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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
第一章 旅立ち
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第3話 キャッチボール?

 俺は今、村の修練場と呼ばれる広場に立っていた。空を見上げるとそこには眩しい太陽。離れた先には丸い月が見える。


 太陽は日が沈むと辺りは暗くなるが月はそのまま動かずに夜を照らし続ける。日本では考えられない現象だ。流石、異世界である。


 他にも異世界ならではの魔法や魔物など様々な物が沢山ある。逆に前世で同じといえば時間、月日、季節の移り変わりが具体的に挙げられる。うるう年はないが他は殆ど一緒であった。


 ふと頬をふわりと包み込む心地の良い風を感じる。心を落ち着けてそんな事を考えていると太陽に陰りが見えた。その影はだんだんと大きくなっていくのに気がついた。此方に向かって巨大な岩が落ちてくる様にも見える。


 …どうやら本当に自分の真上から大きな岩が落ちてきているようです。えっ、嘘でしょ。


 俺は地面を全力で蹴り、空中で身体を丸めて前へと転がり込むと俺がさっき居たところには岩が突き刺さっていた。大きさは大体軽自動車と同じくらいだ。


「うっおいぃ、あっぶねぇ!おい、リサ!始める時は何か掛け声でもしてくれって言っただろうが!」


 俺はこの岩を投げた人物に向かって抗議をする。


「掛け声なんてしたら特訓にならないじゃないか。これもアルの為にやってるんだ。それと私との特訓中にボーッとするのがいけないんだ!」


「いや、もう何回か言ってるけど岩当たったら俺死んじゃうからね!身体は人より少し頑丈程度なんだよぉ!」


 村の中では慕っている人も多いこの女は毎回、俺を至る所に引っ張り回す。今回のこの特訓も特訓といいながら俺をボコボコにするのが目的なのだろう。今回のキャッチボールはボールが岩じゃないか!騙された。


「君が鬼人族なのに弱すぎるからこの私が一緒に鍛えているんじゃないか!」


 そうだった。最近はこういう鍛える特訓が続いていたのを忘れていた。コイツは戦いとかになると性格が変わる。普段はちょっと大人しくキリッとしているが戦闘とかなると目をギラギラさせ、気が大きくなり凶暴化するのだ。


 奴は再び近くにあった大きな岩を持ち上げる。


「待て待て待てー!それはまだ早い!それは置こうな、な!」


「ふんっ。ほら、次だ!」


「はぁ、マジかよ…」


 ぶんっと腕の振るって放たれた岩が俺に目掛けて降ってきた。さっきよりも大きい岩だ。いい加減、今日もこの特訓とやらを終わらせないといつまでも続きそうだと俺はため息を短く吐いて意識を切り替える。


 こちらに向かってくる岩は後、数秒程で俺に当たるだろうと目で予測する。


 だが、その数秒も有れば充分だ。身体の中で眠っている鬼の力を認識する。そして魔力を通してその力を起こす。


「やるしかねぇ!」


 あの日を境に俺は鬼の力が覚醒し能力を引き出す事が出来る様になっていた。


 といってもあんな大きな岩を破壊する事なんて今の俺には無理だ。魔法なら行けるかもだが動きながらだと失敗した時が恐ろしい。だから目で予測して回避に専念する。


 鬼の力を引き出して反射神経を強化してやれば何とか回避できる。


 しきりに飛んでくる岩をギリギリで当たらないように見極めるがいくつかは僅かに鼻先を掠める。


「やっぱり、いつやっても怖え」


「ほらっ、そんなこと言ってないでどんどん行くぞ!」


 次々に飛んでくる岩を飛んだり伏せたりして避けていく。


「アルー!これで最後だ!」


 よっこいせとリサの身体ぐらいの岩を持ち上げ飛ばしてくる。


 ホント、どうやって自分よりも大きな物を勢いつけて飛ばせるんだ。


 ビューンと勢いよく飛んでくるそれを回避出来るか予測する。これは大きさが先程と比べても1番小さいので物凄く早い。


「…これはかわせないな」


 早すぎて下手にかわそうとすると危なそうなので多少の傷も覚悟して受け止める姿勢を作って備える。


 腰を深く落とし、両手は手のひらを前に突き出して構えた。


 目の前まで迫った岩を両手で掴み、右足を軸にして右回りに回転。勢いを殺さないようにそのまま投げて来た張本人へに向かって投げ返した。


「よっしゃあ!さっきまでのお返しだ!これなら流石のリサでもかわせまい!」


 投げ返す寸前に手首の捻りも入れて横回転を加えた。空気切り裂く様に進んでいくので更に速くなっている。


「はぁ、君はまた懲りないね。そんなのでこの私がどうにかなるとでも思っているのか」


 リサは素早く小さい身体を捻り、回し蹴りを岩に叩き込む。


 ものすごい衝撃音と共にバラバラに崩れていく岩。そして岩からリサの足が覗かせていた。その後に見えて来た般若の顔をしたリサが。


 サーッと俺の顔が青褪めていく。


 うわっ、やばい、怒らせた。


「やばいやばいやばい、めっちゃ怒ってる」


 ダンダンダンと大地に足をしっかりと踏みつけて此方に向かってくる。正直、逃げたいが奴が本気で走ったら逃げられないだろう。処刑を待つ囚人の気持ちになりながらも一歩一歩後ろへ歩く。それを見て彼女も歩くスピードを上げ追いついた。


「ねぇ、アル?私に何か言うことなぁい?」


 まるで地の底から這い出て来たゾンビみたいに此方を恨めしそうに覗き込みながら低い声で囁き掛けてくる。


「違っ!?ま、待ってくれ、俺の話を聞いてくれ!話し合おう!」


「話し合い、ね?良いだろう。言ってちょうだい、聞いてあげるから」


「いやなぁ、さっきやられた恨みというか何というか…そう!キャッチボール!キャッチボールをやるって話だっただろ?だから投げ返したんだ!」


「そうか、確かに私はキャッチボールだと言ったがそれは私が投げで君が受けだ。始まる前にちゃんと言った筈だが」


 ね?と言い、にこやかに俺の肩を掴むとみしりと音が鳴った様な気がする。リサは俺の肩を掴んだまま一旦上に持ち上げてから地面に叩きつけた。


「うえっ!?」


「まあいい、今日はこのくらいで許してあげる。次は無いよ」


「はい、ありがとうございます…」


 地面に大の字になる。地面に手を着いた時、手に痛みが走る。手を見れば至る所に擦り傷が出来ていた。さっきの岩を投げ返した時に出来た傷か。


 純粋な鬼ならこの程度は傷など付かない。鬼はさっき奴が岩を軽々と投げたように力は強く、身体も頑丈である。俺の場合は力は人としてはかなり強いと思うのだが身体は鬼としては貧弱だ。当然、この程度で傷ついたりする。


「…はっ!先程は私も悪かった。手が傷だらけじゃないか!」


「ああ、大丈夫。いつもの事だろ?それにこんなのすぐ治るから」


 鬼は他種族から恐れられている。そのうちの1つがこの力だ。


 鬼は人とは違い、魔力が膨大で貯蔵する機関も心臓ではなくツノにある。


 身体に付いた傷の所を魔力で塞ぐ様にイメージする。どう言う原理かは分からないが魔法と同じくイメージが強い程、身体の傷は早く治る。まあ、傷口から肉が盛り上がって治る為気持ち悪い。これが他種族から恐れられている要因だ。


 イメージは傷薬を塗る時と同じ感覚に近いので意外と治すのは得意だったりする。俺の場合は人の血が混じっている為か、人と同じ心臓に魔力が溜まっている。


 鬼としての特徴を引き継いだ中で1番ありがたかったのはこの能力だ。魔力を流し込む事で鬼族の力を引き出し、治す事が出来る。


 治れと念じて傷口を塞ぐイメージで力を入れればすぐに塞がった。


「ほら、もう塞がって痛くもない」


「すまない、またカッとなってしまった。しかし、上手く鬼の力を引き出せる様になったな」


 こいつマジで二重人格じゃね?と思いながらも治すことに集中する。


 顔や腕などに出来た細かな傷も治していく。


 リサは俺がまだ上手く力を引き出せなかった時、大怪我したのを見て少しトラウマがあるみたいだ。今も俺の傷口をじっと見つけて微動だにしない。


 しかし、毎度特訓と言いながら俺を振り回すのも楽しいらしい。後先考えないで行動するのは鬼人族特有の思考らしいのでいつも終わった後は謝ってくる。そして俺がそれを許す、こんな感じがいつもの光景だ。


「今日はどうするか?夕方まで組手でもするか?」


「いや、今日はやめておこう。…私は少しやる事があるんだ」


「りょーかい。じゃあ、帰るか」


 今日はリサの用事があるとの事なので早くも特訓を終わりにして互い広場から村に向かって足を進める。


「俺はこの後、あの場所で本を読むつもりだけどリサはどうする?」


「あー、私はお父様の所に行ってお手伝いしなくてはだからまた今度」


 そうか、村長の娘だからか。手伝う事があるんだろう。相変わらず忙しそうだ。


「ああ、分かった。村長に宜しくな。機会があったら今度、本でも一緒に読もうぜ」


「はぁ…、君は本当に本が好きなんだな。私には理解出来ん」


「…まあ、一応親父が残してくれたもんだしな。それに知識が増えるのは面白いぞ?」


「はいはい。じゃあ、ここで。今日は早く帰ってくるんだ!後で私が迎えに行くから」


「おう!またなな!」


 村の出入り口に着くとお互いに手を振りながら別れた。


 しかし、後で迎えにとは?今、考えても仕方ないか。その時になったら分かるだろう。


「さて、一旦うちへ帰りますかね」


 俺は自分の住んでいる家に向かって歩き出す。そうして数分、汚れが少し目立つ家が見えてきた。この古びた小さい家が俺達家族が住んでいた場所だ。


「ただいま〜」


 玄関の扉を開けて家に入る。お目当ての本を見つけ手に持つ。再び玄関に向かって歩き、扉を閉めてから目的の場所に向かう。


 前世でも本は好きだった。学生時代も休みの日はよく読んだものだ。義妹も本が好きだったのでよく読み聞かせをしていたもんだ。


 昔の思い出に浸りながら歩く。


「そういえば、今の親父によく読み聞かせして貰ったな」


 ふと、本好きであった親父の思い出が蘇る。あんな奴の思い出などとうの昔に消えたと思っていたのにな。


 俺は少し寄り道をする事にした。


 そこには大きな石碑がある。俺があの日の出来事を…怒りと憎しみを忘れない為に形にして作ったのだ。


 花は先程、来る途中に咲いていた白い小さな花を何本か調達した。この村では基本、鬼しか住んでいない為、花屋さんなどはない。それよりも肉や酒などの食べ物や飲み物の人気が高いからだ。


 人族の父がどうして鬼族が暮らす村に住めたのかは分からないが鬼である母が働きかけていたのだろう。


 この石碑を建てた時は村の人達が手伝ってくれたものだ。それだけ慕われていた証拠だ。


 母の墓に着き、白い花を添えて手を合わせる。母の安らかな眠りをと願い、そして己の願望を伝えた。


 もう今日で15になります。ようやく成人する事が出来ました。これから俺は村を出て行き、親父を探す旅に出ます。そして貴方も必ず見つけてみせます。


 あの日のあの時の光景は今も忘れない。血の池で身体を沈ませる母の姿。自分は何も出来ずに倒れている母に縋り付いているだけ。父は側にいたが此方を見下ろしている。そして次に自分が起きた時には姿を眩ませていた。


 魔法を練習するようになったのはそれからだ。力を付けるためにリサにお願いして時折先程やった様な特訓を入れて貰う様にお願いした。あまり成果は見込めなくても前を見続けて努力した。


 俺が必ず探し出してやる。そしてあの日何があったのか。どうして逃げたのか、母親を何処へやったのかを絶対に聞き出して報いを受けさせる。…例え、それが実の父親だったとしても。


 アルバルトは空を見上げる。込み上げてくる涙を堪える様に。目はいつもよりも鋭くなり、赤い瞳の奥では黒い感情が燃えているようだった。


 そして、当初の予定であった目的地に向け足を進める。その足取りは先程とは何か違う様に感じられた。

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