第105話 戦線復帰
「ハァハァ…ガハッ、ゴホッ……ハァ、口の中が血だらけですね」
土蜘蛛の裏拳を受けて吹き飛ばされた彼女は何とか風魔法で衝撃を緩和して即死だけは免れた。
そう、即死だけは……。
咄嗟にガードした腕の骨は砕け、足も負傷している。
それよりも身体の内側に蓄積されたダメージが今になってレティシアを襲う。力を抜くと崩れ落ちそうな震える手足を動かし、壁伝いに身体を預けながら目的地へ目指して歩く。
(まだ皆が戦っている。私も早くあそこへ戻って加勢しなくては…)
レティシアは分かっている。自分の身体がもう限界だって分かっているのだ。だけど歩みは止まらない。
早く進もうと足を動かしているのだが、彼女の足取りは遅い。身体を動かす度に激痛が彼女を襲うのだ。それでも少しずつ歩く。
「グ…、ハァハァ。後、少し…!」
レティシアが目指している目的地まで後少しの所で足がもつれて転倒してしまった。
肝心な時に何も役に立たない自分に腹立たしくなる。
「くっ、……ァァァァ!!!」
両手で身体を起こそうとするが、駄目だった。力が入らない。後少しという所で辿り着かない。
ならばとつま先で地面を少し蹴って身体を引きづりながら前へ押し出す。
「まだ…私だって戦える…のに!こんな所で倒れてなんかいられるものですかぁ!!」
彼女の悲痛な叫びが会場に木霊する。
すると、その声を聞き付けた男達がレティシアの前へ現れた。
「此方からまだ声がしたと思ったんだが…」
「若いの、本当に聞こえたのか?このジジイは全然聞こえなかったわい」
「はっ、このナセル・キッソスを馬鹿にしてもらっては困る。レディーの声は聞き逃したりはしないのだよ」
レティシアの声に反応したのは避難誘導と戦いの余波で飛んできた飛来物から人々を守っていたナセルとディフェンドだった。
彼らはユージーンとアルバルトが本線で最初に戦った強者だ。
か
そして、ディフェンドが地面に倒れているレティシアを発見する。
「こりゃ…酷いのぅ。おーい、若いの!此処におったぞ、酷い怪我をしておる。担架を持って来てくれぃ!」
「お爺さん、すみません」
「大丈夫、お気になさんな……ほら、乗せるからちょいと動かすぞ?」
ディフェンドがレティシアの肩に手を通し、担架を持って来たナセルが足首を持って持ち上げる。
身体を動かした事で苦痛の表情を浮かべるレティシアだったが、担架に乗せられて簡易的に設置されたテントに運び込まれる。
ドタドタと走って入って来た彼らに視線が集まるが、ボロボロのレティシアを見てマリアがテントの奥から急いで飛び出て来る。
「聖女様、聖女様ー!急患だわい、治療をお願いしますわ」
「ディフェンド様とナセル様、ありがとうございます。患者は此方へ、引き続き警備と避難指示をお願い致します」
マリアがそう言うとディフェンドとナセルはレティシアを寝台に運び込んだ後、警護に戻る。慌ただしくなる中、マリアは指示を飛ばす。
「此処にいる医療班は軽度の患者へ治療を…!重傷者は私が治療を致します!」
魔族の襲来で会場は大パニックだ。観客席にいた人達は我先にと出口に押し寄せた結果、背中を押されて転倒する人や戦いの余波で瓦礫等が降って来て怪我をする人が多い。
ポーションで怪我を回復出来る人もいるが、腕が折れたり、頭を切ったりする重症な患者もいる。それに対してマリアが回復魔法を使って治療にあたっていた。
「レティシアさん、お久しぶりですね。またこうして会えて嬉しいですよ」
「マリアさん…今は一刻も早く治療をお願いします」
「分かってます。腕と内臓が酷くやられてますね。少し痛くなりますが我慢して下さい"治療"」
「……っ、くっ……ぁぁ!!」
マリアがレティシアの身体に手をかざすと淡い光がレティシアを包み込む。流石に内臓の修復と折れて曲がった腕の骨を正しい位置に戻して治すのは痛みが伴う様だ。
激痛に耐えたレティシアは荒くなった息を整える為に深呼吸をして落ち着かせる。
「………すぅ、はぁ。ありがとうございます。まさかここまで完璧に治せるとは思いませんでした」
「ふふんっ、聖女の力を舐めてもらっては困りますよ!しかし、回復魔法は怪我を治せますが、体力と魔力は元に戻せませんよ」
「それは重々、承知の上です。まだ戦える私が戻らなければ戦況が悪化してしまうかもしれない。だから、私は戻ります」
レティシアの翡翠の瞳がマリアを見つめる。決して揺れ動かないその瞳にマリアが先に折れた。
「……止めても無駄な様ですね。なら此処に置いてあるポーションを持って行きなさい。貴方にセレーネ様の加護があらんことを…」
マリアが机の上に置いてあったポーションを何本かレティシアに差し出す。そして女神の加護がこの勇敢な少女にありますようにと祈りを捧げた。
「マリアさん……ありがとうございました。では、私はこれで!」
ポーションを魔法袋に突っ込んでテントから出ていくレティシアの背中を見送ったマリアは己の使命を果たす為に再び自分の戦場へと向き直る。
「まだ戦える…か……」
ポーションを渡した分、マリアが回復魔法を使って怪我を負っている人々の治療に専念する。
力を使う度にお腹が減っていくが、今はそれを抑えて我慢する。レティシアがボロボロの状態でも戦おうとする意思を見て彼女の決意も固くなった様だった。
◆
避難を誘導しているのは会場のスタッフ数名である。
本大会の実力者である大楯使いのディフェンドと固定砲台と名高いナセル・キッソス、マリアの護衛で聖騎士長と肩書を持つヴィーラ・ランスが守りを固めていた。
戦いの余波で瓦礫が降り注いでくる。
「"鉄要塞"じゃ!」
「"風の螺旋"ッ!!」
「細かいのは私に任せてもらおう!"聖域展開"」
大きな障害物は男達2人がかりで押しのけ、ヴィーラが小さくなって降り注ぐ石をスキルを使って弾き飛ばして守る。
「全く、会場の方はどうなっておる。避難が全員済んだら儂らも加勢しに向かおうぞ!」
「分かっているさ、そんな事は…!"風の螺旋"」
「ただ…怪我人も増えて来ている。聖女様が治療にあたっているがなかなか終わらない」
3人で対処しているが、なかなか全部は捌ききるのが難しい。どうしても取り逃がしが出て来てしまう。
幸いにも死者は出ておらず、避難も半分は終わっている。このままいけば、後10分程で避難が完了するだろうと予測された。
そんな彼らだが、遠くからこちらに走って来る人影を目視で確認する。
警戒をしたがそれも一瞬で解いた。ナセルはその人物に向かって走っていく。
「君は……!お願いだ。彼女を、ミリアを助けて欲しいっ!!」
「ユージーンっ!このレディの傷は……マズイ。おい、爺さん!ポーションを寄越せ」
ユージーンの腕の中で横抱きにされているのは内臓に骨が刺さって口から血を流し、グッタリとしているミリアだった。
まだ浅くだが、呼吸はしている。ミリアの状態を一目で危ないと感じ取ったナセルはディフェンドから受け取ったポーションを飲ませる。
「少しだが息は落ち着いた。だがこのままじゃ、長くは持たない。急いで聖女様の元へ運ぼう。爺さん、ヴィーラ様、守りは任せる」
「了解した。ナセル殿、ここは私とディフェンド殿が引き受ける」
ナセルはユージーンからミリアを受け取るとディフェンドとヴィーラに守りを託す。
腕に抱えるミリアが吐血するのを見て急がなければと焦るナセルはユージーンにも声をかけた。
「さぁ、ユージーン。君も一緒について来てくれ!」
「僕はまだやる事がある」
「君だって怪我をしている。聖女様に診てもらわなければ……」
「すまない、ミリアを頼むよ」
「待って、ユージーンっ!」
槍を携えて走り去るユージーンを止める事が出来ない。優先すべき事を考えたナセルはミリアを落とさない様に抱えてマリアが治療を施すテントへと向かった。
ミリアをナセルに預けたユージーンは眉を吊り上げて整った顔を歪ませる。怒りに満ちた表情で戦場へと帰還する。
「僕はミリアを傷付けた奴を許せないっ!」
雷が大地を踏んで加速する。その踏まれた大地の足跡はプスプスと焼き焦げていた。
レティシア
マリアの力で傷が全て塞がり、万全とは程遠いが戦線に復帰する。
ユージーン
大切な人を傷付けられた事で人生で1番の怒りを見せた。
◆
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