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最終章 われ思うゆえに彼女あり

「あのさ、あたしもなんかしたいんだけど?」

 俺が合体しようと歩み寄ったとき、雪菜がそれを遮るかのように俺たちの間に割って入った。

「なんかってなんだよ」

「だってさ、二人だけで戦うなんてズルくない? それに今回のことにゆかりちゃんが関係しているなら、あたしのことでもあるわけじゃん?」

「まあ、確かにな」


 俺は頷いた。


「別に寛人しか合体できないってわけじゃないんでしょ? 実際あたしだって、一度は合体してるわけだし。まあ……そのときは怪獣側だったけど……」

 雪菜はぼそぼそと決まり悪そうに言葉を濁した。

「それはつまりどういうことだ?」

「三人で合体しようよ。その方がパワーがでるとか、使える武器が増えるとか、協力できることがあればの話だけど……」


 雪菜は口ぶりのわりに強引で、誘惑するかのようにまとわりつく触手を掴み、俺に迫ってきためもりの唇を手でおさえた。

 何故か顔を真っ赤にしており涙目になっている。いっぱいいっぱいの表情とは裏腹に目じりだけがきゅっと持ち上がり、妙に執念深い目つきで俺を見ていた。

 雪菜は一度こうなったら聞かない。こっちが譲らなければ、そのうちに地面にうずくまって一歩も動かなくなる。雪菜の中ではもう決定事項なのだ。


「ふむ。いくつかのパターンがありますので、まずはその一つを実践してみましょう。雪菜さんは私の前に来てください。寛人さんは私の後ろに」

 雪菜がめもりの前に立ち、どこか気恥ずかしそうにもじもじしている。

「やっぱり……キスするの?」

「検体が必要ですので」

「ちょっと待って……今心の準備をするから」

「俺は良いのか?」


 俺は後ろからめもりを覗き込んだ。

「寛人さんは一度遺伝子情報を取り込んでいますので大丈夫です。もっとも後発的な免疫疾患が発症してなければの話ですが」

「発症してたらどうなるんだ?」

「アナフィラキシーショックを起こして死にます」

「俺も毎回検査してくれよ!!」

「寛人、うるさい。黙ってて」


 雪菜の瞳に暗い影が差したかと思うと、彼女はめもりの頬を掴み、自ら唇を重ねた。

 めもりの身体からワイヤーが伸びると、それが襟の隙間からするすると服の中に入って行く。俺は アレルギー反応を起こしませんようにと神に祈りながら、雪菜の服の中でもぞもぞと蠢くワイヤーを見ていた。


 ブスリと音が聞こえた気がした。


「んんっ……」

 次の瞬間、雪菜が苦しそうに目を閉じる。

 めもりは背中から鋼鉄の翼を伸ばし、周囲の家屋を食らい、木々を枝に止まった雀ごと飲み込んでいく。

 そして、視界は闇に包まれた。

 制御部はこの前より随分狭かった。

 俺が正座をし、その膝にめもりが足を開いて座る。それと向い合うように雪菜が座っていた。


「ちょっと……寛人とめもりちゃんはいつもこんな感じで戦ってたわけ?」

 雪菜が赤面しながら言った。

「そうですが、何か?」

「こんなの異常だよ。こうでもしなきゃいけない理由はあるの?」

「神経系統の距離が近いことで電気信号のより素早いコミュニケーションが可能になります。脳が頭についているのと同じですね」

「どういうこと?」


「頭には目とか耳とか感覚器が集中してるだろ? 外からの情報を素早く処理して、瞬時に行動するには、脳が目や耳から近い方が有利なんだ。もし、脳がお腹の中にあれば、その距離の分だけ反応が遅れて不利になるってことだ」


「それはそうかもだけどさ……」


 めもりがグレートスターの視野を共有し、俺はその映像に集中する。

 グレートスターは一瞬で街を通過し、淡路島を目指して海上を飛行していた。

 俺は水面に映るその姿を目にする。

 グレートスターの肩にはスラスターユニットが二つ付いており、左右のハッチが開き、計十二個のブースターが火を噴いている。

 そのスラスターユニットから腕に沿って分厚い装甲がまとわりついており、肘から第二の腕が枝分かれしていた。


「あたしは何を動かせばいいの?」

「そのパワードアームを操作してください」

「こんなの動かしたことないから分かんないよ!」

「自分の腕と同じように考えてもらえれば構いません」

「まあ、やってみるけど……」


 顔をあげると地平線の向こうに巨大な建造物が見えた。他の建物を侵食するように立つ様子から、あれがスイートだと悟った。

 さらに近づいてみると、航空母艦のような建造物が、目下、解体中の平和大観音像のうえに乗りあげているのが見えた。


 平和大観音像はかつてさる実業家が建造したという巨大なコンクリート製の大仏で、管理者が居なくなったことにより、国家予算を投じて解体されることが決まっていた。

 仏像の上に空母が立つ様子は、キノコが傘を広げている姿とよく似ていた。

 近づくにつれて、既にかなりの被害が出ていることを悟った。街中を菌糸のようなものが覆いつくしており、それが空母に向かって延々と続いている。


「これはやっぱりキノコか?」

「そうでしょうね」

「キノコなら倒すのは余裕だよね?」

「それはどうでしょうか」


 めもりは淡々と続けた。


「地球上でもっとも大きい生物は、象でもなく、クジラでもなくキノコだと言われています。アメリカのオレゴン州にあるオニナラタケは、地中で八平方キロメートルに及ぶ菌糸を張り巡らせています。その重さは推定で三万トンにもなるのだとか。それだけ大きくなれる生物は他にいませんし、スイートがその組織をただの菌糸にしておくとは思えません」

「ってことは、これ全部が本体ってこと?」

 雪菜が建物に張り巡らされた菌糸を指した。

「その通りです」

「じゃあ、あれは何なの?」


 雪菜の言いたいことはよく分かった。直観的には平和大観音像に乗っている空母が本体で、この菌糸は本体が作りだした巣のように見える。しかし、実際はこの菌糸すべてが本体なのだ。


「あれは子実体でしょうね。あそこから胞子を放出すれば、日本中に子孫をまき散らすことができます」

「日本中であんなのが出現するってこと?」

「それを今から止めるんだ」

「あの子はあの中?」

「恐らくは。とにかく急ぎましょう」


 街全体が白カビに覆われたような状態で、自動車にも、田んぼにも、マンションや一軒家にもフワフワした白い毛が付着していた。


 近づいてみると、今回の巨獣は以前とは比べものにならないほど大きいことが分かった。過去に戦った巨獣はすべてグレートスターと同じくらいの大きさか、それよりもやや小さいものだった。


 しかし、目の前にあるそれはグレートスターの数倍、あるいは十数倍のサイズだった。

そして、それは単なるキノコの傘ではなかった。機能面においても空母を模しているようで、複数の砲台が旋回し、グレートスターに砲口を向ける。


「危ない!!」

「分かってるよ」

 次の瞬間、対空砲が斉射された。

 俺は瞬時にスラスターの出力を上げ、上空に退避する。しかし、追尾システムを搭載したミサイルが、糸を引くように空中を泳ぎ、グレートスターを追って針路を変えていく。

「フレアは?」

「やってみますか」


 めもりが言うと同時に、無数の金属片が射出され、赤い炎をまとって入道雲を照らした。

俺はフレアを影に迅速な方向転換をし、赤外線追尾ミサイルを欺くことを試みた。


 複数のミサイルがフレアのカーテンに突っ込み、俺たちを見失って爆発した。

「反撃しようよ!」

 雪菜の声に俺は頷いた。


 俺は武器リストを表示させ、アンダーコントロールを顕現させた。大型トラックに匹敵する大きさのショットガンも、あの巨大な空母を前には頼りなく見えた。

 俺は砲塔に向かってショットガンを発射した。

 着弾と同時に大きな爆発が起こり、砲塔は黒い煙に包まれた。

風にかき消された煙の奥からは、根元から折れた砲筒が見えた。


「やった!」

 俺たちはすべての砲塔を無力化し、空母の上に降り立った。

「スイートはどこにいる?」

「少々お待ちください」


 グレートスターが壊れた砲台を引っこ抜いた。砲台の接合部が大きくえぐれ、内部組織が露わになる。グレートスターはそこにワイヤーを伸ばし、内部構造を解析し始めた。


「おおよその位置は分かりました。ここから中に入りましょう」

 砲台の接合部には小さな穴が空いており、グレートスターはその穴に指をかけると、ばりばりとめくりあげた。

 甲板に機体が入れるくらい穴が空いたところで、俺はその穴の中に飛び降りた。

「なんだよこれ……」

「すごい数だね……」

 そこは格納庫の天井部だったらしく、入ってみると複数の人型戦闘機が鎮座していた。

 ただそれは機械というには均整の欠いた見た目をしていた。

 機体の表面には腫れもののような膨らみがまだら状に存在し、片方の腕だけが傷口から黴菌が入ったようにパンパンに腫れていた。

 顔に至ってはそれらしいものすらなく、首から先は脳漿がはじけ飛んだ瞬間のまま固まったように、汚い花が咲いている。


「これ、何か分かるか?」

 俺はめもりに聞いた。


「状況から察するにマタンゴでしょうね」

「今回はキノコ尽くしか」


 めもりの言う慣例に従えば、M/スイートと言ったところか。

 彼らには目も口もなく、瞳から意思を感じることも、何か言葉を介して意思表示をすることもなかった。

 そのため彼らが動き出したのは、まったくの突然というしかなかった。

 十体以上並んだ機体が一斉にこちらを向き、飛びかかってきた。

その腫れた腕をこん棒のように振り下ろしてくる。

 その数の多さに俺は呆然と立ち尽くしてしまう。

 四方八方から飛びかかる敵を目で追っていると、ふいにパワードアームが持ち上がった。


「D&C起動!!」

 ふいに雪菜の声が響いた。パワードアームが背中の装甲を掴むと同時に、それは機体から分離した。装甲が二つに折れ、むきだしになった歯車がせり出し、呻きをあげて回転を始める。

 装甲はそのまま立体を形成し、パワードアームの手の中で前後にスライドする。

 雪菜はD&Cを駆動させ、M/スイートを近づくものから順に薙ぎ払っていった。


「ちょっと! ぼんやりしてたら死んじゃうよ!」

「わ、悪い……」

 俺は我に返って言った。


「こんな雑魚、いくら相手にしたって仕方ないんだよね?」

「そうですね。スイートはここにはいません」

「それじゃあ、強行突破するよ!!」


 雪菜はM/スイートの群れに突っ込むと、チェーンソーを振り回し、道を切り開いていく。あまりに乱暴で力任せな行動に、俺は下手に手を出すことも出来ず、雪菜の雄姿を眺めているしかなかった。

 M/スイートの群れは完全に左右に分断され、その先に格納庫から奥へと続くゲートが見えた。

「分かった? こうすれば一発じゃん。先に進も」

「そういうわけにもいかないんじゃないかな?」


 しかし、ゲートは、いざ近づいてみるとそれほど大きなものではなかった。


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