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第三章 ディバイド&コンカー


 喉が渇いたので、雪菜と駅前のコンビニに寄った。

 そこで俺は不審な人物に気が付いた。

 前の道路を挟んで向かいに不気味な男が立っていた。


 妙に四角い顔をした男で、大きくエラが張っており将棋の駒のように見える。その男はふらふらとした足取りで、ニュータウンの方に向かった。

 男はマントのようなもので身を包んでおり、背中の部分が大きく膨らんでいる。そして、フードの 影から小さく女の首がのぞいていた。

 雪菜もその正体を悟ったのだろう。急に俺の手を握ると、男に向かって歩き始めた。


「おい! 関わることないだろ」

 俺は雪菜の手を引っ張り返した。

「なんで? 元凶が目の前にいるんだから話を聞けばいいじゃん」

「何を聞くことがある? どうして巨大化して街を襲うんですか?ってか」

 俺は雪菜を見返した。


「そうだよ? あたしを巨大化して、街を襲って何がしたかったのか教えてもらおうよ」

「よくそんなことしようと思えるな。危ないだろ」

「大丈夫。めもりちゃんにはメッセージを入れとくし、何かあったら助けてくれるでしょ? 寛人はグレートスターになれるんだしさ」


 それが間違っているのだ。


「お断りだ。俺は二度とグレートスターになんかならないし、グレートスターは怪獣とか街とか、そんなことに巻き込まれてほしくない」

「じゃあ、またアイツが巨大化して街がぐちゃぐちゃになったらどうするわけ? 寛人の家がまた潰れたら? 何人も被害者が出て、また引っ越さなくちゃいけなくなるんだよ?」

「それはめもりがなんとかすればいい。あいつが一人でプロトタイプ404になって、怪獣をアラスカに引きずっていけばいいんだよ。それで、永久凍土の中で怪獣と一緒に眠ってればいいんだ。俺はめもりにそう指示したんだ」


「あたしは怪獣化そのものを止めたい。そうじゃないとまた誰かが踏みつぶされるでしょ? 今度はあたしかもしれないし、寛人かもしれない。あの子を引きはがしてやる」

 雪菜は握っている手に力をこめた。

「いや、どう考えても危険だろ」


「大丈夫。寛人があたしを守るから」

 雪菜はいつものように断言する。

「もう好きなようにしろ」

 俺は頭を掻きむしった。

「あのすみません、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」


 雪菜が話しかけると男は緩慢な動作で振り向いた。

 男の動きに合わせて少女の顔がこちらを向く。

 改めて見ると少女の仮面には視界を確保する穴がなく、立体感のない目が仮面に直接彫られている。それでも目が見えるのだろうか。少女が俺の後ろで首を覗かせた雪菜を見てにやりと笑ったような気がした。

 雪菜が俺の服をぎゅっと強く握る。


「その女の子とどこで出会ったんですか? その女の子あなたを利用しようとしてるんですよ」

 男は黙って俺たちを見下ろしている。

 その視線はどろっとしていて、何年も誰とも話さずにいたかのように反応が鈍かった。

 男はにやりと笑った。男は既に自分が強力な力を得ていることを自覚しているようだった。

 男は俺を見たまま黙っていた。


「あなた、スイートって言うんだって? どうしてこんなことしてるわけ?」

 雪菜は話を少女の方へ向けた。

 少女もまた俺を無視している。

 静寂が長引くにつれて、状況が差し迫っていくような感覚に陥った。


「これはあなたが自分の意志でしていることなの? それとも誰かに命令されてるの?」

 少女は話さない。

 雪菜のシャツを掴んでいる手が、恐怖にぶるぶると震え出すのが分かった。

「ねえ、寛人……今、あの子にコネクトされたときのことを思い出したんだけどさ……、あの子と合体すると声に出さなくても会話できるんだよね……。だから、あの二人、寛人を無視してるんじゃないよ。二人だけで会話してるんだ……」


 俺は男を見た。

 今この沈黙の間にも、彼らは俺たちのことについて、あれこれ話しあっていたというのか。

 男が何かを思案するように視線を上に向けた。

 そして、次の瞬間、男の両手がにゅっと伸びてくるのが見えた。

 ヤバいと思ったが、反応できなかった。

 男は俺の胸を両手で突き飛ばした。俺は一メートルほど後方に飛ばされた。バランスを失って尻もちをつく。


「寛人、大丈夫?」

雪菜が俺に駆け寄ってくる。

「危ないから後ろに下がってろ」

「ううん、あの二人逃げてくよ」


 視線をあげると、少女を負ぶった男の背中が小さくなっていくのが見えた。

「早いな……。あんな荷物があったら、そう早く走れんぞ」

「あの子とコネクトすると多分筋力も上がるんだと思う。あの子を負ぶってても、全然重いと感じなかったし」

「それならこの場で俺らを倒すことだってできたんじゃないか?」


「多分、もうすぐ巨大化が始まるんだ……。だってその瞬間が一番無防備なんでしょ? だから、戦いたくなかったんだよ。追いかけるよ!!」

「もう良いだろ。関わることないさ」

「ダメだよ。今が一番無防備なんだから、巨大化する直前であの子を引きはがしてやる。寛人はあたしに協力するの」


 俺は雪菜が巨大化したときのことを思い出した。一瞬ではあったが、人間がイボでできた球体になる瞬間があった。その隙をついて、彼女はスイートを止めようとしているのだ。

 雪菜は俺の腕を掴んで引っ張り上げる。


「起きれるんでしょ? やっぱりできた。どこも怪我してないね? 普通に走れるよね? じゃあ、行くよ」

 彼女は俺を置いて走り出す。もう雪菜の中では俺がついてくることは決定事項なのだ。

「ああ、もう今回だけだからな。二度とこんなことはしないぞ」

 俺は走り始めた雪菜の後を追った。




 そのニュータウンには様々なスポーツに使われる複合型の競技施設があった。街一つ分の巨大な緑地公園の中に、野球場、陸上競技場兼サッカースタジアムにテニスコートが点在していて、かつては国民体育大会の会場にもなったらしい。

 俺たちは男を追って緑地公園に入り、アスレチック場を抜けて、テニスコートを横切り、サッカースタジアムに入った。

 そこでは地元のプロサッカーチームの試合が行われており、球場の巨大なスクリーンにはスペインリーグで活躍したミッドフィルダーの顔が大写しになっていた。

 俺は男の姿を探してスタンドを見渡した。


「あの子、どこに消えたのよ」

「雪菜、あそこ」

 俺はスタンドの最前列で具合悪そうにうずくまっている人物を発見した。膝をついて顔の汗を拭い、呼吸のたびに身体を上下させている。

 背中の異様な膨らみと、そこからにゅっと伸びる首が確認できた。

「巨大化を止めないと……」

 雪菜は奴に向かって走り出した。


 俺たちに気が付いた男は、スタンドの柵を飛び越えてフィールドに侵入した。

 ホームチームのミッドフィルダーがシュートを打ち、それがキーパーの横をかすめてゴールに吸い込まれていくところだった。

 男は無我夢中でゴール前を横切り、運悪くボールに当たって倒れ込んだ。


 途端にスクリーンの映像が男の姿を捉え、スタンドの歓声がブーイングに変わる。すぐさま試合が中断され、男の元に警備員が駆け寄った。

 ボールの衝撃が男の細胞を刺激したのか、スクリーンに映った男の顔にイボのようなものが見て取れた。それが異様に膨張し男の顔を覆うと、身体全体が水を吸ったように腫れあがっていく。

 ぼんと音が聞こえてきそうなほど膨れたその身体は、いつの間にか球体になっており、それが次第に成長していく。


「寛人……ねえ……あたしもあんな感じだったんだ」

 雪菜が悲鳴に似た声をあげた。

「慰めになるかは分からないけど、雪菜はスペインの至宝のシュートを止めたりしなかった」

 俺は男を見上げながら言った。

 巨大化が止まったときには、そこには真っ白な楕円形の球体が転がっていた。

「あれで終わりじゃないよね?」

「ああ、中から何かが出てくるぞ……」


 俺たちは戦慄の眼差しを球体に向けた。

「まったく……私は走るのが苦手だってことを分かっていませんね。もう少し便利な場所にいてほしいのですが……」

 退屈そうな声が聞こえ俺は振り返った。

パニックになった観客が出口に押し寄せていく。


 その流れに逆らうように、一人の少女が俺に近づいてくるのが見えた。ゴスロリ系ワンピースに、重たい前髪と重たい姫カット。耳についたピアスはいつものUSBメモリ。

「良かった。めもりちゃん、あいつを倒せるよね?」

「どうでしょうか。寛人さんが協力してくれるのであれば」

 二人が一斉に俺を見る。


「めもり一人でじゅうぶんだろ。俺は戦わない。めもり、スイートを永久凍土に……」

「それはあなたと雪菜さんを守るという意味で確実ではありません。永久凍土も地球温暖化で溶けるということがあります」

「ねえ、寛人、戦おうよ。あいつはまだ完全じゃないんだしさ。今なら倒せるよ」

「俺はグレートスターになんかならない」


 もしそれが現実に存在して、街を守るヒーローになったら、俺の中にだけ存在する小さなオモチャは消え失せて、俺とゆかりの繋がりはなくなってしまう。


「何にこだわってるか知らないけどさ、このままじゃ亮くんの誕生日パーティーなんてできないよ!?」

 雪菜が叫ぶように言った。

「ゆかりちゃんのお母さん、あんなに張り切ってたじゃん。なんでか分かるでしょ? あたしだってそうする。寛人だって同じようにするはずじゃん? 誕生日パーティーができることがどれだけすごいことか知ってるもん」


 胃をぎゅうっと掴まれたような気がした

 今日亮くんは、好物のエビフライと餃子が同時に食べられるそうだ。

 今頃ゆかりのお母さんは亮くんのために買ってきたエビの背ワタを取っているころだろうか。一尾、一尾、竹串を使ってちまちま背ワタを取るのだ。その後はハラワタを取って、粉をつけて、卵にくぐらせて、パン粉をつけて揚げる。


 それが終われば、餃子の種を作って、一枚一枚丁寧に包まなくてはいけない。台所に立つゆかりのお母さんは張り切っていて、俺たちの見送りを亮くんに任せるくらいだった。

 ゆかりのお母さんがこの日をどれだけ大切に考えているか想像できたが、実際はその十倍か、百倍か、とにかく俺の想像を超えていることは確かだろう。


 ゆかりの死によって俺は幼馴染を失ったが、ゆかりのお母さんは娘を失ったのだ。

 誕生日パーティーを無事に済ませてあげたかった。水道が止まったり、停電することなく、家が壊れて、途中で避難する必要もなく。

 亮くんが生まれたことを何の憂いもなく祝ってほしかった。


「今日だけだ。今日は特別な日だから協力する」


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