第109話 全滅の危機、駆け付けた紅い星
「さて遊びは終わり、此処からは本気の本気だ」
真顔になった土蜘蛛が大きく息を吸って身体を後ろにのけ反らせる。
ユージーンが一体これから何が始まろうとしているのか相手の出方を伺っている。
不安と恐怖で押し潰されそうな心に蓋をして相手に気取られない様に努める。
それはゼニスやレティシアも同じだった。
「さぁ、行くぞ雑魚共ォ!こんぐらい耐えてみせろよォ…"剛拳 滝落とし"」
「彼女を守れ、ゼニスッ?!」
「チッ、女ァ!そこを動くなよっ!!!」
まるで豪雨による激しい雨粒の様なパンチが飛んで来てユージーン達を襲う。レティシアの前にいた彼らは彼女を守る為に必死にその猛攻を凌いでいる。
止まない嵐にゼニスが更に前へと一歩進む。
「"熊手"!…くっ、おい金髪っ!此処は俺が引き受けてやる。その間にテメェらは奴を叩け!」
「しかし、そんな事をしたら君が…」
「そうですよ。幾らなんでもコレは1人では受け止めきれません!」
「うるせぇ、奴の身体があのクソスライムと同じになっているなら、この中で魔力が底をつきかけている俺が、1番の足手纏いだ。まだ魔法が使える女と雷を使えるテメェがいかなくてどうするよ」
ゼニスが身体を張って土蜘蛛から繰り出される全ての攻撃を受ける。幾ら頑丈と言われている熊獣人だって土蜘蛛の攻撃を受け続けたら最悪死ぬ。
ゼニスだってそれは考えなくても分かっているのだ。分かっているからこそ、敵に有効打を与えられない自分が身体を張らなくてどうする。
どのみちくたばるにしても戦い抜いて死んだ方がマシだ。
適材適所、自分の役割はタンク役、ただそれだけ。
「ーーー行けぇっ!!」
「……っ、行きましょう!」
「すまない、ゼニス」
更に前へ踏み出したゼニスに土蜘蛛から降り注ぐ水の乱打が激しくなる。巨大化させた獣の腕がひしゃげて見るも無惨になっていくが、まだ防御には使える。
腕から来る痛みが脳に伝わって身体中に駆け巡る。
だが。挫けられない。挫けてはいけない。
自分だけならいい。でもゼニスの背後には共通の敵を倒そうとする仲間がいる。なら引く訳にはいかなかった。
「うぉおおおおおおおおお!!!」
ゼニスが更に身体を前に進ませる。土蜘蛛の攻撃に腕がもう上がらない。全ての攻撃をその瀕死の身体で受け止めた。
(はっ、だがこれで奴の注意を俺に向けたぞ…)
「雑魚の分際でよく耐えた……ん?他の奴らは何処へ行った…」
ゼニスが頭からうつ伏せに倒れる。痛みを無視していた代償が積もりに積もってゼニスを襲い、彼の口から呻き声が上がる。
そんな様子を見て上機嫌な土蜘蛛だったが、背後にいた筈のユージーン達の姿がない事に気付く。
もしや逃げたのか?と考えが浮かんだが、即座にそれを撤回する。
何故なら土蜘蛛から見て右側からレティシアの風を纏った足技が飛んで来たからだ。
「"旋風脚"ッ!!」
「お前ェ…何処から…」
レティシアの魔力を纏わせた足が土蜘蛛を襲う。土蜘蛛は間一髪、腕を身体の間に滑り込ませる事に成功して彼女の蹴りを受け止めた。
「ユージーンさん!」
受け止められた足に力を入れて土蜘蛛のガードを少しだけ開ける。レティシアがその場から離れる時、入れ替わりで彼女の髪の隙間から槍を取ったユージーンが覗かせる。
「これで…終わりだぁああ!"雷槍三連撃"」
ユージーンの槍が守りを崩された土蜘蛛に突き刺さる。
しかし、攻撃した筈のユージーンから戸惑いが生まれた。
槍は土蜘蛛に突き刺さった?
いや違う。
ーーー槍が突き抜かされたのだ。
土蜘蛛の身体には槍のよりも大きな穴が空いている。その穴の中に槍はある。一見、槍が土蜘蛛の身体に穴を空けたように見えるが、実際は違った。
水の身体を一時的に得た土蜘蛛が槍が当たる寸前、自ら身体を操作してその箇所に穴を空けたのだ。
これによりユージーンの全魔力を込めた一撃が空振り、雷を帯びた槍も地面に突き刺さった事により電気が逃げてしまう。
「最後の最後で油断はイケねぇよなァ?」
「ーーーっ!?しまっ……ガァッ!!?」
ガラ空きになったユージーンの胴体に土蜘蛛の拳が飛んでいく。槍の持ち手を拳が飛んでくる所にズラして何とかダメージを抑えようとしたが、その槍ごと土蜘蛛は拳をユージーンの身体にめり込ませた。
自分の槍が折れ、口や鼻から血を撒き散らしてぶっ飛んで行くユージーン。アルバルト並みの腕力を持つ土蜘蛛の拳を受けた彼は地面に倒れると痙攣して動けない様だ。
「オレ様の方が結局は強いんだ。屍を築き上げて来た場数がちげェんだよォ」
それを見て怒りを滲ませたレティシアが土蜘蛛に果敢に攻撃を仕掛けるが、土蜘蛛は身体全体を水に変化させて被弾を回避するとそのまま彼女へ覆い被さる様に包み込んだ。
レティシアに触れている水が意思を持った様に彼女の首へ蠢くと土蜘蛛が水から実体へと変化させ、レティシアの首を手で締め上げる。
「かはっ……はずれ………」
何とか逃れよう、呼吸を確保しようと剣を腕に突き刺そうとするが、剣は土蜘蛛の腕をすんなり貫通してダメージが与えられない。
魔力を込めようにも首を絞められ、魔力を込める時間すら与えられない。
「ガハハハハハッ!!逃げようたってもう無駄さ。お前はオレ様には勝てねェよ。この場で戦える奴はお前を残してもういねェ。つまりはオレ様が最強って訳だっ!!!」
(苦しい…意識がもう…持たない。アルバルトさん…ごめんなさい)
「だからよォ………さっさとくたばれ」
レティシアの細い首を締め上げる指に土蜘蛛が力を込める。グギギギッとレティシアも首に力を入れて抵抗するが、それもほんの僅かに死を免れるだけだ。
後、土蜘蛛が指を一押しすれば、レティシアの首の骨が折れるだろう。レティシアの首を持っている土蜘蛛が無慈悲に力を込めようとした。
その時は一瞬だった。
「グガァアアアアアアアアッ!!!オレ様の腕がァァァア!!!」
視界に真っ赤な景色がチラリと見えたと思えば、土蜘蛛の腕が何者かに切断された。
水の身体を切られても大した痛みも無かった筈の土蜘蛛が切られた腕を押さえて苦しみと怒りがごちゃ混ぜになった表情を浮かべている。
その額には血管が浮き出るほど、怒りに満ちていた。
「ゲホッ、ゴホッゴホッ……。一体、何が起こって……あ、貴方は…!?」
少しの浮遊感と共に誰かの腕の中へすっぽりと嵌ったレティシアは咳をしながらも、己を助けてくれたのは誰かと見て目を見開いた。
その隙に痛みを堪えた土蜘蛛が自分を襲って来た正体不明の人物へと目を向ける。
「お前…まだ動けたのかよォ。やっぱ、お前は最高ゥのおもちゃになりそうだァ」
土蜘蛛もまた予想外の人物に目を丸くして驚き、興奮した。
「姿は少し違いますがこの匂いとこの声…」
レティシアの耳と尻尾がぐるんぐるんと激しく動く。自分の愛しい人を彼女が見間違える筈がない。
あまりの展開に此処が戦場という事すら忘れてくすりと笑った。
「全くもう、貴方って人は……本当に遅すぎです」
「……すまん、レティシア。遅くなった。此処から先は共闘だ」
「援護はお任せを…後でガブります」
「ガブりはちょっと…こっちもこれでなかなか大変だったんだぜ?」
「ですね、見れば分かります」
そう軽口を言ってレティシアを降ろすのは黒い髪と紅い瞳、真っ赤な炎を身に纏った青年だ。右腕には手の甲から伸びる3本の線が光り輝いている。
「……ユージーンさん達が酷い怪我を負って危険な状態です」
青年が辺りを軽く見渡すと倒れている男性が2人、壁に寄りかかって動かない女性1人を発見した。
誰が見てもわかる様な危険な状態。流れている血の量も含めて時間は掛けられない。
「ユージーン……ゼニスにトキまで……」
「持ち帰る手間が省けたぜェ。お前の方から来てくれるとはなァ」
「お前のお持ち帰りは遠慮して貰う。時間が無いんだ。さっさと掛かって来い、この蜘蛛野郎」
戦いに乱入し、レティシアの命を救った謎の人物の正体。
それは真っ赤に熱を帯びる大剣を携えた青年、アルバルトだった。
アルバルト
いつもよりも風変わりしている。身体中から炎が溢れでているが、本人は熱くない。
レティシア
命の危機をまた助けて貰った。隣に立ちたい人がまた自分よりも遥か先に行ってしまったと悔しくもあるが誇らしい。
その頼れる背中を見て己の無力さを体感してしまう。
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