第122話 チレーズの朝と白い稲妻
チレーズの朝は早い。宿屋の店主ともなれば、誰よりも朝早くに起きて朝食と掃除、受付を済ませなければいけねぇ。
朝っぱらから仕事をしていれば、宿屋に泊まっている客が俺と同じく仕事の為に飯を食って出て行く。俺はそれを見送ってから掃除に取り掛かる。
今日はシーツを洗濯して干す日だ。
週に1回、部屋の扉の前に置いておく様に利用者には話を通してある。このサービスは兄貴達が経営していた時から続いている伝統だ。利用者からは満足な声を貰っている。
ギシギシとなる廊下を掃除して置いてあるシーツを回収、一緒に持って来た籠に入れていく。
(この廊下もそろそろ点検しなきゃダメだな)
廊下の1番奥、角部屋がある所までモップで廊下を掃除した。
だが、肝心のシーツがない。
(そういえば、ここの部屋に泊まっているのはアルバルトと嬢ちゃんだったか…夜中に気絶したアルバルトを俵担ぎして帰ってきた嬢ちゃんには驚いたぜ)
此方を見上げる目は今思い出しても身震いがする。それ程、ガンギマリしていたのが印象に残った。
あの後、奴がどうなったのか知らないが、あの様子からじゃ無事では済まなそうだと思う。
「おーい、そろそろ朝食の時間が終わっちまうぞ。それとシーツの無料回収日だから早く出してくれ」
コンコンと扉を叩く。まだチェックアウトしていないのは知っているからだ。
キィと音がして扉が開いた。
そこにはクマが出来て明らかに顔色が悪いアルバルトがいた。
「お、おい、大丈夫か…うむっ?!」
「…し、静かにしてくれ。アレが起きる…」
口を手で塞がれる。アレとは何だろうか…?ふとこいつが言った事に疑問を浮かべた。でも、顔色が良くないのは見て取れるし、何かあったのかと心配になる。
「店主、音を立てずにこの場から離れよう」
「……まあいいが、何があったんだ?」
ゆっくりとした動きでアルバルトが此方に近づいてきた。
だが、動きがぴたりと止まる。
どうしたのかと見れば、彼の横腹から小さな手が回されていた。
それを見た瞬間、あぁ成る程と妙に納得してしまう。逃げようとしていたのは嬢ちゃんからか…。
「……何処に行くのですか?まだ後3時間は付き合って貰いますよ」
「ヒィ…!?た、助けて…店主ぅ!?うわぁぃぁぁあぁぁあ〜〜〜!!たずげでぇぇぇえ!!」
この声虚しく、ズルズルバタンッと無情にも閉まるドアを見て唖然としてしまった。耳を澄まして少しだけ盗み聞きする。
(ちょ…ま….もう……り)
(がぶり…が……ぶ…がぶ…)
扉の奥からドタバタと激しい音が鳴ったと思ったら途端に静かになる。
少しの間を置いてまた扉が開いた。
顔を覗かせたのは狼獣人の嬢ちゃんだった。
「チレーズさん、すみませんが朝食はお昼に回していただけませんか?お金はお支払い致しますので、それとシーツもお昼まで待って頂けますか?まだ少し眠くて…」
「…お、おう。有料にはなるが大丈夫だ…」
「ありがとうございます。ご飯、楽しみにしてますね」
また扉がバタンと閉まる。しーんと静まり返る廊下でまだ仕事も残っているのにただボサっと突っ立っている訳にもいかなかった。
すぅーーー、はぁーーー。
(あー、よしっ!掃除再開するか…)
肉食獣に襲われる哀れなアルバルトに心から敬礼する。
ーー生きて帰って来いよ。
そう心の中で囁いてモップで廊下を掃除した。
◆
ここはチレーズが経営する宿、食堂の隅のテーブル。更にその壁際に身体を力無く預けている男がいた。
見るからに全て失っちまったぜ…と真っ白になっている男の前へ料理を運んで来たトーマスが疑問をぶつける。
「なぁいつまで泣いてんだよ、兄ちゃん。それにその凄い数の噛み跡どうしたんだ…?」
「……トーマス。夜の獣に兄ちゃん負けちゃったよ…」
「なっ、まさかこの宿に魔物が出たのかっ!」
「いや、違う…まあ、いずれお前も分かるさ」
「ふーん、何だか分かんないけど違うならいいや。はいこれ、今日の朝ごはん」
そう言ってさっさとトーマスは行ってしまった。違うと分かった途端にこれよ。頭の切り替えが早くていいが、もう少し心配して欲しかったぜ。目の前には温め直したであろう芋のポタージュと硬めのパンが幾つか入ったバケットが置かれている。
硬めのパンをポタージュに浸して少し柔らかくしてから食べる。これがまた美味くて俺は結構好きな食事だ。
朝からテンションが落ちていたが、少しだけ持ち直す。まだこの場にいないレティシアは店主に朝渡せなかったシーツを渡しに行っている。その彼女が来るまでこの料理はまだ食べられない。一緒に食べると約束したのだ。
「はぁ〜、もうお婿に行けない…」
「大丈夫ですよ。私がお婿に貰いますから」
「……早いな、レティシア。それとお婿はまだ待ってくれ。俺の中で覚悟が決まらない」
「随分な物言いですが…まあ焦る必要も無いですからいいでしょう。私はいつでも待ってますが、絶対に逃しませんからね」
ギラリと光るその瞳はまさに飢えた獣そのもの。昨日の事を思い出して思わず身震いした。
(ーーガブり、ガブガブガブガブガブ)
(ま、待て!これ以上は…!カブりはキツい)
(……じゃあ、次はこっちですね)
(もう好きにしてくれ…)
獣に生きたまま喰われるとはこの事か…と初めて思った出来事だった。途中から意識を失ってたから後は何があったかはレティシアだけがみぞ知る。
もちゃもちゃ、モグモグ。
朝食えなかった分、しっかりと今食べる。彼女も行儀良く、背筋を伸ばし、キチンとした姿勢で食べていた。
こうしてみると何処かの良い生まれじゃないかと思うほど、綺麗に食べている。
彼女は裏の顔がただヤバいだけだ。そこを気にしなければ、綺麗で可愛い女の子だと再度認識した。
「……それにしてもこれからどうするよ」
「ゴクンッ…そうですよね。旅に出るにしてもマリアさん達と話し合いをしなければいけませんし、準備もありますからね」
「だよな。ここを発つ前に連絡しとかなきゃな。一応、近々旅に出る事を伝えとくかね」
「……いいと思います。行き先はどこか決まっているんですか?」
待ってましたとばかりに俺は魔法袋から取り出したミストレア大陸の地図を取り出す。王都を出る前に地図を買ってたのだ。
レティシアに見やすい様にテーブルの上に広げて自分達がいるヒガリヤに指を差す。
「ヒガリヤから近いのは……グリーンフィールドだな。エルフ族が多く生息している国らしい」
グリーンフィールド。エルフ族が治める国にして精霊が顕現しているという噂がある。
ヒガリヤの精霊イフリートはその身体を石化させていたが、グリーンフィールドの精霊は姿を保っているそうだ。
俺が次の目的地について詳しく言うと対面に座っていたレティシアが口を出す。
「エルフ族ですか…」
「何か問題があるのか?」
「いえ、これは提案なのですが、私達の旅にミリアさんとユージーンさんにも声を掛けてみませんか?」
「ユージーン達を…?」
「グリーンフィールドは森に囲まれた所に国があります。範囲も広いですし、迷ってしまった時の事を考えるとミリアさんに案内を頼めたら心強いです」
私も昨日知ったのですが…とレティシアは続けて話す。聞くにミリアは人族とエルフ族のハーフ、つまり俺と似た様な立ち位置だというのが判明した。
エルフ族は森の声を聞く事で森に迷わないで済むという特徴を持っている。そう考えると確かに彼女の言う通り、ミリアに声を掛けてみるのも良いかもしれない。
「そうだな。ユージーン達にも声を掛けてみるか…そうと決まれば、まずは王城へ向かおう。そこにいるマーラットとマリア達に旅に出る事を伝えた後、ユージーン達を探す。それで良いか?」
「分かりました。私はトーマスさんにもこの事を伝えておきますから、アルバルトさんはその間に食事を済ませておいて下さい」
「おぅ、頼んだ」
先に食べ終わったレティシアが食器を片付けてトーマスを探しに食堂から出て行く。俺はその様子を見送った後、目の前に広げた地図を見て硬いパンを口に運んだ。
食事も終わり、トーマスに此処を近々出て行く事を告げたレティシアと合流。そして王城前まで辿り着いた。
「そこの、止まれ!」
屈強な門番達が俺達の前に立ちはだかる。訝しげにこちらを見ていた彼らだが、俺達の顔を見て思い出した様だ。
「あ、貴方は…剣舞祭の優勝者!失礼しました。我が王に何か御用でしょうか?」
「マーラットとマリアに伝言を頼めるか?"俺達は後1週間程で旅に出ようと思う。マーラットには世話になったと、マリアには早朝、東口の門で待つ"と伝えて欲しい」
「承りました。必ずやそのお言葉を伝えさせて頂きます」
門番から良い返事を貰う事に成功した俺とレティシアはその足でヒガリヤでも賑わいを見せている市場へと足を運ぶ。
ここはまだ剣舞祭の為に集まって来た商人達がわんさかといる。そのお陰で日用品から珍しいの品々まで手に入るちょっとした場になっていた。
レティシアの鼻がミリアから放たれる甘い臭いを嗅ぎ分けて此処に辿り着いた。折角なので買い物をしつつ、彼女達の足取りを追う。
「……うわぁ、綺麗な飴細工ですね」
そう感嘆の声を上げるレティシアの視線の先には鳥や馬など、綺麗に練りそろえられた飴細工があった。中には果物が丸ごと使われているのもある。
あちこち視線を這わせて行ったり来たりするレティシアに苦笑しつつ、1番見つめるのが長かった果物が入っている飴を買う。
「食いたいんだろう?……やるよ」
「ふふっ、アルバルトさんはやっぱり優しい人ですよね。私、アルバルトのそういう所、大好きですよ」
「よせよ、照れる」
俺から飴を受け取ったレティシアは目をキラキラさせながら齧り付く。余程お気に召したのか尻尾ゆらゆらさせて美味しそうに食べるから見ているこっちも嬉しくなる。
「レティシアさーん!アルバルトさーん!」
そのままレティシアが食べているところを見守っていると聞いた事のある声が聞こえた。ブンブンと元気よく手を振り、ミリアがユージーンを連れて近付いてくる。
探していた人物の方からこちらに来てくれた様だ。
「昨日ぶりね!……で、その後はどうだったのよ」
「えぇ、抜かりなく」
「流石ね」
怪しげな乙女の会話が聞こえるが、無視して頬がげっそりとして今にも倒れそうなユージーンに声を掛ける。
すると彼は力無く笑った。もう見ていて痛々しい様子だった。分かるぜ、その気持ち。
「やぁ、アルバルト」
「馬鹿野郎。1人でカッコつけやがって…あの後、大丈夫だったのか?」
「…何とかね。お陰でこの様さ。アルバルトは…うん、大変だったんだね」
足をプルプルさせて生まれたばかりの子鹿みたいに身体を揺らすユージーンの肩を手で押さえて固定する。良かった。半殺しにはされてなさそうだ。
ユージーンは俺の頭から足までじっくり観察すると憐れみ、同情といった目をしていた。
服で隠れてはいるが、完全には隠しきれていないのがバレた様だ。腕や肩には今でもくっきりと小さな歯型が散りばめられている。
流石に顔は魔力を流して消したが、腕も直そうとしたらレティシアにガブりとやられた。今日はこのまま生活せよというご命令だ。採れたて新鮮である……ちくしょう。
「それってそこで売ってた奴…?私も少しだけ貰ってもいい?」
「良いですよ。甘くてとても美味しいです」
レティシアと話していたミリアが彼女の手に持っていた飴細工に気付き、少し食べさせて欲しいと頼む。それを了承したレティシアがミリアの口元に飴を運ぶとミリアは美味しそうに頬張った。
「う〜ん。何これ、すっごく美味しいんだけど…!私もちょっと買って来るわっ!」
「足はっや!あいつ本当に魔法使いなのかよ。レティシア並みとは言わんけど、もう店で買ってるし…」
「あはは…ミリアも甘い物には目が無いからね」
ユージーンはそう言って笑うが、甘い物を目の前にした女性は凄まじい力を発揮すると心に刻みつける一幕だった。
(まあ、とりあえずはユージーン達に会えたんだ。例の話をするなら今だ)
「そういえば、ユージーン。聞きたい事があるんだがいいか…?」
「……僕に何かあるのかい?」
さっきまでのおふざけとは別に何やら真剣な声を出したアルバルトを見てユージーンも真剣な表情になった。それを見たレティシアが最初に話を切り出す。
「実は…私達が後1週間程でこのヒガリヤから出立する予定なのですが、ユージーンさん達も一緒に同行しませんかという話なのです」
「ちなみに次の目的地はグリーンフィールドだ。レティシアから聞いたんだが、エルフの血を引いているミリアに案内役を頼みたい。勿論タダじゃない。それなりの報酬は出そうと思う」
俺達の話を聞いたユージーンが腕を組んで考える。唸っているのはそれから起きる損得を考えての事だろう。
「…成る程。話は大体分かった。僕は良いけどミリアが賛成するかどうかって所だね」
ユージーンはアルバルト達の話を聞いて一応賛成の様だ。後はミリアの賛同が得られるかどうかという所である。
「えっ?良いんじゃない?だって私達もそろそろ移動しようっていう話だったし、報酬も貰えるなら受けるわよ。……それにそろそろ里帰りもしたかったしね」
飴細工を買って来たホクホク顔のミリアがユージーンと合流、そして今までの会話の内容を彼から聞くとあっけらかんとした態度で賛同した。
特に何事もなく、話がついた事に安心したレティシアとアルバルトは顔を見合わせて頷いた。彼らの嬉しそうな表情を見てユージーン達も嬉しそうだ。
「という事で、暫く厄介になるわ。よろしくね、レティシアさんにアルバルトさん!」
「僕もこのメンバーで旅が出来るなんて嬉しいよ。アルバルトとも手合わせ出来るなんて良い機会になりそうだね」
「ああ、よろしくな。2人ともっ!」
「私も急な話を受けて下さってありがとうございます。これからよろしくお願いしますね」
お互いに差し出した手を握り合って握手を交わす。こうしてアルバルト達の旅にBランク冒険者パーティーの白い稲妻が一時的に加わった。
「ーーあっ、そうだ。マリ…聖女様もいるからよろしくな」
「えぇぇ!?聖女さまぁっ!?」
聖女一行も旅に加わるのである。アルバルトが最後に言った一言にユージーンは目が思わず飛び出てしまいそうになった。
ちなみにマーラットとゼニスの朝の一幕。
マーラット
「追加の仕事が終わらねぇ…なぁ、そろそろ…」
「まだ朝の4時ですよ?後2時間は頑張りましょう」
彼はどっさりと残る仕事の束に白目を剥いた。
ゼニス
彼は身に包む柔らかな感触に目が覚めた。
知らない天井が目に入り、彼はベッドの上で寝ていた様だった。
「あ…?ここは…」
「あらん、おはよう」
「うふっ、お寝坊さんね。寝顔、可愛かったわ☆」
「俺にナニしやがったぁぁぁぁぁぁあ!!」
「失礼ね、まだ何もしてないわよ。何も…ね?」
右見て左見て、天井を見たゼニスが大きく息を吸って叫び声を上げた。
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