第119話 ブラックレティシアの恐怖4 レティシア、スタンバイ
ここはマーラットが住む城の中、温泉から出てすぐそばにある一室。ほのかに甘い匂いが香る部屋の中では温泉を堪能し終わった女性陣がマッサージを受けていた。
薄い布の服を身に纏い、床に敷かれたタオルの上にうつ伏せに倒れ、手足をだらしなく伸ばしているのはミリアだ。
「あ〝〜、最高に気持ちいいわね〜。肩の凝りが無くなっていくのが分かるわ〜」
「分かります〜、私も此処に来る前は結構酷かったんですけど、今じゃすっかり虜ですよぅ」
「貴方、なかなか話せるわよね。聖女様ってもっとお高く止まってるかと思っていたけど…話しやすくて助かるわ」
「ふふっ、人心掌握は乙女の基本ですっ!貴方もミリアみたいに気軽に話し掛けてくれても良いんですよ…レティシアさん?」
マリアはミリアを挟んで横にいるレティシアへ声を掛ける。話を振られた本人は面倒くさそうに眉を曲げてぶっきらぼうに返事をした。
「貴方がアルバルトさんに色目を使っている内は無理な相談ですね。それをやめてくれたら考えても良いですが…」
「うーん、でも〜、私は聖女でアルバルト様は勇者様です。聖典にも書かれている様に私達が惹かれ合うのは運命なんですよぅ……そうでなくてはいけないんです」
「……そんな運命なら私がぶち壊します」
意味ありげな言葉を発するマリアをレティシアは鼻で笑い、挑発する。
思い出されるのはミロガロスの王城で行われた宴。彼女達は1人の男を巡って対峙した。それが今、再び交差する目線から火花がバチバチと舞い散る。
そんな2人に挟まれたミリアだが、マリアが言ったある言葉に過剰に反応を示した。
乙女の争いは首をヘタに突っ込むと面倒くさいと分かっている彼女だが、今の言葉は流石に聞き逃せない。
「ちょ、ちょっと待って!アルバルトさんが勇者様ってどういう事…?」
「……あぁ、これはまだ発表されてなかった事でした。近々、ミロガロスの王より発表がされると思いますが、アルバルト様は勇者様なんですよ」
「ミリアさんには正直に話しておこうかと思っていたんですが、なかなか決心がつかなくて…」
「……それは良いわ。私もいきなり言われたら動揺するもの。だけどそう考えると納得いくわねぇ…あの馬鹿力に並外れた耐久力は目を見張るほどだし…」
「あっ、それは彼本人の力です」
「うぇ…、アレって自前なの?!」
鬼人族の血を引いているアルバルトは魔力を込める事で自身の何倍もある物を運んだり、小さな傷は瞬時に治ってしまう回復力がある。
旅立つ前は鬼人族の中では下から数えた方が早いぐらいの実力しか持ち合わせてなかったが、他種族から見てそれでも十分に強い。
彼が鬼人族とは知らないミリアから見て更にメキメキと成長し続けるアルバルトは化け物である。実力派が集まる今大会で優勝した実力もある。
何か特殊なカラクリがあるのでは無いか?と若干の疑いは掛けていたが、アルバルトと同じパーティーメンバーのレティシアから自前の力だと肯定されて驚きの声を上げた。
話していく中でメイドによるマッサージが終わり、うつ伏せから仰向けへ体勢を変えた彼女らはお湯に浸して熱くなった布を目元に乗せて肩の力を抜く。
じんわりと温かな布の感触を心地良く感じて至福の時を味わっている彼女達は深いため息を吐いた。
「ハァ…アルバルトさんは凄いわね…。前回の王都で起こった魔族の襲撃と私達が数人がかりでも倒せなかったあの化け物をやっつけちゃったんだから」
「そうですね…私の自慢の相棒です」
王都のケルベラル討伐と剣舞祭で土蜘蛛を倒したと言われる功績は今じゃ、ヒガリヤ全土、いやそれを超えて他の国にまでその名が届いている。
(アルバルトさんは国を2度も救った英雄として外へ歩くと感謝される事が増えて大変でした。深々とお辞儀をされるご老人を前に慌てている彼はちょっと子供っぽくて可愛らしいかったです…)
「ユージーンさんもあのスライムの魔族を倒したと凄い反響でしたよね」
「……そうなのよ。ユージはただでさえ、顔が良いから女の子が近寄ってくるし、今回の騒動のせいでもっと増えたのよ!この前、ギルドに寄った時なんて凄かったんだからっ!」
そうしてミリアから語られるのは大勢の女の子を前にユージーンが鼻の下を伸ばしているとの事だった。
中には睨んで来る人もいたそうだが、ミリアがユージーンの手を強引に引いてスタスタとその集団から逃れたと言った。
流石に後を付けてくる子は居なかったが、あれ程の人の集団から睨まれるとなると少し怖かったと彼女は愚痴る。
「ミリアも大変ですね。それはそうと男性の方々はどちらへ行ったのでしょうか?皆様、出掛けて来ると言い残して城を後にしたそうなんですが…」
「私もそれ、気になっていたのよ。ユージも私に内緒で行っちゃうし…」
「私もアルバルトさんから何も聞いてません。人伝で聞いたのですが、何やら楽しい事?をするみたいですよ」
レティシアが温泉から出た後、アルバルトの姿を探していた所、マーラット王の伝言を預かっていると聞かされた。
ーー嬢ちゃん、悪いなっ!お前の男をちょっとばかし借りてくぜ。
ーー安心しろ、朝までどんちゃん騒ぎするだけさ!
朝までどんちゃん騒ぎとは魔族襲撃という大変な事が起こったのに呑気な物だとレティシアは呆れていた。
その言葉をそのまま飲み込んだレティシアはマーラットの言葉の真意に気付く事は無かった。だが、不運な事に此処にはヒガリヤという国のもう一面を知っているミリアがいた。
「楽しい事…いや待って、それってまさか…ッ!」
「カカカッ!ようやく気付いたのかい、お前さんら?」
「気付くって…アルバルトさんが何をするのか分かるのですか…?」
目元の布を取り払い、ミリアとレティシアは上半身を起き上がらせる。
ミリアが気付き、レティシアが意地の悪い顔をしているトキに問い掛けると彼女は酒を煽ってから言葉を返した。
「プハーッ!いいかい、レティシア?このヒガリヤには2つの顔がある。昼の顔は鍛治職人達が腕を磨き上げる職人の国。そして夜の顔は一夜の愛を囁く女の独壇場となるのさ」
「………っ!!」
「こうしちゃいられないわっ!レティシアさん、さっさと着替えて行くわよ!!」
「……………私を裏切ろうとするなんて絶対に許さない」
トキの発言を聞いて確信したミリアがレティシアを引っ張って廊下をドタドタと走る。そんな乙女達を見たトキは上機嫌そうに酒をまた煽った。
「意地の悪いお人ですね…トキ殿」
「ヴィーラの言う通りですよ。私もプンプンしてるんですからねっ!」
「カカカッ!別に良いだろう。アイツらと付き合っているならあたいも止めたさ。だけど誰とも付き合っちゃいない男に行くなとは言えまいよ。……まあ、この状況を楽しんでいたってのもあるけどね」
ペロっと舌を出して全く反省する意思を示さないトキにマリアは諦め、ヴィーラは成る程確かにそうだと考えを改めた。
◆
トキの爆弾発言により、急いで服を着替えたレティシアとミリアは城の外へ飛び出していた。
「クンクン……っ、こっちです」
「…鼻の効く狼獣人、頼りになるわね」
レティシアが嗅ぎ慣れたアルバルトの臭いを辿って行き、ある区間へ入ろうとする時、彼女の足は急停止した。
「わっぷ、急に止まってどうしたの?」
「……この中に居る様です。ここでアルバルトさんの臭いが強く感じます」
「そう、見つけたわよ。ユージ!」
急停止したレティシアのふさふさの尻尾に顔を突っ込んだミリアが、彼女の言葉を聞いて低い声を出す。
2人が見上げた先にある看板には"天使の泉"と描かれており、遂に特定に成功したと怒りのボルテージが上がる。
ーーガチャガチャ。
「扉が閉まってますね。それに貸切と書いてあります」
「そこの窓から中を覗いて見ましょうよ。何しているのか、状況次第ではぶっ壊してやるわ!」
鼻息が荒くなっている2人は扉から離れ、店の小窓から中の様子を探る為、覗き込む。
すると、憤っていた筈の感情に水をぶっ掛けられた様な、なんとも言えない感じに戸惑いが生まれた。
「えっ、どうなってるの?」
「アルバルトさんが、ユージーンさんを抱き締めて…」
レティシア達の視線の先には、彼女らの予想外の光景が広がっていた。
天井に頭が突き刺さっているカーマンにポールダンスで使う棒にしな垂れているべべール、壁に背を預けて白目を剥いているゼニスに床に転がっているマーラット。
極みつけは現在進行形でアルバルトの腕の中に抱かれているユージーンが必死に抵抗している所だった。
「目を覚ませ!アルバルトっ!僕が倒れたら誰も助からないぃぃ!!」
「大丈夫さ、ユージーン。お前もこいつらと一緒の所に行かせてやるさ」
「嫌だァァァア!僕は絶対にバブらせなんかに屈指ないっ!誰か目を覚ましてくれぇ!」
叫ぶユージーンと慈しみの目で彼を見つめるアルバルトを見て乙女達は思わず思考を停止した。見るからに衝撃的な光景に頭が真っ白になったのだ。
「ゆ、ユージ!?ど、ど、どうしよう!水、水をぶっ掛ければいいの?」
「落ち着いて、落ち着いて下さい。取り敢えず、ユージーンさんが変な方向へ目覚める前に助けなくては…!」
「そうよね!…って、レティシアさん。鼻血が出てるわよ」
「ミリアさんも出てますから」
興奮の余り、鼻血を出してしまった彼女らは早急にどうにかしなくてはとハンカチで鼻を押さえて止血する。
小窓を触ると鍵が偶然にも掛かっておらず、横にスライド出来たのでその隙間から指を差し込んだミリアが魔法を唱える。
「気付かれない様に慎重に……ウォーター」
指の先からアルバルトへ向かって飛んでいった水が彼の顔面へ直撃、少し勢いが強かった所為でアルバルトが仰向けに倒れたが、そのお陰もあってか、正気に戻った様だ。
「あれ…?何で俺、ユージーンを抱き締めてんだよ」
「何処から水が…でも良かった、正気に戻って本当に良かったぁ!」
咽び泣くユージーンとオロオロして立ち上がったアルバルトは混沌とした状況にまたやっちまったと手を顔に当てて天を仰ぐ。
その様子を見たレティシア達は安堵の息を吐いた。
「まさか、酔うとあそこまで酷くなるなんて…レティシアさんは知ってたの?」
「いえ、お酒を飲む事はありましたが、彼が酔う姿は私も見た事がありません」
(アルバルトさんはお酒を飲んでも酔っている所なんてありませんでしたし、あそこまで顔が赤くなるなんて初めて見ました)
……一体、何というお酒で酔ったのでしょうか?
翡翠の瞳をくまなく動かして酔った原因である酒を探す。するとテーブルの上に置かれた一本の瓶が目に入った。
「鬼殺し…確かにアルバルトさんに効きそうな感じの名前ですね…」
その名前を覚えようと食い入る様に窓の外から覗き込んでいたレティシアだが、ミリアが焦った様にレティシアの身体を窓から離す。
「レティシアさん、ユージ達がお店から出て来るわよ。早く隠れて!」
ささっと物陰に身を潜めた彼女達は彼らが外へ出て来た後、耳を澄ませて声を聞き取る。
「美人………ろ?……兄弟っ!」
「………俺の…、ぜ!」
「……ドキドキ…」
「…………穴場を……」
周りの雑音も混じって聞き取りづらいが、ピコピコと動くレティシアの耳にははっきりと聞き取れた。聞き取れてしまった。
(美人な姉ちゃんとかお前らも好きだろ?金は俺持ちだ。……楽しもうぜ、兄弟っ!)
(ふっ…兄弟か。俺の命、アンタに預けるぜ!)
(僕も今からドキドキしてるよ)
(よっしゃ!なら俺が案内する。良い穴場を知ってんだ)
周りの雑音に阻まれ、全部聞き取れなかったミリアが隣にいるレティシアに声を掛ける。
「ねぇ…何て言ってるか聞き取れないんだけど、分かる?」
「美人な雌とこれからみんなで遊びに行くらしいですよ」
「ーーーへぇ?これはもう完全にクロね」
「えぇ、彼には私がいるとその身体に刻み付けてあげます」
ガルルルルと小さな唸りを上げるレティシアと身体中に魔力を漲らせて発光するミリア。
彼女らの瞳はハイライトが消え失せ、真っ黒に染まった目で視界に写る愛しの存在を捉え続けていた。
いざ行かんと男達が足を進めようとした時、地面にわざと大きく足音を立てて彼らに近寄る2人の狩人。
逃すまいとする欲望という殺気に気付いた獲物が顔を真っ青にさせて腰を抜かす。
「何処に行こうっていうの?私に教えて、ユージ…?」
「ガブるだけじゃダメですね。貴方は私の特別なんです。生きる意味なんです。だから、他の雌と愛を交わそうとするなんてーーー許さない」
月明かりに照らされて出て来た彼女達を見てアルバルトとユージーンは恐怖で息を飲み呑んだ。
後にヒガリヤに住む人々の間で語られる追走劇。
狼の狩りまでーー残り5分。
◆
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