第42話 ケルベラル討伐戦1
「はぁ…!!」
「おっと危ねえ、なぁっ!!」
アルバルトが再び、ケルベラルに近付いて刃を振るう。当たれば大怪我では済まないだろう一撃をケルベラルは紙一重で避ける。
「逃しません…!」
そこへレティシアが接近し、胸元の魔石へと斬りかかるがケルベラルの血で出来た剣により阻まれる。そのままレティシアを弾き返すと真っ赤な剣を上から振り下ろした。
「ッ!…大丈夫か!!」
間一髪、俺が横から飛び込み、レティシアの身体を抱き寄せてケルベラルから距離を置く。後、数秒遅ければ間に合わなかったと思うと血の気が引いた。
「ええ、何とか…ですが、あの厄介な剣をどうにかしなくては…」
「そうだな、アレに俺達以外みんなやられちまった」
アルバルトとレティシアが2人きりでケルベラルと戦闘を始める前、周りにいた冒険者達はその凶悪なスキルの餌食となっていた。
それはこの戦闘が始まる前。
「ゲハハッ!さあ、第2回戦と行こうじゃねえか!」
ケルベラルが下劣な笑い声で周りを威圧する。冒険者達は魔族がスキルを使った事に動揺していたものの、直ぐに冷静さを取り戻してケルベラルの動向を探っている。
「さてまずは…お前だ!」
ケルベラルは自分から見て左方にいた冒険者に狙いを定め、自身の血で出来た刃を振るう。
ケルベラルの攻撃を此処まで凌いできた腕利きの冒険者は咄嗟に持っている武器で応戦するが、ケルベラルは血の剣を思いっきりそのまま上段から振り下ろす。
身を低くして武器で防ごうとした冒険者だったが血の剣が武器と接触した瞬間、血が固まって出来た剣は液体へと姿を変え、冒険者の武器をすり抜ける。そしてすり抜けた液体は再び血の剣に戻り、剣状に形を作った。
結果、目の前で起きた現象によって判断が遅れ、無防備な状態になった冒険者はそのまま肩から腹にかけて斬りつけられた。
「まず1人。次だ」
ケルベラルは1人を戦闘不能にすると次々と冒険者を襲い始める。レティシアとアルバルト、それから残った冒険者達は魔法やスキルを使い、互いを庇いながらケルベラルの猛攻を防いでいくが勢いはおさまらず、1人また1人と倒れていった。
アルバルトとレティシア以外が倒れるとケルベラルは攻撃を一旦止める。
「さて後はテメエらだけだせ。ゆっくりと痛ぶってやるからよ」
「…何だこれは強過ぎる」
あまりの惨状に心が折れそうになる。こんな化け物相手にどうすれば勝てるって言うんだよ。
「魔物から魔族に進化しても弱点が魔石である事は歴史から見ても変わらない筈です!」
アルバルトの挫けそうな心をレティシアが一喝した。
そうだ、落ち着け。諦めるなんて俺らしくない。こんな姿、リサーナや他の鬼人族が見たら笑われちまう。まだ希望はある。アレさえ砕けば俺達の勝ちだ。それにあの剣に対抗する手段が分かってきた。
「そうだ。俺は諦めの悪さだけは人一倍なんだ。早くあんな犬っころ、すぐに倒してみんなを安全な所に運ぼう!」
リタイアした冒険者達は半数以上が身に付けている防具によって身を守られ、致命傷では無いものの大怪我ですぐには動けない。持っているポーションを使って身体を治そうとする人もいたがポーションの効き目は薄く、気休め程度にしかならないだろう。
本来、ポーションは大怪我を治すものでは無い。軽い擦り傷や切り傷、状態異常を治す為の薬だ。飲んだ人の軽い傷は完治したが深く斬られた怪我はなかなか治らない。
その為、傷口を塞ぐまで動かずに回復に専念している。
「イイねぇ!そういうの俺は好きだせェ!血がたぎってくる!俺を倒せるといい、なぁっ!!!」
ケルベラルは邪悪な顔でくつくつと笑みを浮かべ、2人に襲い掛かる。前菜を終え、メインディッシュを食べるように涎を垂らしながらケルベラルはアルバルト達に迫った。
◆
そして冒頭へ戻る。
アルバルトとレティシアは連携を組んで戦っていたが戦況は悪くなっていく一方だ。
レティシアがケルベラルの前にスキルで速度を上げて翻弄するが、イマイチ身体にキレがない。
それもその筈である。スキルは魔力を喰らう。いくらレティシアのスキルは使用する魔力が低いからといってそう何度も使っていればかなりの量を消費してしまうのだ。魔力が低くなるにつれて身体の倦怠感を感じる様になり、身体も思ったより動けなくなる。
鬼人の力で強化されているアルバルトも残りの魔力が少なくなってきており、肩で息をする程、消耗していた。
「ゲハァッ…!」
そんな2人を嘲笑うようにケルベラルは剣で横薙ぎに一閃。ほんの一瞬、僅かに足が止まってしまったレティシアの身体を切り付けていく。
レティシアは攻撃が当たった瞬間、自ら身体を回転させて衝撃を受け流す。そのお陰で致命傷にはなっていないがまた一つ、状況は悪化した。
「ーー"灼熱剣"ッ!これならお得意の武器貫通なんて真似出来ないだろ!」
「考えたなァ、この剣を液体に戻せば蒸発しちまう。でもなーー」
アルバルトは追撃をしようとするケルベラルの前に立ち塞がり、懸命に攻撃を凌いでいく。
…おかしい。幾らなんでもここまで凶悪なスキルを使っていてまだ魔力が持つなんて…何かカラクリがある筈だ。
「まだまだこんな程度じゃ俺の気が済まねえ。あの日、誇りを傷つけられた屈辱に比べればなァ!!」
(クソ…ただでさえ、速くて目で追うのがやっとなのに相手の剣が此処まで重いなんて。何とか捌けてはいるが、このままじゃいずれ俺達の方がバテちまう!)
どんどんとケルベラルの攻撃に激しさが増していく。剣で爪で腕で足で牙で攻撃を織り交ぜながら魔物は笑う。アルバルトの身体は受け流せなかった攻撃で肌から血が噴き出して傷だらけになっていた。
その傷を治そうと魔力を込めるが、想定外に魔力を消耗している事に気付く。
「まさか、その剣…相手の傷口から魔力を吸っているのか!」
「ハッ!御明察通り。こいつで斬られた奴は傷口から魔力を吸われ続けるのさ!」
アルバルトは斬られたらそこから魔力を奪われて相手の糧になるという恐ろしい技に戦慄する。真っ赤な血の剣を警戒しつつ、大剣で弾ける所は弾き、距離を取るために火魔法を撃ち込む。
レティシアはその間、ポーションをウエストバックから取り出して深い傷口にぶっ掛けて流れる血を塞ぐ。効力が低く、傷口は完全に塞がらないが、血は止まった。
「俺はあの日テメエらを狩る為に家族全員で襲い掛かったさ。で、俺達は返り討ちにあった。それは仕方ねえ、弱肉強食の世界だからな」
ケルベラルは突進する。飛んでくる火の魔法を全身で受け止めてもなお進む。
「だがテメエらはトドメも刺さずに見逃しやがった!俺達の誇りは生きていく為に狩った獲物は骨まで喰い尽くす。それがせめてもの礼儀だからだ!」
「うぉおおおおお!!!」
「くっ、この止まりなさい!」
燃える炎の大剣を振り回してケルベラルの爪や剣を捌いていく。レティシアも攻撃に加わって戦いは更に激化していく。
「分かるか?倒されても何もせずに見逃され、俺だけがのうのうと生き延びてしまったこの屈辱がァ!」
力強い猛攻でついにアルバルトの剣を弾き返し、アルバルトの胸へ血の剣を突き刺した。
「アルバルトさんっ!!?」
レティシアは自分の目を疑った。彼に背中を預けておけば絶対負けないという安心感がそこにはあった。
だが、そんな彼が胸を刺され背中から剣が生えているなんて信じたくない、信じられない光景が彼女の前に広がっていた。
◆
アルバルトの胸から剣が生えた時、遠くの地にいるリサーナは何故か嫌な予感を感じ取っていた。思わずキドウとの組み手を中断し手を止める。
「どうしたリサーナ。まだ終わってないぞ」
「ごめんなさい。何とも言えない嫌な感じがしたもので…」
この村を出ていってしまったアルバルトに何かあったのではないかと思ってしまったリサーナはキドウとの組み手を再開しながらも祈る。
「アル、どうか無事に帰ってきてくれ」
リサーナは脳裏に過ぎる嫌な考えを拭う様にキドウに立ち向かっていった。
◆
「ちっ、思わず頭に血が昇って殺しちまった。まあいい、まだチビの方がいるしな」
アルバルトから剣を引き抜く。剣を引き抜かれたアルバルトの身体から当然血が…出ない。ケルベラルは混乱した。人族だけでなく、生きているものなら少なからず、血という物がある筈だ。しかし、血が出ていない。それは生物としての理から反していた。
「あっ?……何だ?しっかりと肉を貫いたのに何故血が出てねぇんだ?」
「教えてやろうか…?それはなぁ、俺の、最高の、幼馴染のお陰だからなぁ!!!」
俺は目の前の敵に向けて下から掬い上げるように大剣を振るう。ケルベラルは即座に反応して後ろへ飛ぶが避けきれず、左眼を潰す事に成功した。
距離をとったケルベラルの思考は乱れていた。
(おかしい、コイツは只の人族の筈だ。普通、心臓を貫かれたらコイツらは死ぬ。何故、死なない?)
立ち上がったアルバルトにレティシアが駆け寄る。
「ご無事ですか、アルバルトさん!」
「ああ、コイツのお陰で何とかな」
アルバルトは首から下げていた割れてしまったペンダントを取り出す。真ん中には赤い宝石が付いていただろう破片が残っている。
「幼馴染から貰った一度だけ致命傷を防いでくれる魔導具が助けてくれた」
それは村を出る時に旅の安全を願ってとリサーナから渡された赤い宝石が埋め込まれているペンダントだった。
アルバルトは鬼の力を使用すれば身体能力は向上するが身体の耐久性はあまり変わらず、人よりも少しだけ硬いぐらいだ。その事を心配されて渡されたペンダントがアルバルトの命を今回救った。
「テメェ、俺の左眼を持ってくとはやってくれんじゃねえか……ならもう遊ばねえ、今度は確実に仕留めてやるよ!」
「やらせません!彼は私が守ります!」
レティシアが武器を構える。ケルベラルは何故か徐に自分の身体をツノや剣で斬りつけ始めた。突然の行動に俺達は固まる。ケルベラルは自傷行為を止めると再びスキルを発動した。
「ゲヘヘ、"血の牙"!」
「おいおい、マジかよ」
「これは…」
ケルベラルの全身から流れる血が固まり、傷口から先端が尖った棘が生えていく。棘を身体のあちこちに生やし、まるで毬栗みたいな姿に変身した。
何処から攻撃してもあの針山の如き身体に止められそうだ。それに気を抜くとたちまち此方が穴だらけになりそうな身体へ変貌を遂げていた。
「……さあ、決着をつけようぜ!」
「レティシア、油断するなよ…!」
「分かってます。これはキツい戦いになりそうですね…」
ケルベラルとアルバルト達の間に風が吹く。まだ春の暖かい風だが何故かアルバルト達には冷たい風に感じた。冷たい風に身体が思わず震える。
風が止んだ直後、両陣は動き出す。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークの登録と広告の下にある【☆☆☆☆☆】で評価してもらえると嬉しいです。
モチベーションにもなりますので、感想等もよかったら聞かせて下さい!誤字脱字も教えて頂けたら幸いです!