第三章 ディバイド&コンカー
「お前、どこ行ってたんだよ」
「不正マイニングソフトをアンインストールしてたんですよ。処理が追い付かず、もうどうにもならなかったんで、再起動してたんです。それでどうなったんです?」
「どうなったも何も見たとおりだよ」
「何が? 私はいま再起動したところなんです」
「それでめもりが攻撃を防いでくれたんだろ?」
「いえ、私は本当に今の今起動したところなんです。状況を説明してください」
俺は眉をひそめた。今さっき、危機一髪のところでグレートスターは儀式杖を受け止めたのだ。それをどうしてめもりは知らないんだ? 俺の命令は届かなかったはずだ。めもりは今まで再起動していた。それなら、誰がグレートスターを動かして、儀式杖を受け止めたって言うんだ。
「そういうことですか。恐らく、細胞が反応したんでしょうね」
めもりが俺の思考を読み取って言った。
「細胞?」
「生物は脳だけで考え、行動しているわけではありません。ある実験では、脳を摘出したカエルの背中をくすぐると、そのカエルが背中を掻いたという報告があります。これは反射と呼ばれる現象で、よく見られることですよ」
「反射なら俺も分かるよ。でも、それは熱いものを触って、手をひっこめるといった単純な反応だろ? 飛んできた棒を掴むなんて真似ができるのか?」
「脊髄が考えて行動したのでしょう」
「まさか」
「あり得ない話ではありません。脳の一部を損傷すると、別の部位がその機能を補うことはよく知られています。例えば、言語野を損傷した人が、リハビリの過程で運動野を使って話すようになったといった話はありがちですが、これは神経回路の再編成が行われたためと考えられています。脊髄にもニューロンはありますから、同じように脳の機能を脊髄が補うことは可能です」
「それならそれで良いさ。刺激を受けてから反応することはできるだろ。でも、さっきは儀式杖が機体に触れる前に手が出ていたんだぞ」
にわかには信じられなかった。
「それも先日、経験したででしょう。D/スイートを倒すとき、寛人さんは機体の表面に触れた気流を読み取って、背後からの攻撃を察知した」
「それはあくまで脳で判断してできたことだ」
「いえ、皮膚にもニューロンはありますから。皮膚のニューロンは高度な計算処理能力を以って、外界の情報を処理しています。私はこの機体の無意識をつかさどっていると言いましたが、それはあくまでも脳の機能としての無意識を司っているだけで、体全体の無意識を司っているわけではありません。恐らく、先日の戦闘で気流によるなんらかの行動パターンを機体表面の感覚器官が記憶していたのでしょう。記憶も脳だけで起こる出来事ではありません。脳や神経細胞すら持たない菌類が一度解いた迷路を最短で解いてしまったといった報告はあります。記憶や思考といったものは脳だけが司っているわけではありませんし、多細胞生物は全身に渡るネットワークの塊、言わば記憶と思考の塊なのですから」
完璧に理解できたわけではないが、あの防御反応はめもりがやったわけではないとわかった。俺は再起動したばかりだというめもりに事の成り行きを説明してやった。
「それで、もう通常通りに動くんだよな?」
俺はD&Cのエンジンをふかし、出力マックスで歯を振動させる。
「ええ、思いっきり暴れましょう」
S/スイートはゆっくりと間合いを詰め、グレートスターの頭部を狙って素早く振り下ろす。
「そんな棒で勝てると思ってるのか?」
俺はD&Cで儀式杖を受け、そのまま真っ二つに裁断してしまう。
戸惑うように後ずさるS/スイートに対して、チェーンソーを突き刺した。
震撼する刃がバリバリと鱗を食らい、やがて向こう側へと貫通したのか、手ごたえを失ってずぼりと刃が沈む。
前回、スイートが爆発するだけでも、街に相当な被害が出ることが分かっている。俺はスタジアムを離れて、緑地公園のランニングコース、ひときわ森が深いところに向かってスイートを投げ飛ばした。
翼を展開させ、上空でS/スイートに追いつくと、再びエンジンを駆動させる。
「行きますよ」
「ああ、終わりだ。スイート!」
俺は上空でワニの頭部に刃を叩き込んだ。そのままチェーンソーを振り下ろした。
真っ二つになった身体が、十の字に重なるようにして落下していく。
地上を見下ろすと、小さくなっていくスイートが見えた。それは星が瞬くように断続的に光を発していたが、すぐに爆音を立てて炎に包まれた。
「ふう……まさか敵の目の前でフリーズするとは思わなかったよ」
戦闘が終わり、俺は痛みから解放される。グレートスターが海を目指す間、上空からの景色をぼんやりと目で追っていた。
「あの端末は今後も私と同期させることがありますので。以降気を付けてもらわなければいけませんね」
「めもりってその辺のセキュリティ対策はしてないのか?」
俺は腕の中の少女を覗き込んだ。
「いくらセキュリティ対策をしても、自分からソフトをインストールしていたら何にもなりませんからね」
「そうだな。めもりはよくやってくれたよ」
俺がめもりの頭を撫でると、少女は「ん」とくすぐったそうに俯いた。
「ちなみにいくら稼いだんだ?」
「はい?」
「マイニングしてたんだろ。仮想通過の」
「ああ、私の貴重な処理能力をグングン横取りしていったので、最終的には一億三千万円ほど稼いだでしょうか」
「一億三千万? それ、俺たちの手元には入らないのか?」
「ええ、どっかのケチなハッカーは笑いが止まらないでしょうね」
「……なあ、そいつの居所って突き止めることはできるのか?」
「勿論」
「こいつを海に沈ませる前に、そのケチなハッカーの家を踏みつぶしていかないか?」
「良いですね。寄り道していきましょうか」
予想に反してめもりはノリ気な返事をする。
俺は爽快な気分に浸りながら、地平線の向こうに輝く海を眺めていた。
グレートスターから切り離された俺は、ズタズタになった緑地公園を抜けて住宅街の方へ歩いた。
S/スイートは倒した。亮くんは無事誕生日パーティーをすることができただろうか。
期待通りこの辺り一帯は電気も通っており、夜の闇を街灯がかき消している。
俺は亮くんの家の前に着くと、耳を澄ませ中の様子をうかがってみた。
「エビフライ! エビフライ! ギョウザ! ギョウザ!」
亮くんがはしゃいだ声を出す。
「今、綺麗に並べるからまだ食べないでよ!!」
忙しく台所を行き来しているのか、ゆかりのお母さんの声が途中で遠くなった。
俺は「よかった」と小さく拳を握る。もう少し中の様子を聞いていたかったが、その必要がないことも分かっていた。ゆかりのお母さんは幸せそうだった。
駅に引き返そうと振り向いたとき、車道を挟んで対岸の歩道に、仮面姿の少女が立っているのが目についた。
「つけられていたのか?」
俺は背筋に冷たいものを感じた。
少女と目が合う。数秒、互いに出方をうかがっていたかと思うと、少女がタンッと地面を蹴って走り出した。
「待て!!」
俺は少女を追って走った。
少女は体格からは想像がつかないほど足が速く、ほんの数秒のうちに三十メートル、四十メートルと俺との距離を離していった。しかし、体力がないのか、あるいは戦闘の後で消耗していたのか、徐々にスピードが落ち、フォームも崩れていく。
駅の明かりが見え始めた頃には、俺は少女に追いついていた。
「もう逃げられんぞ」
「今度こそさっきの質問に答えてもらうからな。お前はどうしてこんなことをする? 誰かに命令されてるのか?」
少女は答えなかった。
「おい、聞いてるのか?」
後ろを向いた彼女を強引に振り返らせる。
俺は少女の顔を見て思わず掴んでいた手を離した。
戦闘で負ったのか、S/スイートが爆発した際の衝撃か、少女の仮面はひび割れていて、剥がれ落ちた部分から素顔がのぞいていた。
その顔はめもりそっくりで、俺はこの戦闘がAI原めもりによる壮大な自作自演なのではないかと疑いそうになった。
しかし、よく見るとその顔はもっと巧妙に出来ており、めもりの白くてつるりとした肌とは反対に、少女の肌にはニキビがあり、唇の下には小さなほくろさえあった。
俺はそのほくろを見てハッとした。
「ゆかり? いや……あり得ない……」
俺は首を振った。
雪菜はAI原めもりがゆかりに似ていると言ったが、目の前の少女は似ているどころの話ではなく、ゆかりと瓜二つだった。
ゆかりがあの日の事故から生き延びて、そのまま成長したら、今目の前にいる少女になったと信じれるレベルだ。
「どういうことか説明してくれ。君は何者なんだ?」
「わたしはゆかりだよ」
少女は言った。
「やめろよ。その名前を口にしないでくれ」
俺は言った。
「本当だもん。わたしはゆかり。あの事故から生き延びたんだよ。人造人間となってね」
「あり得ない」
「なんでそんなこと言うの?」
少女が不快感を露わにした。
「俺は葬式でゆかりが本当に死んだことをたしかめたんだ。何度も棺桶の窓を開けて、夜通し友だちが動かないことを確認したんだ。そして、そのなきがらは焼き場に運ばれて行って、灰になった。俺はそれをこの目で確かめたんだ」
「でも、ゆかりの遺伝子から作られたんだよ?」
「それはクローンであってゆかりじゃない」
「あっそ、ならもう寛人くんとは口をきかない」
剥がれ落ちた仮面から覗いた瞳は、本当の人間のように怒りを宿していた。
その言い方があまりにもゆかりに似ており、一瞬心臓がぎゅうっと縮んだ。
「待ってくれ」
俺は背を向けて立ち去ろうとする少女の腕を掴んだ。
「君はどうして街を壊すんだ?」
「イライラするから」
少女は言った。
「分かるように言ってくれよ」
「本当にイライラするんだもん。良い? 私は寛人くんと違って、おっちょこちょいじゃないの。綿密に計画を立てて、誰にも邪魔されずに、人間を絶望させることができる。ゆっくり、確実にやれば、グレートスターなんかに負けない。でも、楽しく計画を練っていても、いつも急に怒りが湧いてしてどうしようもなくなるの。それさえなければ、寛人君を倒してやるのに。子どもの頃、寛人くんはいつもグレートスターを使って、怪獣の私を勝たせてくれなかった。ゆきちゃんも私も怪獣側だったよね? 」
俺は目を閉じた。目の前の少女はゆかりにそっくりで、俺はその記憶を目の前の少女と分かち合いたい誘惑に駆られていた。
…………駄目だ。そう分かっていても、甘い誘惑が俺を襲う。
俺は本物のゆかりと遊んできたし、本物のゆかりと友だちだったんだ。もしここに本物のゆかりが現れたら、俺は彼女を選び、目の前の少女を拒むことができた。でも、本物のゆかりはもう現れてはくれないし、俺は心の中で未だに友人を求めていた。
「君と遊んだ覚えはない」
「みんなそういうんだよね……。だから、もう良いの。私は勝手に寛人くんを倒す。そしたら、私の言うことに従ってもらうんだから。怒りさえ、怒りさえなければ……」
少女は負けん気の強い目で俺を睨んだ。
「今でも怒ってるのか?」
「今は平気。巨大化した後は不思議と怒りが収まってるんだけど、しばらくするとまたやってくるの」
「誰かが君が巨大化することを望んでるんじゃないか? それで君を操ってる」
「寛人君には関係ないでしょ。わたしのことゆかりだとも思ってくれないくせに」
「ゆかりは死んだんだ。もう俺の前には現れないでいてほしいし、これ以上街を破壊するのはやめてほしい」
「良いよ。やめてあげる。私をゆかりだって認めてくれたらね」
大きく息を吸い込む。
目の前の少女は本当にゆかりに似ていて、ほくろの位置からえくぼのでき方までそっくりだった。
そして、目の前の少女はゆかりがなることのできなかった、十六歳の姿をしていた。
正直に言うと俺はうれしかった。
少女の遺伝子はゆかりのものだという。それなら後天的な食生活や運動習慣による違いはあるにしろ、成長したゆかりは美人で、俺は今でも彼女ののことが好きでいられただろうと実感した。
でも、そう思った途端、本物のゆかりの存在が俺の中で希薄になっていくような気がした。
「ゆかりのことに関して今になって思い煩うのはごめんなんだ」
「じゃあ、もうほっといて。私は私のしたいようにするんだから」
少女は歯をむき出しにすると、俺を思いきり突き飛ばした。
「クソ……痛いな……」
尻もちをついた俺は恐る恐る顔をあげる。
そのときにはすでに少女の姿はなかった。
第三章 ディバイド&コンカー【終】
最終章 われ思うゆえに彼女あり




