第38話 聖女マリアと動き出す闇
「…全く貴方はまた勝手に何処かへ行って。お役目を忘れてはいませんよね、聖女様?」
「あら、忘れてなんかないですよ!お腹減っちゃったから少し寄り道をと思いまして…それに迷える子羊を助けてあげるのも聖女の務めなんです」
「………ほぅ」
「…だからお許し下さいませ、聖騎士長様ァ!」
近寄ってきた女にマリアは肩にかかった髪を手で払って格好つけるが、ジーッと己を責める視線に耐えきれなくなって低姿勢になる。
「はぁ、我儘も大概にして下さいね。…ところであの男は何者ですか?」
聖騎士長と呼ばれた女は肩をすくめながら聖女と呼ばれた女性、マリアに問う。
「ふふっ、あの人は女性の為に贈り物を一生懸命悩んでいた素敵な男の子ですよ。その彼女には悪い事をしたと思いますけど…」
てへっと笑うマリアに聖騎士は呆れ果てた。
「その彼女が尾行しているのをやはり気付いてらしたんですね。流石にあの男が可哀想に思えてきましたよ」
「まあまあ!お陰で贈り物も選ぶ事が出来ましたし、いいじゃありませんか!さあさあ、王城へ向かいましょう。美味しいお料理が私達を待ってますよ!」
マリアは手を合わせて舌をちょろっと出す。どうやら彼女は反省していない様だ。アレだけ食べたのにまだ食い気があるなんて相変わらず食い意地が張ったお人だと聖騎士長は呆れた。
「全く、ホントに世話が焼けるお人ですね。さっさと仕事モードになって下さいよ」
聖騎士長と聖女は王城へ向かう。聖騎士は聖女を護衛出来る位置に移動すると先陣を切って王城へと入っていく。
聖女は道中、先程のアルバルトの事が頭の片隅に残っていて気になっていた。恋愛感情ではない。彼の中にある潜む混沌とした闇を感じていたからだ。
「それにしても彼から何故、あれ程の力を感じられたのでしょうか…」
マリアはアルバルトの手を握った自分の手を見つめる。
(彼の手を握った瞬間、女神様の力を強く感じたのですがもう一度、手を握って確かめた時は何も感じられませんでしたね)
「気のせいだったんでしょうか?いえ、そんな筈は…」
「聖女様、何か仰いましたか?」
「いえ、何でもありません。少し急ぎましょう!」
聖女と聖騎士の姿は賑わいを見せる街の中へ消えて行く。マリアは何故かアルバルトの事が心の中で引っかかっていた。
◆
王都エウロアエ、王城の中。
そこはこの国の中で一番広く、大きい。入り口に入ると中央には現国王、アーサー・シャム・エウロアエの大きな肖像画がある。豪華なシャンデリアで部屋を照らし、他にも人族や他の種族が信仰する女神の絵や見るからに高価そうな壺などが配置されており、見ている者を飽きさせる事はない。
そんな王城へ呼ばれたマリアと聖騎士長は謁見の間にて王が来るまで下を向き、跪いていた。そこへエウロアエ王が到着し、王座に座った。
「よい、面を上げよ。聖王国からよくぞ参ってくれた聖女、マリア・デーリア殿。それに聖騎士長、ヴィーラ・ランス殿」
「はっ!寛大なご配慮痛み入ります」
聖騎士長であるヴィーラ・ランスが国王へ敬意を込めて返す。
「うむ、面を上げい」
王の許しを得てマリアとヴィーラは顔を上げる。そしてマリアが王へ疑問をぶつける。
「エウロアエ王。私をここへ呼んだ理由は例の件でしょうか?」
「そうだ、マリア殿。貴殿には1週間後の月影祭で勇者召喚を行って頂きたい」
「女神のお告げにあった魔王復活。それによる魔物の活性化に対抗する為ですね」
「うむ。今から5年前、特異点目覚めし時、封印は解かれ再び、この世に災い招かんという貴殿が聞いた神託があった。特異点とは何かはまだ分かっておらぬが、儂等は魔王の対策に長い年月を掛け、ようやく前勇者ミナトがこの地に召喚された方法を見つける事が出来た」
エウロアエ王は一呼吸置く。そしてその召喚方法を頭の中から引っ張りだして読み上げる。
「文献によれば月と太陽が重なる時、すべての理が曖昧となり、異界の門が現れるという」
「そして聖女である私の魔力で異界の門を開き、勇者となりうる魂を持った人を呼び寄せる…という事でしょうか?」
エウロアエ王はマリアの言葉を肯定する様に頷く。その間、ヴィーラはじっと王座に座る王を見つめていた。
「勇者召喚はこの王城で行う。その為の儀式で使用する魔法陣も文献に従い、宮廷魔導士に事前に用意させた。後はマリア殿がその陣に魔力を注ぐ事で儀式は完成する」
「分かりましたわ。ならば私はその間、魔力を高めておきましょう。それが希望に繋がると信じております」
「感謝する。さてマリア殿、ヴィーラ殿。長旅で疲れが見える様子、我が城で存分に休まれよ。おい、誰か案内せよ!」
王が呼び鈴を鳴らすと扉から兵士が登場する。この兵士は王の前で跪いて大きな声で言葉を発した。
「はっ!聖女様、聖騎士長様。この度は私がご案内を務めさせて頂きます。私の後について来て貰えますでしょうか?」
マリアとヴィーラは兵士に案内されて謁見の間から出て行く。そして1人になったアーサー・シャム・エウロアエは王座に深く腰掛けて呟いた。
「遂に…この時が来てしまったのか。ミナト、みんな。儂はこの先、どうすればいい…」
誰もいない部屋で響く王の言葉。本心から出る不安や焦りが言葉となって消えていく。
◆
同刻、???にて。
そこには薄い暗闇で光る目が幾つもある。彼らは自分の王が姿を見せる事を長年待っていたのだ。
コツコツと響く足跡を耳にすれば、その者らはその足跡の人物の為に道を開ける。そしてその開かれた道を歩き、その人物が王座に腰掛けると周りは一気に湧いた。
「静まれ」
湧いていた声が一言で静まる。
「我々は長き年月、人種、獣人、エルフ、鬼人族、竜人族などの種族から虐げられて来た。ある物は切り捨てられ、ある物は大事な物を奪われる。何故だ?何故、そんなにも貴様らは弱い?……それは怒りや憎しみが足りないからだ。我々は本来、この地上を支配する立場にあった筈だ」
その言葉に周りは静まったままだ。思い当たる節がある者は怒りで顔を顰め、そうでない者は自分達が支配する立場にあるべきだと考える。
「ならば、奴らに見せつけてやろう。我々の恐ろしさ、執念深さ、残虐さを!奴らの腸を引き摺り出し、恐怖で震えるその顔を嘲笑ってやろうではないか。今一度立ち上がれ!我が同胞よ!その為の力はくれてやる!全てを滅ぼせ!」
静まりかえっていた会場が再び湧いた。雄叫びを上げるようにどんどんと声は強く大きくなる。
「「滅ぼせ!滅ぼせ!奴らを!滅ぼせ!!」」
「ふはははは!1週間後、地上では月影祭という祭りがあるそうだ。我々もそれに参加しようではないか!そしてこの世界に絶望を見せてやろう…!」
1週間後、月影祭に向けて何も知らない人々は呑気に準備する。その裏では闇が動き出し、強大な悪意が牙を剥こうとしていた。
「…ふぅ、ようやくだ。ようやくお前を解放してやれる。女神セレーネよ」
呟くような小さな声は今も叫びを上げている声に掻き消される。その声を聞いた物は本人以外いない。




