第120話 ブラックレティシアの恐怖5 狩猟開始
最初に俺の隣にいたユージーンが気付いた。酔いが覚めて迷惑かけたとベベール達に謝り、店から出た時と思う。この頃からユージーンが何だか寒気がすると言っていた。
……今思えば、あの時に引き返していれば良かったと何度思った事だろう。後悔というのは後になってから嘆くものだ。
決定的になったのはマーラットが言った事に同意したのが始まりだった。
「美人な姉ちゃんとかお前らも好きだろ?金は俺持ちだ。パーッと行こうぜっ!」
「いや、絶対にバレるだろ。レティシアにバレた時が怖い」
「別に嬢ちゃんの男ってな訳じゃねぇんだろ?それに大丈夫さ。絶対に今日の事はバレねえよ」
「絶対にバレない…」
「あぁ、何の為にこの店に寄ったと思う?」
マーラットの言う事がイマイチ、ピンとこない。ベベールとカーマンが勤めるこの天使の泉に寄ったのは何故だ。
「美味い酒を飲みに…って事じゃないよな?」
「それもあるが…本当の目的はこうだ。俺達は朝まで楽しくおかしくこの店で飲み明かしましたとさ。だから、朝帰りは当たり前。香水の匂いもこの店でずっと飲んでたから付いちまった。それが筋書きさ。この店の店主にも話はつけてある」
「ーーッ、成る程な。その建前があるならいける!」
「だろ?だから今日はとことん楽しもうぜ、兄弟っ!」
「ふっ…兄弟か。俺の命、アンタに預けるぜ!」
ガシッと手を握り合う男達の目はキラキラと輝いていた。まるで純粋無垢な子供が初めてカブトムシを見た時の様な感動した眼差しだった。
こんな兄がいたら楽しそうだと心底思う。下品な所はあるが、一緒にいて飽きないタイプの人間だ。そして代金は全部マーラットが出すと言っているのだ。これに乗らない手はない。
(俺、今日で童貞を捨てるんだ…)
フラグなった様な気がするが気にしない。後は流れに身を任せるとしよう。きっとマーラットについて行けば全てが上手くいく。この男からはもう思う程の自信が感じられる。
……さっきから隣にいるユージーンもソワソワとしていて落ち着きがないみたいだ。
「僕も今からドキドキしてるよ」
「よっしゃ!そうとなれば、俺が案内する。良い穴場を知ってんだ」
胸に拳をドンッ!と当てるゼニスは何だか漢らしく見えた。みんなで顔を合わせて静かに笑う。
そして俺は、俺達は新たな一歩を踏み出す為にあの明るくピンクに輝く街へ踏み出した。
その瞬間、背後から殺気を感じ取る事になろうとは想像もつかなかったが…。
「何処に行こうっていうの?私に教えて、ユージ…?」
ゾワリッ、ぶるぶると身体が震える。どうしてなんだ…この声何処かで聞いた事がある。
隣のユージーンは顔を真っ青にさせて腰を抜かしていた。
それに加えて地を這う様な恐ろしい声が俺の鼓膜を揺らして鳴り止まない。
「ガブるだけじゃダメですね。貴方は私の特別なんです。生きる意味なんです。だから、他の雌と愛を交わそうとするなんてーーー許さない」
この声は…レティシアだぁ。ヤバい、知られてはいけないあの子にバレてしまった。フラグ回収が早過ぎる。もう怖過ぎて振り向けない。現にユージーンは後ろを振り向いて腰を抜かしているし、絶対ヤバいって。
「あ、あの状態は…ブラックレティシアさんだ…」
レティシアの裏の顔。彼女が大人へと成長してからは滅多に表に出さなくなった暗い気持ちや考えが爆発的になって出て来る時がたまにある。こうなってしまったらもう終わりだ。彼女が満足するまで止まらない獣となるだろう。
「み、ミリア!違うんだ。僕の話を聞いて欲しい。これはそう、アルバルトの為なんだ。彼が行った事ないと言うからぁ!」
「お前ぇぇぇぇぇえ!!」
さっきまで仲間だと思っていた奴に裏切られた。思わず胸ぐらを掴んで頭を揺らすが奴は俺と目を合わそうとしない。
ユージーン、絶対に許さんぞぉぉお!!
「すまない…こうでもしないと僕はこれで2回目になってしまうんだ…これ以上は本当に命が足りない」
「俺は1回でアウトなんだよおぉぉぉ」
「そう、アルバルトさんが誘ったのね。私、嘘は嫌よ。ねぇ、本当なの?」
「あっ、違います。こいつが凄くノリノリでした」
「アルバルトォォォ…!!」
先に俺を裏切ったのはお前だからな。全くレティシアがいるのに何て事を言うんだこいつは…!一旦、地獄を見てしまえ。
青から真っ白な顔色に変化したユージーンから手を離し、レティシアへ言い訳をする為に俺は後ろを振り向く。
うわぁ、可愛いお目目がぐーるぐる。
(この状況を打破出来る案を考えるんだ。彼女達を納得させる様な、仕方ないと思わせる言葉を考えろ…!)
「いや…待てよ。ユージーンは自業自得だが、俺は関係なくね…?」
そうだ、俺とレティシアは別に付き合っている訳でもない。
彼女持ちがそんな事しようものなら八つ裂きは当たり前だが、彼女はパーティーメンバー。俺が何をしようと止める権利はない筈だ!
「慌てる必要なんて無かったんだ…だって俺は」
「ーーーはっ?」
「ごめんなさい。許して下さい」
「俺は…の後、何を言おうとしたんですか?まさか私を捨てるんですか…?俺が守る、ずっと側にいてやる、愛していると私に囁いたのは嘘だと言うんですかッ!!」
レティシアの発言を聞き、俺以外の人達から向けられる軽蔑の眼差しが辛い。
「ずっとや愛してるって…言った覚えがないんだけど……」
「最低……」
ミリアの軽蔑した眼差しが絶対零度にまで下がる。レティシアもまた深淵を煮込んでドロドロにした様な瞳で俺を見つめて来る。
ーーー誰も味方がいない。
そう思った時だった。天からの助けが俺に降り注いだのだ。
「おいおい。黙って聞いてりゃぁ、好き勝手良いやがってよぉ…これから俺達は行く所があんだ。ーーーーさっさと消えろ」
「ゼニス…お前…」
指を立ててニヤッと笑うゼニスに感謝を贈ろう。この状況で言えるなんて漢だよ、お前。
ゼニスはミリア達の気迫に押される事なく、彼女達の前に仁王立ちになると一喝する。
「なんだぁ…ビビっちまったのかぁ?ここはいつまでも女がいる場所じゃねぇんだよ。分かったら尻尾巻いて帰んな」
「ーーダメだ、ゼニスッ!ミリアから離れるんだァ!!」
突然、ユージーンがゼニスに向かって叫ぶ。この叫び声に驚いたゼニスがミリアから視線を外した時だった。
「スリープ」
「あっ?テメェ何言って…………あふん」
巨漢とも言える男がドサッと地面に倒れた。
一瞬、何をしたのか分からなかったが、ミリアが手のひらをゼニスに向けて魔法を唱えたのをこの目ではっきりと見た。
何の躊躇もなく、ゼニスに魔法を掛けて無力化してしまったのだ。仮にも剣舞祭の準優勝者をああもアッサリと下したミリアが怖い。
「僕達の希望がっ…!」
「ぐぉおおお……ぐう、すぴー」
「ダメだ、完全に眠ってやがるッ!」
起こそうと声を張り上げるも起きる気配が無い。ゼニスが脱落し、俺達は後3人になってしまった。数はこちらが上でも嫉妬と独占欲に塗れた彼女達は強い。
これが俺とユージーンしか居なかったのなら絶望的だったが、俺達にはまだマーラットがいる。彼は王様、この国ではマーラットよりも偉い人はいないだろう。
新たな希望を見出した俺達はマーラットを見る。すると自信満々だった表情から一転、ガクガクと足を震わせて情けない姿を見せていた。
「ひぃぃ、アイリ…頼む、今回だけ今回だけだから…」
「まだ仕事も残っているのに呑気な事です。そんなに元気が余っているならもっと仕事を振っても大丈夫、ですよね…?」
ニコッと微笑むその女はマーラットの知り合いなのだろう。その笑みを見てマーラットは更に震え上がっていた。
「お、俺はこの国の王だぞ!」
「私はヒガリヤ国秘書長官のアイリです」
アイリと名乗ったその人は俺とユージーンの後ろにいたマーラットの所へ一瞬で移動すると襟首を捕まえ、ズルズルと引き摺っていってしまった。
「では、皆様。王は朝まで忙しい身ですのでこれにて失礼致します」
「俺を助けろー!アルバルトォォ!!」
涙目のマーラットが此方へ手を伸ばすが、俺達とて自分の事で精一杯である。心の中で合掌をしつつ、レティシア達と対峙する。
後ろから裏切り者め!不敬であるぞ!と聞こえるが、すぐにマーラットの声は聞こえなくなった。
「なぁ、ユージーン。この状況どう切り抜けるか?」
「ふっ、そんなの分かっているだろう?」
アイコンタクトでタイミングを見計らう。そしてレティシア達が此方へ一歩近付いた時、俺は後ろで練り上げていた火魔法を地面にぶつけて爆発させた。
爆発に伴い、土煙で前の視界が塞がる。レティシア達の姿が見えなくなるがそれはあちらも同じ事。俺達の姿は少しの間、見えなくなる筈だ。
「今だ、逃げるぞ!」
「流石だ。アルバルト!」
「この、待ちなさい!!」
「絶対に逃しませんーーーウィンドブレス」
レティシアから放たれた突風で煙が晴れたが、その頃には角を曲がって彼らは姿を眩ませる事に成功した様だ。
「逃げたわね……」
「えぇ、手加減は無用という事でしょう」
「全く…呆れた。私達からは…」
「逃げる事なんて不可能だとその身にしっかりと教えましょう」
更に乙女の心に火をつける結果となったのだが、彼らはそれを知らない。
次回、狼の狩り。
狼の狩りーー開始ぃぃいいっ!!
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