第100話 忍び寄る邪悪
記念すべき第100話となりました。
ヒガリヤに不穏な影、物語はまだ終わらない。
男性の部、決勝戦。
ゼニスとアルバルトが激闘を終えた頃、トキは昔の仲間だったタイラと死闘を繰り広げていた。
「チィ……!」
「まさか僕を相手にして此処まで粘るとは随分と腕を上げたじゃないか。僕達の中で1番弱かった君が此処までとは…ミドルウッドもさぞ鼻が高いだろう。なぁ…トキ・ダルタニアン?」
「それはどうも。あの喧嘩屋タイラにそう言って貰えて光栄だ、ねぇ…!」
彼らの周りにある地面は抉れ、あちこち陥没している。
アルバルト達の試合が遊びだと思われる程の技の応酬で出来た物だった。
トキの額から血を流れ、頬を伝う。彼女はそれを舌で舐め取って水分を補給した。
「喧嘩屋ァ。まさかお前さんと此処まで差が開くなんてねぇ…」
「ははっ、生憎と魔王から貰った力のお陰でこの通りピンピンしているよ。そして今の僕は全盛期だった頃よりも…強いっ!!」
「……っ!」
タイラが突然、自分の腕に短剣を突き刺す。すると何故かトキが苦悶の表情を浮かべ、タイラを睨み付けていた。
「どうだい、僕の苦しみを少しでも分かってくれたかな?与えられたこの"怠惰"のスキルのお陰で僕は今、最高の気分さ!」
そう言って笑うタイラと対称にトキは悲しげな表情を浮かべた。
「…自分の痛覚を相手に肩代わりさせるスキルか。お前さんの身体がこんなに酷いとは思わなんだ」
「あぁ、身体を動かすだけで息切れする事も痛みが全身に回る事もない。健康って素晴らしいね。僕は生まれて初めてそう実感している」
「……その代わり、あたいは辛いけどね」
(少し動くだけで息が乱れて思考も纏まらなくなる。ただでさえ、厄介な相手なのにこれでは致命的だねぇ…)
まだ余裕を保っているタイラに向かって斧を構えたトキは息を整えた。
「なぁ、トキ。もう一度言うけどこっち側に着かないか?僕らは仲間だった。だから…」
ガンッと地面が削れる音が響く。トキは斧をタイラに振るったが持ち前の足捌きで避けられた。
「あたいの答えはこれだ。力に囚われた哀れな馬鹿をこれ以上見ておけないね」
「そうか…残念だ。まあ良いよ、いずれ君は僕達の仲間になる。それは彼も望んでいるし、今の君程度なら何時でも倒せるからね」
「…言ってくれるじゃないか。あたいの本気を見てからそう言えるかな…?」
オーラを身体全身に身に纏ったトキを見てタイラは動じない。そんな態度にトキの額には血管が浮かび上がっていた。
「まあまあ、落ち着きなよ。本当ならレティちゃんに会って親子の再会といくんだけど…こんなボロボロじゃ、流石に会えないからね。僕は出直すとするよ」
「へぇ、逃げられると本気で思っているのかい?…お前さんはあたいが此処で潰す!」
トキがタイラに向かって攻撃を仕掛けようと足に力を入れた時だった。後方で邪悪で大きな気配が3つも感じ取った。
「……!?何だこの気配は…!」
突如感じ取った気配に目を見開き、足が止まる。そんな彼女を嘲笑うかの様にタイラがやれやれと頭を振る。
「僕の本当の役割は君の足止めだよ。僕の魔力で気付かなかったんだろう。誘い出しも上手くいって良かったよ」
「喧嘩屋っ…!!!」
前方には全力のトキでも敵うかどうかのかつての仲間、後方では剣舞祭の開催地に潜む敵の気配が3つも感じられる。
「じゃあまた。今度は遊んであげないからね」
選択を迫られたトキだったが、タイラはトキから背を向けて踵を返していく。そして瞬きをする間にタイラの姿は何処にも見当たらなくなっていた。
「…くそっ。弟子達、無事でいてくれ!」
タイラの気配が完全に無くなったのを確認したトキは大きく息を吐いて酒を煽る。乱暴に口を腕で拭った後、ヒガリヤへと走り始めた。
◆
決勝を勝ち抜き、優勝した俺とレティシアは今、先程まで戦っていた舞台場にいた。魔力不足で怠かった身体は主催側が用意してくれたマジックポーションで魔力を回復できた。
周りには男性の部と女性の部で入賞を果たした選手もいる。
ちなみに内訳はこうだ。
男性の部 優勝者 アルバルト
準優勝者 ゼニス
3位 ユージーンとカーマン
女性の部 優勝者 レティシア
準優勝者 トキ・ダルタニアン
3位 アイネとローゼ・ラブグリーン
入賞者であるトキはまだこの場に姿を見せていなかった。いつまで経っても姿を見せないトキに時間を掛けるわけにはいかないと彼女抜きで表彰式に移る事を決めたのだった。
「えー、では剣舞祭の表彰としてヒガリヤ王よりありがたいお言葉を頂きます。皆さん、お静かに」
声を拡張させる魔導具を持ったホレスが会場全体に聞こえる程の大きさで喋る。ガヤガヤとあんなに賑やかだったのにピタリと止まるから不思議だ。
そして、此方を見下ろしているこの国の王、マーラット・アルバス・ヒガリヤだ。相変わらず上半身が裸だが筋肉の厚みが凄い。
俺も負けてない…と思う。
「ふん…!」
力瘤を作ってみれば隣にいたレティシアがつんつんと指で触って来た。くすぐったいので力瘤を作るのを止めて頭に手を置く。
細やかでサラサラしている髪は絹みたいで手心地が良い。何時までも触っていたいと思ってしまうが此処は我慢する事にした。軽く撫でた後、頭から手を離す。
「お前達の勇姿、とくと見せてもらった!素晴らしい闘いに火の精霊様もきっとご満足された事だろう!」
声を張って魔導具の補助なしで叫ぶマーラットの声はきっとこの会場全体に届いているだろう。それほどのボリュームだった。
隣に佇んでいるレティシアに目線を移して疑問に思った事を聞いてみる。
「なぁ、これって優勝したら何の景品が貰えるんだったっけ?」
「確かハルゲルさんが言ってたのは武具や防具を無料でお作りしてくれるという話でした。それとは別に入賞すれば賞金も出るらしいですよ」
武具とかを無料で作ってくれるのは良い。この武道大会で結構、防具が傷付いてしまったからな。あの鍛治のおっさんにも悪いし、直してもらうとしよう。
「賞金か…大会が終わったら飯でも食いに行くか」
「良いですね。ユージーンさんとミリアさん、それにトーマスさんも誘いましょう」
「だな。結構疲れたし、ガッツリ肉が食いたい」
「お肉…!」
レティシアとの会話が終わり、ヒガリヤ国王マーラット・アルバス・ヒガリヤの声に耳を傾ける。
「これより3日後、此処にいる猛者達は特別に俺の城へ招待する!そこで賞金等を渡す段取りとなるので忘れずに来い!ドレスコードなどは不要だ。時間帯は夕暮れ時、最高のディナーをお前達に振る舞おう!」
3日後か…忘れないでおこう。
隣にいるレティシアをチラ見すると最高のディナーと聴いて尻尾が波の様にゆったりと揺れていた。とても嬉しそうである。
「これにて剣舞祭を閉幕とさせてもらう!皆の者、この者達に大きな拍手と喝采を!火の精霊イフリート様のご加護あれ!」
マーラットの言葉で会場から割れんばかりの拍手と戦い抜いた選手に贈る労いの言葉が宙を舞う。
それに答えようと俺達は笑顔で観客席に向けて手を振った。そしてすぐに異変に気がつく事になる。
先程まで楽しそうに騒いでいた彼らが怪訝そうな顔で此方を指差しながらヒソヒソと話しているのだ。
「アルバルトさん…アレは…?」
異変に気がついたのは俺だけではない。隣にいたレティシアは俺の裾を引っ張ってその正体に向かって指を差す。
そしてそれはいた。
「はっ?道化師…?」
何処からどう見ても道化師だった。手には杖を持ち、ハットと仮面を被って俺達がいるこの舞台上で静かに佇んでいる。
◆
突如現れた謎の人物に会場は騒然とする。誰にも悟らせる事なく、ただ黙って佇む道化師にアルバルト達は警戒のレベルを上げた。
ただ1人、その道化師に反応を示した者がいる。
それは観客席でミリアと共に拍手をしていたトーマスだった。
小さき少年は思い出す。忘れもしないあの日の出来事をーーーそれは神の堕ちた日と世間から呼ばれていた。
「ッ!あ、アイツは…!あの仮面は…!!」
「…ちょ、何処行くの!待ちなさい、ガキンチョ!」
隣にいたミリアの静止も聞かずにその場を後にするトーマスの目は憎しみに燃えていた。
「あぁ、もう!放っておけないでしょうがっ!」
ミリアはいきなり叫び出したトーマスを放って置けずに自分もその場を離れて後を追う。
彼らに忍び寄った邪悪はついにその姿を現した。
トーマス
侵入者を見て一目散に走り出した。
その表情からは怒りや憎しみが読み取れる程、歯を剥き出しにしている。
謎の道化師
舞台に音もなく現れた謎の存在。ハットに杖と今にも手品をしてきそうだが、これは余興ではない。
◆
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