第44話 ケルベラル討伐戦3
まるで運命に導かれる様に各々が女神広場へ集結していく。
その場所ではケルベラルの暴力に崩れ落ちる寸前だったレティシアがいた。それを疾風迅雷のごとく助けたのは彼女の父親、タイラの姿がそこにはあった。
「オイ…テメエは何者だ?俺の目でも一瞬、姿が見えなかったぜ」
ケルベラルの身体をよく見ると腕から血を流している。それに気付いたケルベラルはすぐに固めて止める。一体いつ?何故、血を流したのか、傷口からいって斬られたのは間違いない。それに気付けなかった自分にケルベラルは憤った。
しかし、ケルベラルは冷静さを欠かずに警戒をしていた。此処には人族や獣人共が沢山いる事は分かっている。こうして戦っている間にも次々と応援は来ると予測している。
だが、ケルベラルには魔王から貰った力があった。それに自分には魔物として育ってきた勘と経験がある。だから何が来ても負けるなんて考えなかった。絶対的な強さを持つ自分は捕食者であり、相手は皆、被食者だと思い込んでいた。
その考えが今、打ち砕かれようとしている。頭の中ではガンガンと凄まじい警報を鳴らし続けていた。
姿が見えなかった。それもある。それもあるが、あの女にトドメを刺そうとする瀬戸際、横から間に割って入り、女の武器を取り上げて俺の体に傷を付けた。
ケルベラルが一瞬のうちにそんなあり得ない芸当をしてみせた男を警戒するのは仕方ない事であった。
「僕の名前はタイラ。此処にいるレティちゃんの父親だ。犬っころ、よくも嫁入り前の大事な娘に傷を付けてくれたな!絶対に僕はお前を許さないぞ!!」
タイラはレティシアを腕の中で抱き締め、怒りを強く露わにする。初めて見るタイラの動きにレティシアとアルバルトは動揺を隠せていない。この場で誰よりも早く動いたのは紛れもないタイラなのだから。
「お父さん、なんで……」
「遅くなって済まない。早くアイツを倒してレティちゃんのお誕生日会をしよう。その為に今日までアルバルト君と一緒に準備していたんだ」
レティシアはなんで此処に?どうしてそんな動きが出来るのかを聞こうとしたがタイラの早口によって話を遮られてしまった。そしてレティシアに微笑み掛けながら喋る。
「ちょっと待っていなさい。此処にはまだ動けない人も多い。まずはそれを片してしまおう。あ、武器はちょっと借りるよ」
タイラはレティシアの短剣をもう一本、彼女の手から取るとタイラ達の姿がまた消える。アルバルトの目の前に風が吹いたと思えば、タイラがそこにいた。
「アルバルト君、娘を守ってくれてありがとう。それとレティちゃんを頼むよ。此処からは僕に任せてくれ」
そう言い放ったタイラさんは血を吐きながら俺にレティシアを託す。弱々しい彼女をそっと受け取ったが、俺も此処で引く訳にはいかない。
任せろと言うタイラさんだがこの人は病弱だ。決して無理をしていい身体ではない。少しでも負担を減らす為、今も吐いた血を拭っているタイラさんに話し掛ける。
「俺もまだ戦えます!タイラさんだけが戦うなんて無理だ。それは見てれば分かる!」
「…大丈夫さ、血はちょっと吐いているが最近は身体の調子が何故か良いんだ。安心して任せて欲しい…これでも昔は結構やんちゃしてたんだぜ?」
タイラはケルベラルと向き合う。再び姿が消えたと思えば、周りにいた冒険者達を戦場から遠ざけていた。それを目の当たりにしたアルバルトは胸の中にある小さな温もりを大事に抱え直してその場から離れる決断をした。
「やっと終わったか?でもテメエの動きは見切ったぜ」
ケルベラルが何もしなかったのはタイラの動きを見る為だ。例え姿が追えなくても匂い、足の運び、筋肉の動き、視線の位置、空気の流れをこの短期間で覚え、記憶した。ケルベラルはそれを瞬時に考えて予測する。これが野生で培った魔物としての経験の力だった。
「いやいや、悪いね。待たせてしまったみたいでさ。でもね、本当に僕の動きについて来れるの?」
スッとタイラの姿がまた消える。ケルベラルは風の動きや匂いなどから予測して腕を振るった。鋭い爪とナイフがガチガチと鍔迫り合っている。
「へぇ、嘘じゃないみたいだね…」
「へっ、動き方を見れば分かるぜ。テメエもアイツらと同じ様にボロボロにしてやるよ」
ケルベラルは不敵に笑ってアルバルト達を血の剣で指し示す。タイラはその行動に内心、怒りの度合いを上げた。
「僕の前でいい度胸してるね君は…もう良いや、すぐに終わらせようか」
一旦、タイラはケルベラルから距離を取る。そして前のめりになり、短剣を胸の前で構えると自身が誇る技を繰り出す。
「"我狼"」
「…なっ!?」
タイラが技を繰り出した瞬間、ケルベラルの視界からタイラの姿が消えた。ケルベラルはタイラの動きを見切る為に注視していた。だが今度は予測が出来なかった。先程とは比べ物にならない程の速度でタイラが移動したのだ。
ここまで速く動かれては匂いも空気の流れもぐちゃぐちゃになって予測が立てられない。
ケルベラルは焦り、悪足掻きとばかりに手当たり次第に攻撃をし始めた。
「駄目だよ。闇雲に腕を振るってもそんなじゃ、僕には追いつけない…!」
ケルベラルの前にタイラの姿が現れる。また一瞬の出来事だ。ケルベラルはいきなり目の前に現れたタイラに驚き、身体を硬直させる。硬直させてしまった。タイラはその手に持っている短剣でケルベラルの魔石をいとも簡単に破壊する。
「アァアアアアァァァァア!!!」
ケルベラルは自分の核となる魔石を破壊された事に気付き、雄叫びに近い悲鳴を上げる。
ケルベラルの身体は身体中を針で刺すかのような激痛が何度も走り抜け、大きな声を上げた次の瞬間には倒れていた。
短い間、意識が飛んでいたケルベラルが再び取り戻した頃には身体全身に黒いもやが纏い始め、それが徐々に身体を蝕んでいった。
「何故だ何故だ何故だ!俺は魔王様から力を貰ったんだぞ!何故、テメエなんかがこの俺を倒せるんだよォ!」
「そんなの決まってる。僕の天使を傷つけたんだ。ならお前なんかに負けるかよ。父親舐めんな」
タイラはケルベラルの状態を見て、抵抗ができない事を確認すると背中を向けて娘の元へ歩いていく。
「ごめんね、アルバルト君。さあ、早く此処から離れよ……ガッ、ガハ、ゴホゴホ!!」
「タイラさん…!」
「お父さん!!」
「あ、あはは。ちょっと無茶しちゃった様だね。ゴホッゴホッ…もう、大丈夫だ」
タイラは先程の激しい動きの反動で膝から崩れ落ちて地面に血を吐いた。それを片腕で乱暴に口元を拭うとゆっくりと立つ。
「まさか、あれ程強かったケルベラルがこうもあっさりと倒れるなんて…」
黒いもやが体全体を覆い、最早包まれていないところは魔石があった胸元と顔ぐらいしか残っていない。俺は意を決してまだ至る所に痛みが走る身体を動かしてケルベラルに近づく。
「よォ、何だよ。今度はトドメでも刺しに来たのか?いいぜ、ヤれよ。俺はもう長くねえ…ヤるなら最後はテメエの手でやってくれ」
「……ケルベラル。悪かった、お前らの誇りを汚しちまってな。これは俺の罪だ。だからせめて俺の手で逝ってくれ」
手に持った大剣をケルベラルの胸元の上で掲げる。
「人を殺したお前は許せないが元々は俺が原因だ。お前が殺した人もお前の事も俺は絶対に忘れない。忘れたとしても思い出す。それが俺の罪であり、償いだ」
「けっ、そいつはいいや。俺もお前という存在を魂に刻み込む。例え生まれ変わってもお前という存在をこの手で葬るまで追い続ける。その呪いをお前に掛けてやるよ」
手が震える。剣を持つ重さで震えているのか。それともこれからトドメを刺そうとするケルベラルを俺は殺したくないのか。その判断が俺自身にも分からない。迷いを断ち切って剣を握る手に力を込めた。
「なら次は必ずお前に勝つ。またな、ケルベラル」
「必ずその喉元を噛みちぎってやるぞ、アルバルトォ…!」
胸に向かって構えていた剣を突き刺す。突き刺すと同時にケルベラルの身体は全て黒いもやに変わり、それが俺の中へ入り込んで来る。
「グッ…何だこれは…」
「アルバルトさん!大丈夫ですか!?」
「大丈夫かい!?まさかあの状態から何かされて…」
「いや、大丈夫だ。少し胸が苦しくなっただけでもう治ったから」
黒いもやが俺の身体に入り込んで来た瞬間、ケルベラルの記憶が流れ込んできた。まるで俺を忘れるなという意思が入り込んでくる様であった。
前のめりになっていた身体を起こす。此方を心配そうに見ているレティシアとタイラさんに笑いかけ、何でもないと伝える。
レティシアが傷だらけなのとタイラさんの体調を見て、前に買っていたポーションを魔法袋から取り出して渡す。買っておいて正解だった。
「これを使ってくれ。2人ともボロボロだ」
「いえ…私は大丈夫ですからアルバルトさんが使ってください。今の私よりも酷い傷です」
「いや、見た目ほどの深くはないから大丈夫だ。だから使ってくれ」
しっかりと相手の目を見て伝える。鬼人族である俺はこの傷だったら今の魔力で治す事も可能だ。何もしなくても自然治癒能力が高いので今も徐々にだが、癒え始めている。
「レティちゃん、彼の好意に甘えておこう…僕らも傷付いた冒険者達を早く治療しなくてはいけないからね」
タイラはアルバルトから渡されたポーションをレティシアにも配る。それを一気に煽る様に飲み込むとレティシアの体調も少しだけ回復した。
「ポーションには魔力も回復させる薬草が少し入っているからレティちゃんの体調も少し良くなったみたいだ。本当にありがとう、アルバルト君」
「いえ、こちらこそ助けて頂いてありがとうございます。早くこの場から離れよう」
「そうですね、彼らも運ばなくてはいけませんし…」
レティシアの目線を追うとタイラさんが避難させた冒険者達がいた。動けるまで回復した人は何人かいるがまだ生きてはいるが深い傷を負っているものもいる。早く治療しなくてはいけない状況だった。
俺達は何とか動ける冒険者に声を掛け、傷が深く動けない冒険者を一緒に運んでくれないかと伝える。
彼らも途中からリタイアして悔しかったのか、任せろと快く引き受けてくれた。
俺達も手伝おうとしたがやんわりと断られる。どうしてだと聞けば、返答が返ってきた。
「アンタ達は命の恩人だ。アンタ達にこれ以上負担はさせたくない。まだ動ける俺達が運んでいくよ」
彼はそう言って運んでいく。彼に後ろに続く様に続々と怪我を負った人に肩を貸しながら歩き始める冒険者達がいた。
俺達はそれを見送るとお互いに向き合い、これからどうするか話し合う。まずは薬が置いてあるアリーダのお店に行き、薬を貰う。それからまだ戦っている冒険者に手を貸していこうと話は纏り、お誕生日会はその後だとなった。
これにはレティシアも賛成を示した。やる事が決まり、いざ行こうと踵に力を入れたその時、頭から足の先を突き抜ける様なプレッシャーを感じた。
そう、まだ脅威は去っていない。この日最悪とも言える存在が彼ら3人を捉えていたのだ。
「よう、久しいな。タイラとその娘よ。それからこうしてまた会えた事を嬉しく思うぞ…我が愛しの息子よ」
その男は屋根から飛び降りる。そこから飛び降りたら大怪我では済まない高さなのだが男は難なく着地した。
「"重力遮断"」
ズドンと地面へ落ちてきた男だが軽く足をぶらつかせ何でもないと思わせる意志を此方に示す。
「さて、それでは感動の再会といこうじゃないか!」
あはははははと男は両手を広げて笑い声を上げる。
アルバルトは無意識に握り込んだ拳に力が入る。かつてないほどの絶望が彼等に襲い掛かろうとしていた。
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