第117話 ブラックレティシアの恐怖2 男達の讃歌
「俺の…好みだと…」
「ああ、お前の女のタイプを聞いてんだよ。胸か?尻か?早く言っちまえよ、アルバルト」
「あぁ、そういう事なのな…」
マーラットはニヤニヤと顔を歪めて俺を見る。絶対に逃さないぞ!とありありと見て取れるその視線を一身に受けた俺はため息を吐きながらも奴の期待に応える事にした。
そういえば、自分の好みとは何だろうか?リサやレティシア、トキは勿論、マリアやヴィーラとも交流があり、それぞれ個性的で可愛らしくも美しい人達だ。
「そうだな…俺は努力を怠らない人。自分に厳しくて、他人に優しい。これと決めたらひたすら真っ直ぐ突き進むだけの信念を持つ女性が良い…」
俺の中でぐるぐると考えが回っていたが、よくよく考えるとある一点に辿り着く。
俺の初恋でもあり、厳しくも優しく、深い愛を持って俺に惜しみなく愛情を注いでくれた女性。
俺の理想は俺の母親だ。何事にも諦めない気持ちでぶつかれと教えてくれた。辛い時も苦しい時もこの言葉が胸の中であったから頑張れた。今もなお、俺を突き動かす原動力となっている。
(お袋がどうなっているのか…今の俺には分からない。だが親父、ヘリオスは何か事情を知っている様子だった。ーーだから今度は力づくで聞き出す。泣こうが喚こうが手加減はしねぇ…)
美しい光り輝く銀髪を持ち、辛い酒を好み、豪快に笑う女性。もう会えないかもしれない人だが、俺の中では…大好きな母親であった。
感傷に浸るアルバルトの前でマーラットは呆れた様に手をヒラヒラさせながら言った。
「違う、違う!そういうのじゃねえんだよ。俺が聞きてえのは…胸か、尻かっ!って話だ……!!」
「ハァ……」
(折角人がしんみりしてるっていうのに…この男は…)
マーラットに抗議な目を向けるが、ニンマリと愉快そうな顔で俺を見下す奴に白旗を上げた。絶対に逃さんとする意志をその表情から見て読み取れるからだ。
「はいはい、分かったよ。言えばいんだろ、言えば…どちらかと言われたら…まぁ、胸だな」
大きければ大きいほど良いという訳ではないが、目の保養になると…俺は思う。
俺の答えを聞いたマーラットは普通だなと言って興味なさそうに切り捨て、隣にいたユージーンに話し掛ける。
「ユージーンだっけか?お前はどうだ…?」
「おい!それだけかよ…!?」
「だって、面白味がねぇし…」
「僕は好きになった女性がタイプ…なんだけどそれじゃダメなんだよね…」
マーラットはしつこく聞いた割には素っ気ない態度にアルバルトが突っ込みを入れる。その間にユージーンが目を閉じ、顎に手を添えて真剣に考え始めた。
そして彼が目を開けた時、自分の中で答えを見つけたようだ。
「……僕は足が綺麗な女性が良い」
「ユージーン…お前足って…」
「アルバルト、よく考えてご覧よ。僕のパーティーメンバーに凄い魅力的な女性がいる」
「あぁ、ミリアの事だよな…?それなら俺と同じく胸だと思うんだが…」
ミリアはユージーンの相方にしてとんがり帽子と全身を覆うローブ的な物を着て魔女っ子みたいな格好をしている。身体のラインが隠れがちのローブにベルトが腰に巻かれている為、胸が強調されていて目のやり場に困る事がある。
ユージーンもそれだと思ってはいたが…違った様だ。
「ふっ、甘いね。僕は昔からミリアと一緒に暮らして来たんだ。幼い頃からずっと知っている彼女の胸なんて……もう見慣れているんだよ」
「惚気かよ……ていうか、だからってどうして足なんかになるんだ」
「駄目なんだ…彼女のローブ、スリットが入っているから歩くと綺麗な白い足が見えるんだ。普段は見えないのに見えるという事に対するこの気持ちに…嘘は付けなかった…」
ーーチラリズム。ふとした拍子に魅力的なモノがチラリと見えてしまい、それが色気となる恐るべき罠だ。その魔力に当てられた人は心を惹かれてしまい、頭から離れなくなるという。
顔を伏せて言ってやったぜみたいな顔をしているユージーンに俺は呆れた。こいつもこいつでちゃんと男なんだと思い知らされたからだ。
ユージーンの独白を聞いたマーラットが俺を見て一言。
「ほらな、見習えよアルバルト。こいつみたいにもっと面白く言えよな」
うぜぇ…何様だよお前。いや、こんなんでも王様だったわ。俺の中であのカッコよかったヒガリヤの王様が下衆な話が大好きな兄ちゃんにグレードダウンしたのを感じた。
「いや、俺が言えた訳じゃ無いが、唯のむっつりなだけだろ。……そういうマーラットはどうなんだよ?」
「俺かぁ…?俺は断然、尻…だな。あのキュッとしたのが良いぜ!」
「お前も俺と大差ねぇだろ!!」
ダメだ。温泉に入っていても怒りが洗い流せない。もう黙っていよう。お湯の中に更に身体を滑り込ませた俺は口元まで浸かり、恨めしそうにマーラットを睨む。
だが、奴にはそんな幼稚な物は効かない。話の矛先を今度は目元にタオルを置いてリラックスしているゼニスに話し掛けに行った。
マジで怖いもの知らずのマーラットに戦慄する。
「あん?脇に決まってんだろ。お前ら正気か?」
だが、意外にも標的にロックオンされたゼニスはノリノリだった。それにしても脇とはなかなかマニアックな所だ。あまりに予想外の回答にあのマーラットも石の様に固まって動きを止めている。
俺達の困惑に気付いたゼニスがお湯から立ち上がって胸を張ると堂々と言い放った。
「これだから人族は…いいか、脇っていうのは身体の中で一番汗をかく所だ。そして俺達、獣人族には嗅覚が人族よりも優れている。後は…分かるな?蒸れて臭いが充満している所に鼻を突っ込んで思いっきり吸い込む」
真剣な表情で馬鹿みたいな事を喋るゼニスは俺達のやべぇ、こいつ変態かよという視線を受けてもなお止まらない。そして最後の締めとなる一言を添える。
「ーーーーつまりだ。脇吸いこそが至高、覚えておけっ!」
そう言い切ったゼニスを他所に俺達は3人で集まってコソコソと話す。
「アイツ、凄えのな…王である俺すら引いちまったぜ」
「あ、あははは…僕は…うん、いいと思う…よ?」
「いや、思ったより変態だぞ、ゼニス」
「馬鹿野郎っ!聞こえてんだよ!!テメェらが教えろつったから教えてやったんだろうがぁぁぁっ…!!」
ゼニスは雄叫びを上げ、取っ組み合いの喧嘩へと発展する。
羞恥心と酒のせいで顔を真っ赤にさせて一番手前にいたマーラットへ突っ込んでいくゼニスを止めるのは、アルバルトとユージーンだ。
2人がかりで片腕ずつ押さえ込んで何とかゼニスの突進を止める事に成功した。
胸、足、尻、脇と見事にバラけた男達の性癖。己の好みを言っただけでつまらないだの変態だのと叩かれる現状を打破したのは今まで静寂を保っていたディフェンドだ。
「……ほっほっほ、若造どもが落ち着きなされ。お前達は何か勘違いをしておる」
「うるせえっ!ジジイは引っ込んでろ!」
誰にでも噛みつく狂熊となったゼニスがアルバルト達を剥がして今度はディフェンドへ突っ込んでいく。止めようと手を伸ばすアルバルト達だが、お湯に足を取られて僅かに届かない。
ゼニスが荒々しく近付いて来るのを見たディフェンドは手に持つ酒を温泉のタイルの上にコトリと置いて立ち上がる。
そのままズンズンと迫って来たゼニスの両肩に手を置いて動きを止め、真っ直ぐとディフェンドはゼニスの目を見つめた。
「ーーーー良いんじゃよ。脇もまた至高」
「ジ、ジジイ…!」
ディフェンドのクリクリとしたつぶらな瞳がゼニスを射抜く。その結果、あれ程荒ぶっていたゼニスの動きを完全に止めてしまった。
ゆっくりとゼニスの心に投げかける様に喋るディフェンドに俺やユージーン、マーラットもまた耳を傾ける。
「分かっておるよ。お前さんは何も悪く無い。いや、悪い奴などこの場には存在しない」
「でも、アイツらは…!」
「聞け、若造。わしはお前さんらよりも歳を食っている老耄じゃ。わしもこのくらいの頃はよくこうして意見をぶつけ合っていたものなんじゃよ。故に長き人生の経験から学んだ大切な事をわしは言葉にして君らに送ろう」
ゴクリっと誰かが喉を鳴らす。ディフェンドの言葉は重たく、その言葉に強い意志が読み取れる。絶対に聞き逃してなるものか。
「ーーー汝、女性を愛せよ。胸も尻も足も脇も全てが至高。柔肌に良き香り、わしらとは異なる存在だと今一度、心に刻め。若さ故のぴちぴち肌、老いた故の熟成した色気。その全てを受け入れてこその男としての器だと心得よ」
「「「……………っ!!!!」」」
ディフェンドの言葉は重かった。歳を取っているだけじゃない。彼の人生経験が俺達の心へ深く切り込みを入れた。
「ジジイ……俺が間違っていた。アイツらに変態だの言われて頭に血が上っちまった…ダメな奴だぜ、俺は…」
ゼニスが項垂れているとディフェンドは肩から手を離して温泉から上がるとタオルを自分の背中へ勢いよく振り落として水気を飛ばす。
「いいや、お前さんは何も間違っておらん。男が変態で何が悪い?わしらは生まれた時から唯の変態よ」
そう言い残してディフェンドは温泉の出入り口である扉を開けて消えていく。俺達はただ茫然とその背中を見送るしかなかった。
「………」
お湯から立っていたせいで身体が冷えたので再び温泉へ着水。温かいお湯に浸りながら身体を温める。
この静寂は居心地が悪い。何とも言えない空気に気不味くなった俺は口を開いた。
「悪かった…ゼニス。変態なんて言っちまってさ。よくよく考えたら此処に居る奴、全員そうだ…」
「……いや、俺も悪かった。すまねぇな、テメェら」
「僕だって同じさ…」
しょんぼりしたアルバルトとゼニスが謝罪する。それを聞いていたユージーンもまた罪悪感に囚われていた。
3人が暗くなる中、空気が読めない男が1人いる。それはこの国の王にして尻派だったマーラット・アルバス・ヒガリヤだった。
「あぁ、辛気臭ぇのは止めだっ!お前らっ!今夜はこの俺にとことん付き合って貰うぜ。どうして俺がお前らの性癖を聞いたと思う?このヒガリヤで1番の楽しみ方を教える為だ」
「ま、まさか…!マーラット王…それは…!」
「おいおい、よっしゃ!勿論、アンタの奢りなんだろうな…?」
「任せろ。俺は嘘を吐かない男なんだぜ」
マーラットの一言に盛り上がりを見せるユージーンやゼニスに付いていけない。一体なんの話をしているのか….全く分からなくて俺は困惑していた。
「おい、ユージーン。何の話だよ」
「……分からないのかい。ヒガリヤといえば…」
「そうと決まれば、まずは飲みに行くぞ、野郎どもっ!!」
ユージーンに事情を聞く為、俺は話し掛けて聞き出そうとしたが、彼が喋っている途中でマーラットによって声は掻き消された。
その後は何を聞いてもお楽しみだと言われ、はぐらかされたが多分悪い事、では無いと信じたい。
ディフェンド
彼が放った言葉はアルバルト達の心に刻み、その言葉はあの気性が荒いゼニスですら降伏させてみせた。
現在は湯あたりしてしまった為、部屋で大人しく横になっている。
次回 女湯。
狼が動く2時間前。
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