第125話 エピソードオブ土蜘蛛1 ツカハという少女
これはアルバルト率いるブラックファングと敵対する魔族の土蜘蛛の壮絶な戦い後の物語である。
此処はヒガリヤからそこまで離れていない土地にあるが険しい山道がある辺境の村。
そんな村には薄い水色の髪が綺麗に整えられ、髪の隙間に花を一輪差して髪飾りにしているツカハという少女がいた。
彼女は真面目で勤勉。多少、無口はあるが、少し吊り目がちでクールな印象を持たれがちだが、困っている人は放って置けない性格で案外ノリもいい。それもあって村の中では老若男女問わず、人気はかなり高い。
だが、そんな彼女にも一つの欠点というべきものが存在する。
「……此処にも綺麗なお花が咲いてるわ」
それがこの花好きだ。珍しい花を見るとその美しく咲く花に見惚れてしまい、あちらこちらと出歩いてしまう事がしばしば。一つの事に集中すると周りが見えなくなるのも困った点だ。
一応、腰に刺してある刀と言われる武器を携えており、自衛もそこそこ出来る為、村の人々からは呆れつつもあの子なら大丈夫だろうという感覚があった。
それは彼女も分かっている。だからこうして思う存分に自分の趣味へ没頭できるという物だ。
「ここにもお花が咲いているのね」
まるで花の蜜に釣られて寄ってくる虫の如く、ツカハという少女もまたそこへしゃがみ込んで近寄っていく。
そんな彼女の目にはキラキラと咲く花しか見ておらず、森の奥へ、奥へと誘われていく。
「………ここは何処?」
少女はコテリと頭を傾げて足を元いた方角に向けて戻ろうとするが、周りは同じ様な景色が続いている。見渡す限り同じ様な光景ばかりで帰り道を見失っていた。
(どうしよう……)
村の方向を完全に見失った。これはまずい。いくら夢中になっていたとはいえ、日も傾いて来た。あと数刻で日も暮れるだろう。
このまま帰る事が出来なかったら村のみんなに迷惑を掛けてしまう。
今の自分の状況を飲み込み、顔を真っ青にさせたツカハは慌てて立ち上がって周囲を警戒しながら草木を掻き分けていく。
「まずは水が流れている所を探さなくちゃ」
村には小さな川が流れている。その水源に辿り着ければ、それを辿って村へ帰れる筈!
そうと決まればと水の流れる音を頼りに散策していく。時折襲い掛かってくる魔物を一太刀で仕留め、自分のスキルで倒した魔物を魔法袋に詰めて保管する。
「これで食べ物は何とか持ちそうね」
魔物を収納し終わった後は引き続き、歩き回って水源を探す。汗をダラダラとかきながらもようやく川を見つけたツカハは両手を上げて喜んだ。
やっと飲める水を見て喉の渇きを自覚したツカハは手で水を掬って飲み干す。
ようやく余裕が出来た彼女だが、気付いた時には夕暮れ。
間に合わなかったと息を吐いて近場の洞窟へ足を進めるが、ある強烈な臭いによって足が止まった。思わず、刀を握る手に力が入る。
「………これは、血の匂い。それも強烈な…」
◆
木が生い茂る森の中、岩と岩の亀裂によって出来た洞窟がある。そこに近付くのは血の匂いに釣られてくる魔物だ。
弱った獲物がこの中にいると口の中から溢れ出る涎を垂らして獣は洞窟の中を進んでいく。
「グゥルルゥ…」
四足歩行でしっかりと地面を踏み締め、奥にいるであろう獲物にわざと聞こえる様に音を鳴らす。ある程度近付いた所で気付いた。
この先だ。あの暗がりの中に獲物はいる。
鼻をひくひくさせて口を大きく開く。獲物の肉を口いっぱいに頬張る想像をして獣は一直線に飛び込んだ。
「………ギャッ、キャウンッ!?」
大きな口を開いた獣よりも更に大きな手が暗がりから獣を掴んで引き摺り込む。小さな悲鳴と同時にくちゃくちゃガリゴリと肉と骨を噛み砕く様な音が洞窟内に響き渡り、止んだ。
「……ゲェプ」
小さな空気が弾ける様な音がしたのち、獣を引き摺り込んだ正体が暗がりから姿を現した。
身体を腕の力だけで這いずりながら現れたソレは身体中に火傷や切り傷等の大怪我を負っている。生きているのが不思議なぐらいにボロボロの土蜘蛛であった。
土蜘蛛は身体を何とか起き上がらせて洞窟の壁に背中を預けて浅い息を吐く。
「ハァ…クソガァ、喰っても喰っても腹が減りやがる。力が入らねェし、イテェ…」
土蜘蛛はアルバルトとレティシアの合体魔法により屠られたと考えられていたが、魔法が当たる直前に土蜘蛛は地面に穴を開け、身をその中へ突っ込んで何とか生還する事が出来た。
その代わりに下半身が半分近く吹き飛んだが、水の身体を維持していた事で身体を再生し、この洞窟へと転がり込んだ。
そんな弱った獲物を逃す魔物はいなく、日夜食に飢えた獣がこの洞窟へと押し寄せてくる。以前よりも力は落ちたもののそこいらの魔物に負けるほどは弱っていなかった土蜘蛛は全て返り討ちにしていたが、多少の傷も負い、今も傷口が生々しい。
特にアルバルトから受けた攻撃は治療に時間が掛かっており、幾ら魔石をその身に取り込んだとしても治りは遅い。故に土蜘蛛はこの洞窟から出られないでいた。
餌は自分からあちらから来てくれるので困ってはいなかったが、そろそろ大物の魔石を取り込んで力を取り戻したいと考えている。
あと1日だけ身体を休ませたら外へ出てみようと思い、土蜘蛛は目を閉じて回復に専念していた。
日が暮れ、辺りが静まり返えり夜に差し掛かる頃。静かな洞窟内にコツコツと来客を告げる足音が響き渡る。
「……………誰だァ?」
「こんな所に誰かいるの?………えっ」
岩の亀裂から月夜の光が漏れ出し、洞窟内を僅かに照らす。月明かりに照らされる土蜘蛛とその化け物の姿に思わず息を飲んだツカハが対峙した。
「え…えっ、ま、まもの…っ!」
「……何だ人族の女じゃねェか。オレ様は魔物じゃねェ、魔族だ」
ツカハは今まで対峙した事がないその化け物を見て刀をいつでも抜ける様に構える。
だが、ガタガタと身体は震え、ガチガチと歯を鳴らすツカハは頼りない。
(どうしようどうしようどうしよう。肌がピリピリする。こんなの魔物初めて…)
目を合わすだけでも分かるのだ。幾ら自分の全力を出し切ろうが、この化け物には絶対に敵わない。強者の匂いを嗅ぎ分けたツカハは神経を集中させ、土蜘蛛の動向を探る。
「………どうやら向こうから飯が来たらしい。ついてるぜェ…!!」
「なっ…!」
土蜘蛛がのそっと立ち上がって手から粘着性のある糸を伸ばす。その糸は刀を構えるツカハのすぐ後ろを通り過ぎたと思えば、何やら黒い塊をぶら下げて土蜘蛛の元へ帰って来た。
その塊を見ると鋭い牙を持った魔物が口を開いたまま、糸によって窒息させられている。
(まさか、私を助けてくれたの…?)
目の前の化け物に集中し過ぎて、背後にいた魔物に気付かなかったなんて…。
自分を助けてくれた凶悪そうな魔族に少しだけ警戒を解く。
もしかしたら悪い魔族じゃないのかも。
会話が出来る知性もあるし、私が此処から逃げ出そうが逃げ出さまいがさっきの糸で絡み取られて終わるのが目に見えている。ならもう開き直るしかない。
よくよく見れば、あの人の上半身がかなり傷だらけだ。切り傷はもちろん、火で炙られた様な跡が特に酷い。
「………凄い怪我。ちょっと待ってて」
「アン?お前、ナニしてんだァ?」
「治療…助けてくれたし、火傷とか酷いからちゃんと治療しなきゃ」
「……別に助けた訳じゃねェ。お前はオレ様が怖くねェのかよォ」
「怖いに決まってるじゃない。でも貴方は何だか悪い人?うん、人に見えないし、それに恩人をそのままにしてる程私は薄情じゃないの」
自分の魔法袋に入れてある薬草やすり鉢を取り出して傷や火傷に効果のある薬を作っていく。花が好きで薬草にも精通していたツカハはすり鉢の中に材料を入れて擦り潰す。
「………人じゃねェって言ってんだろォ。女ァ、下手な事をしたら喰ってやるからなァ」
まるで理解出来ない物を見たとばかりに土蜘蛛の顔は険しくなっていたが、薬を作る事に集中していたツカハは気付かない。一点集中という彼女の悪い癖が出ていた。
顰めっ面しながらも土蜘蛛は糸に絡まった魔物を強靭な顎で噛み砕く。わざと恐怖を煽るように音を立てながら食していくが、集中しているツカハの耳には届いていない。
ツカハのすり鉢で素材を潰す音と土蜘蛛の食事の音が洞窟内に響く。
ガリガリ、ゴリゴリ、バキゴキュ、ゴリゴリ。
「………できた。ねぇ、腕出して」
「何だよォ、お前ェ。さっさと此処から消えろ」
「いいから!」
作った薬を入れた容器を手に取り、威圧してくる土蜘蛛へスタスタと歩み寄ると上半身の火傷や傷口に薬を塗りこむ。
ツカハから悪意がない。それは土蜘蛛も感じ取っていることで、口では牽制するが結局されるがままの状態となっている。
少しでもツカハに悪意があったら土蜘蛛も容赦はしないだろう。あったら今頃彼女は肉塊だ。
「………どう?」
「少しだが痛みが引いてやがる…女ァ、やるじゃねェか!」
「そう、良かった」
ツカハは小さく笑うと壁に背中を預けて目を閉じる。火傷の痛みが和らいで機嫌が少し良くなった土蜘蛛が改めてツカハを見る。
「って女ァッ!此処で寝んじゃねェッ!お前は此処から出てくんだよォ!!」
「………うるさい。もう暗いし、私眠いの」
「寝たら喰うぞ?いいか、喰っちまうからなァ!」
「食べれば?ここから出て行っても魔物に襲われて死ぬだろうし、遅かれ早かれってやつよ」
「……何だコイツ。肝がふてェにも程があンだろ…」
ああもう面倒くせぇと土蜘蛛は考えるのをやめた。
幾ら腹が減っていて力が出ないとはいえ、こんな図々しい奴を喰っても腹を下すだけだと自分に言い聞かせて横になる。
オレ様に何かしようってものならすぐさまその首をへし折ってやろうと土蜘蛛はニンマリ顔を歪ませた。
洞窟内は相変わらず血生臭い。飯となる魔物を誘き寄せる為だとはいえ、そろそろこんな臭い所から移動しようと思っている時だった。寝た筈の人族が話し掛けて来たのだ。
「………ねぇ、貴方。名前は何て言うの?」
「寝たんじゃねェのかよ、お前ェ…」
「こんな血生臭い場所で寝れるわけないじゃない。それより名前は…?」
「オレ様より傲慢だな。まあ、嫌いじゃねェがよォ」
「早く、な・ま・えっ!」
「…………土蜘蛛だ」
「そう、ならつーちゃんね。私はツカハ。いい名前でしょ?」
(ーー何だコイツ。自分勝手過ぎるだろォ!)
土蜘蛛は心の中で雄叫びを上げる。怖いもの知らずというべきか。なかなかに図太い。
ツカハのペースに完全に巻き込まれた土蜘蛛はそれ以降、喋るつもりはないみたいだ。
ただ黙ってツカハという少女の話を聞いていた。
結局、日が昇るまで一方的な話は続き、土蜘蛛の顔色は最悪だった。
「じゃあね、つーちゃん。楽しかったわ。また明日、替えのお薬と今度は綺麗なお花も一緒に持ってくるわね」
「……いらねェよ。女ァ、さっさとオレ様の前から消えろ。それとオレ様はつーちゃんじゃねェ、土蜘蛛だァッ!」
「可愛い名前じゃない、つーちゃんって。それと女じゃないわ。私はツカハって言ったでしょ。そろそろ名前で読んで欲しいわね」
無防備にも土蜘蛛に背中を向けてスタスタと軽い足取りでツカハは川を辿って村へと歩く。一日中話してみて(一方的ではあったが)楽しかったとツカハは胸の前にグッと拳を握る。
これがいい出会いだとは限らないが、少なくともこうして自分が生きて帰って来れる。
土蜘蛛…つーちゃんはなんだかんだ言って襲わなかったという事が嬉しかった。昨日は流石にもうダメかと諦めていたが、案外面倒見がいいのかも知れない。
ご機嫌で去っていくツカハの背中を眺め、深く溜息を吐いた。
「ハァ、やっと行ったかァ…人族って面倒くせェ」
ツカハ
ヒガリヤの険しい山脈にある小さな村に住む少女。
刀という折れやすそうな武器を好んで使い、その辺の魔物なら遅れは取らない程の実力を持つ。
一点集中型で、お花好き。
土蜘蛛
消滅は何とか回避したが、ダメージは大きく、魔物にある小さな魔石を食べて傷の治療に専念している。
肉や骨を食べるのは腹が減っているから。
顔に似合わず、グイグイ来るツカハに困惑している。




