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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
グリーンフィールド 魅惑の森と最悪の魔獣編
135/148

第135話 戦いの前夜

 ヴァンピスへの復讐に燃える魔族のリリィとは別にグリーンフィールドでは、土の精霊ノームが生み出したキノコを食したミリアが両手に魔力を集めて唸っている。


「水が4、土が6の割合で魔力を混ぜ合わせ、そこへ精霊の力を組み込む……我が身を守れ!ーーー"樹木の守り(ウッドシールド)"!」


 ミリアが高らかに叫ぶと地面からニョキニョキと分厚い木が生えてくる。木の表面を押し込む様に触るとしっかりと反発するので、実験は成功という事となった。


 何時間にも及ぶ魔力の操作。何とか感覚を掴めるレベルまでに上がった。


 これはミリアの年の功……長く生きた経験と先人の教えもあり、短時間で習得までこじ付けた様だ。


「うん……やっとイメージ通りに出来たわ」


「お疲れ様。はい、お水」


「ありがとう、ちょうど喉が渇いてたのよ」


 ようやく成功したと身体から力を抜いて座り込むミリアを見てユージーンは持っていた水を手渡す。ごくごくと凄い勢いで飲んでいくミリアにミドルウッドはまだまだ制御が甘いと苦言を呈した。


 何故、こんな事になっているかといえば、ミリアが食べたあのキノコは食べた者に土の精霊ノームの加護を与えるというぶっ壊れアイテムだった。エルフ族、それも水と土の適正がある者にしか食べられないキノコはこの国にミリア以外だとミドルウッドしかおらず、全ての条件をクリアした彼女がカゴを授かる事が出来た。


 加護の内容はひとつだけ。


 練習次第では樹木を手足の様に操れるという事。ミドルウッドは己が得意とする樹木を使った戦法をミリアに叩き込んでいる。


 ミリアのスキルである"思考加速(しこうかそく)"は複数の魔法を同時に放てるという魔法使いなら嫉妬してしまう程のものだ。


 ノームの加護は水と土属性の魔法を同時に練り上げなくてはいけないが、いつも戦闘でそれらを使い分けていたミリアにとって朝飯前である。

 ミドルウッドも嫉妬してしまう程にこの短時間の間で彼女はコツを掴むとどんどん練度を上げていった。


「我が孫ながら物凄い才能だ…。これならすぐに私を追い越すのも可能だろう」


「お祖父様にそう言って貰えるなんて光栄だわ。だけど、実践だとまだ使い物になるかは怪しい所ね…」


「ミリアならば大丈夫さ。時間を掛ければ使いこなせる」


「でも、今はそんな時間はない…でしょ?」


 ミリアが言う様にエルフ族の男達が魔族に操られているこの状況は喜ばしいものではない。

 このグリーンフィールド内で夫や恋人を攫われた女性の怒りは凄まじく、ミドルウッドが宥め、抑えなければいけないほど事態は悪い。その解決法としてマリアがこの国に召喚されたのだ。


 予想外だが、勇者も付いてきたとなれば心強い。今は国の不満が爆発する寸前であり、早期の解決が求められる。

 今日は身体を休めて貰い、明日には魔族討伐へと赴いてほしいとミドルウッドはマリアと交渉をしていた。


 とりあえず、少しばかりだが戦力を増やす為に孫であるミリアに土の精霊ノームの加護を与えた。更にその加護を用いた戦い方を自らが教える事で着々とミリアの実力は伸びている。



 ◆



 グリーンフィールドでささやかな宴が開催された。酒や果物など沢山の美味に囲まれ、久しぶりのご馳走に目を輝かせた。腹も満たし、長旅で疲れが現れて眠気が来る。ミドルウッドの住まいに通された彼らは早くも眠りにつく。


 日も暮れて誰もが寝静まったその夜、豪華な食事に舌鼓をしたアルバルトは突然の尿意に目が覚めてトイレへ行った。


「………ユージーン」


 部屋へ戻ろうと歩いていると部屋の前の廊下で腰掛けるユージーンの姿が見える。


「やぁ、アルバルト。君も目が覚めたのかい?」


「ああ、俺はトイレだ。お前もかユージーン」


「違うよ。実は明日、あの古城へ行くって考えたら何だか寝付けなくてね…」


 憂いた目で空を見上げるユージーンの隣に俺も腰掛ける。そして一緒に空を見上げた。


「城ってだけで気後れするよな〜。俺もエウロアエとヒガリヤの城行ったけど毎回緊張してたし」


「ハハ、僕も同じさ。でもそれだけじゃない。明日はきっと激しい戦いになる。あの日、ヒガリヤで戦った魔族みたいに手も足も出なかったらと思うと手が震えて来るんだ」


 そう言ってユージーンは自分の手を見つめる。確かに彼の手は震えていた。

 俺も自分の手を見る。自分では気付かなかったが、少しだけ左右に揺れている。


「………………」


 きっと俺もユージーンも怖いのだ。魔族との戦いは常に死闘だ。どちらかが倒れるまで戦うしかない。自分の大切な仲間が倒れてしまったらと考えた時、ブワッと嫌な汗が出る。


 命の取り合いはこれが初めてじゃない。もうこの世界に来てからは何度も経験してきた。


 だからこそ、自分や仲間もいずれは……と考えてしまった時、怖くて仕方ない。そんな未来は後にも先にも経験したくない。


「なぁ、ユージーン。俺がさ、もし倒れちまったら……その時はアイツを頼むな」


「……………分かった。それなら僕もその時が来たら頼むよ」


 俺に万が一あった時、残されたレティシアか心配だ。だから保険としてユージーンに託す事にした。それはユージーンも同じだったみたいだ。意外と俺達は似たり寄ったりなのかも知れないな。


(一気に辛気臭くなっちまった…話を少し変えるとしよう)


「それにしても今日の飯は美味かったよな」


「あの宴の事かい…?」


「そうだ。節約しながらの長旅だったからこうして久しぶりに腹一杯食って俺は幸せだぜ〜」


「聖女様なんて凄かったよね…ハハハ」


「最初と全然イメージ違うだろ?普段から飯食って作った魔力を貯めてるってさ。俺もそんな力が欲しい。ていうかアイツ、1番に寝てたぞ!」


「うーん、有事の際にはちゃんとしているんだけど、僕の中の聖女様は見事に崩れたよ。まあ、聖女様なりの苦労があるっぽいから良いんじゃない…?」


 俺達はくだらない会話を続けていく。自分の中で燻っている不安を押しつぶす様に腹から笑い、思い出や自分が感じた事を吐き出していくのだ。

 そうすると身体の震えはいつの間にか止まっていた。もう充分だと思うが、まだまだ口が止まらない。いまこの時が途方もなく、楽しくてついつい口が滑る。


「えー、アルバルト。君もなかなかあるね。故郷に幼馴染の女の子がいるなんて…僕にも後で紹介してくれよ」


「お前にはミリアがいるだろう?なーに狙ってんだよ。ミリアに言い付けるぞ」


 最強の切り札、それはミリアに言い付ける…だ。俺のその言葉は効いたみたいでユージーンからウッと情けない声が上がった。


「ち、違うよ…僕はただ興味が湧いただけ!そういう君だって、レティシアさんがいるじゃないか!どっちを選ぶつもりなんだい?」


「うっ、この話はこの辺で…!」


「逃げたね、アルバルト」


(あっぶねー!ちょっと揶揄うつもりが、まさか逆に揶揄われるとは…クロスカウンターを食らったみたいだぜ)


 そこら辺は自分の中でもちょっとあやふやにぼかしている部分なのだ。今の俺はこう言ってはなんだが最低な奴だ。付き合いが長く、波長の合うリサーナと背中を預けられる相棒のレティシア。どちらかを選ぶなんて今の俺には難しい。


 最低な奴だって罵ってくれて構わない。

 いずれは答えを出すつもりだ。いや、もうレティシアには手を出されたが…それはもうガブリとね。まるで獣だったとここに記す。


 そうだ。そういえば、まだユージーンには隠している事があった。それも言うべきなのかどうか迷っている。ここまで仲良くなってるし、彼は俺の中で兄の様な友達の様な感覚だから、今更距離を置かれたくはないのだ。


「俺はまだお前達には言ってない…隠している事があるんだ。それを言ったらきっと今の関係じゃ居られなくなる。俺はどうすれば良いと思う…?」


「……変な質問だね。別に君が何を隠していようが、僕の中ではもう立派な仲間だ。この先、何があろうともね?」


 ユージーンの言葉で肩の荷が降りた気がする。アルバルトが口を開こうとした時、ユージーンは更に言葉を紡ぐ。


「でも、その様子を見る限りだと今じゃない。それは君の中でもっと整理してから言うべきだと僕は思うよ。相手に答えを委ねている段階じゃ、まだ聞く気にもなれないしね。それに僕だって隠し事の一つや二つ、いやそれ以上ある…かも?だから言わなきゃいけないなんて事もないのさ」


「……………ありがとう」


 俺はまだ怖い。嫌われたくないという気持ちが強い。仲間に隠し事なんてと思うが、ユージーンはそれで良いと言う。今はその気遣いにありがたく縋るとしよう。こんな弱い自分が情けなく感じる。


「後で絶対に話す。これは確定事項だ」


 拳をユージーンの顔の前に突き出す。俺の意図を察したユージーンもまた拳を合わせ、2人で静かに笑い合う。


「だから明日は絶対に勝つぞ。お互い生きて帰ろうぜ、親友(ユージーン)!」


「そうだね。生きて帰ろうーーー僕の親友(アルバルト)


 俺達は負けない。

 誰1人欠ける事なく、明日は笑顔で笑い合うんだ。



 この日、俺は親友がリサーナ以外にも1人出来た。














「あら、貴方も眠れないの…?」


 夜の帷も降りて月明かりだけが辺りを照らす幻想的な夜。そんな夜更けに水の入ったグラスを傾けるのは赤髪の女性。


 氷同士がぶつかり合うカランと鳴る音と共に廊下の暗影にいる人へ声を掛ける。


「ーーえぇ、今宵は良い()()ですので」


 一歩、また一歩と足音を鳴らし、近づき姿を見せる。身体の動きに合わせて茶色の髪をはらりと揺らす少女は言う。


「……確か狼獣人って満月だと魔力が活性化するんだったわよね」


「お隣失礼します。えぇ、お陰様で身体が熱くてこの日だけはなかなか寝付けないんですよね…」


「やっぱりカブらないといけないんでしょうか…」と小さい声で漏らすレティシアにミリアは心の中でその標的になっている彼に対して祈りを捧げた。あぁ、どうかご無事でと。



 ◆



 実は一緒に旅をする中でこういった事は何回かあった。その度に見張り番をユージーンと交換していた訳だが、ある夜、それも満月の日にミリアはふと目が覚めた。横にいる筈のレティシアの姿がない。


「あれ……?レティシアさん?」


 なら、火の番とそれから見張りをしてくれているアルバルト達と話しているのだろうと当たりを付けてもっそりと起き上がってテントの入り口まで向かう。


 その瞬間、テントの隙間から見えた光景に残り全ての眠気が飛んだ。


「なっ、なななっ!!」


 身体が火照るレティシアがアルバルトに正面から抱きつき、その口筋に小さな牙を突き立てている。そんな彼女の頭を優しく撫で続けているのはアルバルトだった。


 目の前で見てしまった他人のただならぬ関係にミリアは顔を真っ赤に染める。ミリアだってウブではない。だけど友達の、しかもさっきまで自分とお喋りしていた時の顔とは全然違う。あれは完全に雌の顔だ。


 初めて見たレティシアの裏の顔。それはミリアにとって凄まじい衝撃を与える事となる。


 悶々と先程の光景が焼き尽いて離れない彼女はドキドキと早く動く心臓と共に横になりながら寝床に戻って目を瞑る。だが、いつまで経っても眠れずに夜が明け、その日は最悪のコンディションだった。


 心配そうに顔を覗き込んだレティシアを直視する事すらその日は出来なかったという。



 ◆



 レティシアのカブる宣言で少し固まったミリアだったが、グラスに入った水を喉へ流し込んで気を取り直す。

 少しの沈黙後、先に口を開いたのはミリアだった。


「ごめんなさいね。こんなエルフ族の事情に巻き込んでしまって…」


「良いんです。それも込みでミリアさん達をお誘いした訳ですし、巻き込んでしまったのは私達の方ですから」


「ふふ、相変わらず優しいのね。レティシアさんってさ」


 ミリアは膝を曲げては伸ばしを繰り返してあしをプラプラとさせる。その仕草を見てレティシアも何となくだが、足を振って真似をする。何もない静かな時間が過ぎていき、ずっと口を閉ざしていたミリアが呟く。


「私、このグリーンフィールドで生まれたんだけどさ。ここには沢山の思い出が詰まっているの。勿論嫌な事だってあったわ。父親譲りのこの髪もよく揶揄われたっけ?」


「………私は綺麗な髪だって思いますよ」


 レティシアの呟きにミリアがふと口元を緩めて礼を言う。


「人族の父と一緒のこの赤髪は私の誇り。クソガキ共に揶揄われたって胸を張って言い返してやったわ!」


「ふふっ、ミリアさんはお父さんが大好きなんですね。私と一緒です」


「……ええ、大好き。大好きだった。父が寿命で倒れた時はここを離れて父の故郷で暮らして、それから母と2人で見送った。母も父を見送ってから病気に罹っちゃって……後を追う様にして眠ったわ」


 光り輝く月を見上げてスーッと目を潜める。

 例え何十年、何百年経とうとも忘れる事はないだろう。あの日は大好きな家族を弔った日だ。記憶にあるのは色褪せる事の無い幼き日の自分。


「私に残った家族はもうお祖父様だけ…」


 我儘放題でお転婆だった私を優しく包み込む様にあやしていた父、そして料理上手で強かな母はもうそばにいない。


「だからね、私はここを守りたい。父と母と暮らしたこのグリーンフィールドを。お祖父様が住むこの国を魔族なんかに好き勝手されてたまるもんですか!ってね」


 ミリアは今は亡き両親の思い出を守る為に奮起している。その激情を感じ取ったレティシアもまた同調する様に頷いた。そしてミリアのほっそりとした指先に手を置いて包み込む。


「私達で、守るんですよ。仲間が酷い目に合っているのに見て見ぬふりなんて私には出来ません。それにミリアさんの覚悟は痛いほど分かりますから……」


 レティシアも魔王ヘリオスによって家族の日常をぶち壊された身だ。家族を守りたいという純粋なミリアの気持ちを聞いてレティシアは力になりたいと手に力が入る。


「微力ながらお力添え出来ればと思いますが…」


「…ぅぅ、うわ〜ん!レティシアさぁーん!!」


「わっぷ」


 レティシアの言葉を受け、緊張の糸が解れたミリアは抱きつくとその胸の中で号泣した。

 常に気を張っていたのだろう。自分でどうにかしなくちゃと考えていたのかもしれない。


 子供の様に泣き喚くミリアの頭を手で優しく撫でる。


「もう…これじゃあ、まるで大きな子供です……」


 とりあえずミリアが満足するまではこのままでいよう。体勢的に少し厳しいが、ここは我慢だ。


 レティシアはミリアが泣き止むまで優しくその頭を撫で続けて月を見る。


 そんな優しい時間が2人の間で過ぎていった。


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