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鬼人の旅路 これは君を探す物語  作者: 直江真
第一章 旅立ち
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第11話 お呼ばれ

 意識が浮上する感覚がある。


 うん?なんだか身体が揺れてる様な…。


「……て!…きなさい!!」


「どわぁ!」


 脇腹に突然の衝撃が走る。痛みを感じる前に俺の身体はゴロゴロと丘の上から転がり落ちていく。


 何度か回転してようやく止まり、その襲撃者を確かめる為、自分が寝ていた場所を見上げる。


 するとどうだろう。足を空中に蹴り上げているリサがいた。半ズボンと太ももの間が眩しいぜ。


「おい、リサ。起こすならもうちょっと優しく起こしてくれても良いんだぞ?」


 そう言って俺は上半身を起こすと睨む様に顔を上げた。


「何度も何度も呼び掛けたのに起きないからだ。それに君が魘されてたから強引にでも起こしてあげたんだ!」


 蹴り上げた体制から足を地面に戻し、腰に手を当てこちらを睨み返して来た。


 互いに視線が交差する。しかし、起きなかった自分も悪いので両手を上げて降参だ。


「あー、悪かった悪かった。でも、もう少し加減してくれ。俺の身体は人並みだからな」


「そうか、そうだったな。私も悪かった。全く、今度からは優しく蹴り飛ばしてあげよう」


 彼女は満面な笑みでこちらを上から見下ろす。後ろには綺麗な桜があり、大きな満月が彼女の綺麗な銀髪を照らしていてとても幻想的で美しい光景だ。


 全く、可愛げのない奴。口元が思わずニヤけてしまう。それくらい魅入ってしまった。


「って、やべぇ。もうこんな時間か。飯の支度しなきゃ。」


 満月が出ているということはもう夜になっている証拠だ。ちょっとの居眠りの筈が結構眠っていたらしい。


「そうだった!君がなかなか家に帰って来ないからここまで迎えに来たんだった!」


「ありがとうな。でも、何でわざわざ家に?いつも夜は一緒に食べてなかっただろう?」


「それは私の家に招待するからさ。だって君、今日お誕生日でしょ?」


 ああ、そうだった。また忘れていたのか。嫌な夢ばかり見てたせいで忘れていた。


 その後もさっきまで忘れてたとリサに伝えれば呆れられ、村の方へ向かって足を進めていく。それを見て俺は丘の上に置いた本を回収し、駆け足で彼女の背中を追いかけた。


 彼女に追いつき、歩幅を合わせて移動する。


「アル、先に君の家に行く。土で汚れてるからちゃんと着替えて来るんだ」


「はいはい、そうさせて貰いますよ」


 全身土まみれにしたのはお前なんだがなと思いつつも口には出さないで前を歩く。


「じゃあ、私はアルが来るってお父様に言ってくるから」


 彼女はそう言い残すと村長の家へ歩いていく。俺もあまり待たせない様に軽く走って自分の家へ向かう。


 村の中で灯りのついていない家を目指して走る。時間帯はもう夜なので見渡せばあちこち家の中から光が溢れている。


 やっぱり、羨ましいと思ってしまう自分がいた。


 家を通り過ぎていく度に聴こえてくる笑い声や話し声。


 前世は今ぐらいの歳の頃はまだ家族で食事を囲うのが当たり前だった為、家族と一緒に食べる時間があるのが羨ましい。


 前世では働き始めてからは時間帯がなかなか合わず、一緒に食べる時間も減っていた。


 当たり前だった筈の日常が今じゃ手に入らない。人というのは大切な物を失って初めて気付くというが本当だった様だ。


 勿論、此方の世界の父と母。リサの家族と食べるのも楽しかったし嬉しかった。とても温かくて大好きだが心の奥底ではなんだか物足りないと常に感じていた。


 灯りのついていない我が家に到着するとまずは手に持ったお気に入りの本をテーブルの上に置く。そして服を脱ぎ、風呂場で水が入った桶を頭から被って顔と頭をまとめて洗う。


「よし、これで身体についた汚れはあらかた落ちただろう」


 備え付けている布で顔と頭を拭いて水気を取ると汚れが取れてさっぱりした気分になってなんだか気持ちが良い。洗ってある服に着替えて急いでリサの家族が待つ村長の家に向かう。


 駆け足で行くと村長の家はすぐに着いた。扉の前で3回程ノックをし、声をかけ様子を伺う。すると中からすぐに元気のいい返事が返って来た。


「すみませーん!こんばんは、アルバルトです!」


「はぁーい!待っててねぇ、今開けるから」


 キィッと扉を開く音が聞こえると中からリサを後数年成長させた様な銀髪で髪がストレートの女性が出てきた。


「ランヌさん、お久しぶりです。いつもリサーナさんにはお世話になっております」


 彼女はランヌさん。リサの実の母親でリサとは歳が倍以上は離れているらしい。おっとりとしていて見た目が若い為、並んだら姉妹にしか見えないのがとても不思議だ。


「アルちゃんいらっしゃ〜い。こちらこそ、娘がお世話になってます〜」


「いえいえ、俺も毎日毎日楽しくてありがたいですよ」


「いえいえ〜、リサちゃんも毎日アルくんが〜、アルくんが〜って言ってるのよぉ」


「ちょっとお母様!なんて事を玄関で話してる!さぁ、アルも早く中へ入るんだ!」


 ランヌさんと玄関で話し込んでいたらリサが顔を真っ赤にして飛び出て来た。ここでいつまでも立ち止まっている訳にも行かないのでリサに連れられ、家の中に入れて貰った。


 村長の家は毎年、俺とリサの誕生日になる度に訪れている。


 リサの誕生日は歳の近い男の子や女の子から結構な数のプレゼントを貰っている為、以前家に入った時は部屋が物で溢れかえっていた。今回は俺の誕生日の為か部屋が広く感じる。


 俺の場合は見た目や人気者のリサとよく一緒にいるので嫉妬や嫌悪であまり好かれてはいない。その為、贈り物はない。


 いや、ない訳ではないか。昔から俺の両親やリサとその家族から貰っていた。


 昔、リサから貰ったプレゼントを思い浮かべ少しだけ口がニヤける。一人でニヤッとしているとランヌさんとリサーナがテーブルに次々と料理を運んできた。


 めちゃくちゃ美味そうな大きな骨付き肉、ふっくらと柔らかそうな魚の煮付け、ボールに入った色とりどりで新鮮そうなサラダにチーズや大きなパンが並んでいく。


「アル、そこにいつまでも立ってないで座っていてくれ」


「ああ、ごめん。美味そうな料理だったから気を取られちゃって」


「ふふーん、そうだろう!今回は私も料理を手伝ったんだ!」


 リサが胸を張って自慢気に答える。その様子を台所からクスクスとランヌさんが笑っているのが目に見えた。


 そうか、もしかして今日、リサが言っていたやる事ってこの事か。


 俺の為に準備してくれたなんて彼女には全く色々な意味で勝てる気がしないと肩をくすめる。


「マジか〜、どれも美味しそうだから気づかなかったぜ。ちなみにどれなんだ?」


「サラダを作る為に野菜を千切り、肉の下味をつけて焼き、後はパンを用意した」


「おぉ、それは…」


 いつも飯を俺の家で食べるから料理は出来ないと思っていたので意外だ。


「はいはい〜、お話はそれくらいで。リサちゃん、そろそろお父さんを呼んで来てくれないかしら〜」


「分かった。お父様を起こしてくる」


 リサは部屋の奥へと消えていく。そのかわりに今度はランヌさんが目の前に来た。


「アルちゃん、リサちゃんは他にも朝早くから食材を買いに行ったりしてくれたのよ〜」


 じとーっという効果音が聞こえて来そうな目でこちらを見てくる。料理出来ないのでは?思っていた事がバレているのか。やばい。


「あ、あはは…」


 ランヌと少し話しているとドシンドシンという音が聞こえる。扉が空いてヌッと顔を見せたのは村長のキドウさんだった。


 村長はまさにこの村の長で1番強い。禍々しいツノに2メートルはあるであろう身長と鍛え抜かれた筋肉が服越しからでも分かる。


 村長は生きる伝説だ。鬼は三百年は長く生きる事が出来ると言われており、村長はその二倍を生きていると聞いている。その中でいくつもの武勇伝を母に聞かされた。


 曰く、今暮らしている島は村長が鬼族の未来の為に大地を割り大陸と分断してみせた。


 曰く、海の上を走り回り、巨大な海の魔物と三日三晩戦い抜いた。


 曰く、英雄の足跡にも出てくる勇者達と旅をした。


 などと様々な武勇伝がある。嘘か本当かは正直分からない。自分の事は聞いても答えてくれない事が多いからだ。ただ英雄の足跡に鬼は出て来るがその鬼は退治されているので違うだろう。


 村長自身、強さが尋常ではないのでもしかしたらと思う人もこの村には多いのだとか。


「おお!アルバルト!よく来てくれたな!誕生日おめでとう!」


「あはは、ありがとうございます!キドウさん、毎年ありがとうございます」


「なに、良いってもんよ。何せ娘の婿になるんだからなぁ!」


 そう言うとガハハッ!と大きな声で笑う。


 相変わらず、村長のキドウさんは何というか母に似て豪快に笑う人だ。ちなみに母とキドウさんは兄と妹の関係らしい。つまり、俺の叔父さんっていうわけだ。


「お父様!お母様と同じ変な事言わないで!」


 リサが顔を真っ赤にしながらキドウさんが出てきた扉から顔を覗かせる。


「だって、リサ。おめえいつも私がいなきゃ私がいなきゃって言ってるじゃねえか。って事は婿に来るんだろう?」


「もう!別にそんなんじゃ無い!アルは見ていて危ないから私が面倒見なきゃいけないんだ!」


 リサはぷりぷりと怒りながら席に座る。それを合図に全員席に着席した。


 しかし、俺そんなに危なそうに見えているのか。これで明日には旅に出るなんて言ったらどうなるんだろう。


 そんな事を考えてみると背中に寒気が走り、ヒヤッと感じがした。


「じゃあ、頂きましょうね〜」


 ゆるふわなランヌさんの合図で料理に集中する。手を合わせ目を閉じてお祈りを始める。これはこの世界では食べる前に神に祈るっていう事らしい。なんか前世のいただきますをしているに似ている。


 数秒経過した所で目を開き、食事を始めようとした。だが、そういえば飲み物が無いことに気づく。ランヌさんも気づいた様だ。


「あらあら〜、そういえば飲み物準備してなかったわ〜。うっかり〜」


「母さん、それについては大丈夫だ!ワシがこの日の為に準備していたからな!」


 キドウさんが席を立ち、床下に付いている蓋を外して中から液体がたっぷり入った瓶を幾つか取り出した。


「これだこれ。アルバルトが今日で成人という事で最高の酒を用意した。通称、鬼殺し。酒豪の鬼でも酔ってしまうという人族で言われている逸品だ」


 これを手に入れるのは苦労したと頭をかきながら持ってきた。鬼族は他の種族からあまり好かれてはいないのでこうして他種族の品を手に入れるのは難しい。相当苦労したんだろうな。


「あらあら〜、それは美味しそうねぇ。私も飲んでみようかしら」


「じゃあ、3人で飲もうか!リサにはお前にはこれな」


「ありがとう、お父様。果汁水も良いが私もそっち飲んでみたいな」


「駄目だ、まだ早い。後一年経ってからな」


 リサの好きな果汁水はその名の通り、果物を潰した飲み物だ。果汁水は甘く色々な味がある為、毎年楽しみにしていると話を聞いた。


「では皆んなで乾杯しましょう〜。はい、かんぱーい!」


 乾杯と俺もお酒が注がれたグラスを手に取り軽くグラス同士をぶつける。


 そしてグラスを口に付けて酒を流し込む。前世では二十歳になった時に飲んだきりなので久しぶりだ。喉を通る度に辛く感じ、まるで熱を持っているかの様に熱い。後味は意外にスッキリとしていて何処となく甘さもある。まさに…


「プハァ!うめぇ!久しぶりに飲んでみたがエールとは全然違うな!」


「あら〜、確かにお父さんの言う通りだわ。飲みやすくて美味しいわね〜」


「何となく甘さがあって良いですね、これ!」


 3人が同じく絶賛する。それを面白く見てないのが一名いるが。


「エールはシュワシュワしていてあれも良いがこれはまた別の美味さだ」


 キドウさんが酒瓶を掴み、どぷどぷと自分のグラスにお酒を足す。ランヌさんも心なしかお酒を飲むペースが早い。


 俺はまだ慣れていないので少しずつのペースで飲んでいた。リサは一人で果汁水を飲みながら料理に手を付けている。


 ああ、楽しいなぁ。またこんな楽しいパーティが出来ればと心の底から思い、箸を手に料理へと手を伸ばす。  


 肉や野菜を食べ、それをお酒で流し込んだりしていると俺はだんだんと意識が薄れていくのを感じた。


 そしてカチッと何かがハマる様な音がなった気がした。



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