エピローグ
エピローグ
朝。
俺は着替えを済ませると、机の上の小物入れから財布を手に取った。
買ったばかりの写真立てが目に入る。俺はビニールプールに捕まるゆかりに目をやった。
「ごめんな。ゆかりは納得してないかもしれないけど、俺はこうすることにしたんだ。でもまあ、それもそう長くはないよ。俺もそのうちそっちにいくからさ」
家族を起こさないように、ゆっくりと階段を降りて、玄関で靴を履いて外に出た。
コンビニに入ると俺は三千円分のビットカードを持って、レジの前に立った。支払いを済ませると、家に帰ってカードの裏面に書かれた番号を打ち込んだ。
スマホを開くと同時に通知が入り、俺はめもりちゃんの配信を視聴する。
タイトルは「登校前」となっており、朝からちょっとした雑談をすると言っていた。
昨日聞いた話によれば、めもりちゃんがVtuberを始めたのは、俺たちを守るための資金を集めるためだったという。足の義足が心もとない彼女にとっては、肉体労働をするよりも条件が良かったのだとか。
《おはようございます。流石にこの時間帯は人いないよね?》
めもりちゃんはちょっとだけ困ったように笑う。
「いるよ」
と俺はコメントした。
《グレートスターさんおはよう!! 早起きだね。他のみんなもおはよー》
めもりちゃんはそう言って話を続けた。
《最近ごめんね、学校に行きはじめたら配信する暇がなくなっちゃってね。朝くらいしかする暇がないの。だって、めもりずっと引きこもりだったんだよ? それが友だちと遊んだり、放課後寄り道したり、妹の友だちのために晩ご飯作ってあげたり。何かと忙しくなったんだ。そうなんだよ。義足が擦り減っちゃって、壊れないか心配。ずっとお父さんに直してもらってたんだけど、それも難しいし、どこか修理お願いできるところ探さないとね》
《そうそう、週末は友だちと水族館に行くんだ。もちろん、女の子とだよ? めもり、男の子と話すの苦手だし。でも、朝から遊ぶのに、水族館に行くことしか決まってないんだ。だから、めもりが今から土曜日の予定を考えるから、みんなはそれを聞いててね》
めもりちゃんはそう言って、キャプチャー画面にメモ帳を起動させる。
「うーん、やっぱりめもりちゃんはかわいいなあ」
俺はパソコンの前で腕組みをして言った。俺の中で、現実のめもりとVtuberとしてのめもりちゃんは完全に切り離されている。だって、配信中はこんなにほんわかしていて、ニコニコしているのに、現実のめもりと来たら、俺にだけ素っ気なくて、しかも毒舌なのだ。
めもりちゃんは三十分ほど土曜日の予定を立て、お昼ご飯をどこで食べようかと、マップを開いたり、口コミサイトを眺めたりしていた。
それから学校に行く時間だからといって配信をやめた。
「おはよう!! あれ、今日は早いじゃん。しかも、もう着替えてるし」
雪菜は相変わらずノックもせずに扉を開ける。
「今日は朝からめもりちゃんが配信してたからな」
「そうなの?」
「うん」
雪菜が振りむき、後ろにいためもりが小さく頷いた。
「じゃあもう行こ」
三人でたわいもない話をしながら登校する。主に話しているのはめもりと雪菜だが。
「あ、おはようございます、先輩。それとお姉ちゃん」
校門の前で、俺たちはゆかりに会った。ゆかりは友だちと登校していて、その子が隣で会釈をしてくれる。
「おはよう」
「お姉ちゃん、今日友たちとご飯食べに行くことになったから晩ご飯いらない」
「そう。分かった」
めもりはそう返事をしたあと、「あ、そういえばゆかりお弁当忘れていったでしょ」と言って鞄の中を漁り始める。しかし、ゆかりはめもりの話も聞かずに、友だちと談笑しながら一年の教室に向かっていく。
「ちょっと待って。お弁当忘れてるよ!!」
めもりはそう言ってゆかりを追いかけていく。
「これで良かったんだよね?」
めもりの後ろ姿を目で追いながら雪菜は言った。
「なんで」
「だってあたしたちは死んだ人を受け入れたんだよ」
「そういうわけじゃないさ。あれは別のゆかりだ。名前が似てるだけ……というには顔も性格も似すぎてるけどな」
「ゆかりちゃんが悲しむよ」
「でも、本人が自分をゆかりだと思ってるんだ。認めないわけにいくか?」
「それは恐れが必要だから?」
「そうだ。恐れが必要だからだ」
友だちを失う恐れや、家族を失う恐れがあれば、滅多なことはできないだろう?
そう思って俺は彼女を受け入れた。
ただ、小さな抵抗として、俺たちの中にゆかりの不在を残すために、彼女には一学年下の後輩として学校に通い、新しい友だちと、新しい人生を送ってもらうことにしたのだ。
俺たちは「家が近い先輩」くらいの距離感で接し、彼女の友だちになることはない。
現にゆかりと会うのは一週間ぶりだったし、大学に行ったり就職したりすれば、そのうちほとんど会うこともなくなるだろう。
それが答えだった。




