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第三章 ディバイド&コンカー


「話は決まりましたね。寛人さん、この前渡した端末は持っていますか?」

「ああ。持ってるけど。どうして?」

 雪菜が鞄を漁りはじめる。

「貸してください。一部、武器データを端末に保存しています」


 めもりは雪菜から端末を受け取ると、指先をコネクタの形に変形させ、端末に押し込んだ。端末の背面にライトが灯り、二つが同期しているのが分かる。

 次の瞬間、めもりの瞳がどくんと跳ねた。


「ん……」

 めもりが小さく首をかしげる。

「大丈夫か?」

「恐らく、大丈夫でしょう。行きますよ」

「おう」


 俺は身をゆだねるように目を閉じた。

 ぐらりと酔いを感じる。

 指先から伸びたワイヤーがするするとシャツの中に侵入し、俺の脇腹に突き刺さると、俺は痛みに目を見開いた。

 めもりの肩越しに鋼鉄の翼が見えた。それが空中を泳ぎ、スタンドの椅子やグラウンドの芝、放送席の機材を飲み込んでいく。


 気が付いたとき俺はフィールドに立っていて、目の前の電光掲示板を見ていた。そこにはコートをはためかせたグレートスターが立っていて、左手でタイの結び目に触れていた。

「更新した武器リストを送ります」

「確認した。D&C起動!!」

 俺が意思決定を下すと同時にグレートスターが背中に手を回す。

 装甲の一部が二つに折れると、むきだしになった歯車がせり出し、呻きをあげて回転を始める。

 その動きに連動して、背中の装甲が歯車を包むように折れまがり立体を再構築した。


 グレートスターがその取っ手を握ると、箱が上下にスライドし、後方にリアハンドル、前方にソーチェーンが現れた。それと同時に完璧な立方体が、ルービックキューブのように回転しながら、各動力パーツへと分化していく。


「チェーンソー? D&Cって言うから、なんとなく銃のようなものだと思ったよ」

 俺は拍子抜けした。チェーンソーならこの前のショットガンの方が強いのではないか。

「なるほど、H&K的な?」

「いや、知らないけど……」

「D&Cとはディバイド&コンカーの略です。分割して、征服する。分割統治と訳されることもありますが、とにかく切り分けて征服するのです。この武器に相応しい名前だと思いませんか?」


「ああ、そいつに切り分けられたときにはもう、間違いなく征服もされてるだろうな」

 俺はチェーンソーを吹かすと、アクセルを引いて突進した。

 素早く回転する刃が前方の空気を焦がしていく。

 それは鳥類か爬虫類の卵だった。薄い殻越しに中で何かが胎動しているのが分かる。

 俺は助走をつけて、その卵にチェーンソーを切りつけた。


 しかし、俺の意思決定に反して、グレートスターの身体は思うように動かなかった。


 ミミミッ……ミッ……ミミッ……

 視界がコマ送りのように飛び飛びになるのを感じた。それは回線の悪い場所で、動画を見ているかのようにぎこちなく、あるいはラグの酷いPCゲームのようにカクついている。

 視界だけの問題かと思ったがそうではなかった。グレートスターの動き自体がカクついていて、関節を滑らかに動かすことができていない。


 出来の悪い操り人形みたいだ。

 グレートスターは足を前に出すことができないまま、バランスを崩して後ろによろめいた。それもかなり固い動きで、後方に倒れなかったのが不思議なくらいだった。


 ミミミッ……

 俺は再び、前進しようとしたが、すぐに横転しそうになって足をつく。ぎこちない動きに関節が軋んでいる。


「な、なんだ……」

 カクつく視界に気持ち悪くなってくる。

「ちょっと待ってください。今処理を追いつかせます」


 めもりはそう言ったが、カクつきは収まるどころか酷くなり、グレートスターが今どんな姿勢をしているのかさえ分からない。

「おい、めもりこれどうなってるんだ!?」

 俺は彼女の耳元に口を寄せた。

「処理系統に異常な負荷がかかっています。今原因を調べているところです」

「なんだよ、異常な負荷って。いくら低スペックでも、こんなんじゃ戦えないぞ」


「通常なら基本動作はスムーズに行えるはずです。でも、裏で何かが動いてて処理能力を大幅に低下させているんです」

「それが敵の攻撃なのか?」


 卵に映る影は足を折った状態で丸まっており、まったくの無防備だった。

「いえ、違います。外からの干渉ではなく、私の中にあるものです。ですが、これが何なのか皆目見当もつきません」

「それはお前の中で何をしてるんだ?」

「それを今調べているところです」

「早くしてくれよ。今なら簡単に倒せるんだ」

「そう思うなら黙っててください。寛人さんと喋るだけでも処理が入るんですから……」


「なんですかこれは……。どうして、こんなものが私の中に?」


 めもりが戸惑いを口にする。

「なんだ、なにが動いているんだ?」


「不正マイニングソフトです。私はいま、仮想通過の取引処理を行っています」

「おい、そんなことしてる場合かよ!」

「したくてしてるんじゃありません。寛人さん、この前渡した端末でエッチな動画見ましたか?」

「見てない、見てない!! そんなややこしい物見るわけないだろ」


 俺は慌てて否定した。エッチなサイトを見ているのがバレるのは不名誉な事ではあるが、ネットリテラシーがないと思われるのはもっと不名誉な事だった。

 わざわざめもりにもらった連絡用端末で見るなんて最悪だ。見るなら自分のパソコンで見る。

 第一、俺はタブレットを雪菜にあげたのだ。


「ですが、侵入経路を調べると、この不正マイニングソフトは、先ほど新しい武器をインストールした際に入り込んだものです。さらに端末への侵入経路を確認しました。やっぱり……、寛人さんはこの前の水曜日の五時五十分、エッチなサイトで動画を閲覧していますね」


 めもりが読み上げるように言った。


「してないって、だから!! 大体、この前の水曜日は忙しかったんだ。雪菜の家にお見舞いに行って、その後その日までのクーポンを使おうと思って、喫茶店に行ったんだ。五時五十分なんて、ちょうど喫茶店に向かってる時間帯で……」

「って、ちょっと待て。五時五十分だと? ちなみに俺はそのとき、どんな動画を見てたんだ?」

 俺は雪菜の部屋にタブレットを置いてきたことを思い出した。

そのとき雪菜は妙にぼんやりしていて、枕元に置いたタブレットを所在なく眺めていたのだ。


「合コンに行くと、男子陣の中にたまたま幼馴染がいて、飲み会ゲームと称してふしだらな戯れに耽るAVですね……」

「あいつ何考えてるんだよ!」

 よりにもよって合コン物だなんて、よほど出会いに飢えているのか?

「人のせいにするのは感心できませんね」

「もう良いよ。俺が見たってことにしておいてくれ。どっちにしても敵はまだ卵の中なんだ。このままたたき切るぞ」


 カクつきは酷いが、動作自体は正常に行われている。

 グレートスターはチェーンソーを抱えたまま酔っ払いのような千鳥足で卵に近づいた。そして、バランスを崩さないよう細心の注意を払いながら、震撼する刃を突き立てた。


 ミミッ……ッッ……。

 そこでまたグレートスターの動きが止まる。俺はイライラしながら処理が行われるのを待った。

 しかし、カクつきはさらに酷くなり、長いときでは十秒も同じ体勢で止まったまま動かなくなる。

 俺はイライラしながら待った。とにかく何かが生まれてくる前にこの卵を破壊してしまいたかった。

 しばらくして再び動きはじめた。グレートスターが一気にチェーンソーを振りかざしたと思った次の瞬間、再び挙動が不自然になり、長い沈黙が訪れる。

 そして、そのラグは十五秒、二十五秒と続き、ついには動かなくなる。


「おい、あとは振り下ろすだけだ! めもり、しっかりしてくれよ」

 俺はめもりに叫んだ。

 グレートスターはチェーンソーを突き立てたまま、微動だにしなくなった。

 あと二ミリ……。あと二ミリ……で刃が卵の殻に触れるというのに……。


「おい、完全に止まったぞ?」


 …………………………めもりの返事もない。

 俺は自分の意志でグレートスターを動かそうとしてみた。

 俺は意思決定をし、それに従ってめもりがグレートスターを動かしているのだが、意識的に身体を動かすこともできるはずだ。

 しかし、フリーズしたパソコンに向かって、どんなキーを押そうと同じことで、グレートスターは動かなかった。金縛りにあったような気分だった。


「おい、めもり何とかしてくれよ」

 俺はめもりの耳元でそう囁いた。

 やはり返事はなかった。

 目の前には卵があり、中で何かが蠢いている様子がはっきりと見えた。それが何かは分からなかったが、それが次第に大きくなり、輪郭を形作っていることは分かった。

 卵から何かが生まれるのは時間の問題だった。

 しかし、そんな重要な場面でめもりは仮想通過の取引処理なんかをやっているのだ。


「クソ、雪菜のやつ一体どんなサイトを見てたんだよ!!」

 俺のぼやきは虚しく制御部に木霊し、めもりの返事すらない。

 俺は段々心細くなってきた。優位な状況は卵から敵が孵った瞬間に消滅し、俺は文字通りサンドバックになる。

 俺は卵の中で何かが孵るのを見ていることしかできない。


「あれは……なんだ?」

 それは爬虫類のように見えた。つるりとした頭から長く伸びる口。胴体はスリムで、鳥のような翼は見えない。いや……あれは人間か?

 俺は目を凝らした。胎児のように体を丸めた胴体は、なんとなくだが人間のように思えた。シルエットではっきりしないが、少なくともトカゲはあんな体のつくりになっていないはずだ。

 それに対して、頭部は明らかにトカゲに見えた。


 あれはトカゲ人間? いや、トカゲにしては口が長すぎる。あれは……ワニだ。

 頭部がワニで、胴体が人間?

 最初はマネキンだった。そして、次は土偶。そして、今回はワニ人間か?

共通点はなんだ。


「人間と非人間の境界線?」

 俺がそう呟いたとき、卵の殻に大きくヒビが入るのが見えた。その亀裂がゆっくりと殻全体に広がっていき、決壊した部分から液体が漏れ出してくる。それはヨーグルトの上に溜まる液体のように黄ばんでいて、薄い粘りを帯びていた。


 バリバリッ……バリ……。


 ワニ人間は決壊した殻に内側から手をかけ、周囲の殻を割っていく。その手は爬虫類のように鱗に覆われていたが、青く光るエネルギー供給網が血管のように張り巡らされており、内部では機械とも生命ともつかないシステムが活動していることが分かった。

 ワニ人間はゆっくりと卵から這い出すと、目の前でフリーズしているグレートスターを眺め、そして太い尻尾で刀のように振り下ろした。

 激しい衝撃が腹部を襲った。


「くっ……」


 俺は痛みを堪え、前を見やった。

 殻から出てきた姿を見ると、それがただのワニ人間でないことが分かった。

そいつはピラミッドの壁画に描かれているような黄金の腰布を巻き、太い腕輪と首飾りをしていた。高くつきだした冠は太陽と重なり、逆光で黒く潰れていた。

 なるほど。古代エジプト文明の神か。なんて言うんだっけ。太陽神ラーじゃなくて、ホルスじゃなくて……、そうソベクだ。


 つまり、こいつの名前はめもりの言う慣例に従うと、ソベク/スイート、S/スイートといったところか。

 グレートスターは未だに動きを止めたままで、俺はせめて冷静でいようとS/スイートを観察していた。

 しかし、それはすぐさま絶望に変わった。

 S/スイートは空中に手をかざすのが見えた。手のひらから大量の粒子が染み出し、それが凝固しながら細く伸びていく。

 それは一瞬で儀仗のような杖に変わると、S/スイートはグレートスターの脇腹を強かに打ち付けた。


「ッ……」


 衝撃に目がチカチカする。俺は咄嗟に反撃の命令を送るが、身体は反応しない。

S/スイートは全く動かないグレートスターに躊躇なく追撃を食らわせた。

 駄目だ……壊れる……。

 激しい痛みに、グレートスターの損傷度を悟った。前回、D/スイートの攻撃を腕で受けたときとは比べ物にならない痛みだった。


「かはっ……」

 殴られたように首を揺れた。

 S/スイートがグレートスターの首を薙ぎ払ったのだ。

幸い、襟元の防盾で直撃は避けられたものの、首の表面が大きく抉れたのか、首が取れかかったみたいに傾いている。


「めもり、いい加減に何とかしろよ!!」

 俺は叫んだ!

 沈黙の中、S/スイートが薙ぎ払った儀式杖を返し、その勢いのまま再び頭を狙う。次の攻撃が致命傷になることは分かっていた。

首が完璧にもげてしまったらどうなるのだろう。

 生命維持に必要なエネルギーの供給が断たれれば、再び人間の姿に戻ることなく、このまま一つの細胞が消滅するように死んでも不思議はなかった。


「めもりっ!!」

 俺は近づいてくるS/スイートに戦慄した。

 身体は相変わらず動かない。


 もう駄目だ――


 と思って目を閉じたとき、ふいに腕が持ち上がるのを感じた。

 ガツン。金属が激しくぶつかる音がしたが、頭部への衝撃はほとんどなかった。

 目を開けると、グレートスターがすんでのところで、儀式杖の先端を掴んでいた。


「うるさいですね……」


 めもりがうんざりした声を出す。


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