第34話 Bランク魔物 ネプロシーと変化する狂気
ハルゲル幼女ニヤつき事件から翌日、俺はレティシアとCランクの依頼を受け、その目的地に向けて歩いていた。
その間に昨日会ったハルゲルの事をレティシアに伝えておく事も忘れない。流石にロリコン疑惑なんて不名誉な栄誉をおっさんに与えない為である。
「今日もCランクか…Bランクの依頼となれば…此処からちょっと遠いよな」
ここら辺一帯はCランク級の魔物ばかりでBランク級以上がなかなか無い。あったとしても少しばかり距離が遠いのだ。
タイラさんもきっと心配する事だろう。近くで受けられる奴があったら良いのに。
「本日は湖にある薬草採取でしたね。依頼書の内容だと目的の薬草は湖の所に生えているらしいですが…と着きました」
「…ここが目的地か」
歩いていた足を止める。森の中にこんな綺麗な場所があったとは…目の前に木に囲まれた透き通った大きな湖が見えた。その湖の中央には小さな陸地が浮かんでいる。
とても綺麗で美しい光景に目が奪われる。
「見て下さい。あそこに生えているのが恐らくシズク草です」
レティシアが湖の真ん中を指さす。そこにはかなり多くシズク草らしき薬草が生えている。確かに見た感じ、雨粒みたいな葉っぱをしている。それで間違い無いだろう。
「これなら簡単に依頼完了出来そうだな。取り敢えず泳いで渡ってみるか」
「気をつけて下さい。ここの湖は魔物が住み着いているらしいですから」
「了解、まあでも所詮Cランクのクエストだ。魔物もそこまで強くもないだろう」
レティシアの忠告を聞きながらも湖の近くまで行く。するとゴゴゴッと足元の地面が揺れ、目の前の水面が大きく盛り上がっていく。
(な、なんだ?!コイツが湖に出る魔物か…?)
水の激しい音が止むとその正体が姿を現した。
「何だ、コイツは…デカい!?」
「…ッ、アルバルトさん離れて下さい!!その魔物はBランク、ネプロシーです!」
見上げる程の首の長さ、水面から浮かぶそれよりも巨大な身体。鋭い牙と嘴は獲物を捕食する為に特化しただろうと予測される。
俺達はパーティーを組んで初めてBランクの魔物と相対した。
ネプロシーと見つめ合う事数秒、俺は背中に背負っている大剣に手を掛ける。ネプロシーはそんな俺を見て先制を打ってきた。
「ギャォオオオオオ!!」
叫ぶと同時にネプロシーの周りにいくつもの水の槍が展開される。俺が大剣を引き抜くと水の槍が空からいくつも降って来た。
「魔法を使ってくるのか…厄介だなッ!」
物凄い速度で降ってくるがリサのキャッチボールには及ばない。何とか躱しながら後ろに下がりネプロシーと距離を取る。
水の槍を躱した地面には鋭利な刃物で抉られた様な跡がいくつも見えた。当たったらこれはひとたまりも無いだろう。
「レティシア、無事か…!」
「はい、何とか大丈夫です。それにしてもネプロシーはBランクの中でも強い分類の魔物です。気をつけて下さい」
レティシアは持ち前の身体能力で次々と降ってくる水の槍を躱していく。ネプロシーは攻撃の手を止めずにまた新たに水の槍を展開している。レティシアを守る為に俺も大剣で槍を叩き落としていくが攻撃が重い。手に強い衝撃が伝わってくる。
「くそっ、このままじゃジリ貧だ。どうする…!」
「私が囮になります。その間にアルバルトさんはネプロシーを攻撃して下さい」
「でも、それは危険だ」
「…私を信じてくれませんか?」
レティシアの綺麗な翡翠の瞳が此方を向く。
レティシアとパーティーを組んで早3週間余り、レティシアが敵を撹乱し、俺がその隙に敵を屠るという連携が完成していた。彼女の瞳の奥には戦う闘志が感じ取れる。
「…絶対に無茶はするなよ」
「ええ、勿論です。私達なら出来ます!さぁ、反撃と行きましょう!」
「ああ、俺達ならやれる!反撃開始だ!」
2人でお互いを鼓舞し合いながら武器を構えてネプロシーを見据える。ネプロシーは此方が戦う意思を見せると先程と同じ様に空中に水を浮かべ、槍に変えて飛ばして来た。
「イギャアアアアア!!」
「では、行きます!」
レティシアがネプロシーに真っ直ぐ突っ込む。ネプロシーも突っ込んで来るレティシアを迎え撃つ為に狙いを定めて槍を飛ばす。
「"疾風"!!」
レティシアがスキルを使うと同時に加速する。水の槍は素早く動き回るレティシアを捉える事は出来ない。
俺も攻撃をレティシアが引き付けている間にネプロシーの側面に回り込む。
そして俺は冒険者ギルドで読んだ魔導書から新たに獲得した中級魔法を使う事にした。まずは魔力で手を覆う。これをしないと手が焼けてしまうからだ。
「火魔法、エンチャント!」
キドウさんから頂いた大剣の刃が燃える。この大剣は魔力を吸収出来るキドウさんが教えてくれた事もあり、案外すぐに習得できた。
しかし、これは長くは使えない。あまり魔力を吸い込ませると火力が上がり、持ち手まで熱を持つからだ。試しにやってみた時は熱すぎて手に火傷を負ったのは良い経験だ。
今はネプロシーがレティシアに釘付けになっている。
俺の存在は気付いていない。今なら行ける!
「行くぞ、最大火力で叩き込む!」
俺は鬼人の力を使い、空高く跳躍する。そして燃える剣を更に熱くさせる。
「はぁぁぁぁぁあ!!」
魔力で覆っている手がギリギリ持てる熱量まで火力を上げる。そうすると剣の刀身まで赤く熱を持ち始め、全てを焼き尽くす刃となる。
重力に従い、俺の身体は下へ落ち始める。落下地点はレティシアに攻撃しているネプロシーだ。
「レティシァァアアア!!離れろおおおお!!」
俺の声でレティシアが反応し、ネプロシーと大きく距離を取る。
ネプロシーは声がした方へ顔を上げ、水を口に溜め一気に放つ。避けられないなら突き進むまでだ!
「くらえ、"灼熱剣"!」
ただのエンチャントだが、気合いの入った声でで俺の魔法は安定し、発動する。後はファイヤーハンドもそうだが何となくカッコいい必殺技が欲しかった。
迫る水の光線に大剣を振るう。
よく火は水に勝てないと言う奴もいるが一概にそうは言えないと思う。
「火は水に勝てないならそれを上回る火力で押し通せば良いだけだ!!」
勢いよく放たれる水の光線が燃える大剣とぶつかる。凄まじい衝撃に手が震えるが、剣を更に強く握りしめて残りの魔力を注ぎ込む。
轟々と燃える灼熱剣は水が当たる度にそれを蒸発させていた。
水の光線を切り裂き始める。まさにゴリ押し戦法だ。
ネプロシーは自分の攻撃が効かないと知るや否や先程まで使っていた水の槍を再度、追加で展開する。
光線で止めている間に槍で俺を仕留めるつもりみたいだ。
「それはやらせません……ハァッ!!」
レティシアが持っていた自分の短剣を思いっきりネプロシーに向かって投げ飛ばす。ナイフは放物線を描きながらネプロシーの目に突き刺さった。
「イギャオオッ!ギィヤァアアアア!!」
突然来た目の痛みにネプロシーは堪らず叫ぶ。痛みから水の槍は消え、光線も弱まっていた。
「いっけぇえええ!!」
俺の灼熱剣が水を切り裂き、ネプロシーの首へ突き刺さる。身体を空中で横回転し、引きちぎる勢いで剣を振り回した。
小さな悲鳴と確かな手応えを感じて俺は水の中へ落下する。
切り落とせはしなかったが間違いなく首の骨は潰した筈だ。ズドーンとネプロシーはその巨体を水の中へと沈め、そして力なくプカプカと自身の身体を浮き上がらせていた。
「これで討伐完了。なかなか手強い敵だった…イテッ、少し火傷しちまったか」
「お疲れ様です。まさかBランクのネプロシーが現れるとは…ギルドに戻ったら報告しましょう。私はシズク草を取ってくるのでアルバルトさんはネプロシーの解体をお願いします」
装備が軽装のレティシアはそういうと湖の中へ飛び込んだ。泳いでいく彼女を片目に先程、激闘の末に倒したネプロシーを陸地へ上げる。なかなか大きいので陸へ上げるのもひと苦労だ。
「取り敢えず、最初に魔石を採取だな」
魔石はネプロシーの首下の付け根に付いていた。これはかなり大きい、人の頭ぐらいの大きさはありそうだ。レティシアがシズク草を取って来たのでレティシアと一緒に解体を続けていく。骨や肉、それから鱗を剥ぎ取ってみた。肉は嵩張る為、持てる範囲に収める。魔法袋に入れてある予備の袋をいくつか取り出して分けた鱗を小分けにして詰め込み、肉は血抜きの為、逆さに吊るして放置する。
そして解体を進めていたら日が暮れ始めて辺りが暗くなっていた。俺達は湖の真ん中にある陸地へ移動する。そこで焚き火をする事にしたのだ。
勿論、シズク草が生えていた所には火はつけない。また採取する時に困らない様にする為だ。
焚き火で持ち運べないネプロシーの肉を焼く。香ばしい匂いに思わず涎が出そうだった。レティシアを見ると彼女も笑みが溢れ、尻尾もぶんぶんと激しく動いている。
…相変わらず、尻尾は素直だ。
レティシアも少しずつだが最初会った時の無表情から表情が柔らかくなってきた気がする。それだけ信頼されてきたって事で少し嬉しい。
串がなかったのでネプロシーの骨を削いで代用したがうまく焼けている。
「ほら、焼けたぞ。どんどん食べてくれよ?肉は沢山あるからな!」
「じゅるり…頂きます!」
がぶりと彼女は大きく齧り付いた。噛むと肉汁がブシャーと出てきて美味そうだ。俺も焼けた肉に齧り付く。
美味い、美味すぎる。ホーンラビットの肉は前に食べた事があるがアレは柔らかかった。が、これは少し噛みごたえがあっていい。
どんどん食べていく幸せそうな彼女を見て俺も負けじと食べ続けた。
◆
あれからだいぶ時間も経ち、肉も食べ終わったので寝ようかと言う時だった。俺とレティシアは防具を外して互いに背中合わせで横になっていた。
こうして横になって見上げる空は久しぶりだ。いつ見ても星はとても綺麗だ。
肉を食べ過ぎて苦しんでいると彼女から旅の理由について聞かれた。
そういえば、彼女にはまだ言って無かった気がする。それならばと理由を教えてた。
「…俺は小さい頃にな、親父とお袋がある日突然いなくなっちまったんだ…親父は着物を好んで着る黒い髪をぼさぼさにしているおっさんでな、お袋は片手に酒を持って豪快に笑う人だった」
今じゃもう薄れている記憶だがあの頃は楽しかった。それがもう、敵わない日常だ。
「毎日が楽しかったよ。バカやってお袋に怒られて、親父が笑う。そんな日常が幸せだと失って初めて気付くなんてな。……最後に見た記憶じゃ、お袋が血溜まりに沈んでいて親父がそれを見下ろしている所だ」
「それは…」
あの日、俺の手は真っ赤な血で汚れていた。お袋に縋り付く俺を親父は引き離して気絶させた。今でも夢に出てくるし、忘れはしない。
「俺は何でって叫んだが親父は何も言わなかった。いや、何かを言っていた気がするが聞き取れなかったか。それで気づいた時には幼馴染の家に寝かされていてな。親父もお袋も居なくなっていた」
「もう、アルバルトさん、大丈夫ですから」
レティシアは俺を諭す様に言ってくる。しかし、口から出てくるこの激情の想いは止められなかった。
「だから俺は両親を探す為に旅に出ている。あの日、何が起きたのかを聞く為、生きているかも知れない母さんと会う為に…!」
あの日から俺の心は燃えている。火魔法が何でも燃やす様に俺の心も激しく燃え上がらせていた。
背中に何やら柔らかい感触がする。それに首に下から手が差し込まれた。
突然の事に身体が硬直する。
「レ、レティシアさん。これはどうし…」
「アルバルトさん、今日は寝ちゃいましょう。魔力も沢山使った様ですし、きっとよく寝れますよ」
レティシアは左手でアルバルトの胸元まで手を更に差し込んで動けなくすると余った右手で頭を触る。
「お休みなさい、今はゆっくり休みましょう」
「ああ、おやすみ…なさ…い」
よしよしとアルバルトの頭を撫でていくとその心地良さから身体の力が抜け、少しだけ涙を流しながら完全に眠りについた。
「…スゥスゥ」
レティシアはアルバルトが寝たのを確認すると撫でる手を止める。先程まで浮かべていた微笑みを消していつもの無表情へ戻る。
すると背中に隠していた短剣を片手で自分のバックへしまった。
「…アルバルトさん、ごめんなさい。私は貴方を誤解していました。貴方もあの男に狂わされた人だったんですね」
レティシアは外敵から身を守る様にアルバルトを強く抱きしめると顔をアルバルトの首元へ近づけた。
これで分かった。この人はあの男の子供だ。
珍しい着物を着てボサボサの黒い髪。自分の最愛だった人にも手をかける残虐性。やっと見つけたあの男に繋がる手掛かりだがこの人は私達と同じ被害者だった。
(思い返してみればアルバルトさんは優しい人でした。あの男とは正反対で初めて会ったあの日以来、表情が硬くなった私をいつも気に掛けていました)
レティシアは思い出す。アルバルトとの思い出を。
ーー大丈夫か!…俺から離れるなよ!
ヘルハウンドの群れに襲われ、怪我して動けない私を駆けつけてくれた彼。
ーーこれ、レティシアが貰っておいてくれ。
ホーンラビットの肉を渡す彼。
ーー危ない!間に合ぇえ!!
彼に意地悪をしていた私のお父さんを助けてくれた彼。
色々な思い出が頭をよぎっていく。その中でレティシアは憎しみとは別の感情が芽生えていた。
「ならば、貴方も私達の仲間です。いつまでも一緒に居ましょうね、私の相棒」
かぷりと尖った牙をアルバルトの首へ軽く噛み付く。俗に言う甘噛みである。
狼獣人が自分の物だと周りに知らしめる行為だ。
アルバルトは知らない。自分を疑っていた少女がこの日を境に時たま首に噛み付いてくるようになる事を。
アルバルトは知らない。少女の心の奥底で何かが変わっていく事を…眠っているアルバルトは何も気づけなかった。
もし面白い、続きが気になるといった方がいたら、モチベーションの励みになりますので、下の評価☆☆☆☆☆とブックマークの登録をお願い致します!
感想等もよかったら聞かせて下さい!誤字脱字も教えて頂けたら幸いです!




