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第一章 背中の女

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「だから、言ってるでしょう? めもりはこれ、キャラじゃないんだって。本当に世間知らずなの。だから、たこ焼き食べたこともないのも本当だし、好きなハンバーガーチェーン店とか言われたって分からないんだよ。マック? あとモス? 名前くらいは聞いたことあるけどさ」


「あり得ない? あり得なくないよ。めもりは去年作られたおしゃべりアンドロイドだもん」


「ポンコツロボット? ひどーい、めもり優秀だもん。たくさんおしゃべりして、たくさんお勉強するもん」


「優秀なのに、ハンバーガーは食べたことないのかって? だって、めもりは引きこもりだし、それにたくさん歩くと足が削れちゃうの。ほんとだよ? めもりの足って、マネキンの足みたいな感じだからね、いっぱい歩くと関節のところが擦り減っちゃうの」


「そうなの、歩くようにできてないの。見た目だけ。だから、本当はお父さんに直してもらわなくちゃいけないんだけど、お父さん、もうずっと帰ってきてないんだよね」


「分かった。分かった。じゃあ、今度、たこ焼き食べる配信もしよ? それから、ハンバーガーを食べる配信もしようね」


「はい、もう次の質問いくね?」


 ディスプレイの端で、AI原めもりが小さく下を向いた。それと同時に画面に映っていたコメントリストがスクロールされる。


「読んでくれ、読んでくれ、読んでくれ、読んでくれ!」


 俺は役立たずになったビットカードを握りしめて、そう繰り返した。俺が投稿したコメントはコメントリストを一瞬にして通り過ぎていく。投げ銭と一緒にコメントしたため、枠が大きく、¥500という数字がぴかぴか光っている。少なくとも、俺の目にはそのコメントがとても目立って見えている。


 確かに、千円や二千円の投げ銭には見劣りするが、それでも投げ銭をしたコメントは普通のコメントよりも大切に扱われる傾向がある。だから、俺のコメントが彼女の目に止まりさえすれば……絶対読んでくれるはずだ。


「えーっと、次はどれにしようかな。え、もうこんな時間? それじゃあ、次が最後のコメント返しね」

「あ、ハンドルネーム、DD・Gsterさんから。500円のギフトありがとうね。懐かしい!! DD・Gsterって、暗黒戦駆ダークドライブグレートスターのことだよね。昔流行ったロボット。めもりの大先輩。十年以上前からロボットとして活躍してるもん」


 キタっ……。俺は爆発しそうな心臓の前で、ビットカードをぎゅっと握りしめた。


「それで、なになに……めもりちゃんは夢を見ることはありますか?」

 俺は高揚感に包まれながら、めもりちゃんの声を聞いていた。

「あります、めもりは夢もちゃんと見れるんです。電気羊の夢? なにそれ、どういう意味?」

 めもりちゃんが首をかしげて、コメントリストを覗き込む。

「えー!? ロボットだからって、夢に出てくるものまでロボットなわけないよ!!」

「何? そういう小説があるの? へー、そうなんだ。ふむふむ、覚えました!」

 めもりちゃんは流れてくるコメントを読みながら、興味深そうに微笑む。


「ふむふむ、覚えました!」は、彼女の口癖で、彼女はたとえどんなに知識をひけらかすようなオヤジの教えたがりコメントにも、興味深そうな声をあげる。

 彼女はほんとうにおしゃべりするのが大好きで、誰かに世界のことを教えてもらえるのがうれしいのだ。


「それで、めもりの最近みた夢は、秘密基地を作って、そこで男の子と一緒におもちゃで遊ぶ夢。男の子はおままごとをやったり、戦隊ごっこをして遊ぶの」


 めもりが眩しそうに目を細めて、くいっと首を傾ける。俺はそれに見惚れてしまう。


「そうだよ。めもりは生まれたばかりだから、ごっこ遊びもするんだ」

「めもりはおままごとの方が好きだけど、夢の中では両方するんだ。そのかわり、戦隊ごっこの後は必ずおままごともするんだよ? めもりはお母さんの役で、男の子がお父さんの役。電気お母さんの役じゃないからね?」


 けらけら笑うめもりに見惚れていたとき、急に脳天に激しい衝撃が走った。


「いって!!」


 俺はヘッドホンを外して立ち上がる。


「何するんだよ」


 振り返ると案の定、雪菜が仁王立ちで、俺を睨んでいた。

 上下のジャージに包まれて、機嫌悪そうにポケットに手を突っ込んでいる。風呂上がりにコンビニでも行ったのだろうか。手に下げたコンビニ袋からはチョコレートのカップアイスが透けて見えており、髪がまだかすかに濡れている。


 俺は頭をさすりながら、次の一撃に備えた。しかし、雪菜は何をしてくるでもなく、ただ俺の目をじっと見つめている。


「何するんだはこっちの台詞だっての」

「なんだよ、わざわざ喧嘩のやり直しに戻ってきたのか?」

「は? 迎えに来なかったことを蒸し返しに戻ってくるわけないじゃん」

「じゃあ、なんだよ」


 俺は頭をさすりながら雪菜を睨み返した。


「寛人、あたしのお金盗んだでしょ」

「盗んでねえよ!」

「だめだめ、寛人があたしに嘘をつけるとでも思ってるの?」

「嘘じゃないって」


 俺は雪菜の瞳を精一杯見返した。


「もうバレてるんだから、正直に言いなよ」

「はあ? 正直も何も、嘘なんかついてないっての。何を根拠にそんなこと言ってるんだ」


 俺はディスプレイを隠すように、雪菜に顔を近づけた。


「根拠? よく聞いてくれた! 寛人って本当におっちょこちょいだよね」

「何がだよ」

「寛人の考えることくらいお見通しだよ。財布から金抜き取るのさえ面倒くさがって、財布ごと持って行って、買い物したんでしょ? あたしのことだから財布にいくらあるかなんてわかりっこないと思ったんだろうけど、三千円はいきすぎじゃない?」

「はあ? 何言ってるんだよ、なんのことか分からねえよ」


 俺は背中からじわっと汗が噴き出してくるのを感じ取った。

 雪菜はまるで見てきたように、つい二時間前のことを語った。俺はラーメン屋に寄って、雪菜がホールに立っているところを確認したうえで、コンビニに向かった。だから、彼女がそれを見ていたはずはない。


 財布とスマホを取りに来たときも、雪菜は俺が迎えに来なかったことでカンカンに怒っていたから、財布から札が消えたことにすら気づいていないはずだ。

 それなのに、彼女は俺の行動をぴたりと言い当ててみせた。


「はったりかけても無駄だぞ? 何でも分かってるみたいに言えば、俺が観念して本当のことを話すように思ってるんだろうが、俺は最初から盗んでないんだからな」

「あたしは悲しいよ。迎えに来なかったことがどうでもよくなるくらい悲しい」

 雪菜はため息をついてポケットから手を出した。そこにはピンク色の革財布が握られている。

「なんだよ」

「ほら、寛人が言う証拠だよ」


 雪菜は財布のジッパーを開けると、中から一枚の紙きれ抜き出し、テーブルに叩きつけた。

 俺はそれを見るまでもなく、自分の失態に気が付いた。


「レシートを貰ってくるんじゃないわよ、ポンコツ!」

 雪菜は俺の頭をバシバシと叩く。

「ぽ、ポンコツって……」

「ポンコツでしょう? お金が無くなってて気づくなら、まだ分かるよ? でも、人の財布持ってコンビニ行って、レシートをそのまま財布に入れるなんて泥棒のやることじゃなくない?」

「うるせえな。ポンコツっていうなよ」


 俺は机の上に置かれたレシートを丸めてゴミ箱に捨てた。明細にはしっかりと二千円分のビットカードとレモンティーが並んでいる。どちらも俺のテーブルの上にあり、雪菜は紅茶が嫌い。どうやっても言い逃れはできなかった。

「で、どうやって返すの? そのお金」

「来月、小遣いで返すよ」

「ウソばっかり。小遣い貰ったら、すぐにオタ活で使っちゃうじゃん。そのめもりちゃんのどこが良いわけ? 天然ぶってるけど、中身はその辺の女子大生かもよ?」


「うるさいな!! めもりちゃんは関係ないだろ!」


 俺はカッとなって声を荒げた。


「関係あるじゃん。寛人が入れあげてるのはその女なんでしょ?」

「金は返すから」

 雪菜は呆れたようにため息を吐くと、財布を閉じてポケットにしまう。

「寛人ねえ、お母さんの財布からは盗ったりしてないよね?」

「それはない。絶対ない」


 俺は雪菜の目を真っ直ぐ見て言った。


「そう。昔の寛人はそんなことしなかったのに」

「もう良いよ」

 俺は聞いていられなくなって雪菜を部屋から押し出そうとする。

「ちょっと、あたしから金盗ったんだから話くらい最後まで聞きなさいよ」

「もう死ぬほど聞いた。俺、もう寝るんだから部屋から出てってくれよ」


 俺は勉強机の隣のベッドを指さした。


「あんた最近寝るの早いね。不眠症は治ったの?」

「治ってないよ。でも、めもりも十二時には配信やめるから、俺も寝るんだよ」

「はあん、推しが寝るなら不眠症も治るってのね」

「うるさいな。さっさと出て行けよ」


 俺は幼馴染を追い出すと、鍵を閉めて机に戻った。慌ててヘッドフォンをつけなおして、画面に目をやると、ちょうど配信が終わるところだった。

 めもりのコメント返しは三分の一も見られなかった。


 俺はパソコンを閉じて、残ったレモンティーを飲み干すと、ベッドに入ってアラームをセットした。

 アラームをセットしたついでに、ツイッターのアプリをタップして、タイムラインを追う。めもりは公式アカウントで、今日の配信が楽しかったことを呟いていた。お父さんが帰ってきたら、歩行用のすりきれない足を作ってもらうことと、それができたら、ハンバーガーショップに行ってみることを綴り、最後におやすみなさいと締めくくっていた。


 俺はスマホを閉じて、部屋の電気を消した。


 めもりちゃんはもう寝たんだろうか。彼女は夢の中で今日も男の子とロボット遊びをするのだろうか。そのロボットはグレートスターなんだろうか。

俺はめもりちゃんが暗黒戦駆グレートスターを知っていたことを思い出し、嬉しいような少し興ざめするような複雑な感覚を覚えた。


 暗黒戦駆グレートスターは俺が昔持っていたオモチャで、それほど有名なものではない。DD・Gsterというハンドルネームだって、オモチャのパッケージに小さく書かれていた略表記で、それを読んで暗黒戦駆グレートスターのことだとわかる人はほとんどいないはずだ。


 俺自身、本名でコメントするわけにもいかないから適当につけただけで、グレートスターの存在をネットで知らしめるつもりはなかった。

 本音はむしろその逆で、DD・Gsterがグレートスターの略表記だったなんて、誰一人思い出さなくても良かった。

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