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第三章 ディバイド&コンカー


 放課後、俺は雪菜の家を訪れていた。

 雪菜は怪獣化の後遺症か頭が痛いといって学校を休んでおり、その見舞いも兼ねてアイスクリームを持って行った。

 あの日何をしていたのか、あれこれ質問をしたが、雪菜は俺の質問にほとんど答えられなかった。

 雪菜は自分が怪獣になった経緯を覚えていなかった。知らない間に、部屋の中に仮面の少女がいたことは覚えていた。しかし、その後どんな会話がなされ、いつの間に土偶になったかは記憶になく、街を破壊して回っている間の様子も上手く思い出せないようだった。

 そのため少女がなぜ雪菜を誘惑し、街を破壊したのか、その動機は全く分からなかった。


「それよりもさ、寛人が合体したあの女の子、あの子の方が気になるじゃん!」

 雪菜はアイスクリームのスプーンを俺に突き出した。

「ああ、めもりちゃんか」

「あの子が本当にめもりちゃんなの?」

 雪菜は疑わしそうに口をすぼめた。

「多分な」

「でも、動画の感じとは全く違うみたいだよ?」


 俺もその点は引っかかっていた。

 彼女がもし本当に機械だったら、愛想良くするのも、素っ気なくするのも自由自在だろう。配信中は客寄せのためにああいうかわいいキャラを演じているのかもしれない。あんなふうに愛想よくできれば、ファンもつきやすいだろう。

 しかし、実際に会うと素っ気なくなる理由は分からなかった。たとえ投げ銭してもらえなくても、仲良くするに越したことはないと思うのだが。


 でも、もしかしたらその逆もあるのかもしれない。

 めもりちゃんは俺と雪菜を守るようにプログラムされていると言った。そして、その理由にアクセスするには管理者の許可が必要だという。言わば、俺と雪菜は管理者にとって特別な存在なのだ。それならめもりちゃんの塩対応も彼女なりの特別扱いなのかもしれない。

 画面の中でいつもニコニコしているのが本物のめもりちゃんで、無口でブスっとしているのがキャラの方なのだ。


「というわけで、配信中のめもりちゃんが本物なんだよ」

 俺が言い聞かせるように言うと、雪菜は「なんでも都合のいいように解釈するオタクこわ……」と頬を引きつらせた。

「そんなことはどうでも良いんだけど、寛人、めもりちゃんを見て何か思い出さない?」

 雪菜はそこで深刻な表情をした。

「え、別に思い出さないけど……」

「本当に? 私、見た瞬間、ドキっとしたけど……」

「何?」

「配信中の3Dモデルのめもりちゃんじゃなくて、あの実際に存在している方のめもりちゃんだよ? 画像の中よりもずっと人間らしいとは思わない?」

「そりゃ、実際に存在してるんだから、人間らしいだろう」


「そうじゃなくて、誰かに似てると思わない?」


 雪菜は俺自身に察してほしいらしく、回りくどい言い方で俺を誘導しようとしていた。

「本当に分からないんだよ。思い当たる節があるなら言ってくれよ」

「うん、別に言えないことはないんだけど……こんな状況であの子の名前を出すのは気が引けるって言うか……違ったら私も寛人もきっとすごく悲しむだろうし、でも、もしそうだとしてもやっぱり悲しむんじゃないかと思って……」

 雪菜は慎重に言葉を選んでいった。


「言いにくいのは分かったから。もし違っても、違わなくても、そのことで雪菜を責めたりしないよ」

「う、うん……、じゃあ言っちゃうけど、めもりちゃんってゆかりちゃんに似てると思わない?」


「えっ……」

 一瞬、驚いたが、雪菜がこれほど言い淀んだ理由が分かった。俺自身、ここでその名を耳にすることに戸惑いを感じていた。

「似てないだろ」

「ゆかりちゃんが亡くなったのは十歳のときだから、あのときのゆかりちゃんと女子高生のめもりちゃんが瓜二つなわけないよ? でも、丸っこい頬とか、弱気に見えるたれ目が、似てると思わない?」


「それだけじゃないか。そんな顔の人はごまんといるぞ」

 俺はムキになって言った。

「でも、めもりちゃんが配信中にお父さんがエンジニアだったって言ってたんでしょう?」

「それが?」

「ゆかりのお父さんだって、なんかそんな感じのお仕事じゃなかった?」


「まさか」


 俺は笑おうとした。だが、いざ口角をあげてみせても、頬がぎこちなく引きつるだけだったし、実際のところ笑いたい気分では全然なかった。

 俺と雪菜とゆかりが遊んでいたのは十歳のときで、そのときはよくわからなかったが、今思うとゆかりのお父さんはそう言った技術者的な仕事をしていたのではなかったか。

 ゆかりの父さんは、その手の技術に長けた人で、俺たちが遊びに行くと手慰みにおもちゃを作ってくれた。特殊な箱型機械とパソコンを使って、一瞬でフィギュアができあがってくるのを見たことがあった。


 今考えればあれは3Dプリンタというやつで、俺たちが遊びに来るのを見越してあらかじめモデルを取り込んでいたのかもしれないし、ゆかりがおもちゃ屋でフィギュアを欲しがったときなどは、同じようにしておもちゃを作ってあげていたのかもしれない。


「でも、だからって、あんなものが作れるかな?」

 めもりは俺の前で自動車を何台も飲み込んだのだ。

「現に実在してるんだから誰かが作ったんじゃん? それに、寛人にはめもりちゃんに見えるかもしれないけど、私はもうあの子がゆかりちゃんにしか見えないんだよね」

「しっかりしろよ。ゆかりはもう死んだんだぞ」

「ゆかりちゃんが生きてるなんて言ってないじゃん。あれのモデルがゆかりちゃんにしか思えないだけ」

 雪菜は俺を真っ直ぐ見返した。

「そう言えば、ゆかりが死んで何年になるんだっけ」


 彼女が居なくなってからかなり長い年月が経っていた。もとは三人だったのが二人になったわけで、雪菜と居る限り常に一人欠けた感覚があったが、それもいつの間にか当たり前のことになっていた。

 ときどき俺と雪菜が付き合っていないことに驚くクラスメイトがいる。そいつ曰く「男女が常に二人でいて何の恋愛感情も芽生えず、そういった雰囲気になっちゃわないのはおかしい」と。言いたいことは分からなくはないが、俺と雪菜は常に二人でいるが、それは三人のうちの一人欠けた状態なのだ。


「今月でちょうど七年だよ」

 雪菜が即答したのは意外だった。

「命日まで覚えてるのか?」

「いや、はっきり覚えてるわけじゃないけど、夏休みの直前だったのはよく覚えてるから」

「今月で七年か……」

「ねえ、線香をあげに行くついでに話を聞きに行こうよ」

「嫌だよ。もう何年もそんなことしてないじゃないか」

「寛人は違っててほしいんでしょ」

「誰だってそうだろ。何年も前に死んで、心の整理がついた人について今さら面倒ごとが起こるのは嫌だろ」


「だから、それを確かめに行くんだよ。違ってたら、スッキリするんだしさ」

 雪菜の言う通り、ゆかりのお父さんに直接聞けばはっきりするだろう。

めもりちゃんがゆかりをモデルにしていたとしたら、そんなことができるのは彼女のお父さんしかいないのだ。

「ゆかりの両親の住所は?」

 ゆかりの両親はゆかりが死んでからしばらくして引っ越していた。だから、俺たちは彼らの今の住所を知らなかった。


「お母さんに聞けばわかると思う。今週の土曜日でいいでしょ?」

「ああ、面倒なことは早く済んだ方がいい」

「もしね、めもりちゃんがゆかりちゃんだったとしたら、あたしたちはどうすればいいの?」

 雪菜は髪を摘まみ、首元でねじくりながら言った。

「どうって?」

「死んだ人は生き返らないし、代わりになる人なんていない。なのにめもりちゃんが現れたんだよ?」

「だから、めもりはゆかりじゃなくて、めもりなんだろう」


 俺はそう答えることしかできなかった。雪菜の言う通り、死んだ人は生き返らないし、誰にもそのかわりは務まらない。

「でも、ゆかりちゃんにしか見えなくなったらどうする? そういうことってあるよ。だまし絵とかだって、一度そういう風に見えたら、あとはそうとしか見えないってことがあるし」

「全然違うだろ。ゆかりはよく笑う子だったし、キモいなんて言わなかった。体型も違うし、義足だって……」


 俺は言葉に詰まった。

 義足……。

 ゆかりは確かに義足なんかしていなかった。だが、ゆかりが死んだときの状況を考えれば、例え助かったとしても元通りに暮らしていけるとは限らなかったはずだ。

 何故なら、ゆかりは風に飛ばされた帽子を追って車道に飛び出し、そこでトラックと衝突した。そのときの衝撃で足はもげ、十メートル先の民家の生垣に刺さっていたそうだ。

 もし、めもりがゆかりの生き写しとして作られた存在なら、その左足を義足にしたのには説明がつくかもしれない。


 ゆかりはあのときの事故で足を失ったが、なんとか息を吹き返し、こうして高校生になるまで成長した。そんな仮の姿がめもりなんじゃないだろうか。


「そうやって、どんどんめもりちゃんがゆかりちゃんになっても、ゆかりちゃんのことは忘れないよね?」

 雪菜は心配そうに俺を見た。

「忘れるわけないだろ」

 忘れるわけはない、けど、今でもあのときのことを何でも覚えているわけではなかった。

「考え過ぎだって」


 重苦しい雰囲気を変えようとして俺は明るい声を出した。


「だって、良くも悪くもゆかりは十歳のまま止まってるんだ。それに比べてめもりは女子高生だぞ? 急に現れた女子高生と十歳の女の子が重なるわけないよ」

「そうかな?」

「そうだよ。俺にとってもゆかりちゃんは去年からずっと応援してるVtuberなんだ。全く違う存在だよ」

「めもりちゃん」


「え?」


「言い間違えてるよ。Vtuberなのはゆかりちゃんじゃなくて、めもりちゃんでしょ」

「ああ……。って、そう悲しい顔するなよ。単なる言い間違いだよ。音が似てるからこんがらがっただけだって。そんな顔してるとほっぺた腐ってくるぞ」

 俺は誤魔化すように雪菜の頬を摘まんだ。頬をぐにぐにと弄んだり、指を沈ませたりしていると、雪菜は「やめろお、ほっぺたが伸びるから」と言ってケラケラと笑った。

「それで、うちのクラスにやってきためもりちゃんと何か話したの?」

 雪菜は急に執念深い目つきになって言う。

「とうもろこしが好きだって言ってたけど」

「ふーん」

「あとは、ぼそっと冗談を言う男がかわいいって言ってた」

「分かる!! それ超いいよね」


「なんで、そこだけ皆共感するんだよ」

 俺は眇めるように雪菜を見た。

「そういえばさ、寛人これ知らない?」

 雪菜はそう言って、枕元に置いてあった鍵を俺に手渡した。

「それは俺も気になってたんだよ」

 俺は鍵を受け取って言う。

「なんで寛人が気になってるのさ」

「あ、いや、それはだなあ」


 俺は雪菜の汗を拭こうとして、ポケットからハンカチを取り出したときにそのカギに気が付いたと説明した。

「エロ!! 寝てる女のポケットを漁ったわけ?」

「いや、悪かったよ。それで雪菜は覚えがないのか?」

「うん、あの子と一緒にいたときの記憶がほとんどないからね。あの子の家の鍵か、あの子と一緒に誰かから取り上げた鍵かな?」

「おい、そんなオヤジ狩りみたいなことするなよ……」

「いや、やってないよ? やってないけど、わかんないじゃん! 記憶がないんだもん!」


 雪菜は慌てて首を振った。

「どこの鍵なんだろうな」

「でも、たぶんあの子と一緒にいるときに貰ったものだと思う」

 分かっているのは、家の鍵か納屋、倉庫の鍵で自転車やロッカーの鍵ではないことは確かだ。しかし、それだけの情報で特定できるわけもなく、俺は興味を失って鍵を雪菜に返した。

「あ、そうだ。貰ったと言えば今日、めもりからこんなものを貰ったんだよな」

 俺はそう言ってポケットから端末を取り出した。

「なにこれ」


「それでめもりと会話ができるらしい。雪菜にあげるって。また危ない目に合わないように」

 雪菜は端末をいじり、電源をつけたり、アプリを確認し始める。

「ネットも使えるそうだぞ」

「へー、良い物もらったじゃん」

「ああ。だから、これからはバイト先に行くときもそれ持って行けよ――って、ラーメン屋だ!!」

「うるさいなあ。ラーメン屋がどうしたの?」

「俺、この前ラーメン屋に行ったとき、近所の喫茶店で使える三百円引きクーポン貰ったんだった」


 俺はポケットから財布を取り出すと、クーポンの期限をたしかめた。

「やっぱりだ。今日までだ。ちょっとケーキ買ってくる」

「今から?」

「そこのケーキが美味しいらしいんだよ。この前、テレビでも紹介されてたとか。せっかくだし、食べてみたいだろ。七時まで空いてるそうだから、ちょっと待ってろ。すぐに行って戻ってくる」

 そそくさと準備を始める俺に雪菜はぼんやりとした目を向ける。

「慌ただしいなあ。あたしこれでも病み上がりなんだよ?」

「気分が悪くなったのか?」

 見ると顔が少しだけ赤くなっている。ふたえまぶたはしんどそうに緩み、半開きの口からは浅い呼吸が盛れている。


「ちょっとね……。気分が悪いって言うか、なんとなく熱くてぼんやりしてくるっていうか。さっきまではそんなことなかったのに……なんでだろ、寛人プリンに媚薬でも盛った?」

 雪菜は弱々しい笑みを浮かべた。冗談を言う元気はあるようだが、下ネタを自制する元気はないようだ。

「何言ってるんだ。ちょっと身体が火照ってるだけだろ」

「そうかも。この布団暑いし」


 雪菜は布団を気だるそうに布団を蹴り落した。雪菜はお気に入りのピンクのパジャマを着ていたが、その裾がめくれあがって、白いお腹がまる見えになっている。

「そうやって薄い格好してると風邪引くぞ。ほら、タオルケットくらいかぶっとけ」

 俺は床に落ちたタオルケットを拾い上げて、雪菜にかぶせてやった。

「じゃあ、俺ちょっと行ってくるから」


 部屋を出る直前、俺は振り返って雪菜の姿を見た。枕元にはさっき俺が手渡した端末が置かれている。何かあればすぐに連絡できるようにしているのだろう。

 俺はそのまま部屋を出ることにする。雪菜は赤らんだ目で俺を見ていたが、目が合うともぞもぞと寝返りを打って背中を見せた。


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