいですね。まだ脅威は去っていませんが…」
マリアが見つめる先には鬼の力に暴走するアルバルトの姿がある。
「嘘…あの右手の紋章はまさか…聖痕!?」
迫る脅威に全身から汗が流れる。そして何より勇者の紋章がある事にマリアは頭を悩ませた。
アルバルト
もう、これ以上ナニモ失わせない。アイツだけは絶対にユルシテオケナイ。
ヘリオス
息子の成長が見れて嬉しい。
……光と闇、果たしてお前はどっちに転ぶのか…今から楽しみだ!ーーなぁ、アルバルト?
マリア
何とか魔王は退けました…ですが、まだ終わりでは無い様ですね。
ヴィーラ
まだ脅威は去っていないが、果たしてアレを私が抑えられるのか…?
◆
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