第一章 背中の女
「クソ、どこ行ったんだ? さっさと見つけないと。壊れてくれるなよ。グレートスター」
俺はガレキの山をどけていった。
最悪、手足が潰されていても良い。顔だけでも無事でいてほしかった。
「どこに落ちたんだ!?」
俺は視線を前に向けた。ガレキの山の向こうに、排水溝が見えた。
俺は排水溝に入ると、しゃがみこんで中をのぞいた。
「ちょっと寛人、危ないって!! 怪我したらどうするの?」
中は酷い状態だった。
ガレキが散乱し、錆びだらけの筋金が干からびたミミズのようにねじくれていた。
コンクリートには亀裂が走り、裂け目は地獄に続きそうなほど深い。
「見つからないと避難しないからな」
俺は自分に言い聞かせるように言った。
正直に言うと自分がどんなに愚かなのかは分かっていた。地震が起きてからずっと身体が震えている。ぐずぐずしていないで、さっさと安全な場所に逃げたかった。しかし、グレートスターを見つけないと。あれが見つからないことには……。
がれきの山を除けて、亀裂の隙間に手を伸ばした。
しかし、手ごたえはなく、ガラスの破片で手を切っただけだった。
「クソ、見つからない……! どこだ、どこに行ったんだよ?」
俺は途方に暮れて天を仰いだ。
その瞬間、夕立が来たように空が陰った。
「グレートスター?」
ほとんど無意識にそう呟いていた。
目の前にはバカでかい無機質な手が見えた。黒光りした手が、俺を守るように上から降ってきた何かを支えていた。
俺は本能的に排水溝から這い出すと、走って家の中に入った。雪菜は俺よりも早く気が付いたらしく既に言葉を失ってソレを見ていた。
一瞬だけ見えた大きな手は、ソレから俺を守ろうとしたらしい。
ソレは首が取れそうなほど傾けて、俺を覗き込んでいた。
マネキンを思わせる角ばった輪郭の中で、子どもが塗りつぶしたような丸い黒目が街を見下ろしている。
とにかくソレは人間ではないが、怪獣でもない何かだった。
人形? バカでかい操り人形?
操り人形は蜘蛛のように四肢を伸ばして、街を這いまわっていた。
四足歩行はとても歪で、悪魔に取りつかれた子どもがのたうち回っているみたいだった。
カクカクと力なく曲がった前足と、後ろ足からはワイヤーがびろんと垂れている。まるで糸の切れた操り人形みたいに。
その前足が俺を踏みつぶそうとしたところで、白いもう一つの機体が食い止めたのだ。
それは先ほどまで俺の手の中にあったプラモデルと全く同じフォルムをしていた。
グレートスタータイプ・404。
タイプ・404は前足を跳ねのけて、人形の頭に拳を打ち込んだ。
人形は突然現れたグレートスターに驚いたらしく、退却をはじめた。
タイプ・404は人形を追い、俺もふらふらとその後ろに続いた。
人形のバカでかい足がビルやマンションを蹴散らしていく。
視界の向こうで爆発が起こったかと思うと、新幹線が弾き飛ばされ、繁華街の高層マンションに突き刺さった。
線路の上に作られた送電線鉄塔が横倒しにされ、奇跡的に鉄骨の隙間に収まった少女がうずくまって泣いていた。
高速道路が行く手を阻み、人形は逃げるのをやめ、振り返ってタイプ・404と対峙した。
タイプ・404は挑発するように首をかしげると、左右の拳を胸の前で打ち付けた。
腕が青白く光り、拳の先に光が集まっていく。
メリケンサックと思しきリングが拳の先できらりと光った。
地響きと共にガレキが舞う。二つの機体は激しくぶつかりあった。
「寛人! 何してるのよ」
背後から声が聞こえた。
急いで追ってきたようで、胸に手をあて、乱れた息を必死に整えようとしていた。
「いや、俺のプラモデルが……」
「なわけないじゃん! あれはただのオモチャだよ。動く仕掛けさえなかったんだから」
「じゃあ、あれはなんだ? どうしてタイプ・404が怪獣と戦ってるんだ?」
「そんなことどうでも良いじゃん。早く逃げようよ」
雪菜が俺の腕を引っ張ってくる。
「ちょっと待て。あいつ、明らかにおかしいぞ」
俺はタイプ・404を指さした。メリケンサックを装備したところまでは良かったが、その後はまともに動くことすらできていなかった。
まるでスペックの低いパソコンのように挙動が遅く、カクカクしている。
あらゆる処理が間に合っていないのか、顔の向きが明らかに追いついていない。
人形がタイプ・404の胴体を殴りつけ、遅れて繰り出したパンチは空を切る。
「なんか、全然動けてないじゃん」
「あいつ、プロトタイプなんだよ……グレートスターはもっと装甲もしっかりしてる」
「なんで試作機が出てくるのよ。どう見たって勝てそうにないんだけど」
「それは俺にも分からないけど……」
「早く逃げようよ。今にも負けそうなんだから」
「う、うん」
そう言いながらも俺はタイプ・404が人形の残像を殴りつけるところを見ていた。手ごたえのなさに慌てて顔をあげ、敵の姿を目で追う。
俺にはタイプ・404が自分の処理速度に戸惑っているように見えた。
なぜ、あんなにもカクカクになったのだろうか。
先ほどまでは、滑らかな動きで人形を追いかけていた。それが、戦闘になり、メリケンサックを装備したところから動きがおかしい。
戦闘は追いかけるよりも複雑な処理が必要になるということだろうか。
人形のスピードに追い付けないことを悟ったのか、タイプ・404はガムシャラにパンチを繰り出した。しかし、一発も当たらなかった。
戦意を喪失したのか、タイプ・404は棒立ちになり全く動かなくなった。
「ほら、もう完全に止まっちゃったじゃん!」
雪菜に引きずられるようにして俺は現場から遠ざかっていく。
人形は動かなくなった、タイプ・404に近づくと、前足でその顔を引っ掻いた。
ガンッ――
次の瞬間、タイプ・404が人形を殴りつけていた。
「えっ……」
さっきまで一度もあたらなかったパンチが、人形の頭部を強襲した。
人形もすかさず反撃を繰り出す。それを受けながら、タイプ・404の拳が人形を捉えた。
「動きが良くなってる――」
雪菜までが振り返って戦闘を見守っていた。
「そうか。考えるのをやめたんだ」
グレートスターはパンチが遅くて当たらなかったわけではない。すでに人形がいなくなったところを殴っていたのだ。クリックしたあと、十数秒経ってやっと反応するPCのように。
ただ動いたり、走るだけなら問題はないが、対人戦闘、それも読み合いや、技の封じ合いとなると、かなり複雑な思考を要する。
だから、考えるのをやめ、棒立ちになった。そして、相手からの攻撃に反応して、反射で攻撃することにしたのだ。
反射なら何の考えも要らないし、相手が自分を攻撃している時点で、敵が自分の間合いに入っていることは確実だ。
そして、処理リソースをすべて反撃に費やすことができる。
二つの機体はゼロ距離で殴り合っていた。
タイプ・404は人形の攻撃を避けないし、攻撃に備えて低く構えることすらしない。
がら空きの胴体に打ち込まれた拳に反応し、人形から一番近い手足を瞬発させるだけだ。
ノーガードの殴り合いでは分が悪いと思ったのか、人形は一度距離を取った。
タイプ・404が攻勢に出ないことを確認すると、棒立ちの機体にそろそろとにじり寄った。
「ヤバくない? 作戦が完全にバレてるよ!」
「ああ。人形が攻撃しない限り、タイプ404は何もできない」
人形はタイプ404の周囲を回り、微動だにしないタイプ404を覗き込んだ。そして、近くにあったマンションを引きちぎると、それを振りかざした。一撃で決めようということか。
このままじゃペチャンコだ――
と思った瞬間、咄嗟に身体が動いていた。
「あ、寛人! なにする気!?」
雪菜の叫び声を背後に感じながら、俺はタイプ404の足元に走り寄った。人形に踏まれないよう、股の隙間を走ると、タイプ404のつま先に狙いを定め、助走をつけて飛び蹴りした。
タイプ404は衝撃に反応して、攻撃を行っている可能性があった。
強い振動であれば、誰にやられたかを一々気にしているとは思えなかった。
それなら俺が飛び蹴りしても、その方向に向かって何らかの攻撃を加えるはずだった。
案の定、つま先にぶつかって、弾き飛ばされた俺の耳をタイプ404の右足がかすめた。
金属の激しくぶつかる音がして、俺は思わず耳を閉じた。
見上げるとタイプ404の左足が人形にクリーンヒットしている。
そして、敵が完全に間合いに入ったことを悟ったタイプ404が波状攻撃を食らわせた。
人形の身体が踊るように跳ねた。
表面の装甲がべこべこに凹んでいくのが見えた。
人形の表面から何か黄色い液体が漏れ始め、装甲の隙間から火花が散る。
人形のそこかしこが強い光を放ち、爆発を悟った俺は建物の陰に隠れた。
次の瞬間、世界は光に包まれ、鼓膜が破れたのか、耳の奥でキーンという音が響いていた。
一章 背中の女【了】
次章 暗黒戦駆グレートスター