第121話 ブラックレティシアの恐怖6 狼の狩り
息が切れそうになる。駄目だ、もう走れない。隣にいるユージーンも息が絶え絶えだ。
「はぁはぁ、ここまで走れば取り敢えずは大丈夫だろう」
「それにしても何でアイツらこの場所がバレたんだ」
「もしかすると…」
荒々しく肩で息をする2人は裏路地で息を整えて建物の陰から辺りを見渡す。ここは歓楽街のど真ん中。勢いよく走り抜けるアルバルトらは注目を浴びている為、彼らが消えていった裏路地に視線がかなり集まっている。
「大丈夫。人が多いけどミリア達の姿は見えないよ」
「こっちも大丈夫だ。だが、少し休んだらここを離れよう。結構目立ってるから見つかるのも時間の問題だ」
「今のうちに僕達は作戦会議をしておこう。アルバルト、ここから先は裏路地を通っていこう。少しでも見つかる可能性を下げるべきだ」
ユージーンが提案する事には賛成だが、一つ引っ掛かる事がある。ミリアはそれで撒けると思うが、あっちには狼獣人のレティシアがいるのだ。
「いやダメだ。それだとかえって危ない。忘れたかユージーン?あっちには匂いで追ってくるレティシアがいるんだぞ。人が少ない所になんて行ったら速攻捕まる」
「そうか…!だから僕達があの酒場にいる事もバレたんだ。でも、そうしたら逃げ場が無いじゃ無いかっ!」
「大丈夫、俺に考えがある…」
俺はユージーンに作戦内容を話す。それを話し終えるとユージーンも大きく頷いた。
「流石だよアルバルト!もう充分休んだし、早く移動しよう」
「分かってる。警戒を怠るなよ」
俺達はゆっくりと警戒しながら路地から表通りに身を晒す。煌びやかな街並みが俺達の心を突き動かすのだ。
堂々と道の真ん中を歩いていく。そしてある時は人の多い所へわざと向かっていき、ジグザグに潜り抜ける。
そして俺達は当初の目的通り、ヒガリヤでも評判の良いお店…娼館へと着いたのだった。ユージーンが意外にも前に来た事があるお店らしい。
「遂にここまで来たな…」
「あぁ、作戦が上手くいって良かったよ」
「ふふふ、ふはははは!ついに出し抜いてやったぜ。匂いを頼りに追ってくるであろう彼女達を撒く為にわざと人混みの中を歩いて来たって甲斐があった!……今頃、俺達の匂いがあちこちからするだろうからなぁ」
今日の俺は思うになんだが一味も二味も違う。
頭の回転がいつもより早く、どんな些細な事でも気付いてしまう最強の俺だ。策士という者はきっと俺の事を言うのだろう。自慢じゃないが完璧な策だった筈、これなら追ってはこれまい。
いつまでもこんな入り口に陣取ってしまっては時間の無駄だ。そわそわとユージーンも浮き足だっている。
(男の楽園へ……いざ、参るっ!!)
俺達は意を決してこの素晴らしき輝きに足を踏み入れた。
その時、ユージーンだけが気付いた。
(地面がうねっている…?まずい。これはミリアの魔法…!?)
ドンッと突然、ユージーンから背中を押された。
いきなり何だと文句を言おうとしたがそれは叶わない。
ーー何故ならそこには俺とユージーンの間を隔てる様に大きな土の壁が聳え立っていたからだ。
「なっ、なんだよこれ…土の壁か…?」
「アルバルト、聞こえるかっ!」
「ユージーンッ!これってまさか…」
「……あぁ、僕はここで終わりの様だ。君だけでも早く此処から離れるんだ…」
ユージーンの悲痛な叫びに俺は一瞬、どうすれば良いか分からなかった。
「こんな、のって…こんなのって、ねぇよ…俺達が何をしたって言うんだ…俺達はただこのヒガリヤを存分に楽しもうとしただけじゃないかっ!」
「ーーーそれがいけない事だと言っているんですよ。浮気はダメです」
土の壁の向こう、つまりユージーンがいる方から聞こえたこの世のものとは言えない程の恐ろしい声が聞こえた。
(間違いない…レティシアだ)
「……浮気って俺達、付き合ってない」
「エアーショット」
バコンッ。そんな音と共に風の弾丸が土の壁をぶち抜いて俺の顔スレスレを通り過ぎる。あまりの威力に俺は腰を抜かして倒れた。
まさかこの土壇場で新しい魔法を習得したというのかよ。
「逃げろっ!走れ、アルバルトォ!僕の事は気にするな。大丈夫さ、ここは僕が引き受ける!また後で合流しよう…心配ないさ、彼女達を返したらすぐに後を追う」
「くっ……!」
俺は走り出した。俺の最高の親友を置き去りにして無情にもその場から走り去る事を選択した。
背後から聞こえる男の悲鳴に背中を押されながらなりふり構わず走って、走りまくる。すまねぇ、すまねぇ…。
「………行ったね。ミリア、聞かせてくれないか?どうして此処が分かったんだい…?」
「簡単よ、匂いで追えないのなら上から見つければ良いもの」
「う、え…?」
「えぇそうです。私がミリアさんを抱えて屋根に登り、ミリアさんが上から貴方達の魔力の痕跡を追う。ミリアさんの"思考加速"には驚かされましたよ」
ミリアのスキルである思考加速は魔力を巧みに扱い、魔法を複数発同時に打ち出す事が出来る強力なものだ。そして仮にもハーフエルフ。魔力によく触れている者からすれば痕跡を追う事も出来る。
故に何処まで行こうが、何の策を催そうが魔力さえ捉えられれば全てが無意味に終わるのだ…。
「はは…僕達は最初から詰んでいたのか…」
「ええ、だから…ミリアさん」
いつの間にかユージーンの背後に忍び寄っていたレティシアによって羽交い締めされた彼はただもう叫ぶしか無かった。
「や、やめろミリアァァァァ!!!」
「朝が来るまで耐える事ね……スリープ」
ーーー数秒後。
「うへぇ」
「数秒無駄にしたわ。ごめんね、レティシアさん」
「いえ、お互い様ですので」
「ほら、何時まで寝てんのよ。とっとと起きて歩きなさい。まだ寝るには早いわよ。…夜はまだ長いしねぇ」
「…………」
ガックリと頭を項垂れたユージーンをレティシアがミリアに渡す。その時、ミリアが土の壁を元通りに戻す。
「ありがとね、レティシアさん。私はこれから宿へ帰ってやる事があるの。だから此処で帰るわね」
「えぇ、ミリアさんのご協力感謝致します。では、私はそろそろ行きますね」
「頑張んなさいよ。健闘を祈るわ…じゃあ、お互いに良い夜を楽しみましょう」
ふふっと艶かしい笑みを浮かべた彼女らはその場で別れる。ミリアと別れたレティシアはある匂いを嗅ぎ分けてその足で駆け出す。
「絶対に逃しませんよ"疾風"っ!」
アルバルトに取り残されたユージーンは抵抗も虚しく、ミリアの魔法によって意識をズブズブと沈められた。
ミリアはその彼を連れて宿屋へ帰り、レティシアは逃げ惑うアルバルトの後を追う。
これでもう残りは1人だけ。
羊を追う為に狼は本格的に狩りを開始する事にした様だ。
◆
「……くっそ、どうして…どうして、こんな事に…!」
暗がりにある曲がり角で息を整えて暗闇に足を運ぼうとしたが、反対側へ引き返す。
……いる。奴が後ろを振り返ればほら。
「ヒィッ…!勘弁してくれぇぇぇ!!」
「何度逃げても無駄ですよ、アルバルトさん。今夜は絶対に逃しませんから……ね?」
暗がりから月明かりに身を晒すのは丁寧に整えられた明るい茶色の髪を持つレティシアだ。月明かりに照らされ、彼女の魅力は更に引き出されているが、漆黒に染まるその瞳で全てを台無しにされている。
その瞳はずぅっとアルバルトを捉え続けている。それに彼は怯えていた。
「くっそ、何で居場所が分かるんだよ!これでもう、3回目だぞ!」
ユージーンを置いて逃げた俺はとにかく色々な場所に逃げ惑った。俺の匂いでバレる可能性を潰そうとまた人混みの中へ行ったが、効果はない。彼女はまるで俺を弄ぶかの様に先回りして必ず見つけ出して来る。
「ねぇ…私って汗臭い?」
「いいや、良い匂いだよハニー」
……途中、バカップルを発見したがそれを見て恐ろしい事を閃いてしまった。
「……まさかな」
まさかと思い、身体中に何か仕込まれていないか探す。そうすると俺の服の中からはらりと数本の茶色の髪の毛が落ちて来た。
思わず、屈んで地面から拾い上げて確認する。間違いない、これは彼女の髪の毛だ。
(これは…俺の匂いじゃなくて自分の匂いを追って来たっていうのかよ。こぇぇ…)
兎に角にも、匂いを落とさなければと辺りを捜索すれば、前方に橋の下で川が流れていたのでそこへ飛び込んだ。
サブい。あまりの寒さに急いで陸へ上がらなければ凍え死んでしまう。
「さ、さぶぶぶぶ。…火だ。火で温まらなければ…」
身体が凍えちまうよ。早くを火をつけなきゃ死んじまう。
火を付けようとしたその時、上の橋の所から足音が聞こえて来た。
「………っ!」
息を潜めて足音が通り過ぎるまでじっと待つ。たった数秒だが今の俺には数分にも、数十分にも感じられた。
「……行ったよな」
きっとあれは彼女だろうと思う。
危ない所だった。彼女の匂いで追って来てたなんてな。完全に盲点だったぜ…まあ、俺の勝ちだかな。
「やべぇ、そういえば今は冬じゃねえか。ヒガリヤが暖かいから忘れてたが、夜の川はヤバい。身体がもうガチガチだ…早く温まらないと…」
手のひらを上にして拳ぐらいの火の球を生み出す。
「ふぅ、これであったまりそうだ…」
火で照らされた暗闇の中に見覚えのある耳が写っていた。
膝を小さく折り畳み、顔に手を当てて俺を見上げているレティシアがそこにはいた。
彼女は暗闇にも負けない真っ黒な瞳を宿し、小さく微笑んでいる。
怖過ぎて思わず目を閉じた。閉じてしまった。やばいと思い、慌てて目を開けて彼女の姿を探すがそこにいない。
「………何処に行った?」
目の前は手元の火で明るくなっている。それ以外は真っ暗な暗闇だ。
ドンっと背中に何かがぶつかる。
途端に腰に巻かれる見覚えのある尻尾に首筋を撫でる細い指。その指がまるで蛇の様にしなやかに動いて背中がゾクゾクとした。
おかしい。いくら何でも橋からここまで距離がある。
あの足音はレティシアじゃなかった…?
「スゥ………ハァ………」
鼻先を俺の背中に押し当て深く呼吸をする何者かがいる。何者かなんてとっくに知れているが…。
抜け出そうにも腰に巻かれている尻尾のせいで身動きが取れない。完全に詰みの状況なのは明白だった。
ーーーもうこれダメだぁ。ホラー映画のアレだ、もう助からないって奴……。
俺は…あ、諦めないぞ。何事にも諦めない事が俺のプライドだから。
勇気を出して首を横に向けるとそこには瞬き一つなく、此方を見上げる人物。
淀んだ瞳が俺に突き刺さる。
「おぅ……」
「……やっとつかまえた」
目をギラギラとさせているが、その下は慈愛に満ちた笑みを浮かべるレティシアの姿があった。
「フゥー、聞かせてくれ。よく此処だって分かったな」
「簡単です。私はずっとアルバルトさんの後ろにぴったりくっついていただけですから…流石に川へ落ちた時は焦りましたが…」
「……つまり最初から居場所は割れていたって訳か」
「えぇ、だからまずは警戒を解かせる為に橋の近くにいたカップルに協力をしてもらいました。銀貨1枚渡したら喜んで走ってくれましたよ」
大丈夫、私のお小遣いで出してますからと言うが、まさかそこまでするとは思わないだろう。受け入れ難いが覚悟を決めるしかない。
「さぁ、良い子ですから私と一緒に帰りましょう…ね?」
「……あばばばばば」
俺は恐怖のあまりその場で失神し、手元の火はジュポっと消えるとその辺り一帯は暗い闇へと包まれた。
次の日、少女が自分よりも身体の大きな大男を担いでお持ち帰りしていくという光景を見たという噂がヒガリヤ全土で流れたという。
アルバルト達が夜の街を爆走していた頃、地面に倒れて眠りこけているゼニスはというと…
「ぐー、がー」
「あらぁ〜ん、良い男が店の前に落ちてるぅ!」
「ここだと風邪ひいちゃうから〜、お店に運ぶわ☆」
ズルズル、バタン。
この後、ゼニスはカーマンとベベールと添い寝する事になった。
◆
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