第4話 英雄の足跡
石碑に花を添えた後、当初の目的であった自分のお気に入りの場所へと足を進める。
その場所は村から少し離れており、先程の特訓で使った広場と反対の方向にある丘の上だ。丘に近づくにつれて一本の大きな木に目を奪われる。
そこには前世の日本を思い出させる大きな桜の木が立っていた。
ただ記憶と違うのは花が季節問わずにいつでも満開に咲いてる点だ。十数年、この世界で生きているが一度も枯れたりした所を見た事がない。
「なんでこの桜は枯れないんだろうなぁ」
一度、どうして枯れないのかと気になって村長に聞いた事があるが詳しい事は教えてもらえなかった。
…実はこの桜の下にはご先祖様の鬼が眠っていてその魔力で枯れないのではと馬鹿な事を考えてみたりした。
上り坂になっているが足を同じスピードで交互に繰り出す。大地を踏みつけるように歩けばすぐに丘の上に到着する。
やはり、ここは見晴らしも良く、桜も咲いているため読書や昼寝をする時は最高だ。
俺は桜の木に近づくと背中を預けて先程持ってきた本を開き、以前読んでいた所から読む事にした。
これは俺の好きな話。本の題名は『英雄の足跡』という。
本の内容は勇者ミナトが世界を回りながら色々な種族を仲間にして時に笑い合い、時に喧嘩もしたりする。が、ピンチの時は互いに背中を預けて協力し、傷つきながらも魔物や魔王を倒していくという冒険物語だ。
敵はゴブリンやスライムなどのよくいる魔物から強靭な身体を持つ者までいる。
火を吹く火炎龍ヴォルガーン。
雷を操るベヒーモス。
巨大な津波を起こすリヴァイアサン。
風を纏い、物凄いスピードで敵を切り裂くカマイタチ。
砂塵に身を隠して敵を引き摺り込むトロル。
これらの魔獣は最悪の五獣と呼ばれ、昔の人は恐れていたんだとか。
そうして次々現れる強大な敵を倒し、そして勇者一行は魔大陸へと渡る。魔族と呼ばれる魔物から進化した種族や魔王との激闘の末、数々の犠牲を払いながらも魔王を封印する事で世界に平和が戻り、物語は終わった。
何故、倒すのではなく封印なのかは分からないが笑いあり、感動ありの名シーンが多い事や戦闘も非常に細かく描かれている為、俺は気に入っている。
これを読むのも数えるのが両手じゃ足りないぐらい何度も何度も読み直している。その証拠に本の角が折れて丸まってしまっている所が多い。
俺の中では勇者ミナトが特にカッコ良くて1番の推しだ。性格は正義感が強く、困っている人を見るとつい助けてしまう程のお人好し。
いつも笑顔で堂々としており、いざという時には頼りになる男みたいな感じだ。後、俺と同じ黒い髪を持っているのも推しになった要因かも知れない。
意外にもウチの親父と同姓同名だったが、何せ500年も昔の人間だ。生きてるわけ無いし、比べてみれば全く違うと俺は思う。
「やっぱり、面白いのは魔王戦だよな」
勇者と魔王の戦いは手に汗握る展開が多く、巨大な力と力のぶつかり合いはいつ読んでも男心を擽られる。
いつもの様に本を読んでいき、風に乗ってくる花の匂いが鼻先を掠める。その心地良い香りにうっすらと目を細めると眠気がじわりじわりと寄ってくる気がした。
丁度、区切りがあるいい所で本を閉じる。それを脇に置くと頭の後ろに腕を組みながら仰向けに寝転がる。
目を閉じると草の柔らかい感触やふわりと頬を優しく撫でる様な心地の良い風、先程嗅いだ花の香りが伝わってくる。
少し気持ちよくなってきた。どうやらだんだんと眠くなって来ているのかも知れない。眠気と戦いながら今日の出来事を思い返す。
朝は悪夢を思い出し、顔を洗ってご飯を作る。魔法の練習も終え、昼には先程行った特訓をやった。そして石碑に寄って祈りを捧げ、その後は本を読んで横になっていると。
なんか、最近はずっと半日はリサと一緒にいる様な気がするな。それにいつも朝早くから来てご飯を美味しく食べるからこっちもついつい甘やかしてしまう。
だがふと、リサの事を考えていると何故?と思う事がある。
「何でこんなつまんないやつと一緒に居てくれるんだろうなぁ。俺と一緒に居なきゃ、もっと村の奴らと仲良くやれると思うんだけど…」
あいつは村の人気者だ。村長の娘というのもあると思うが腕っ節が強くて面倒見も良い。それに見た目も可愛いとなったら歳の近い男共から大人気だ。
事実、俺と良く一緒にいるのが気に食わない奴はかなりいる。人と鬼の半端者で見た目が人に近い事や村の中では腕っ節が弱い方である俺はアイツの見ていない所で殴る蹴るだのという事は何度もあった。
怪我を治すのもそれでよく鍛え上げられたものだ。きっと彼女は特訓で私が鍛えてやったと思っているかもしれないが。
まあ、最近だとそんな事も少なくなっている。周りも大人になってきたという事かも知れないな。
「ふわぁ……ねむっ」
そんな馬鹿な事を考えていたら欠伸が出てきた。まだ夜まで時間もあるし、少し寝る事にしよう。
最高のお昼寝日和の為、寝ると決まったらすぐに眠りに落ちてしまった。