第118話 ブラックレティシアの恐怖3 酒は飲んでも呑まれるな
次の更新は7月7日です。
アルバルト達が温泉に入っている同刻、レティシアら女性陣も温泉に入浴していた。
トキはディフェンドと同様に月見酒を愉しんでおり、城に滞在しているマリアとヴィーラも温泉に浸かっている。ミリアはレティシアの隣で足を伸ばしてリラックスしていて、顔は幸せそうに緩んでいた。
だが、レティシアの心中は穏やかで無い。
彼女が見渡す限り、スタイルの良い女性ばかりで些かスレンダー体型のレティシアにとっては憎むべきもの、憧れるべきものがそこには多過ぎる。
「…………じー」
故にレティシアは隣にいるミリアをガン見していた。暗くなる感情を殺し、ただひたすらにありのままを受け入れる為、ずっと視線を送っていた。
(大きい……私の2倍…いや、3倍はありそうですね)
そう思って胸に手を当てるレティシアだが、彼女の胸は手のひらに収まるほどの大きさでしかない。間違っても2倍や3倍ではない。それ以上にミリアは大きいだろう。
レティシアは無情な現実を前に目を背ける事にした。それしか出来なかったのだ。
そしてミリアがそれに気付くのは早かった。並々ならぬ視線を感じ、最初は覗きかと思って警戒していたが、隣にいるレティシアの様子がおかしいと気付く。
「ちょっ、ちょっと何よ…そんなに見られると気になるじゃない…」
(どうしたっていうのレティシアさん…目が、目の中の光がないわ…!)
まるで猛獣に睨まれたウサギの気分を味わったミリアが腕で身体を抱き締めながらレティシアに抗議した。
「……………」
「…って、何か言ってよ。怖いからぁ、お願いだから、黙って近付かないで…」
無言でスススッと近付いて来るレティシアにミリアは恐れをなして後ろへ後ろへと逃げていくが、背後は壁である。逃げ道はないと気付いた時には遅かった。
「イヤァァァァァァァア!!!」
ミリアの断末魔が女湯へ響き渡る。
「カカカッ!月見酒に美女揃いとなれば酒が進む、進むっ!!」
「トキ様、あまり温泉でのお酒は控えた方がよろしいと思いますよ?」
「そう固い事言うなよ、聖女。あたいは飲みたい時に飲む!これが生き甲斐ってもんよ」
「トキ殿、私も少し頂いて良いだろうか?」
「あいよっ!」
「ヴィーラまで……もう!」
マリアに注意されるトキだが、自分の道は自分で行くとでも言わんばかりに酒を煽る。マリアの護衛でもあるヴィーラもまた息抜きに少しだけお酒を飲んで肩まで浸かり、大きく息を吐き出した。
頬を赤らめてちびちびとお猪口を傾けるヴィーラは女性から見ても色気がある。その様子に少しだけ見惚れてしまったマリアだが、すぐに正気を取り戻して苦言を呈した。
「……はぁ、いくらトキ様がいるからと言って魔族も襲来して間もないのに、もう少し緊張感を持って貰いたいものですね…」
「聖女様は色々とお考えの様ですね。我が国の王が誇るこの温泉に浸かるのであれば、肩の力を抜いてリラックスする事もまた必要だと…私は思いますよ?」
「貴方は…確かマーラット王の…」
「ええ、私はヒガリヤ国秘書長官のアイリと申します」
「やはりそうですか。ずっとマーラット王の後ろに控えている所をお見かけしていたのでもしかしてと思っていたんですよぅ」
「聖女様にお声を掛けていただいて光栄です。この後、皆様にはメイド達によるマッサージがありますが、受けていかれますか?」
アイリと名乗ったその人はこの国を治めるマーラットの手助けをしている優秀な女性だ。空の様な美しい髪をお団子に纏め、目元にはホクロがある。
そんな彼女から提案されたマッサージに反応したのはレティシアに襲われ、現状その彼女に胸を枕にされているミリアだった。
「はいはーい!私も受ける!最近、肩が凝ってしょうがないのよ」
「ミリアさんが受けるなら私も受けます…」
ミリアの柔らかでぎゅにゅっと沈む胸を堪能しているレティシアもまた賛成の意思を示す。ミリアの髪の隙間からチラリと見えた耳にレティシアはなんとなく疑問に思って発言する。
「そういえば、ミリアさんって普段は耳が髪で隠れてますが少しとんがっているのですね」
「あぁ、これ?私、ハーフエルフなのよ。人族の父とエルフの母、その間に生まれたのが私って訳」
ハーフエルフの生まれは稀だ。人族と獣人族から生まれる子は獣人族として生まれるが、人族とエルフとなると話は別だ。
そもそも異種族同士の交配は出席率が低い事で知られている。その上で魔力も寿命も人族より優れているエルフが子を宿すとなると確率は一気に低くなる。
同じ様な理由で鬼人族もまた異種族同士だと体質の違いなどから懐妊は難しいとされている。なので、アルバルトやミリアの2人が生まれた事自体が奇跡に近い。
ハーフエルフの数は少ない。それ故にアルバルトと同様、同胞からは遠巻きに見られがちになってしまう事もしばしばある。
「ハーフエルフ…そうですか。少し耳を触らせて貰っても宜しいですか?」
「いいわよ。別に減るものじゃないしね」
「では…」
ぷにぷにと柔らかくて耳の先端は少しコリコリしている。私達、獣人族と同様に耳の形が違うだけで他は人のパーツと変わらない。
レティシアがミリアの耳を細い指で触り、感触を確かめる。少し触った後、レティシアは手を引っ込めて頭を再びミリアの胸へ預けた。
「…ありがとうございます。私はミリアさんの耳は可愛らしいと思いますよ」
「ありがとう。私もレティシアさんの耳とか尻尾、ふわふわしていて正直羨ましいわ」
なんだかんだ言って2人は側から見ると姉妹みたいに仲が良い。レティシアもミリアの発言が嬉しいのだろう。耳がピクピクと動いているのがその証拠だ。
「もー!ほんっっとうに可愛いんだからー!」
「ミリアさんっ、どこ、触って…!」
「うりうり〜、今度はこっちの番よ。覚悟しなさい!」
レティシアの儚げな姿にミリアが動く。腕を彼女の腹回りに回すとそのまま強く抱き締めた。レティシアは驚き、脱出しようと身じろぎをするがミリアは尻尾や脇腹辺りを触ってその動きを封殺する。
「……あの2人、仲が良いな」
「カカカッ!良きかな、良きかな。全く眼福じゃわい」
きゃっきゃとする彼女らを見て酒が進むヴィーラとトキは2人同時に息を漏らす。
「「あ〜、美味いっ!!」」
◆
その一方その頃、男湯でディフェンドによる講義を終えたアルバルト達はマーラットの先導により、城の外、街へ繰り出していた。
「なぁ、何処まで歩くんだよ」
「もう少し行った先だ。それとも何か?今更怖気付いて来たのか…?」
「いや俺、何処に行くかすら分からないんだけど…」
「大丈夫さ、アルバルト。でも今日行く所は女性陣には秘密にしておいた方がいい。僕も前に一度行った時はミリアにバレて半殺しにされたんだ…」
ユージーンが顔を近づけて来て小声で何を話すのかと思ったら、とんでもなく物騒な事を言ってくるじゃないか。遠い目をする友人を見て俺の脳内に電流が走った。
あのユージーン大好きって感じのミリアが半殺しだろ…えっ、これって俺、レティシアにバレたらどうなんの?ガブりだけじゃ済まなそうな予感しかしない。
「なぁお前、何したんだって…」
「おっ、着いたぞ。まずは此処で酒を引っ掛けてから行くぞ!」
戸惑う俺の声はマーラットの大声が遮る。
声がした方に釣られて視線を向ければ、そこには「天使の泉」と看板に書かれているお店がある。
何処かで聞いた事のある様な…無い様な?とにかく先にお店へ入って行った3人を追いかけて俺も扉を潜ってその背中を追う。
ガラガラと鳴る扉の先には見た事のある人物が……カーマンとべベールだった。店内を見渡してみるが2人しかいない。
「ようこそ〜!私達の憩いの場、天使の泉へ〜!!今日は貸切だから肩の力を抜いて楽しんでいってね?」
「ああんっ!カーマン、超興奮しちゃーう☆イケメン、イケおじ、ワイルド系が2人なんて選り取り見取りで目移りしちゃうわん!」
はい、入る店間違えました〜。カーマンの舐め回す様な視線を受けて俺のケツが危機を察知して一気に閉まり、俺の手が扉のドアノブを掴む。
…これで退路は確保出来た。俺と同じ様に危険を感知したユージーンもまた尻に手を当てて俺の隣に素早く退がってくる。
ただひたすら沈黙という時間が流れる。此処で目を離してはいけない。リサじゃないが、俺の勘がそう告げているのだ。
「……コホンッ、失礼したわ。つい興奮しちゃって、許してね☆」
「そこで何してんだよ、テメェら。早くこいよ、酒が飲めねぇだろうが!」
俺とユージーンは顔を見合わせる。とりあえずは怪しい動きもないし、警戒するにしてもあからさまは失礼過ぎたか…。
ゼニスが早く来いと手で合図するのを見て俺とユージーンは扉から離れてカーマンの横を通り抜け、店の奥へと足を運ぶ。
ーーーカチャリ。
俺の耳に金属音がハマるような音が聞こえた。
「えっ…?」
「ウフフ…ジュフフフ…」
「あ、アンタなんで今、鍵なんて閉めて…」
「今日は貸切よ」
振り返るとそこには何か良からぬ事を考えていそうなカーマンが扉の鍵を締めていた。再び鳴る危険を知らせる鈴の音が脳内に響き渡る。
これはもしかしたらヤバい状況なんじゃ…。
「今日は貸切なのよ。この国の王様が私達のお店に飲みに来ているから安全面を考えても不自然では無い筈よ☆」
「うむむ…、そうだ、よな?」
「そう、でも今宵はお酒の席。何があっても不思議では無いわよね…ウフフ」
ダメだー!あの眼光は見覚えがある。剣舞祭で戦った時に見せた本気の眼だ。此処にいたら危険だ。俺は脱出するぞ!
「ゆ、ユージー…!」
「おい、黙れ。掘られたくなかったらガタガタ抜かすんじゃねぇ」
「おっふ………」
ダメだ、勝てないよ。相手が強過ぎるもの。仕方ない。
俺はカーマンに両肩を掴まれてユージーン達がいる席へと移動した。移動する度に肩に置く手の力が強くなっている。その握力から絶対に逃さないと感じられて俺の尻はキュッと臨戦態勢になった。
「遅かったな、アルバルト。どうした、何かあったか?」
「……なんでもない。俺の気のせいだった」
「……?まあそういうなら良いがよ。べベール、今日は特別だ。アレを出してくれるか?」
「はぁ〜い!王様は気前が良くて助かっちゃう!今準備するわね〜」
べべールが店の奥へ引っ込み、カーマンがグラスと氷を載せたお盆を持ってそれぞれの手元に配り始める。全員に行き渡った所で奥に行っていたべべールが戻って来た。
その手には何やら見覚えのある酒があった。
「それって…まさか鬼殺しかっ!?」
「あら、知っていたのね。これはとても高価なお酒で一瓶辺りの相場が金貨1枚だと言われているわ…」
「そうそう、それそれ。こいつがまた美味ぇのよ」
キュポンと瓶の蓋が取れて俺達の鼻を鬼殺しの香りが刺激する。久しぶりに嗅いだこの匂い、間違い無い。手元にあるグラスに並々注がれる酒を見て覚悟を決めた。
「先に言っとくが、俺が酔ったら遠慮なく顔面に水を掛けて欲しい。悪い予感がするんだ…」
「ははは、アルバルトは酒癖でも悪い感じかい?大丈夫さ、そうなったら僕が介抱してあげるから」
「ウフフ…安心して、2階にはベッドもあるから私が連れて行ってあげるわ☆」
「ユージーン…!俺を頼んだぞ!」
あわわわわ、カーマンの目がギンギンに光ってやがる。身の危険がビンビンだ。とりあえずはユージーンに言っておいたから大丈夫だと思うが、安心は出来ないぜ…。
俺が唸りを上げているとマーラットがグラスを持って上に掲げる。それに釣られて俺やゼニス達もグラスを待って上にあげた。
「よし、行き渡ったな!では、乾杯っ!!」
グラスの中にある酒を一気に煽るマーラットやゼニス。ユージーンはちびちびと飲んでおり、俺も少しずつ飲み始めた。
少し経って彼らの顔が赤らめて来た頃、俺の身体にも変化が見られた。
熱い…、身体が熱くて視界が歪む。混乱する頭に手を置いて酔いを覚まそうとしたが、グラスが空っぽになったのを見たマーラットに酒を注がれてしまった。
こいつ、俺を酔わせようとしているらしい。
「ほら、飲め飲め。俺の酒が飲めねぇってのかぁー!!」
「いやーん!カーマン、今からポールダンスやりまーす!!」
「いいぞー!やれやれ!おい、ユージーン。そこにあるつまみをこっちに寄せろ」
「やれやれゼニスは我儘過ぎないか?これで良いかい…?」
見渡す限り、カーマンは鉄の棒に足を絡ませて踊っているし、べべールは厨房に入って料理を作って忙しそうだ。ゼニスはユージーンの肩に腕を回して身体を揺らして上機嫌そうにしている。
つまり、マーラットを止める者が近くにいない。
「うぐっ…、ちょっと待ってくれ。今酔いを覚ましてるんだ」
「酒は酔ってなんぼだろ」
「……どうなっても知らねぇからな」
覚悟を決めて酒を一気に煽る。あぁ、ダメだ。視界がグニャグニャになってきた。頭もポワポワする。
ーーそして俺の意識は完全に遮断された。
いきなりガックリとしたアルバルトを見てマーラットはやり過ぎたかと焦って、アルバルトの顔を覗き込む為に近寄る。
「お、おいっ!」
マーラットが覗き込もうとした瞬間、アルバルトの瞼がガバッと開かれて彼の手を掴んで自分の元へと寄せる。
見つめ合う両者の瞳は30センチにも満たない。アルバルトの蒼い瞳がマーラットを捉えて離さない。先程までのアルバルトとは違うことを悟ったマーラットは何とか逃れようとするが、力の強いアルバルトに手を掴まれているので逃げられない。
「…何処に行こうというんだ。マーラットが酒を飲もうと言ったんじゃないか。ほら、飲ませてあげるよ」
「正気に戻れ、アルバルトォォオ!!誰か、水、水をっ…!!」
「やれやれ、この恥ずかしがり屋さんめ」
酒に飲まれたアルバルトが手始めにマーラットに迫る。その異常事態に気付く者はまだいない。
涙目になったマーラットは小さな悲鳴をあげた。
ーー今まさに酒に呑まれたアルバルトの無双が始まるッ!!
狼の狩りまで後30分。
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