第110話 火の試練 最終試練
ーーー時を遡る事、数分前。
アルバルトの意識は彼が3段目に足を踏み入れた瞬間に飛ばされた。
しかし、1秒も満たない間にアルバルトは目を覚ます。
「……はっ、はっ、はっ」
意識を刈り取られたと思えば、その瞬間に目を覚ます。外野から見ればただそれだけであったが、アルバルトの額には玉の様な汗が浮かび上がっていた。
「何だ…これ…俺、いま死んで…」
思い出す。気が付いた時には自分に向かって来る紅く禍々しい炎が目の前にあった。まさに一瞬の事、俺の身体はその炎に包まれて焼かれた。
自分の存在を焼き尽くす感覚が身体中に鮮明に残っている。逃げられず、悲鳴も上げられずに俺は焼かれて死んだ筈だ。
鮮明に思い出してしまうと手や足が震える。一段目と二段目で味わった痛みが同時に襲い掛かってくる様な感じだ。
「これを後、何回受ければ良いってんだ…」
額の汗が頬を伝って落ちる。自分の足で後、3歩程の距離に精霊が待ち構えている。
ジャンプで飛んで来ようものならその手に持つ棒が俺を襲うだろう。
そうなれば、吹き飛ばされて今以上の距離になるだろう。不正は許されない。
「これが最終試練。死という恐怖と絶望に抗ってみよ。後3回。汝が我が元へ辿り着くまでに経験するであろう」
「………」
(啖呵を切ったのは良いが…これは流石にヤバい。内も外も焼かれる痛みと恐怖に足がすくむ)
だけど、止まってはいられない。早く仲間の所へ行かなくちゃいけないのだ。
俺は今一度、小さな勇気を持って一歩前進した。また意識が刈り取られていく。
「……はっ!うわ、……ぁぁ、ウガァアアアアア!!」
迫る紅の燃える波が視界いっぱいに広がっていく。
今度は悲鳴があげられるほど時間が与えられていた。その分、身を焼き焦がす程の苦痛が俺を襲う。
炎に優しく包まれた俺は自分の身体が熱で溶けていく感覚を感じながら意識が暗転した。
目を覚ませば、身体が前屈みのままで止まっていた。滝の様に汗を流して深呼吸をして何とか冷静さを取り戻す。
(……明らかに長くなっていた。もし、次の一歩を踏み出したら今以上に焼かれる時間が長くなるんじゃないか?)
何度考えても答えは出ない。答えを知る為にはもう一度足を踏み入れていくしかない。
「なぁ、精霊様。これがアンタの言っていた恐怖と絶望って奴だよな。確かに怖いし、苦しいし、何回も経験したくはねぇよ」
気持ちを切り替える。俺にとって1番の絶望とは何か、それを考えてみる。
「だけどよ…」
足を動かす。一歩前に進めば、先程の繰り返しだ。燃える様な痛みと時間が長くなる。
それがどうした?こんなのは俺1人が我慢すれば解決する事だ。
俺が1番だと思う絶望はこんなもんじゃない。
「自分の力不足で仲間を失うのだけは許されねぇ。こんなのが恐怖?絶望?な訳がない!だから意地でもお前の力を貸して貰うぞ。その為だけに此処に俺がいる」
自分のやる事は最初から決まっている。精霊石をこの目で見た時から決めていた事だ。
例え、自分がどんな目に遭おうとも全て耐えてねじ伏せる。
自分よりも仲間が大切だ。今こうしている間にもレティシア達が苦しみながら戦っている。
身体の内側から聞こえて来るのだ。彼女らが必死に戦っている音が、声が聞こえる。
(なら、俺も頑張るしかないだろう?)
そう思って最後の1歩を踏み込む。俺の身体は手を伸ばせば、精霊に触れる距離まで来ていた。こちらを見下す赤い瞳が俺を捉えている。
まるでマグマの様なその赤みの瞳は少しだけ揺れていた。
(………あり得ぬ。人が死という概念を耐えられる筈がない)
火の精霊イフリートは驚愕していた。人嫌いであったその精霊の試練は同じ存在の精霊よりも1、2を争う程の苛烈で極まりない。
過去に起きたある出来事がきっかけで以前よりも数段以上は厳しい試練にアルバルトを誘った訳だが、内心は無理だと決めつけていた。
最初の試練と二つ目の試練だってそうだ。アルバルトは難なく耐えて見せた。今もこうして試練に挑む彼を見てイフリートは目を見張る。
そして遂に手を伸ばせば己に届く距離まで到達してしまったのだ。
これは完全に誤算だった。元より受かる筈がない無茶難題な試練の内容だ。
人としてどうかしている。人は結局自分が1番に可愛いのだと思い込んでいた。
どうせ、此奴も投げ出すに決まっていると高みの見物を決め込んでいたが、予想が外れた。
アルバルトの自己犠牲という破滅的なまでの考えを考慮していなかった己の失態だとイフリートは苦渋を舐めた。
「成る程…異端の子よ。汝は元より壊れていたのだな」
人の本能を抑え込んで死してなお、抗い続けるこの青年にイフリートは興味を持ち始める。
地獄の業火の様な炎に何度も身を焼き尽くされたアルバルトだが、自分の信念は忘れなかった。諦めない、母親譲りの頑固さが彼の原動力となって突き動かす。
がむしゃらに手を伸ばせば、精霊の身体に触れていた。
「………俺の勝ちだ、火の精霊イフリート」
「……あぁ、汝は全ての試練を突破した。良き挑戦だ。そして我は汝に問おう。死を乗り越えてまで己を動かすその源は何なのだ?」
「俺は仲間を助けると誓ったんだ。なら俺がそれ以外を気にする必要はない。そこに戸惑いも恐怖もあるなら全部ねじ伏せる。…それに言ったろ?俺は諦めが悪いんだって、一度決めたら突っ走る。それが俺の生き方だ」
アルバルトの独白を聞いてイフリートの心に響いていく。人嫌いの自分が目の前にいる小さき存在を気に入ってしまった。
その生き様はとても歪んでいた物だとしても…真っ直ぐにぶれないその愚直なまでの美しい信念に心を惹かれる。
その潔さは尊敬の念に値すると認めた。
「あいわかった。汝は人として致命的なまでに壊れている。それの考えはいつか汝の身を滅ぼすだろう」
「……分かってるさ。自分がおかしい事は…」
命が掛かった状態でも自分より他人を優先する考えはいつか俺に牙を剥いてくるだろう。だけどそれは承知の上だ。
この世界で誰よりも異端なのは間違いなく自分なのだから。前世で死を経験したあの恐怖をレティシアやユージーン達に味合わせたくない。
孤独感と冷たくなっていく感覚。視覚、触覚、そして最後は聴覚が消えていくあの感覚は若い彼らがまだ負うべきではない。
それを一度経験した自分が背負うべきだ。2度目の人生を貰った俺の役目だとこの世界に来た時から覚悟している。
そんな俺の考えを見透かす様に火の精霊イフリートは敢えて言ったのだ。
(壊れていると、それは人の生き方ではないと言う。だけれど、俺はもう俺の考えを改めようとは思わない。……これが俺、アルバルトとして転生し、生まれた意味なのだから)
目の前に佇む精霊に向かって意を決して反論しようと声を上げる。だが、精霊は俺の言葉をぶった斬った。
「……だが、我は嫌いではない。人ではない、なれど人としてあろうとする其方の心は美しい。それ故に我は我が一端の力を汝に授けよう」
「これが…精霊の火…」
俺の目の前に差し出されたのは火は赤くとても小さなものだった。風が吹けば消えてしまいそうな綺麗な火に思わず見惚れているとイフリートが話し掛けてくる。
「それは始まりの火。今はまだ小さき火であるが、其方の成長と共にそれもまた成長をするであろう。やがては大きな炎となりて汝に力を与えよう」
空中に浮かんでいた火を両手で包み込む。包み込んだ手の中からほわほわとした感覚が伝わってくる。それは俺の手を通して身体に入り込み、腕や足、胴体に頭まで広がっていく。
試練で経験した時の様な痛みはない。それどころか肌を羽根で優しく触られる様にくすぐったい。
それも暫くすれば、身体の中に溶けて無くなった。
「凄い…身体が軽い」
(こんなに身体の内側から力が溢れて来るなんて…!)
身体中から火が飛び出る。まだ上手く調整出来そうにないが、力の使い方は何となく分かった。この力があればと思っているとイフリートから忠告が来る。
「……感傷に浸るのは自由だが、汝はやるべき事があるのではないか?」
「…そうだった!火の精霊イフリートっ!!俺をすぐにあの場所に戻す事は出来るか!?」
俺がそう質問するとイフリートは黙って俺の後ろへ指を刺す。
そこには元の世界と繋がると思われる門が出現していた。門の先は光っていてよく見えないが、恐らくはあそこを潜り抜ければ良いんだろう。
俺は居ても立っても居られずにその門へと駆け出した。
門を潜る、丁度その手前で俺は世話になった火の精霊へと向き直る。一言だけ伝える事があったのだ。
「どうしたのだ…?その先へ行けば元の世界へと戻れるぞ」
「いや…ちょっと言いたい事があってよ。精霊様、色々と世話になった。まずはありがとう。アンタのお陰で俺はまだ戦える」
「その力は我が試練を超えて手に入れたのだ。礼を言われる事ではない」
「それでもありがとう、なんだよ。お礼はちゃんと言えってお袋から言われて育ったからな。それと今度会う時はアルバルトと呼んで欲しい。ーーー俺はアンタの事、結構好きになったわ」
「ーーーーーはっ?」
考えもしなかった事に驚いたのだろう。ずっと険しかった顔を口を開けた状態の何とも間抜けな顔にしてやった。
最後に貴重な物を見れて満足した。これぐらいは許して欲しい。あの地獄みたいな試練を突破したのだ。ちょっとした意思返しにはなったのかもしれない。
「ふっ、じゃあな!!」
アルバルトが門を潜って現実の世界へと戻った。それを見届けた火の精霊であるイフリートはその場で上を見上げた。
「なんとも……此処まで其方と似てるとは思わなんだぞ。流石はミナトの子というだけはある。最後の返しはまるで生き写しの様であった…」
懐かしげな顔で目を細めるイフリートは口元に僅かな笑みを浮かべる。人嫌いの自分が力を授けた数少ない人物の中にアルバルトの父親であるミナトがいたのだ。
当時を振り返ったイフリートは久しぶりの満足感に心地よい気持ちになった。
「アルバルト、それが異端の子の名か…。あぁ、久しぶりに人の成長という物を見たくなったのかも知れぬ」
満足そうにひとしきり頷いた後、イフリートが最初は少し力を貸しても良い。そう結論付けて己とパスが繋がっているアルバルトへ炎の源である魔力を送った。
もしかしたら火の精霊であるイフリートは本来、面倒見が良かった精霊だったのかもしれない。
アルバルト
身を焼かれ、精神を焼かれ尽くされてもなお、立ち上がって精霊の試練を突破した。
イフリート
火の精霊。ヒガリヤの守護精霊とも言われて長く人々から信仰されていた。その人気は女神セレーネとも劣らずの人気ぶりだ。
ただし、当の精霊は人嫌い。過去にあった事が原因でどれだけ信仰があろうが応えないつもりであったが、気になっていたアルバルトが呼び掛けた事により試練を言い渡す。
まさか過去一辛い試練を乗り越えるとは…。
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