第106話 英雄、参戦
人数がどんどん減らされていく中、ゼニスは果敢に土蜘蛛へ攻撃を仕掛ける。
「"爪研ぎ"」
「それはもう読めてんだよォ!!」
獣の腕から繰り出される攻撃を土蜘蛛は4本の腕でいなし、殴り返す。
ただ、ダメージは少なくとも受けている様で土蜘蛛にも疲れが見え始めていた。
「これで6人目ェッ……!」
「しまっ……ぐわぁあああああ!」
獣の腕の部分を手から射出した糸で巻きつけた土蜘蛛は腕を振り回して、ゼニスを舞台に何度も叩きつける。
硬い舞台に強く打ち付けられたゼニスの表情は苦悶に歪み、すぐに身体を起き上がらせる事が出来ない。
流石に疲れが目に見えて来た土蜘蛛は肩で息をする様に大きく呼吸した。
呼吸を整えている間、目に見える範囲では戦える者はもう居ない。勝利を確信した土蜘蛛は当初の目的である聖女を探す為に足を前に踏み出そうとした。
その瞬間、土蜘蛛に猛烈な寒気が襲う。魔物としての本能が警告を鳴らし、身体を伏せて土蜘蛛はその場を飛んで離れた。
「オレ様の腕がっ…!」
「へぇ……お前さん。硬いし、なかなか良い動きをするねぇ〜。だけど、此処まで派手にやってくれたんだ。腕一本は貰っておくよ」
飛んだ際に土蜘蛛が腕を振るう。
しかし、その突き出した自分の腕が刈り取られ、血塗れの女がそれを持って佇んでいる。
唐突な戦況の変化に土蜘蛛が吠えた。
「オレ様の腕をこうも易々と…何もんだ、お前」
「あたいの名はトキ・ダルタニアン。不甲斐ない弟子どもに変わってお前さんを倒す者さ。覚悟は……いいな?」
「……ッ!睨みだけでこの威圧、コイツは今までの奴と比べ物にならねェらしいなァ!」
「さぁ、力比べといこうじゃないかっ!!」
土蜘蛛が3本になった腕をトキに向けて構える。戦闘態勢を取った土蜘蛛を見てトキは斧を担ぎながら突進した。
「オレ様の拳が見えているだと…?!」
「カカカッ、遅い遅い!」
土蜘蛛が3本になった腕でトキに向かって怒涛のラッシュを繰り出す。
彼女はその猛攻を涼しげな顔で避けまくり、時には斧で受け止めて攻撃を捌いていく。
激しく動けば、疲れが出て息が乱れ、動きにも遅れが出てくる。土蜘蛛はトキと戦うまで何人もの冒険者を退けてきた。そのツケが今、ここで効いてくる。
土蜘蛛の猛攻を躱し続け、一瞬の隙を突いたトキが、斧を薙ぎ払う。攻撃に気付いた土蜘蛛は身体を半身にさせて避けるが、その身体に一筋の線が切り刻まれる。
「グォオオオオオオッ!……このアマァ、絶対に捕まえてやる!"粘糸"」
「ほぅ、女を捕まえるのに野蛮な事だねぇ」
土蜘蛛の手から飛び出した糸がトキを絡めようと伸びる。
まるで意思を持った様に動く糸に捕まったトキが苦言を呈するが、土蜘蛛はどこ吹く風だ。
「オレ様の糸はそう簡単には解けねぇぜ!」
最大の好機とばかりに土蜘蛛の握り込んだ拳が風を切って音を切る。
まさに破壊を込めた一撃が糸で絡まれて動けそうにないトキを襲おうとしていた。
「やれやれ、まだまだ騙し合いは得意じゃないようだねぇ"魔断烈"」
「なん……っ!?」
「こんな糸ぐらいあたいの"闘気"で吹き飛ばせるのさ」
自分の中の魔力を外へ放出する事で無理矢理糸を脱出した彼女は腰を落として下から上へと斧を振り上げる。
肉に食い込み、手に若干の抵抗を感じたが躊躇なく振り切った。
「女ァ、オレ様の腕を2本も……遠慮なさ過ぎて笑っちまうぜ」
「悪いねぇ…あたいも身体中に穴、空いてんだ。手加減しちまったらあたいの方が先にくたばっちまう、だから堪忍な」
「ガハハハッ、なら仕方ねェ。しかし、残念だァ…お前、もう後数分で動けなくなるだろう?分かるぜェ、だいぶ動きが落ちてきているな。オレ様の攻撃を避け切れなくなっているのがその証拠だァ」
「………バレちまってのか」
トキの姿を見てみると身体中に穴が空いており、血が滴っている。どうして立っているのか不思議なぐらい全身がボロボロだった。
土蜘蛛の方も無事ではない。4本あった腕は彼女に切り飛ばされ、2本になっている。胸には一筋の切り傷が刻まれており、深傷を負っている。
均衡しているこの状況、時間稼ぎに徹すればトキの方が先に倒れてしまう。そうなれば、土蜘蛛を止める者がいなくなる。
そんなのは土蜘蛛だって分かっている。自分の趣味よりも聖女抹殺という優先すべき使命があるのだ。
「だけどよォ、それじゃあ、面白くねェよなァア!!!!」
「はっ!そうかい、そう来るかい。敵にしとくには勿体ない男前だ…お前さんっ!」
連打、連打、連打。殴り合いの応酬が始まる。
斧を持って戦うのは対応が遅れると武器を手放したトキは闘気を身に纏い、土蜘蛛との殴り合いを選択する。
避ける必要はあまりない。もうじき動かなくなる身体はこの際気にしない。呪いのせいでどうせ死にはしないのだ。
なら、少しでも後続の為に土蜘蛛へダメージを与える事にした。
「ガハハハハハハッ!これだから強者との殴り合いはたまらねェぜ!!」
「カカカッ!……あぁ、ちくしょう。喧嘩屋とダンスなんてするんじゃなかったねぇ!全力の時にお前さんと戦ってみたかったよ…」
(流石に血を流し過ぎたねぇ…もう、意識が持たない)
土蜘蛛との体格差。腕や足のリーチの長さでトキの方が被弾する回数が多いが、それでも土蜘蛛にダメージを与えていく。
血塗れのトキが力を込めて最後に放ったストレートが土蜘蛛の腹へ突き刺さる。体重を乗せた渾身の一撃は重く、彼女の倍はある巨大を吹き飛ばす。
「カカ…カ…ッ、あとは…任せたよ…」
「"咆哮弾"……先生ぇっ!」
少しの休息を得てゼニスが立ち上がり、土蜘蛛へ魔力の塊を放つとトキに駆け寄る。
頭から舞台に倒れた彼女を抱き起こすと口に手を当てて息があるかを確認する。小さな口から感じた僅かな温度にゼニスは安心して胸を撫で下ろす。
「ちょっと待ってな、先生ぇ。ここじゃ危ねぇからよ」
ゼニスは意識を失ったトキを壁まで運ぶと背後にいる土蜘蛛へ憎悪を滲ませた眼で睨み付ける。
「テメェ…さっきは不覚を取ったが、今度は負けねぇ」
「ぺっ、負けた雑魚は黙ってろ。そこを退きな。オレ様はそいつに敬意を持ってトドメを刺す。それが礼儀ってもんなんだよ」
「ヤらせねぇよ。俺が先生ぇの代わりにテメェを屠れば良いだけだ」
満身創痍のゼニスに睨まれても土蜘蛛は鼻で笑う。ケルベラルの時もそうだが、魔物には魔物なりの礼儀というものがある。
それは日常的に命のやり取りをする弱肉強食の世界ならではのものなのかもしれない。
「興味深い話だね。是非、僕も参加させてくれないか」
ゼニスと土蜘蛛の間に入って来たのは雷を槍に纏わせたユージーンだ。彼も少なくない傷があり、治療が必要な身体だ。
「ですね、私も貴方に用があります。ユージーンさん、それとゼニスさん、ポーションです。飲んでおいてください」
「恩に切るぜぇ」
ユージーンと同じタイミングで駆けつけたレティシアはポーションを彼らに投げて渡す。その中身を飲んだユージーンとゼニスは口を拭って構えを取る。
「ガハハハハハハッ!雑魚どもがいくら群れようが関係ねェ。今度は一人一人、丁寧にぶっ潰してやんよ」
2本になってしまった土蜘蛛の腕だが、この程度の相手にハンデとしては充分だと挑発するとゼニスが突っかかる。
動き出した彼を見たレティシア達も各々の武器を構えて走り出した。
ゼニスの獣化によって巨大化した腕を土蜘蛛にぶつけ、腕の隙間から追撃を仕掛ける。
「"咆哮弾"」
「逃がさないっ!!!」
「チッ、この雑魚どもがァ……!!!」
口では強気だった土蜘蛛もトキとの殴り合いで体力もそろそろ限界だ。
相手の動きが鈍くなっている事に気付いたレティシアは身体を回転させ、己の力に遠心力を加えて土蜘蛛の足の腱を傷付ける事に成功した。
立ち止まり、回避行動が取れない今がチャンスと雷を槍に集めていたユージーンが強襲する。
「みんな、離れてくれ!"雷槍三連撃"ッ!」
ユージーンの三連撃が土蜘蛛の腕や胴体に穴を開ける。直撃したユージーンの槍から放たれる雷が土蜘蛛の体内を巡り、煙を上げて焼き焦がしていく。
これには土蜘蛛もたまらず膝をつき、痛みに耐える獣の様な唸りをあげる。
「ァァ……効いたぜ。雑魚の分際でいい技ァ、持ってやがる」
顔を上げて立っている3人を睨む土蜘蛛とそれを見下ろすレティシア達。
最初にレティシア達が体験した構図がついに逆転した。
「さぁ、覚悟は出来たかい?君は此処で倒させて貰うよ」
ユージーンが勇ましく槍の切先を土蜘蛛に向けて問う。
「………へへへっ、まだオレ様もツいているらしい」
立ちあがろうとする土蜘蛛はある物を見つけていやらしく顔を歪めた。
トキ・ダルタニアン
タイラとの激しい戦闘が無ければ、恐らく土蜘蛛を退けていたに違いない。
敵である土蜘蛛が、真正面からの撃ち合いを選んだ事に感心した。
土蜘蛛
トキとの戦闘が楽し過ぎて命令そっちのけで戦いを望んだ。自分自身の快楽に弱い。
……そしてまだ隠された力を見せていない。
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