第111話 ヒガリヤの民と精霊の見解
火の精霊が1番憎むもの。
それは人の醜さである。
五百年前の人の罪を我は絶対に忘れぬ。
最初は誰が気付いたであろうか。
避難を終えたヒガリヤに住む国民か?
それともこの剣舞祭の為に集まった選手か?それとも商人か?
ただ決まって彼らが一斉に声を上げたのはある一点を見つめていたという。
その黒い影は真っ赤に燃える光を伴って消えていった。
◆
この国を代表する精霊が祀られている時計塔がある。
そこには真新しく出来た大きな穴が広がっており、長くから住む住人の大半が怒りを滲ませていた。
それでも荒ぶる気持ちを落ち着かせて祈りを精霊へ捧げている。
「おお…我らが神よ。精霊様よ。どうか、この老耄の戯言に耳をお貸しください」
天を仰ぎ、時計塔を熱心に見上げる彼らは側から見れば狂気に近い。
「この厄災をお納めください。どうか我らをお救いください」
だが、祈らずにはいられない。今もなお、聞こえて来る激しい衝突音が会場の外まで聞こえて来るのだ。まだ中で必死に誰かが戦っている。
今の自分じゃ力が足りない。何も出来ないと暗い感情が現れる。
それを誤魔化す様に誰かに縋り付きたいと多くの人々は探し求めて、見つけた。
ーーーー時計塔だ。
そうだ。私達がいつも祈りを捧げている精霊様ならこの状況を打破してくれるのではないか?
そうだ。いつも毎日欠かさずに貴方を信仰しているのだ。こんな時こそ、私達を救うべきである。
そんな浅ましい考えが周囲に蔓延していき、誰も彼もが膝を着き、天を仰いでいる。
不安や恐怖に怯えたヒガリヤの民達は熱心にそして自分勝手な解釈を正義として祈りを捧げる。
異様な光景だった。
それは火の精霊が1番憎むものだ。
下で蛆の様に湧く人の醜態を見て精霊は嘆いた。
……醜い、醜い、醜い!
これ以上、我に何を求めるというのか!!
我は既に恩恵を与えている。
我が存在するだけでこの国は寒さに怯えなくて済むというのに人は何故それが分からない?
人は気付かないのだ。ヒガリヤが他の国と比べても暖かいという事だけの認識しかしていない。それは何故なのかという事は昔からだからという一括りにされてしまっている。
火の精霊イフリートは気付かない。人の慣れというものは恐ろしいのだ。過去にその恩恵を人に伝えたとしてもそれが後世に上手く引き継がれるとは限らない。
いつしか当たり前の日常として人の中で処理されてしまう。そういう生き物だと精霊は理解が出来ない。及ばない。
精霊はその自分勝手な考えを持つ人を好ましく思わない。
まだ人が出来る事は沢山あるのだ。凶悪で恐ろしい魔族が相手でもこれだけの人数がいる。
こんな時こそ、皆で協力しないでどうする?
最初から諦めて戦わず、逃げず、失意の中、都合の良い時だけ我を頼るその精神が気に入らぬ。
力が足りないと嘆く者もいるだろう。
なら覚悟を見せよ。その足で我の元まで来ると良い。
我の核はこの時計塔にあるというのに…それをヒガリヤの民達は知っているというのに…誰も来ないではないか。
時計塔は鍵が掛けられているが、簡易的な物だ。武器を用いれば容易に破壊出来るだろう。
力が欲しくばその階段を登り、我に触れ、試練を受けよ。
待てども待てども人は来ぬ。
結局は我が身可愛さなのだと改めて実感し、失望した。
祈れば何とかなると思っている人はいる。
だが、己で解決しようとはしない。
勇気ある者は地獄と化した戦場へ行っている。此処には諦めて縋り付く事しか出来ない醜態を晒す人のみだ。
ーー故に我は応えぬ。
ーー勇気を見せぬ者。
ーー覚悟を決めぬ者に栄誉は与えぬ。
……そう思っていた。
そう思っていた我に挑戦する勇気ある者が現れるとは思わんだった。
その人の身に宿る魔力の質は一言に異様という言葉が当て嵌まる。
暖かで優しい懐かしき光と全てを飲み込まんとする禍々しき混沌が混じり合っていたのだ。
思わず目を見開く。
だが、それもほんの一瞬の事。
力がなき嘆く者に直接力を求められた為、我が神殿へその者を招く。それは今世の勇者であった。
……ミナトの面影が見える。精霊一と呼ばれた厳しい我が試練を突破し、力を授けた者として記憶している。
確かミナトも勇者であった。まさか2代に渡って我の力を欲するとはなかなかの強欲と来たものだ。
(なれど招いたからには試練を与えなくてはならない。見せて貰うとしようその覚悟とやらを…)
第一の試練を与える。
ーーー身を焼かれる苦痛に耐えてみせた。
第二の試練を与える。
ーーー生半可な覚悟では突破出来ぬ我が炎を耐えてみせた。
第三の試練を与える。
ーーー本来なら一度の死を乗り越えれば良い試練だが、その身に宿る禍々しき物を見極める為に回数を増やした。
まさか全て耐えてみせたとは……完全には見極められなかったが、上手く己の糧としている事に取り敢えずは安堵した。
人として醜き感情は持っている。
人として致命的なまでの破滅願望が顔を覗かせている。
だが、我は自然と嫌いにはなれなかった。
昔を思い出すのだ。
この者の父親、ミナトの姿にそっくりであった。
何度地べたを這いつくばってもなお、諦めずに立ち上がるその信念を其奴は引き継いでいる。
人の身では成し得ない事すらもその信念を持って我を打ち負かしてみせた。
ーーーなら、我は汝に応えるしかあるまい。
我の力の末端を分け与える。この選択が良いか悪いかは分からない。
どちらでも良くなった。
この力を欲し、手にして喜ぶ彼を見て我は我の考えを変えた。
久々の見所のある人を見てあの出来事以来、凝り固まってしまった己の考えを改めて見直した。
(この力がたとえ、良き道に導こうが、悪き道へ誘おうがそれはアルバルトの選択である。我は人をまた信じてみたくなった。故に礼を言おう)
穴が空いている時計塔から崩れる大小の瓦礫が未だ祈りを捧げている民の頭上に降り掛かる。
「ヒィ…!?お助けを…」
時計塔の下には子を空から降って来る瓦礫から守ろうとする親や、戦いに参加する勇気が持てず此処にいる冒険者達が身体を張って老人らを守ろうとしていた。
「我が炎は何物にも勝る業火となり得ん」
五百年もの間、引き篭もってばかりだった火の精霊がついに顕現する。
ヒガリヤの民達の頭上に顕現したイフリートは持っている刺股の様な棒を横凪に払った。
その瞬間、瓦礫の内側から炎が上がって派手に爆発する。
微細な破片まで跡形も無く消し去った火の精霊は己を見上げる人を見返した。
醜い存在だと決め付けていた人々が誰かを守る為に動いたという事実を目の当たりにしてイフリートの頬が僅かに歪む。
「このヒガリヤに住む全ての民達よ。顔を上げよ、まだ諦める時ではない。戦え、足掻け!王は民を守る為に倒れた。王が倒れたのならば今度は民が支えよ。案ずるな、汝らの背中には我が炎が付いておるっ!!」
静寂の後、今日で1番の雄叫びがそこかしこで放たれる。待ちに待った火の精霊の言葉に彼らは興奮したのだ。
自分に出来る事はないと諦め、暗い瞳になっていた人が顔を上げる。
その目にはまだ自分に出来る事があるのではないか?と考え直し、その目に光が灯り始める。
その光景に目を細めたイフリートは再び姿を消す。
久しぶりに顕現したのでかなりの力を使った事や土蜘蛛と激しい戦いを繰り広げているアルバルトに魔力を送ってしまったのが原因である。
だが、アルバルトが負けるとは思えない。あの諦めの悪さは精霊も呆れる程の頑固な物だったとイフリートは安心してその場から退場した。
次回、ついに決着!
土蜘蛛vsアルバルトとレティシアという最強タッグ
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