第146話 俺の行くべき道は…
俺が再び意識を取り戻した時、目の前には素晴らしき絶景が広がっていた。
大中小と並ぶ山脈が聳え立っており、俺は心の中でめちゃくちゃ喜びの声を上げた。当然口には出さなかったが。
俺の顔を覗く瞳が6つ。ヨル、ルイ、リリィと呼ばれたサキュバスの魔族が興味ありげに俺の身体を弄っており、くすぐったい。
身じろぎしようにも身体が上手く動かない。指先なら微かに動かせるが、これ以上は無理そうだ。
腹の底から笑いたいが、自由に笑う事は出来ない。このくすぐり地獄は彼女達が飽きるまで続いた。
「……リリィ、伝令よ。ヴァンピス様が帰ってきたらしいわ」
「チッ、あのクズ、もう帰ってくるなんて…分かったわ。ほら勇者も行くわよ」
(やっと終わったのか……まさに生き地獄だったぜ。それにしても仲間同士でも結構仲が悪いみたいだな)
彼女達を追う様に俺の身体が勝手に動いていく。先程から森でも見た虚な目のエルフ族が数人程すれ違っている。足取りはしっかりしているし、全員、その目を除けば顔色も良好そうだ。
これでひとまずは安心したが、俺の方の現状を打破しなければいけない。
淡々と魔族達の後ろを歩く中、対策を自分なりに立ててみた。
指先が少しだけ動くなら他も動けるようになる筈だ。
思い出せ…マリアが言っていた言葉を、彼女は相手の魔力と混じり合う事で行動を制限させると言っていた。ならその異物な魔力ごと俺の身体の一部として取り込んでしまえばどうだろうか。
幸いにも、俺はその方法を知っている。
勇者の持つ能力を持ってすれば、おそらくは大丈夫だろう。時間が少しかかるかもしれないが、仕方ないと割り切る他ない。
彼女達にバレない様に勇者の力を微調整し、身体に入り込んでいるリリィという少女の魔力を取り込んでいく。その証として手の甲には薄らと聖痕が光を放っている。
「………?」
「どうしたの、リリィ?」
「いや、何でもないわ。気のせいだったみたい」
(あっぶねぇ……ちょっと力を入れ過ぎたか)
リリィが違和感を感じてたまに後ろを振り向いてくる。気付かれそうな時は力を使うのをやめて、再開、やめて、再開を繰り返すと身体全体が少しずつではあるが動かせる感じになってきた様だ。拳を握れるまで結構時間が掛かった。
そうこうしている間に彼女達が目的地に辿り着いた様だ。大きな玉座に座っている知らない魔族がいた。おそらくアレがミドルウッド王が惹きつけていた魔族だろう。
頬はコケており、身体もほっそりとしていて一言で表すとガリガリだった。
(顔に化粧してるっぽいからアレは女……?いや、男だな奴は…)
最近、ヒガリヤで同じ様な感じのを見た気がする。チレーズとかベベールとかカーマンとか。
なんかそういうのを見分けられる様に出来てしまった自分が怖い。
「あらぁ、意外と勇者って美しい顔してるじゃないーの?目鼻立ちは整っているしぃ、肌も結構綺麗……まあ!私よりはぜーんぜん劣るけどね!」
(きっちぃ!!!鼻息が掛かって気持ち悪いというか、その顔を近づけるんじゃねぇ!)
気色悪い魔族の男に引きながらも視覚で見える限りの光景を眺めていると壁沿いにズラッと美丈夫なエルフ族の男達が並んでいた。
誰も彼もが他のエルフ達と同じ様に虚ろな様子だ。
『おい、聞こえるか、人族の男よ』
眺めていると頭の中に流れ込んで来たのは威厳がありそうな渋い声。今は下手に身動きを取るわけにはいかないので瞳だけを動かす。
右から2番目、前髪を後ろに纏め上げているエルフ族に視線がいく。向こうも俺と同じ様に瞳だけ動いていたので、違和感を感じてすぐに分かった。
(これってどう返事をすればいいんだ?)
『そのままでいい。私の"念話"というスキルでお前の頭に語りかけている』
頭に響いてくる声に集中して、男の話を聞くとどうやら始めの方に連れて来られたエルフ族らしい。
精鋭部隊の隊長を務めていただけあって魔力の耐性は常人以上にあるっぽく、意識だけはずっと残っていたそうだ。何ヶ月にも及ぶこの自由に動けない現状にほとほと疲れていた様だ。
隊長の名前はエドラという。エドラからある程度簡潔に聞き出した情報によると魔族の数は今俺の目の前にいる4人で全部。
リリィ、ルイ、ヨルのサキュバス三姉妹と今も頬を染めて身体をくねらせているヴァンピスという男。
過剰なまでの美しさの追求と部下である彼女達を容赦なく蹴り付け、踏み躙る暴虐性を持ち合わせているのだという。
その光景を側で見て来たエドラからも同情を買うほど酷い有様みたいだ。
魔族は俺達の敵だ。それはエドラも分かっているのだが、その考えを覆い尽くす程、ヴァンピスによって尊厳を踏み躙られ続けている彼女達が可哀想だと呟いていた。
『俺はこの場からは動けない。アルバルト、お前の力で私とその同胞を解放して欲しいのだ』
(事情はある程度分かった。ヴァンピスの能力と彼女達の内情も……分かった。隙を見て俺が何とか動いてみよう)
『すまない……頼んだぞ、アルバルト』
(色々と情報が多過ぎるが、優先事項はエドラ達を解放する事。方法は術者であるリリィを倒すか、俺の勇者の力をフルに使って彼らの異物を取り除く感じになりそうだな)
思いがけない情報提供に感謝しつつ、今後どうするべきかを考える。
話を聞く限りだと彼女達も従わざる負えない状況で可哀想に思えてくる。古城へ突入しようと決めた時の覚悟が揺らいでいるのを俺は感じ取っていた。
やるせない気持ちに蓋をしていると俺に影が被って来た。誰だと思いながら視線を上げると舌舐めずりをするヴァンピスの姿が…手には空のワイングラスが握られている。
「さてと、早速勇者だけどぅ……少しは味見しても大丈夫よねぇ。勇者ちゃんはどんな味なのかしら?」
(えっ………?)
『いつものアレか…ご愁傷様だ』
あっ、ああ、目の前の奴が更に近付いて…。
「ぢゅるぢゅるぢゅる」
(うわぁァァ!俺の首吸われてるぅ!?!?)
「フルルルル、フルルルルゥティィィィィィィィィイイイイッム!!!!何よ、これぇ。生命の鼓動を感じるこのプリップリの舌触りと飲めば飲む程、身体が火照る程に暑くなる濃厚で奥深い魔力の塊!これが唯の人族!?おかしいわよ、こんな美味しい物なんて食べた事がない。これが勇者!でもこれはダメ。少し薄めないと…私が気絶しちゃう程、危険な代物だわ」
「…………きっも」
こいつ、俺の首から血を吸ってやがった。吸い終わった後に忽然とした表情で突然上を向いて叫び声をあげて煩い。後、リリィさんよ。俺もそれには同意見だよ。
ヴァンピスがひとしきり叫んだ後、サキュバスのヨルに連れられて部屋を出ていく。
ここで、エドラとお別れなので心の中で別れを告げる。
(絶対に助けに来るからな)
『そちらも気を付けてくれ』
念話によって言葉は発さないが、意思を伝える事が出来るというのは便利だ。お陰でこちらも対策がかなり楽になった。
相手の能力と数を知るというアドバンテージを得た俺は階段を降りて暫く歩いた後、鉄格子がある牢屋へと案内される。
ヴァンピスがヨルに地下へ来なさいと言い残して去っていった。地下という言葉からまだこの下に続く階段が何処かにあるのだろう。
逃走経路にもなりかねないのでそこも探しておく必要がある。
牢屋で鎖に繋がれ、腕輪らしきモノを嵌められる。するとどうだろうか身体中にあった力がガクンッと一気に抜けて崩れ落ちる。
すると同時に身体全体に掛かっていた違和感が拭い去って頭の中もクリアな状態になっていった。
「なにが……っ、魔力が抜けていく…?」
「あら、ごめんなさいね。これは魔封じの腕輪。魔力を吸い取る物だから身体が重くなるのも無理はないわね」
「何が目的だ。あのまま俺を支配した状態でも良かった筈だ」
「まさか私が気付いてないとでも?貴方、リリィの魅了を解いていたのは分かっているの。それにバレない様にするなら目はあまり動かさない方がいいわよ」
マズイ、俺の洗脳が解けていたのがバレていたのか。
額に大粒の汗を作って焦る俺を見て上品に笑うヨルは穏やかな表情で俺の顎を撫でる。
「ごめんなさいね。外してあげたいけどこれもヴァンピス様の命令なのよ。万が一に備えてってね?」
「………自分の意思じゃ、ヴァンピスには逆らえない、だったか?」
「よく分かったわね。その通りよ、私とルイはヴァンピス様によって作られた唯の人形にしか過ぎない」
「お前らの事情もある程度だが、分かってはいる。お前は俺に何をさせたいんだ」
不安に駆られつつもせっかくの機会だ。この女から何か得られる情報はないかと質問を続ける。
「少し痛くするわ」
「………っ、俺の血を抜いているのか」
「この注射っていうの、なかなか慣れないのよね。お願いだから動かない様にして」
「動きたくても動けねぇよ……」
「ふふ、そうだったわ」
3本程試験管の中に血で満たしてようやく注射をやめた。血をかなり抜かれた事で頭の中がふわふわするのと気分が悪い。
こんな最悪の中、項垂れる俺にヨルは見下しながら先程の話を続ける。
「さっきの続きなんだけど、私とルイは死人なの」
「………し、にん」
「ヴァンピス様にとって私達は妹のリリィを繋ぎ止めておく為の道具。あの人を倒さない限り何度でも立ち上がる肉の壁って所ね」
「………あの子は違うのか」
「ヴァンピス様にとってリリィは便利な玩具。いい反応がするって高笑いしていた。あの妹を弄ぶ憎っき男をぶちのめしたいの。その為に貴方の力を貸して欲しいのよ」
「姉妹愛ってやつだな。俺にも昔、妹がいたからその気持ちは分かるぜ。妹にちょっかいを出す奴は許しちゃおけねぇ」
「意見が同じで嬉しいわ。それで…力は貸してくれる気になった?」
「魔族はみんな敵だ……と今も思っている。俺が戦って来た奴はみんな人を苦しめていた。はい、分かりましたってこの場で即答なんて出来っこない。現にお前らだってエルフ達を苦しめているんだ。そこだけは譲れない」
「強情な男…でも、お願い。妹だけでいいの。あの子は…私達の可愛い妹は優しいから毎日罪悪感に苦しみながら生きている。あの子は生きるべきなのよ。もっと広い世界を見せて、学んで、幸せに暮らしていく。それだけで良かったのよ!」
ヨルがだんだんと感情的になって髪を振り乱している。余裕そうな佇まいから頬に爪を立てて引っ掻いている様子に恐怖を感じた。
「私達だってこんな事はしたくなかった!静かに暮らしていたのに!アイツが、奴が来たせいで!エルフ族も人族も来て、私達も死んで、リリィが殴られて、蹴られて、何も出来なくて!…………大丈夫って笑うの」
「…………っ」
「私には罪がある。この手を血に染めたりした事だって何回も、男を誑かしたりもしてたわ……私はどうなってもいい。リリィだけは助けて…」
手をわなわなとさせ、小さく身体を丸めて震えるヨルを見て、何とも言えない気持ちになる。
姉として守らなければいけない妹がいる。守る為にはなりふり構ってられなかったのだろう。
「…………もう時間ね。そろそろヴァンピス様の所へ行かないと怒られてしまうわ」
「待て、お前は……!」
俺がガチャガチャと身体を動かして呼び掛ける。
「考えておいて…私に残された時間はもうないから」
「おい待て!おい、待てよ!」
無情にもバタンと扉が閉まる音がする。足音も聞こえなくなり、この場には俺だけが取り残された様だ。
「俺は、俺はどうすればいいっていうんだ…」
すみません、年末忙し過ぎて遅れました!
今度はレティシアとミリア視点で送れればいいなぁと思います。
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