第22話 報告
アリーダさんのポーションで怪我が治ったとはいえ、面倒を見るなら最後までと俺は決めていた。その為、彼女に家までの案内を頼んだ。
治ったね。はい、じゃあもう解散!では味気無いしな。
とまあ、それはいいのだが案内された通り、道なりに進んでいくにつれて、ボロボロの服を纏った人や小さな子供が至る所に見られるようになった。レティシアが俺の戸惑いに気づいて説明してくれる。
「ここは王都の中でも貧しい人達が肩を寄せ合って生活している場所です。スラム街って言われたりしていますがアルバルトさんは初めてですか?」
「…ああ、王都に来たのは最近だからな。こんな場所があったなんて知らなかった…」
「スリがこの辺りは多いので気をつけて下さい。私のお家は……あそこです」
忠告通り、魔法袋を守る様に手を添える。レティシアが指さした方を見ると古びた感じの家があった。
「じゃあ、此処でお別れだ。今日は色々教えてもらってありがとな」
「いえ、私の方こそ助けていただきありがとうございました。……よろしければ、家に寄っても大丈夫ですよ」
「いや、早くお父さんのところへ行くといい。また今度会ったらよろしくな」
丁度、手を置く所に小さな頭があったので右手でグリグリと頭を撫でる。
多少、嫌がる素振りはあったが、尻尾が左右にゆらゆらしているので大丈夫だろう。
「じゃあ、またな!」
「はい、またお会いしましょう」
レティシアを無事に送り届けた後、誰にも見られない様に裏路地に入る。魔力を噛まれた左腕に通して治療した。
何事も無かったかのように俺は冒険者ギルドへ足を運んだ。スライム討伐完了の知らせをする為だ。
受付から離れた所にある買取場へ魔石を魔法袋から取り出して持っていく。
「これお願いします」
ゴロゴロと小さな魔石を買取場のテーブルへ転がして買取を待つ。するとすぐに買取の担当だと思われる男の人が飛んできた。
「はいよぉ、ちょっと待ってな……はい、スライムの魔石10個確認出来ました。これが買取証明書、あそこの受付に渡してね」
大きな虫眼鏡っぽい物で俺が持って来た魔石をじっくりと見ると傍にあった紙にペンを滑らせている。
鑑定する魔導具なんだろうなと思う。こういう不思議な道具を鬼ヶ島にいた時によく見て来た。
魔石の確認が完了し、その証明だという紙を貰う。
何だこれ…?汚くて読めない字でサインまで書いている。このまま出して大丈夫か、これ。
俺の戸惑いが伝わったみたいで鑑定をしてくれた男は説明をしてくれた。
「ああ、君は初めて見る人だね。そのまま受付に持っていって大丈夫だから。ギルドの方針で普通の人じゃ読めない字で書いているだけなんだよ」
(防犯的な感じなのか…?とりあえず持っていってみるか…)
朝担当してくれた受付のナタリーさんへ紙をそのまま渡しに行く。
「ナタリーさん、スライム討伐はこれでいいか?証明書を貰ったんだけど…」
「お疲れ様でした、アルバルト様。…はい、確認致しましたので此方をどうぞ」
ナタリーさんに紙を渡すと彼女はそれを確認した後、小さな袋をカウンターの上に乗せる。それを受け取り、中身を見ると銅貨10枚が確かに入っていた。
(今日はこれだけだったが明日からはもっと稼ごう)
今日みたいな事をずっと続けていたら、いつまで経っても金が溜まらない上、旅が出来ない。
やっぱり、上のランクを受けるのも手だろう。ヘルハウンド相手でもいけると分かったのはデカい。
考えに耽っていると俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「おい、アルバルト!無事に終わったようだな。随分と時間が掛かったじゃねえか」
「誰かと思ったらハルゲルのおっさんか…スライムは簡単だったけどなかなか見つからなくて森まで行ったんだ」
声を掛けてきたのはBランク冒険者のハルゲルだ。そういえば、依頼が終わったら腕試しすると言っていた。
「森…!?お前、まさか北の方にあるエレーンの森か?あそこはCランク級の魔物がうようよいる所だぞ!よく怪我せずに帰って来れたな」
「あ、ああ…森から入って少しぐらいに池みたいな水溜りを見つけたんだ。そこで待ち伏せて終わった感じだな」
ヘルハウンドもついでに倒してましたなんて言わない。言ったら説教されそうだし。
「それは運が良かったな〜。北以外の方から行けば海へ通じている川があるからよ。そっちに行けば楽勝だったぜ」
(マジか、それならそうと早く教えて欲しかった…)
でも、そのおかげでレティシアを救えたと思えば、結果オーライ。人助けをしたとリサの奴にも自慢できるだろう。
「いい出会いもあったからいいさ。ところでハルゲルのおっさんよ、そんなに酒飲んでて大丈夫か?…腕試し、やるんだろう?」
近づくと顔が少し赤く、酒臭い。こんな状態じゃ、マトモに戦えるとは思えないし、また別の機会にした方いいんじゃ…。
「あーん?舐めてもらっちゃ困るぜ。このくらい余裕だ、余裕。さてとやるか…」
ハルゲルはこのギルドの地下にある訓練場を借りる為、受付へ向かう。多少の口論をした様だが、許可は出たみたいだ。
ハルゲルは俺を呼び、地下へと続く階段へ誘った。
◆
古びた家の中、あちこちボロボロで隙間風も多そうだが、所々に補修された跡が見受けられる。その部屋の中には1人の少女と痩せ細っている男性がいた。
「お父さん、ただいま。アリーダさんのお薬持ってきたよ」
お父さんと呼ばれた男性からの返答はなく、どうやら眠っている様だ。少女はそのまま独り言を続ける。
「今日は、森の奥へ行きました。そこで魔物に襲われている私を助けてくれた人がいたんです。それも黒い髪を持った男の子だったんですよ…」
少女は横になって寝ている男性を見下ろす。その目の中に光は無く、全てを真っ黒に染めるほどの狂気を放っていた。
「私、頑張ります。ようやく手掛かりを見つけられた気がしたの。お母さんを私達から奪ったあの人の手掛かりを…!」
少女は男性が眠っている部屋を出て行く。
今晩のご飯を作る為に。常に無表情だった顔は口元が三日月の様に歪んでいた。
「また会える日が楽しみです。今度は逃しませんから…ねぇ?アルバルトさん」