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第一章 背中の女


「今、違わないって言いましたか? やっぱりめもりちゃ――」

 それはつまり、彼女がやっぱりめもりちゃんだったってこと?


「ええ、あなたが自分のことを『ほんとキモいっすよね』って言ったので、違いありませんねって言いました。初対面の相手に急に話しかけてきたり、こっちが何も言ってないのに、勝手に話を進めて、人違いだの、やっぱりめもりちゃんだのって一喜一憂してキモすぎます」


「ぐ……そこに違いありませんねって言ったんですか……」

「他にどこを肯定すれば良かったんですか?」

「そうっすか……いや、ほんと申し訳ないです」

「それで何ですか? あなたは私をどこかで見かけて、私がそのめもりさんかどうか確かめるために、ずっと後をつけてきたんですか?」


 改めて他人の口から自分の言動を聞かされると、絶望的なキモさに笑ってしまいそうになる。改めて確認されると、それを肯定する勇気もなく……


「ち、違うんです。俺、このグレートスターってオモチャで昔遊んだことがあって、ずっとそれがお気に入りだったんですよ。でも、一番大切な友だちにあげちゃったんで、もう家にはなくて。それで、プラモデルでも探してみようと立ち寄ったら、たまたまあなたが居て……」

「それでどうして私に声をかけるんですか?」


「俺、グレートスターってハンドルネームで、AI原めもりちゃんのオタクをしてるんです。で、昨日初めてめもりちゃんにコメントを読んでもらって、そのときめもりちゃんがグレートスターに懐かしいって言ってくれたんです。その翌日に、グレートスターのプラモデルを探してる女の子が居たから、これはめもりちゃんじゃないかなって……」

「ふーん、そういうことですか……」


 彼女は見下すような目つきのまま言った。


「言い訳になりましたかね……」

「納得しましたけど、やっぱりキモすぎますね……ハンドルネームがグレートスターって……。グレートスターはこの通り、ハードボイルドなマフィアですよ? そんな冴えない顔しながら、グレートスターを名乗ってるとか、本当に笑えないですね……」


 彼女はパッケージを指さした。

 彼女の言う通り、グレートスターは禁酒法時代のマフィアがモチーフになっている。


 頭に鋼鉄のハットをかぶり、サングラス型のコックピットは濡れたように黒光りしている。立ち襟を模したグレーの防盾がコックピットを守り、飛行時に展開する両翼がコートの裾のように胴体を覆っている。

 僅かに開いた首元からは黒い襟が見え、そこから覗いた真っ赤なタイの結び目にはエネルギーコアが収納されている。

 スリムな機体だけにマシンガンが物々しく、片手で担ぐ様子は足がすくむほど冷酷だ。


 それだけにハンドルネームに使うのはたしかに中二病っぽい。

「う……」


 初対面の女性に自分の子どもじみた憧れを否定され、俺はすっかり意気消沈してしまう。


「でも、良かったですね。おもちゃはあったようですよ」

 彼女は棚に積まれた箱を指さした。

「そ、そうですね。ちょっと見ていいですか?」

「ええ、私にそれを禁止する権利はありませんので」


 俺は彼女のあけてくれたスペースに入り、その箱に目をやった。側面には組み上がったあとのイメージ写真が印刷されており、身体を覆うコートを展開し、飛行モードにすることも可能だと書いてあった。


 材質がいいのか、全体的にクオリティが高く、表面はロボット特有の鈍い光沢を放っている。

「やっぱりかっこいいな……」

「本当に好きなんですね」

「好き……ではないと思います」

 首をかしげる。


 俺はこの感情が好きと言えるほどポジティブなものではないと知っていた。それはどちらかというと、町の歴史を守ろうと役場のあったところに石碑を立てたり、取り壊された神社の御神木にしめ縄を巻き続けるようなものだ。


 あるのは失われることへの恐れだけだ。


 それも俺の記憶にあることが重要で、仮に今グレートスターがアニメ化されたところで俺はそれを見ないだろうし、誰かが「あのアニメ、面白いよ」なんて言っているのさえ聞きたくなかった。

 世の中からはまるっきり忘れ去られて構わない。俺の心の中にだけ確かにあると思えればよかった。


「違うんですか?」

「子どものときに一番大切な友だちとお別れをしなくちゃいけなかったんですけど、その子に一番大切なものをあげようと思ったんです。で、それが俺にとってはこれで……。その子にあげるのは全然良かったんですけど、友だちもいなくなっておもちゃもなくなって、子どもながらに寂しかったんですよね。だから失ったからこそいつまでも忘れられないというか、妙にこだわっちゃうのかなって」


 恐らく、あのときグレートスターを失わなければ、俺にとってこのオモチャは他のオモチャと同じようにいつの間にか遊ばなくなって、自然と卒業していくようなものだったのだろう。だから、好きなわけではないのだと思う。このグレートスターへの憧れは、成仏しそこなった幽霊のように、ただ未練がましく存在しているだけだ。


「それなら譲ってあげますよ」

 彼女はやはり感情のない声で言った。


「え?」


「せっかく見つけたんだし、買って帰ろうかとも思いましたけど、あなたがそんなに欲しいなら譲ってあげます」

「本当ですか?」

「はい。私は良いんで、気に入ったのを買ってください」

 俺はすっかりその気になって、三つのプラモデルを吟味し始める。



「今日のところは敵はいいや。このどっちかだけど……へー、グレートスタータイプ404……こんなモデルがあるんだ」


 それはほとんど装飾を排した機体で、ハットも被っておらず、コートもスーツも着ていなかった。白の胴体に真っ赤なネクタイが僅かに色を添えている。

装備を外したことで、身体のフォルムがハッキリと分かる。


 スーツパンツに装備されたリボルバーが剥き出しになっているのがイイ……。こういうプロトタイプ機体の剥き出し感に萌えるのは俺だけではないはずだ。


「その二つで迷っているんですか?」

「はい。標準装備も良いけど、このタイプ404も滅茶苦茶かっこいいなって。それに前もってたのはこっちだったので、今回はこっちでもいいなあって」

「値段はどっちが安いんです?」


 彼女の言葉でハッとした……。俺はお金のことを全く考えてなかった。そもそもこんな店に入る予定じゃなかったし、買い物をすることになるとは思ってなかったのだ。


 幼馴染の財布でオタ活をするくらいだから、自分の財布には小銭しか入ってない。こんな本格的なプラモデルが買えるはずもない。

 買えないと分かっていながら、値段を確認してしまうのが悲しい。


「に、二万三千円……、こっちは三万円……」

 俺は目を回しそうになる。

「や、やっぱりやめておきます」

「どうしてですか?」

「いや、値段が思ってたより高くて……」


「そうですか? プラモデルだから、これくらいはするものでしょう。十年以上前の製品で、保存状態を考えれば、安い方だと思いますけど。三万円も出せないのに、こんなレアなプラモデルを買おうとしてたんですか?」

「いや、えっと……それは……」


 俺はしどろもどろになる。心なしか彼女の目付きが冷たくなっていくような気がした。


「本当にプラモデルを買いに来たんですか?」

「す、すみません。嘘なんです……」

 俺は言い訳を探すのに疲れ果ててそう打ち明けた。

「本当はあなたを駅で見つけて、めもりちゃんじゃないかって思って後をつけたんです。だから、プラモデルを買うつもりもなかったし、そんなお金も持ってないんです。で、でも、グレートスターが好きってのは本当ですし、いつか買えたならって思ってるのも事実なんです」


「はあ……やっぱりあなたは気持ち悪いですね……」

「す、すみません」

「じゃあ、私が買っても構いませんか?」

「は、はい。俺にそれを止める資格はないんで……」


 俺は棚の前を彼女に譲った。


「ふうん……これ、いいですね。美人さんじゃないですか」

 彼女がちょっとだけ機嫌のいい声を出す。

「え……美人さん?」

「だってほら、タイプ404ってちょっとだけ女性っぽくありませんか? 腰もくびれてますし、顔つきも標準機に比べて、ゴツゴツしてないじゃないですか……」

「確かに」

「ね、美人さんでしょう?」


 彼女は棚から取り出したパッケージをすっと差し出してきた。


「そういうのを美人って表現するんですね。でも、こういう機体は好きですよ。実は俺、ゴテゴテの人型戦闘機ってちょっと苦手なんですよね。重装備で、ずんぐりしてるのよりかは、美人系のロボットの方が好きです」

「そうですか」

 彼女は少し思案すると、「決めました」と言って立ち上がった。


 彼女は箱を持って、カウンターまで進み、代金を支払った。俺は何となくその様子を後ろで眺めている。知り合いでもないのに、後ろで待っているなんてまた気持ち悪いとは思ったが、成り行き上黙って帰るのもおかしいような気がした。

 彼女はレジ袋を両手で受け取ったまま、入り口の方に歩き出した。

俺はその後ろをついて歩く。


「はい、これあげます」


 店を出たところで、彼女が振り返って言った。

「は?」

 俺は意味が分からず、彼女のしなやかに動く唇を見ていた。


「あなたにあげると言ってるんです」

「いや、そんな……だって、おかしいでしょ」

「何がです?」

「そりゃ、五百円や千円のものなら、くれるというなら受け取りますけど、それ三万円ですよ。それに、あなたが俺にプレゼントする理由もないじゃないですか」


 俺は恐る恐る彼女の目を見た。俺をからかっているのだろう。俺が本気にしたところでまた「本当にもらえると思ってるんですか? 気持ち悪い」なんて言ってくるような気がした。

「だって言ってたじゃないですか。オモチャを友達にあげてしまったから、卒業できなくなったって」


 彼女はそこで挑発的な笑みを浮かべた。


「それは確かに言いましたけど……」

「それならもう一度、手に入れて、ちゃんと子どものときの憧れを満足させてあげればいいんじゃないですか? そしたら、気持ち悪いハンドルネームでめもりちゃんとやらのおっかけをすることもなくなりますよ」

「まあ……確かに」

 それが家の中にあって、ふとしたときに取り出して眺められるのはとても魅力的だ。


「でも、赤の他人のコンプレックスを克服するために、三万円を捨てたようなものですよ」

「ええ、ですが、あまりにも痛々しくて見てられないので。それに、私のような格好をした女性がこれ以上変な男に声をかけられないためにも、根本的に解決しておくべきかと」

「いや、本当にすみません……」


「そういうわけなので、受け取ってもらえますか?」


「で、でも三万円ですよ?」

 「私にとってお金はその程度のものです。気になさらずに」


 彼女は強引にレジ袋を握らせると、そのまま歩いて行ってしまう。それ以上つきまとうこともできずに、俺は彼女の後ろ姿を見ていた。

 しばらく呆然としていたが、そこで、まだ礼を言ってなかったことに気が付いた。

「あ、あの……ありがとうございます」


 聞こえたのか、聞こえてなかったのか、彼女はちらっと振り返ることもなく、そのまま消えていった。


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