第17話 キャプテン、ゴールド・シーラップ
鬼ヶ島と呼ばれる凶悪な鬼人族が住むという島がある。彼らは人や魔族など様々な種族から恐れられている。
曰く、人を喰らう。
曰く、彼らは凄まじい戦闘能力を所持しており、どんな傷でも瞬く間に治してしまう。
曰く、仲間意識が強く敵はどんな相手でも殲滅するまで止まらないなど。
弱点が無いのではと囁かれる程だ。
そんな理由がある為、鬼人族には手を出すなという認識が全種族共通だ。しかし、研究や金儲けの為に狙ってくる者は少なからずいたりもする。
そんな鬼人達の巣窟である鬼ヶ島に一隻の船が止まっている。
船頭に立つ男が1人。大きな白い髭やマントを靡かせて腕を組み、目の前に広がる草原を睨みつける様に眺めていた。
「遅い!遅すぎる!!約束の時間になってもこんではないかっ!!!」
大きな声がビリビリと空気を振るわせる。大声をあげている男とは別にその船の乗組員達も身体を震わせていた。
「ったく、キドウの頼みじゃなきゃ置いて行くものを…」
この男、ゴールド・シーラップは主に船で商品の輸送、各地域の特産物や魔石を仕入れて販売などを生業にしている商人である。
昔、この男が若い頃だった時の話。
船が海の魔物に襲われている所を丁度、海を走って買い物に出掛けていたキドウに助けられた事がきっかけで知り合い、今では唯一、鬼ヶ島に商品を卸す事が出来る友人となった。
そんな荒ぶるゴールドに対し、待ち人がようやく姿を見せた。
「キャプテーン!遅れてすみませーん!」
草原から砂煙をあげて此方へ向かってくる影がある。先程までリサーナと決闘していたアルバルトである。
船へたどり着くと勢いよくジャンプし、船の甲板へ着地した。
「このゴールド・シーラップ様を待たせるとはいい度胸だな!小僧っ!」
ゴールドの拳骨がアルバルトの頭に落ちる。
「痛ってぇ!キャプテン、遅れたのは悪かったけどもうちょっと加減を…。」
「うるさいわ!…チッ、まあ良い。なんで遅れたか後でじっくりと聞くからな!」
たんこぶが出来てやがる。その気になれば簡単に治るけど、痛みが無い訳じゃないんだよな。
俺が遅れたのが悪いけども少しは加減して欲しかった。訴える様にキャプテンを睨むが本人はどこ吹く風だ。
「よっしゃぁ、野郎ども!帆を張れ、面舵いっぱい!目指すは王都南水門だー!」
おぉー!面舵いっぱーい!と元気よく船員達は声を上げる。船は鬼ヶ島から王都へと向かって行った。
◆
「くっそ〜、あの親父、思いっきり拳骨しやがって…頭が凹んだと思ったじゃないか」
涙目になる程、めちゃくちゃ痛かった。少しは加減って物を知らないんだよな、キャプテンは。たまには優しさも見せて欲しい。
いや、やめよう。試しにデレデレになったキャプテンを想像してやめた。おっさんのデレはキツいっす。
キャプテンはよく村に商品とか届けてくれる存在だ。俺もよくご銭稼ぎに船から村へ商品を運んだりしていた。
その為、ゴールド・シーラップじゃなくキャプテンと呼べと言われ、よくしてもらっている。
ぶつくさと頭を抱えて割り当てられた部屋へ向かう。部屋に設置してあるベッドへダイブする。身を投げて先程まで戦いや全力ダッシュやらで疲れた身体を癒す為に顔をベッドに埋めた。
暫く横に休んでいると部屋の扉がゆっくりと開いた。
「小僧、調子はどうだ?わざわざ、今日遅れた理由を聞きに来てやったぞ」
手には酒を持ちながら扉の前で仁王立ちをしている。まるで此処から逃がすかという圧を感じてる。
「あはは、キャプテン。お疲れ様。今日は…」
とりあえず、椅子が1つあるのでそこへ座る様に促し、遅れた理由を話し始めた。
「ブァッハハハッ、イーヒッヒッヒ!これは傑作だ!女に引き留められて、それでオメェ、喧嘩でボロボロに負けたのか!あー、おもしれぇ!」
「負けてはない!…ギリギリ勝ったと思う」
ハンデ有りだけども。
「それまで何回負けたって話よ!でもまさか遅れた理由が女にボコボコにされていたからなんてのは面白い!こりゃあ、いい肴になりそうだ」
膝をバシバシと手で叩きながら豪快に笑う。
「あー、酒がうめぇ……」
笑いながらグビグビと酒を飲む姿はまるで鬼人族と一緒だ。
「全く、こんな昼間から酒だと身体壊しちまいますよ」
「あ?大丈夫だ。これくらいなら水と変わりやしねぇよ。そんで小僧、おめぇこれからどうするんだ?」
「まずは王都で情報と金を稼いでみようかと。最初は冒険者ギルドで登録する所からですかね」
そう、まずは色んな情報が集まりやすい王都に滞在しながら金を稼ぐ。冒険者ギルドは身分証を貰うと共に金を稼ぐ手段だとキドウさんから教えてもらった。
「そうか、なんか困った事があったら俺に声を掛けろ。馬車でも船でも紹介してやるよ」
「ありがとうございます、キャプテン!そういえば、後どれくらいで着きそうですかね?」
窓の外を見ると日が傾いてだいぶ時間が経っている気がする。
「まあ、この調子ならあと数刻もあれば着くだろうよっと」
ゴールド・シーラップがアルバルトに返事をして酒を煽ろうとした時、船が突然大きく揺れた。
それと同時にバタバタと五月蝿いぐらいの足音が聞こえ、彼らがいる部屋の扉が再度開かれる。
「ゴールドさん、大変です!海の怪物、クラケーンが船に絡みついてます!」
「あぁ?何だと!チッ、酒も零れちまったじゃねえか!許せん、そいつは何処にいる!」
「はい、船頭に絡んでいて進路を妨害している様です!」
キャプテンはそれを聞くなり、報告しにきた船員を強引に退かして走り去る。俺もその後ろに続く様に走った。
船の甲板へたどり着くと目の前にクラケーンの姿が確認できた。長い触手に大きな吸盤、青白く大きな身体を見るとまるで前世のイカそのものである。
そのイカと対峙する影がある。2メートルはあるモリを前に構えているキャプテンだった。
「オメェ、この船がゴールド・シーラップ様の船だと分かってるのか!オメェのせいで大事な酒も溢れただろうが!」
「ギィィイ、ギャィァァア!!」
海王イカは興奮すると巨大な触手を使い、押し潰さんとしてくる。これは海に引きづり込まれでもしたらたまったもんじゃないな。
此方に迫る触手をキドウさんに貰った大剣で力一杯に切り捨てる。
「俺も加勢する!」
「小僧!…手を出すんじゃねえ。こいつは俺の獲物だ。それにこんなん屁でもねぇ」
ゴールドはモリを使い、再び迫ってくる触手を受け止めるとモリを回転させて引き千切った。
クラケーンも負けじとさらに大量の触手で攻撃するがゴールドの前では無力であった。紙一重で触手を躱すとモリを横凪に振るう。そうすれば触手はまるでバターの様に簡単に切り裂かれた。
「おらおらおら!どうした、もうお終いか?だったら最後にコイツをくれてやるよ」
モリを上に高く掲げて凄い勢いで回転させる。あまりの回転の凄さにゴールドの周りを中心に風が巻き起こっている。
「よく見てろ、アルバルト!武器の切れ味を上げる俺のスキルと水魔法を組み合わせた技をな!喰らえ"水流螺旋槍"ッ!」
回転するモリをさらに加速させる。勢いを殺さないまま掬い上げる様にしてモリをぶん投げた。
ゴールドのスキルと魔法、それから遠心力が加わり、音を切り裂きながら物凄い速度でクラーケンへと向かっていく。
クラーケンは残りの触手で防ごうとするが止まらない。モリはクラーケンの肉を食い尽くす様に引き裂きながら前へと突き進み、額にある魔石を貫いて海へ落っこちる。
急所を貫かれたクラーケンは船から海へと落ちた。その後、力尽きたらしく海にその巨大な身体をプカプカと浮かばせている。
「オラァ!このゴールド・シーラップ様の勝利だ!野郎ども!あの獲物を引き上げるぞ!」
キャプテンがガッツポーズを空へ掲げて高らかに声をあげていた。人族であの巨大なイカを倒せるとは。周りの船員達も興奮を隠せないのか盛り上がりが凄い。
「流石だ!船長っ!やっぱり俺達はあんたについて行くぜ!」
「流石は元Aランクの冒険者だ!俺、感動しちゃったよぉ!」
キャプテンの周りを船員達が取り囲んでいる。
「てめぇら!油売ってねぇでさっさと働け!傷ついた船甲は後回しにしろ!それよりも獲物が先だ!早く引き上げて目的地へ向かうぞ!このままじゃ日が暮れちまう」
へいさっさーと元気よく船員達は作業に取り掛かる。俺は指揮を取っているキャプテンの側に寄った。
「お疲れ様です。カッコ良かったですよ」
「そうかい、ありがとよ。俺様の必殺技はイカすだろ?あんな大物だってあの通りよ」
引き上げられていたイカを2人して見つめる。火の魔法でイカを炙っていた。早速、誰かが調理している様だ。
「さっきのはもしかして…」
スキル…その人だけが使えるというこの世界の特別な力だ。神からの贈り物と言われているらしい。リサが使って来た技もスキルを元に作られている。
「そうだ。親から子へと受け継がれる力だな。稀にだが親とは違うスキルが発現する事があるそうだ」
キャプテンが指示を聞きに来た船員と少し喋った後、また俺の所に帰ってきて話を続けた。
「自分の中の心に言葉が浮かんでくる。そしたらそれを唱えればいい。そうすれば自ずと力の使い道がわかる様になる」
俺はまだスキルを使えない。だからよくスキルという物を理解出来ていないしいつ発現するのかとよく考えて来た。
あれだけ戦いを経験しておいて出て来ないのも珍しいとリサからも言われた事がある。
「そういえば小僧はまだ使えないんだったか。まあ、人それぞれ発現するタイミングが違うとも言われるから気にすんな。それにこいつは強力だが魔力を大幅に消費して使うからな」
乱発は出来やしねぇやと髭を掻きながら話してくれた。
「魔法なら…使えるんだけどな」
スキルは魔法と違い、一度使うと大量の魔力を消費するらしい。魔法は便利だが、人によって使えない人もいるらしい。俺は火が使えるので運がいい方だ。
人次第でその消費する魔力にばらつきがあるみたいだ。
魔力は使い過ぎると身体が上手く動かせなくなる。使える回数はその人の魔力量次第だという事を頭に入れる。
「それよりもあのクラケーンで祝杯と行こうぜ!あの大きさならこの船に乗ってる全員食っても足りるだろうよ」
そうキャプテンは言い残すとズカズカとクラケーンの方へ歩いて行った。
しかし、あの技はカッコ良かった。まさか一撃で仕留めるなんて思ってもみなかったからだ。俺が戦ってたらアレを倒せるかどうかも分からなかった。
俺も早くカッコ良い技を使いてぇ。
「おい、小僧」
「…ッ!あ、キャプテン。それってもしかして?」
すぐに戻ってきたキャプテンに驚く。髭もじゃの顔面が近くにあったら驚くわ!右手に石の様な物を持っている。マジマジと近くで見るとこれは魔石だよな?よく部屋の灯りや何やらで使っていた。
「これは魔石だ。よく日常で使っている所を見た事があるだろう?この魔石はさっきの魔物共から取れる。これを採取して冒険者ギルドに売りつければ金になったりするから冒険者するなら覚えておけ」
本である程度なら読んで知っている。
確かに金に困ったら魔石を採取して売るのは良いかもしれない。各地に旅をする予定だから金は幾らあっても足りないからだ。
「後は魔物によっては皮や牙、角、骨なんかの方が高く売れたりするな。魔物を傷付けたくない時は身体の何処かについているこの魔石を破壊するといい。これは奴等にとって急所だ。迷ったら壊せ」
「確か…本にもそう書いてあった気がする。魔石の他に皮や牙ね。教えて貰ってありがとう、キャプテン」
「…おう、さっさとさっきのクラケーン食って少し寝てろ。後、数刻で着くからな。それまで休んどけ」
焼いたのだろう巨大なイカのゲソ焼きとバターがキャプテンの左手にあった。それを受け取ると俺に背を向けて歩き出す。それを見た俺は貰ったイカ焼きを食べて一言。
「美味っ、バターつけて食うと美味いなこれ」
もしゃもしゃとバターをつけながらイカが無くなるまで食べ続けた。