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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
第ニ章 王都エウロアエ 神が堕ちた日編
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第30話 狼獣人の親子

 いつもはザワザワと騒がしい冒険者ギルド。


 そんなギルドの中で一箇所だけ静まり返っている所がある。最初にその静寂を破ったのはレティシアだった。


「何でここにお父さんがいるのですか?今日はお家で寝ててって言いましたよね?」


「そ、それはだね。レティちゃんがその悪い虫に騙されていないか心配で、心配で……」


 タイラさんの言葉はレティシアの容赦ない言葉で遮られた。タイラさんは顔を更に青くする。


「何を心配するんですか?それとアルバルトさんを悪い虫と言っているなら……怒りますよ」


「ち、違うんだよぉ〜。僕はただ…がふっ」


 レティシアが冷たい目線で自分の父親を追い込んでいる。タイラさんは再び吐血した。


「タイラさん!?大丈夫か!」


 ごほごほと咳き込んでいて苦しそうだ。レティシアは駆け寄り、父親の背中をさすっている。


「お父さん、薬を持って来てますか?」


「ああ、ちゃんとあるよ。ちょっと待っていて飲むからさ」


 懐から液体が入った瓶を開けて飲み干す。症状はすぐに落ち着いた様だ。


「…ふぅ、見苦しいところを見せて済まないね」


 薬を飲んだら落ち着いた様子だ。俺はタイラさんにタイミングを見計らい、話し掛ける。


「ええとレティシアのお父さんで良いんだよな。レティシアとは昨日からパーティーを組んでいて俺はアルバルトって言います」


「君にお父さんって言われる筋合いはない!!」


「……お父さん?」


 レティシアが睨むとタイラさんは借りて来た猫の様に大人しくなった。どうやら、娘の前だと強く出れないみたいだ。


「ごほん、改めて…僕の名前はタイラ。レティシアの父親だ。見ての通り、身体が弱くてね。薬を飲まないと時々血を吐いてしまうんだ」


 まあ、これだけ痩せ細っていて吐血ばかりしていたら嫌でも気付くだろう。


 申し訳なさそうに耳と尻尾が項垂れているレティシアが声を掛けて来た。


「アルバルトさん、うちの父がすみません……お父さんは無視して良いので。今日はどうしますか?」


「酷いよ、レティちゃん。今日はお父さんも一緒に居るからね!嫌だって言ってもついて行くから!……いいよね、アルバルト君?」


「あ、はい。俺は大丈夫なんだが……今日は討伐じゃなくてこの荷物運びをやろうかと思うんだ。今日はあまり良いのが無くてな」


「分かりました。それで大丈夫ですが、お父さんはついてこないでください」


 レティシアの了解は得たが、娘について来ないで!と言われた父親が可哀想になって来た。ほら見ろ、今にも泣き出しそうだぞ。


 ……ああ、泣いちゃったよ。


「くそっ!分かったよ。大人しく家で寝てるからそんな目しないで……」


 タイラさんは涙目のままギルドから出て行く。その背中は哀愁が漂っていた。


「本当に良かったのか?お父さんなのに…」


「いつもの事ですから…早く行きましょう」


 受付で依頼を受け、依頼書にあった場所へ向かう。昨日よりも機嫌が悪いレティシアを連れて行く。昨日といい今日といい……本当にバタバタと騒がしいというか、一体なんだっていうんだか。


 ◆


 依頼書にあった場所は王都の南側、商人達が集まる地区だ。


 俺が長年お世話になっていたキャプテン、ゴールド・シーラップが店を構えている所でもある。


 今回の依頼者は王都へ店を構える商人で王都から出て他国の品物を仕入れるために移動するらしい。王都の仕入れた物を他国で売り、その利益を使い、その国の特産品を仕入れて帰ってくるというなかなかハードなスケジュールだ。


 大きな馬車に積み木を乗せる。レティシアには小さな荷物を運んでもらい、俺は大きめを運ぶ。こうして汗水働いていると気持ちいい。


「ちょっと休憩するか」


「そうですね。結構、運び入れましたし…」


 ちょっとばかり手を休めて階段へ腰掛ける。その隣にちょこんとレティシアも座る。


 俺は魔法袋から水が入った水筒を取り出す。


「大分片付いたよな…水はいるか?」


「ありがとうございます。丁度、喉が渇いてたので頂きますね」


 ゴクゴクと喉を動かして汗をかいて失われた水分を補給する。


(あー、生き返るってもんだ。汗をかいた後の水は美味しい)


「後もう少しだ。後半も頑張っていこう」


「ええ、それにしても…」


「ああ、あれか…」


 視線を前にずらして見れば、目の前には積み木が高く積んでいる。それに隠れて此方を見つめる黒い影がある……タイラさんだ。


「あれで隠れたつもりなのか…」


「いい加減にして欲しいですね。私、ちょっと言ってきます」


 レティシアがタイラさんへ詰め寄ろうとする。そんな彼女の行動を見てタイラさんは慌て出す。


「や、やばい、見つかった。逃げないと…!」


 慌て出したタイラさんは積んであった積み荷にぶつかってしまう。


 高く積んであったそれはぐらぐらと左右に揺れて近くにいたタイラさんに降りかかった。


「……っ、危ないッ!間に合ぇぇえ!!」


 考えよりも身体が先に動く。


 魔力を身体に通した俺は足を地面に強く踏み込み、手を伸ばしているレティシアの横をすり抜け、今にも押し潰されそうな彼の元へと走り出した。


 押し潰されそうなギリギリのタイミングでタイラさんを抱え込む。上から降ってくる積み木が背中へ落下して来てめちゃくちゃ痛かった。


「………ぐっ、痛ってえ…大丈夫ですか、タイラさん」


「あ、ああ。ありがとう、お陰で助かったよ」


「アルバルトさん…!お父さんも大丈夫ですか!?」


「俺はこれくらい何ともない。積み荷の中が軽くて良かったよ」


 積み荷は先程の落下によりあちこち散らばっている。幸いな事にそこにあった積み木の中は服などの布製品だったので軽いし、壊れたりしなくて良かった。


「……なんで僕なんか助けたんだ。君にはあんなに酷い事言っていたのに……」


 腕の中から解放するとタイラさんはペタンと座り込む。申し訳ないとばかりに耳と尻尾が項垂れた。


 ほんと似た者親子だ。


「なんでって、タイラさんに怪我でもされちゃレティシアが悲しむし、俺はアンタにも苦しい顔なんてして欲しくないからな」


 ただでさえ、病弱であんなに吐血する様な身体をしているんだ。健康体の俺が言うのもアレだが、これ以上あの苦しそうな顔は見たくなかった。


「アンタは娘が心配だっただけなんだろ?まだパーティーを組んで日が浅い男の俺と可愛い娘だけの組み合わせなんてそりゃ、心配にもなるのは分かる。……父親が娘を守るのは当たり前だ。俺はそれを否定しない」


「……アルバルト君。今までの非礼、お詫びをする。本当にすまなかった。」


「頭を上げて下さい。俺は気にしていませんから」


 頭を下げるタイラさんに俺はアタフタする。でも、良かった。なんとか和解出来そうな雰囲気だし、きっと彼女も……。


 チラッと彼女を見る。レティシアは怒り心頭の様だ。


「はぁ、全く……今晩は覚悟しておいて下さいね、お父さん」


「レティちゃん、加減してね?」


「しません!早く終わらせましょう」


 プリプリと怒り出すレティシア。無表情の子だから感情を出すのが苦手なのだろうと思っていた。親の前ではああも感情豊かになる彼女を見て驚いた。


 俺達は散らばってしまった残りの積み木を集めて馬車に乗せる。


 少し時間は掛かったが無事に終えて依頼者から依頼達成の証明所を貰い、それを冒険者ギルドへ持って行き、金を手に入れる。


 報酬は半々で分け合って後は帰るだけだ。今日も長い一日が終わったと思うと疲れが押し寄せてきた。


 今日も濃厚な1日だった気がするぜぇ…。


「お疲れ様でした。ほら、お父さんも帰りますよ」


「お疲れ様。タイラさん、旅に出るまでの間、娘さんとパーティーを組ませて貰います。ですから、今後もよろしくお願いします」


「ああ、僕も大人気なかったよ。こちらこそ、レティちゃんをよろしく頼む」


 差し出された手を握るとグッと強い力を加えて来た。試されているのが分かり、それ以上の力を込めて握り返す。


「フッ、これなら安心だ……なあ、アルバルト君。ヘリオスっていう人物を知っているかい?」


「ヘリオス…?聞いた事ない名だ…」


 ヘリオスっていう名前の人は聞いたことも無いし、知らないな。何かその人とトラブルでもあったのだろうか?


「そっか、知らないならいいんだ。悪かったね」


「もう!いいから帰りますよ!では、また明日もよろしくお願いしますね」


 レティシアはタイラの腕を引っ張って帰路へと進む。


 やっぱり親子っていい物だ。去っていく2人の背中を見てそう思う。


「俺も早く、見つけないとな…」


 アルバルトも自分が寝泊まりしている宿屋へ足を進める。


 最後にタイラさんが別れ際に言っていたヘリオスという人物の名前がふと頭をよぎったが、あまりの疲れにその事はすぐに忘れ去った。

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