エピローグ【了】
「ねえ、あたしたちも恐れを受け入れた方が良いんだと思う」
「え?」
「だって、寛人はあたしの財布からお金盗るじゃん?……あたしも寛人相手だと凄くワガママになるし、これも全部、怖かったからだよ」
「俺は別に怖くない」
「そう? そんならそれで良いよ。お金を盗る幼馴染なんて愛想を尽かしてたとこだったから」
「お前、どっかいなくなるのか? 俺が財布から金を盗ったから?」
俺は雪菜の目を見た。
「普通、友だちの財布から金盗ったら縁切られるんだって」
「じゃあ、雪菜は俺と絶交するのか?」
「するかもよ。したらなに?」
俺は雪菜が今からしようとしている話を理解し、居心地の悪さを覚えた。
俺たちにとってその話はいつの間にかタブーとなっていて、忘れたふりをするのが当たり前だった。空母の中で俺は約束のことを口走っていたが、あれも咄嗟に出た台詞で、改めてそのことについて話し合うつもりはなかった。
それは何カ月も前に課題をサボったまますっかり忘れていたところで、担当科目の教師から「今でも提出を待っている」と聞かされたときの居心地の悪さに似ていた。
「いや、別になんでも……」
「人のお金盗んだって、あたしが寛人とは縁を切らないと思ってるんでしょ?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、もう絶交しようか」
「だめだ。それじゃ約束が違うだろ」
雪菜が諦めたように笑い、俺は咄嗟にそう言っていた。
「そうだよ、約束が違うよ。でも、その約束がいけなかったんだよ」
雪菜は満足そうにうなずいた。
ゆかりが死んだとき、俺たちはある日突然人がいなくなることに恐怖を覚えた。小学五年生が、寿命でもなく病死でもない突然の死があることを実感したのだ。
確かにゆかりが死んだことは悲しかった。
悲しかったが、それと同じくらい困惑したのは、「人は突然死ぬ」という事実そのものだった。今なら改めて困惑したりしないが、子どもが初めて実感したら戸惑うのも無理はないだろう。
それを分かち合えるのはお互いしかおらず、俺と雪菜は学校からの帰り道、こんなことを話しあっていたのだ。
「どうしてみんな平気そうな顔して生きてるんだろうね」
「うん」
「急に死ぬかもしれないのに」
「うん」
「自分だけじゃなくて、友だちとか、家族とか。病気でもないのにね」
「うん」
俺は雪菜のように改めて口に出す勇気もなく、雪菜が話しているのを必死で聞き流すように頷いていた。
「ねえ、お互いに消えたりしないって約束しようよ」
雪菜が言った。
その顔は泣き笑いの表情に見えた。
「消えたりって?」
「急にいなくなったり、あたしを悲しませたり」
依然として曖昧な説明だったが、そのときの俺には雪菜の言わんとしていることがちゃんとわかっていたのだ。
「うん、約束しよう」
俺は二つ返事で頷いた。
雪菜が俺を束縛するような断言口調を使うようになったのはその頃だった。
「あたしね、あのときは本当に不安だったんだよ。だから、寛人が急に消えたり、あたしを悲しませたりしないって約束してくれたら、安心できるかと思ったんだ。でも、あの一瞬はすごく嬉しかったんだけど、今度は寛人が本当に約束を守るかどうか不安になってきて……だから、寛人があたしを悲しませないか試すようなことばっかりしちゃうようになって、たしかめようとすればするほど分かんなくなってきて、寛人はお金を盗るし、あたしのことうんざりしてるのも伝わってくる」
「分かってたよ。雪菜が不安なこと。でも、人の気持ちを試すようにわがままを言われるのは嫌だったんだ」
「うん、ごめん。だから、もうあの約束はやめよ? どっちにしろ約束なんかできっこないんだし」
「それはまあそうだな……」
「改めて言うよ。あたしはある日、突然寛人の前から消えるかもしれないし、寛人もスケベなギャルに捕まって、どっかに行くかもしれない。それがホントのところ」
「うん」
「だから約束は破棄! これからは……普通の……幼馴染として……接すればいいよね?」
雪菜は躊躇いがちに言葉を選んでいった。
「そうだな。約束はナシにしよう」
「分かった。これからもよろしく」
雪菜は吹っ切れたような笑顔になると、手を差し出してきた。
「なんだよ、これ」
「握手しようよ。これからもよろしくの握手」
「嫌だよ、照れくさい」
「良いじゃん、握手しようよ」
「しない」
「そんなことないし、寛人はちゃんと握手してくれるもん!」
「また言ってるぞ、雪菜」
俺は笑いながら雪菜の頬を指で突いた。
雪菜がその指を掴み一方的に握手をはじめた。
暗黒戦駆グレートスター【了】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
続きは話としてはあるのですが、実際に書くことはないと思います。
幼い頃に居てもたってもいられずにした<約束>が互いを傷つけ、苦しめ合っていた。
二人が物語を通じて、そのことに気が付いて、最後には<約束>を破棄する。
このエンディングでひとまず終わりと考えていただければ幸いです。




