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最終章 われ思うゆえに彼女あり


 俺は驚いて入り口の方を見た。

 ガタガタ……ガタガタ……。

 誰かが建付けの悪い扉を無理に開けようとして、レールに引っかかっているのだ。


「ひいい……」

 雪菜が悲鳴に似た声を漏らす。

「静かに。黙ってろよ」


 俺は雪菜の口を手でふさぐと、壁際の棚の影、ちょうど馬鹿でかい護摩壺で入り口からは死角になっている場所に身を隠した。


「ふう、やっぱりあいてるじゃありませんか……。こう扉が固いと鍵がかかってるのか、開いてるのか分からなくていけません。ゆかりくん? ゆかりくんは居ないのですか?」


 それは嫌味なほど穏やかな男の声だった。

 二十代から三十代くらいだろうか。まだ老いを感じさせない爽やかな声だが、それだけに冷淡で感情が読みにくい。


「いないんですか? こんな物置小屋、鍵をあけたまま出たって物騒なことありませんけどね」

 男はそう言って、一歩小屋の中に入った。ぴたりと身体をくっつけた状態で、雪菜がぶるぶると震えているのが分かった。


「まったく。平井さんに借りを返してもらう前から、ゆかりくんまで居なくなったんじゃ、今度は私が消される羽目になる」

 男は事実を淡々と述べるようにぼやいた。

 今の言葉から察するに、男はなんらかのコミュニティに属していて、そこで責任を取らされる立場にあるようだ。


 平井さんとはゆかりのお父さんのことだろう。

 借りを返すと言っても、恐らく借金ではないはずだ。

 この隠れ家を知っているということは、スイートの製作に関わった人物、あるいはスイートによる街の襲撃を指揮している人物だろうか。

 いくらゆかりのお父さんが技術や知識を持った人物でも、あれだけのものを一人で作ったとは考えにくい。それを踏まえると、スイートの製作には、何か別の組織が噛んでいて、その組織にゆかりのお父さんは貸しを作ったということだろうか。


「ゆかりくんがやると言ったから私は任せたんだ。約束が果たせないなら、果たせないとハッキリ言ってもらわないと、次の手を打つこともできない。さて、どうしたものか」


 男はそう言って小屋から立ち去ろうとしたが、そこで何かが目に止まったのか、再び振り返った。


「あれ? やっぱりいるじゃないですか」

 男は何かに気が付いたようだ。

「ゆかりくん、どこかに隠れてるんです?」


 男はそう言ってもう一度物置小屋に入ってきた。

 男は明らかに誰かがいることを確信していた。


 スリッパだ!!

 俺は自分の犯したミスに気が付いた。スリッパを履いたまま身を隠したため、スリッパがなくなっており、かわりにビニールシートの手前には靴が二足置かれているのだ。

 俺たちはスリッパを履くべきではなかったし、身を隠す前に靴を隠すべきだったのだ。

 男は小屋の中に入ると、ゆっくりと部屋の中央に歩いて行った。棚の影を覗いているのか、男の歩は遅く、その間キリキリするような緊張が続いた。

 いざとなったら、奇襲を仕掛けるか? それとも逃げ出すか?

 男が堅気の人間には思えなかったし、彼の所属するコミュニティが公明正大な組織だとは思えない。見つかったら最後、どんなふうに始末されるか分かったもんじゃない。

 死刑宣告を待つような気分だった。


「はあっ……はあっ……はあっ……」

 恐怖がピークに達したのか、雪菜は呼吸を抑えきれず、喉を擦るような吐息を漏らしている。

男の立ち位置から死角を保つことは難しく、すでに男の靴の先がちらちらと見えている。

 駄目だ、見つかってしまう!!


 男の靴が動く様子を戦慄の眼差しで見つめていたそのとき、ふいにスマホの着信音が響き渡った。


「はい」

 男は歩みを止め、電話に出る。

「はい……はい……。それは……間違いないんですね? 別人の死体だったということはないんですね? 平井さんに違いないと……。分かりました」


 ゆかりのお父さんが死んだ? 


 俺たちが唯一、事態の真相を聞き出せる相手が、この世から消え去ったのだ。死因はなんだろうか。病死や事故死でないとすれば、この事態は一台の機械が暴走しているだけではないということだ。

 男は電話を切ると、小屋をもう一度見渡した。

「さすがに間に合いませんね」

 男はそう言って首を振る。そして、足早に小屋を立ち去った。


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