第48話 集う者達
アルバルト達と魔王がぶつかり合う少し前、逃げ惑う人々に押されて広場から脱出したハルゲルの姿が冒険者ギルドの前にあった。
俺は死角から襲いかかって来る魔物にメイスを振り回して倒す。物が潰れた嫌な感触を確かめて顔を顰める。
……魔物の動きがおかしい。統率が取れ過ぎている。
原因を探せとなれば、心当たりはある。しかも俺の目の前にいるとなれば、それに向かって一直線に駆け出したが、行手をさっきから邪魔されて阻まれる。
「くそっ!次から次へと魔物共が来やがる。やはりあの敵をどうにかしなきゃ駄目だな」
ハルゲルは孤児院の子供と妻を引き連れて冒険者ギルドに向かった。そこには戦えない子供や大人達がギルドの地下で匿われている。
そこに襲撃をかけてきたのは魔物を引き連れた魔族の存在だ。ハルゲルの前には大きな肉包丁を構えた魔族がいた。
俺が魔物をメイスで倒していると不愉快な声で笑う魔族が近付いてくる。汚い唾を飛ばして来る敵にメイスを構える。
「ぶひひひひ、そこを退け人族。そこに美味そうな人族の子供が沢山いる事は知っているんだ。なんたってそこの建物に入っていくのを見てたからな!」
不愉快極まりない笑い声を上げるのは豚がいた。全身は毛で覆われ、申し訳程度に腰巻きがされており、手には大きな肉包丁が握られていた。
「…お前は一体何者だ」
「ぶひぃ、オレはファイアボアから進化した魔族、ヒートオーク様だ。柔らかい肉が大好きでな。美味そうな人族の子供を食ってやろうと来たわけだ」
「お前の様な魔族と魔物が何でこの国へ入れたのかは知らねえが、俺の家族には指一本触れさせねえ!」
ハルゲルはヒートオークと名乗った魔族を見据えて武器を構えた。こういう敵は見た目で判断してはいけない。下手に侮れば足を掬われる。長年、冒険者をやっていると自然と身に付いてくる勘を信じる事にした。
「くそっ、広場にいるアルバルト達も助けに行かなきゃ行けねえのにこんな所で魔族を相手にしてる場合じゃねぇ!」
「ぶひひ、広場にはオデ達の中でも魔王様に力を特に与えられた魔族がいる。そんな人族如きが敵う相手じゃないぶひ」
笑う豚を尻目にハルゲルはスキルを使い、ヒートオークへ攻撃を仕掛ける。
「笑ってられるのも今のうちだぜ!"荒れ狂う衝撃"ッ!」
「ぶひひ、"粉砕"」
パワーで押し潰そうとするハルゲルに対してヒートオークもパワーで対抗し、相殺する。
「俺の威力を殺されただと…!」
「人族の癖になかなかやるな。なら、こうしてやる!」
ヒートオークが指先で輪っかを作り、それを口に持っていく。そしてピーッと指笛を吹くとヒートオークの周りにファイアボアという牙が長くて鋭い猪が集まった。
「いけ!手下ども!」
「「ブギギギィィ!!」」
ヒートオークに命令されたファイアボア達は次々とハルゲルに飛び掛かった。ハルゲルはメイスを強く握りしめ、襲いかかるファイアボアの動きを冷静に捌いていく。
ファイアボアの魔石は額についているので頭を攻撃すれば倒せる。それは魔族に進化したあのヒートオークも例外じゃねぇ。その証拠に弱点である魔石は奴の額に付いている。
額の魔石を壊されたファイアボアは動かなくなるが続々と魔物は襲いかかる。
「ブギギギィ!」
「クソォ、数が多過ぎる!!」
流石のハルゲルも多勢に無勢か、数が多くなるファイアボアを捌き切れなくなっており、身体にはかすり傷がどんどん増えていく。
ついにはハルゲルの身体にファイアボアの牙が突き刺さろうとしたその時、何処からか鞭が飛んで来て魔物を叩き落とした。
「全く、無茶するんじゃないよ。それっと…!」
鞭を使った人物はハルゲルの妻、孤児院のシスターを務めるラーナであった。
ラーナが鞭を振るえばファイアボアの額にある魔石が割れる。そしてラーナは鞭を思いっきり地面へ叩き、バチンッという音を出して周りを威嚇する。
「そこだ!」
足が止まった魔物達を一刀両断したのは王都エウロアエの冒険者ギルドの長、ギルドマスターであるマルダだ。
「すまねぇ、助かった」
「気にするな。現役を引いたとはいえ元Aランクの実力を甘く見てもらっては困る。まあ、魔力はもう殆ど残ってはおらんがな」
「魔物は私達に任せな。子供達が腹を空かせてるんだ。さっさと終わらせるよ、アンタ!」
「ああ、背中は任せぞ!こっちはすぐに終わらせる」
マルダはどこからきても良いように武器を構え、ハルゲルとラーナは背中を合わせる。ハルゲルはヒートオークを、ラーナはファイアボアを見据える。
「ぶひ、もう少しで嬲り殺しに出来たのにつまらねえぶひ。まあ、今度こそ俺の手で粉々にしてやるよ」
「出来るもんならやってみろ!俺はBランク冒険者!ハルゲル様だぁぁあ!!」
ハルゲルは目の前の敵に向かって走り出す。ファイアボアも動くがラーナが鞭で叩き、引き寄せる。それでも鞭の間をすり抜け来る魔物をマルダは一太刀浴びせた。
ヒートオークが肉包丁を出鱈目に振り回す。ハルゲルは冷静に見極め、足を使って躱した。
「オラァ!」
「ぶぎぎぎ!」
魔族に接近したハルゲルはメイスで魔族の頭に攻撃するがヒートオークは自分の太い腕を使い、身を守る。
メイスが腕に弾かれると同時に肉包丁が飛んで来たのでハルゲルは首を捻って躱す。
ひとまず後ろに下がった。呼吸を整える。
ハルゲルの頬から血が流れる。どうやら躱しきれなく、薄く切ったらしい。だがヒートオークの方は守りに使った片腕が上がらなくなっている。これはチャンスだ。
「次で決める!」
「人族がぁ!調子に乗るんじゃねえ!!」
再び、ハルゲルは距離を詰める為に武器を構えて走り出す。血管が千切れそうな具合に怒り狂うヒートオークは先程よりも速く鋭く肉切り包丁をがむしゃらに振り回した。
チッ、あの巨体の癖に意外と速い。今は耐えろ、あんなに動けばいずれ疲れて動きが鈍る筈だ。その隙を逃すな。
ハルゲルは躱すのが精一杯でなかなか前に進むことができない。ヒートオークはハルゲルの足が止まったのを確認し、スキルを使う。
「ぶひひ、終わりだ。"粉砕"!」
相手を破壊する為に発動したヒートオークの強打がハルゲルに襲いかかる。
これを無防備で受けたら最後、俺の身体はミンチになるのは間違いない。そう思う程の一撃を繰り出して来やがった。
…関係ねえ、俺は俺の最高の技で迎え撃つ!
「"荒れ狂う衝撃"!」
風を、音を切り裂いて迫るヒートオークの刃にメイスをぶつける。
「……重い。でも、負けられねぇ!"パリィ"!!」
そして刃の側面をメイスで綺麗に受け流して地面にぶつけさせる。スキルで強化された肉包丁は地面にぶつかり、大きく抉った事でその時舞い上がった土や砂が2人にも飛んで来た。
ハルゲルは飛んで来る石などを予測し、腕を顔の前で覆って砂粒などの侵入を防ぐ。無防備であったヒートオークは砂などがモロに目に入り、たまらず武器を手離して目を拭った。
「ぶぶぶぶ、痛ぇっ!」
それはハルゲルの狙っていた最大の隙だった。
「ふっ!」
ハルゲルは体勢を低い状態で駆け寄り、高くジャンプする。砂が取れたヒートオークは目を開けると目の前にはメイスを振りかぶったハルゲルの姿が。咄嗟に動ける片腕で額についている魔石を守る様にガードする。
「うぉおおおおおおお!ぶっ潰れろぉぉお!!"荒れ狂う衝撃"!!」
「ぶ、ギィイヤァァァアア!!!??」
ハルゲルのスキルがヒートオークへ炸裂した。力任せの一撃はガードしている腕ごと押し潰す。そしてそのまま振り抜くとヒートオークは地面に倒れ込んだ。
「愛する家族は俺が守る!」
「お疲れ様。こっちも終わったよ」
ラーナの方もファイアボア達を倒し切った様だ。地面に倒れたヒートオークの身体から黒いもやが発生する。そしてヒートオークの身体を包み込むと次には消えていた。
ハルゲルとラーナは突然消えたヒートオークを警戒し、周りを見渡すが他の冒険者も戦闘を終えている。問題は無さそうだ。
異変がない事を確認するとハルゲルは息を大きく吐いた。
手強かった。まさか魔族が現れるなんてな。しかも広場にはこれよりも強い魔族がいると奴は言っていた。あいつらが危ない。
ハルゲルは広場に残してきたアルバルトとレティシアを思い浮かべる。そしてそちらの方角を向くと空中で戦っている黒い髪の人物と白い髪の人物が目に入った。周りの冒険者達も目を奪われている。
「あれは…ここからじゃあまり分からねえ」
黒い髪はアルバルトなのか?白い髪の方は見た事がねえ。行ってやりたいが此処には子供や妻もいる。
増援に行こうかどうするかハルゲルが悩んでいるとラーナに背中を強く叩かれた。
「イッ!」
「何してんだい、此処は私に任せて早く行ってやりな。周りには強い冒険者やギルド長だって居るんだ。それに私が惚れたアンタはどんな時でも仲間を大切にしていた。なら彼らを助けて来るぐらいしてきな!」
ハルゲルは叩かれた背中を触りながらラーナに向き直る。
「…そうだな。俺が惚れた女にはカッコ悪い所なんか見せられねえし、子供達にも笑われる。ミミにも泣きつかれたしな」
もう一度、ハルゲルは広場の方へ向く。空中には先程の人物の姿はない。
「行ってくる。任せたぞ」
「いってらっしゃい。無事に帰ってくるんだよ」
「此処は俺に任せろ。ギルドマスターの威信に賭けてもこの場の誰一人、欠けさせはしない!」
信頼する仲間の言葉にハルゲルは走り出す。自分が置いてきてしまった未来ある若者を救う為に。ラーナはそれを見届けて冒険者ギルドの中へ足を運ぶ。子供達を安心させる為だ。マルダも残っている冒険者に指示を出して辺りの警戒に務める。
◆
聖女マリアと聖騎士長ヴィーラは長い髪を靡かせ、魔王を追って女神広場まで来ていた。道中に怪我をした人々を治療していた為、遅れてしまった。
2人が到着するとそこには目を疑う光景だった。
「…聖女様。これは一体」
「魔王が此処に居るのは分かりますがアレは…まさか鬼人族!?」
2人の目線を追えば対峙する魔王と鬼がいた。国を守る為の結界として役目を果たす女神像は跡形もなく破壊され、瓦礫が散漫している。
そんな中、多種族が恐れている鬼人族と今回の騒動の黒幕である魔王が戦っているのだ。驚くのも無理はないだろう。
なにより彼らから感じる魔力の圧が周りの空気を支配する。
そんな彼らの傍にはペタリと座り込んでいる狼人族が1人いた。レティシアである。
「ヴィーラッ!彼女に守りを!」
「はっ!"聖域展開"!!」
ヴィーラは動けない間、魔力を回復する事に専念し、少しだが魔力は回復していた。
ヴィーラのスキルは自分の魔力を使い、ダメージを肩代わりさせるという能力だ。ヴィーラ本人が解除するか魔力が切れるまで効果は持続する。
聖域の光に包まれたレティシアはぼうっとして動かない。
魔王と鬼の戦いに目を奪われている?いや、目線は鬼の方を追っているみたいだ。
長く真っ白な髪に額から生える禍々しい角、そして血の様に赤い瞳は人族などに恐れ語り継がれている鬼人族と特徴が一致する。
「何故、此処に鬼人族まで…」
「分かりませんが我々が今、あの戦いに参加すれば双方から狙われるかも知れません」
「…つまり、あちらが動くまで此方は手が出せないって事ですね」
まさかの存在に声を荒げるヴィーラに対し、マリアは冷静に状況を観察する。
「ヴィーラ。あの2人が戦い出したらあの少女の元へ行きますよ」
「御意」
マリアの提案をヴィーラは即時に飲み込む。ヴィーラもまずはあの激戦区にいる少女を救うという事は認識している。
果たしてどちらが動き出すのか、それとも我々に気づいて襲いかかるのか。彼らの動きがあるまでは動けない。
いつ動いてもいいように意識を集中させる。ヌメリとした嫌な風が頬をくすぐった時、魔王と鬼は動き出した。
先に仕掛けたのは魔王だ。あの場にいる鬼と少女ごと吹き飛ばす為に闇の魔法を使う。
「アビスフレイム」
王城で見たエウロアエ王と対峙した時に使った技だ。凄まじい闇の波動にマリアは身体を震わせる。
「ファイアボール」
対して鬼は少女を庇う様に前に立つと片手の手のひらを前に向け、初級魔法を唱えた。
ぶつかる闇と火。初級魔法であの強烈な闇を祓えるはずがないとマリアは感じだが次の瞬間、驚愕する事になる。
火の球は鬼の手から離れず、その手に留まっている。それが迫る闇の波動を切り裂くなんて誰が思った事だろうか。
驚くのはマリアだけではない。魔王の顔も驚きに染まっている。
そしてその隙を見逃さない鬼は魔王の側へ一気に近づくと剣で襲い掛かる。鍔迫り合いの末、お互いの武器が手から離れるとアルバルトは魔王を空へと蹴り上げた。
空に打ち出された魔王。それを追うように建物の壁に飛び移りながら移動する鬼を横目にマリアはヴィーラに合図をした。
「今です!」
「はっ!」
マリアの合図と同時にヴィーラは走り出す。この好機、見逃す訳には行かない。
2人は未だに座り込んでいる少女へ走った。随時、空中で戦っている彼らに気を配りながら。
レティシアの元へたどり着いたマリアは素早く治癒魔法を掛ける。レティシアの傷具合をみてマリアは顔を顰める。
「…傷が思ったよりも多い。此処で治療は危ない。ヴィーラ!」
「おまかせを!さあ、お嬢さん。此処からすぐに離れましょう」
放心状態のレティシアを抱えて離れる。抱えられて戦場から離れるレティシアだが顔は鬼人族へ変貌したアルバルトに固定されていた。
そして戦いの余波が届かない場所まで移動すると引き続きマリアは治癒魔法をレティシアにかけて治していく。
激しい戦闘で傷つけられた傷は治癒魔法を当てられた箇所から治っていく。それと少しだけ魔力をレティシアに分け与える。
神秘的な光景にも目を向けず、ずっと鬼を見ている。心此処に在らずな感じだ。
マリアとヴィーラはきっと誰もが恐れる鬼人族と魔王の登場によって考えが追いついていないだけだと判断して自分達もその存在に意識を向けた。
「…酷い」
「これが人の戦いというのか…」
ぶつかり合う白と黒の影。いつの間にか地面で激突している。互いに笑いながら殴り合う壮絶な光景に2人は言葉を失った。
ハルゲル
ベテランのBランク冒険者。二つ名は潰し屋ハルゲル。毎朝、鏡の前で頭をツルツルに磨き上げているオシャレな男。
「これはハゲじゃねぇ!剃っているだけだ!」
ラーナ
ハルゲルの妻で孤児院を経営する美人ヤンキー系シスター。過去に冒険者として名を馳せていたが引退、当時パーティーメンバーであった仲間想いのハルゲルに惚れた。鞭の使い手である。
「子供達は私が守る」
マルダ
王都エウロアエの冒険者ギルドのマスターであり、元Aランクという凄腕の男。下や上から来る問題ごとにいつも頭を悩ませている。最近の癒しはティータイムで香りの良い紅茶を飲む事、それを邪魔すると彼の胃は壊れるだろう…
「胃が痛い…何だこの騒動は…」




