表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31

第一章 背中の女

   3


 放課後、俺は定期券を更新するために、券売機の列に並んでいた。

朝はそんな時間もなく、切符を買って電車に乗ったのだ。明日もそうならないために、夕方のうちに定期を更新する必要があった。

 一個しかない定期更新のできる券売機には五、六人の列ができていた。それがまたコールセンターが遠隔で対応するためか、時間がかかって中々列が進まない。


 退屈しながら北側のエスカレーターを見つめていたときだった。

 視界の端で動いた通行人に無意識に焦点があった。

 俺はその女性の後ろ姿をぼんやりと目で追っていた。


 俺は妙にその女性に注目していた。どうしてだろう、何がそんなに引っかかるのだろうと、思うと同時にその姿に見覚えがあることに気が付いた。


 その女性はゴスロリ系のロングスカートを履いていた。黒髪ロングを背中まで伸ばし、ぷっくりした頬を覆うように重たい姫カットが揺れている。

 小さな背中で大儀そうにリュックを背負い、ゆっくりとエスカレーターに向かっていく。


「めもりちゃん……? いや、でもだな」

 思わず思考が口から漏れた。


 その姿はAI原めもりそっくりだったのだ。彼女も黒髪ロングで姫カットなのだ。身長は小さい。衣装はいくつかあるものの、いつもゴスロリ系の服装をしている。

 しかし、彼女はVtuberだ。VtuberのVはVerchalのV。

実在しているはずはない。

 それなら彼女のコスプレだろうか。それとも似たような服装をしていた全くの他人?


 いや、しかし……。

 俺はそんな風には考えられなかった。


 彼女はアニメ絵じゃなくて、3Dモデルだ。それなら、そのモデルを作るときに、実際の自分の姿をスキャンして取り込んだ可能性もある。その方が、アバターと自分の表情を同期させたり、視線を合わせたりするときに自然な感じが出るんじゃないだろうか。


 それに手足の長さも一緒なら、運動など全身を映す配信もやりやすい。

 彼女がAI原めもり? 声さえ聴ければ……。


「先に良いっすよ」


 俺は後ろの人に声をかけると、列を抜けて彼女を追った。

 彼女の二十メートル後ろを歩く。

俺は彼女の後ろをひたすらつけ続けた。

 彼女はどこに行くんだろうか。普段は何をしているんだろうか。

 彼女は高架下にある一軒の店の前で歩を止めた。

 タイミングよく自動販売機があったので、俺はジュースを買うふりをして彼女の様子をうかがう。

 彼女は店の前から店内を覗いていたが、やがて自動ドアの前に手をかざし、すっと中に入って行った。


 彼女が意外な場所に消えていくのを目で追いながら、購入したコーラを鞄の中にしまう。

 俺は少しだけ時間を置いてから店の前に立った。


《プラモデルショップ ルーク》


 看板にはそう書いてある。通学路にあるため、そこにプラモデルショップがあるのは知っていた。しかし、実際に入ったことはないし、また入って行く人を見たこともない。

 高架下にあるためか、どことなく陰気な店で、天井近くまで積み上げられたプラモデルのせいで、外からでも窮屈に見える。


 彼女がこんな店に何の用だろうか。

 俺は尾行してきたと分からないように五秒待ってから中に入った。


「あのお、すみません、暗黒戦駆グレートスターのプラモデルってありますか?」


 彼女の第一声にドキっとした。彼女は奥のカウンターに座っている店員に向かって、そう尋ねていた。透き通った声は、AI原めもりに似ているように思えた。


「グレートスター? お姉さん、よくそんなもの知ってるね。転売屋?」


 店員が不審そうに彼女を見下ろす。

「いえ、懐かしくなったから探してみようかと思っただけです」

「ふーん、確かにお姉さんらの世代だもんな。しまった、今こういうこと言うとうるさいんだっけ。別にお姉さんの年について言ったわけじゃないよ。女性の年なんておれらには分からないしさ」


「平気です。世代と言っても、幅がありますので。七年前としても、小学生のときに遊んでいたら、十七歳。中高生でプラモデルにハマったのなら二十二歳。それくらいの間には収まってますから」


 声質は確かに少し違う。めもりちゃんは配信だともっと溌溂としゃべるし、もう少し感情豊かに話す。しかし、目の前の女性は、話し方も冷たく、何より言葉遣いや言い回しが全然違う。

 でも、やっぱりめもりちゃんだ。俺は確信した。


 彼女の耳たぶで小さく揺れるピアスが決定打だった。短いチェーンの先についた小さなUSBメモリ。あれはそう流行っているものではないはずだ。それに、グレートスターは俺のハンドルネーム。昨日、懐かしいと言ってたのはめもりちゃんだ。


「そう? 別にお姉さんが幼く見えるとか、老けて見えるとか言ったつもりじゃないからね」

「分かってますので」

「それで、グレートスターね。あったかなあ。あれは映像化された作品じゃないしな。俺も十年近く店やってるけど、今まで一回、聞かれたか、二回聞かれたか」


 どうやら、この店の店長だったようだ。

 店長はよっこいしょと腰を上げると、狭い通路を歩いていく。俺はさりげなく彼女らに近づいて行った。


 誰もが見たことのある人気作品は、店の一番前の列に置かれており、その一部は向かいのショーケースに展示されている。その次の列には自動車や飛行機など乗り物のプラモデルが続く。

 さらにその後ろの列には、城や駅といった建造物のプラモデルが並んでいる。


 そのさらに奥、店の一番奥。蛍光灯の光もあまり入らない、在庫置き場かと間違えるようなところに棚がもう一列置かれていた。

 そこにはマイナーなプラモデルを置いているようで、箱側面にプリントされたイメージ写真も、馴染みのないものばかりだった。


「あるとしたらここなんだが……あったあった。暗黒戦駆グレートスター。この三つだけだ」

 店長は棚の一番下、足元でほこりをかぶっているところに屈みこんで、それを見つけた。

「悪いね、ちょっと低いし、狭いから見にくいと思うけど。あるとしたらそこだけだから」

「ありがとうございます」


「いやいや、申し訳ないくらいだよ。当時はもう少し種類もあったように思うんだけど。なんせ、アニメになったわけでもないから。昔はよくそういうのがあったよなあ。最初におもちゃやプラモデルが出て、それが人気になったら映像化されたり、アニメ化されたり。グレートスターは雑誌でも特集されてたから、ひょっとしたら来るんじゃないかと思ってたけど、結局映像化されなかったしなあ」


 店長はどこか懐かしそうに語尾を伸ばした。


「そうなんですか」

「今はゲームからメディア展開されることは多いけど、おもちゃだけがポンと出て、そこから映像化なんてないだろう?」

「そうかもしれませんね」

「それが良かったんだよな。ゲームならストーリーがあるけど、おもちゃ単体だと設定やストーリーがほとんど分からない。だから、そういうのを想像するのもまた楽しかった」


「はあ……」


 めもりちゃんは店長の思い出話にはあまり興味がないようだった。配信なら、どんなことにも興味津々で「ふむふむ、覚えました!」って言ってたのに……。彼女の素を見てしまった気がして、少し興ざめしたが、現実で初対面の店員と話すのなら、その距離感は妥当か。


「じゃあまあ三つしかないけど、ゆっくり見て行ってよ。欲しかったらまた声かけてくれよ」


 店長はめもりちゃんに背を向ける。「グレートスターは七年じゃきかないんじゃなかったかな……初めて出たのは十年前? 流石に十五年ってことはないか」などと一人で呟きながら戻って行った。


 店長が去った後、めもりちゃんはグレートスターのプラモデルをぼんやりと見つめていた。

「あの……いきなりで失礼なのは分かってるんですけど、AI原めもりちゃんですか?」


 俺は声をかけてから、自分がとても迷惑なオタクだと自覚した。

 めもりちゃんは表情の乏しい目で俺を見た。驚いているのか、困惑しているのか、迷惑がっているのか、あるいはその全部なのか分からない。配信中の彼女なら、そのどれであっても声や表情から読み取れるのだが。

「え……?」


 気まずい雰囲気が漂い、俺は自分が馬鹿げた妄想に憑りつかれていたことを悟った。

「いや、違い……ますよね」


 急に体が熱くなり、背中がじんわりと汗ばんでくる。

「いや、すみません。俺ってほんとおっちょこちょいで、よく友だちと間違えて知らない人に声かけたり、電柱にぶつかって、電柱に謝ったりするんすよ。いや、またやっちゃったな……。ほんとキモいっすよね。ああ、消えたい。消えてなくなりたい……」


「違いありませんね……」


 え……? 違わない? 顔をあげると、彼女と視線があった。青い瞳は作り物のように透き通っていて、俺は呼吸をするのを忘れてしまう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ