第三章 ディバイド&コンカー
1
翌日、俺は一人で学校に行った。
雪菜が怪獣化の後遺症で頭が痛いと言って、朝迎えに来なかったのだ。
「おはよう、能身。あれ、雪菜ちゃんは今日も?」
俺が席に着く前に後ろの席の澤田が声をかけてくる。
「頭痛だって」
「そっか、心配だな」
俺は澤田の前の席に座った。
雪菜がいないだけか、心なしかクラスの様子が落ち着かないように見えた。市内であんなことがあれば、当然と言えば、当然だが、それでもクラスの雰囲気が妙にそわそわしている。
「それはそうとさ、お前もう話した? 転校生が来たらしいよ」
澤田は興奮を隠した様子で言った。
「ふーん、わざわざこんなややこしいときに転校しなくても」
俺は校舎から見える景色を指でぐるりと示した。幸い、昨日の被害は都市部に集中しており、学校がある住宅街にはほとんど被害がなかった。それでも一部、電気が止まっている地域があるという。
どこから来たのか知らないが、急いで引っ越さなくても良かったんじゃないか?
「そうだよな。でも、その子が超かわいいんだよ」
澤田がさらに声を潜める。
「お前、そういう情報どこから仕入れてくるんだ?」
「仕入れるも何もそこにいるじゃねえか。ほら、今吉田と話してる」
なんだ、もう教室にいるのか。
俺は澤田が指さした方に視線を向けた。
「な……」
ちょうどそのとき担任の笹原が教室に現れた。
「ほら、もうチャイムなるぞ。席につけ」
笹原の一言で生徒たちは自分の席に戻る。その中で、転校生だけが居心地悪そうに教壇に残った。
笹原は転校生にチョークを渡して名前を書くように言った。
転校生は緊張した面持ちでチョークを受け取る。
「今日からうちのクラスに転校性が来ることになった。教室の場所も、校則も知らないから、みんなで教えてやってくれ」
俺が戸惑いや驚きを処理できずにいる間に事態はどんどん進行していく。
転校生は緊張した様子で名前を書き終わると、生徒の顔を恐る恐る見渡していく。
俺はその表情に余計に混乱する。
俺以外の生徒はどう思ったかは知らない。知らないが――
転校生だから、というわけではないが、少女の制服姿はあまり馴染んでいなかった。
少しだけ怖気づいたような目線か、それとももじもじとスカートの裾を掴んでいる様子が、俺には不自然に見えた。
「はじめまして。今日からみんなと同じクラスになりました。藍原めもりです。えーっと……、なんだっけ」
少女はとっさに台詞が飛んでしまったように、眉をしかめて下を向いた。そして、「大事なこと。絶対に言おうと思ってたこと……」と口の中で小さくつぶやいた。
「そうそう。私、実は小学生のときに事故で足を失って、片足が義足なんです。だから、何かに躓くとすぐこけちゃうし、朝礼とか、始業式とかみんなが立ってるようなときにも、一人だけ座らせてもらうようなことがあると思うんですけど、あまり気にしないでください。でも、全然気とか使わなくていいし、普通に接してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
そう返事をしてぺこりと頭を下げたのは、昨日俺と合体して、雪菜を救った少女。
AI原めもりだった。
あのときは頑なに否定していたが、今の挨拶をしたからにはもう否定させない。本人もそう言っていたし、黒板には藍原めもりと確かにそう書いてある。
学校と言うこともあってイヤリングはつけていないが、流石に二度も会っているから見間違えることはない。
やっぱり彼女がめもりちゃんだったんだ。
「にしても、超猫かぶってるな……」
俺は顔をしかめた。
俺と接しているときはいつも素っ気なかった。一回目は俺のことを散々キモいと罵ってきたし、昨日は何を言うにも表情を全く変えなかった。
それがクラスではVtuberとして配信をしているときの彼女そのもので、みんなから歓迎の拍手を受けながらどこか遠慮がちにはにかんでいる。
俺は段々腹が立ってきた。
そりゃ、一回目は仕方ない。いきなりプライベートな場で、もしかしてVtuberの方ですか? なんて聞かれたら困るだろうし、とりあえず否定しておけばその場はしのげる。
でも、二回目はどうだ? 俺とめもりちゃんは協力して怪獣から街を救ったんだ。別に友だちになったわけではないし、その後はちょっと口が過ぎたところもあったが、それでも一緒に戦った仲だ。多少愛想よくしてもいいだろう。
そんな俺にはめちゃくちゃ塩対応してきたくせに、クラスメイトには良い顔するのか?
表情に乏しいのは機械だからと思ってたが、やろうと思えばあんな態度も取れるのかよ。
俺は冷めた目でめもりを見た。
「みんなから質問は?」
笹原がそういうと委員長が小さく手を挙げた。
「あの、藍原さんの好きな食べ物は何ですか?」
「出たよ、そういうどうでもいい質問。好きな食べ物を知ったくらいで好感度が増すか?」
俺は面白くないから小声で冷やかした。
「えーっと、す、好きな食べ物はトウモロコシです」
めもりは照れたように頬をかいた。
「「「きゃー、かわいい!!!」」」
クラスの女子から黄色い声があがる。
「何がかわいいんだよ。どうせバイオエネルギーなんかにするんだろ」
俺がそう毒づいた瞬間、めもりが愛想のいい笑みを保ちながらぎろっと俺の方を睨んだ。
俺はぎょっとして口をつぐむ。
「他には質問は?」
「はいはーい。めもりちゃんは好きな男性のタイプとかありますか?」
今度は教室の後ろの方から声があがる。
「す、好きな男性のタイプ!? そ、そうだなあ……真面目な顔して、ぼそっと冗談を言う人?」
「「「きゃー、わかるー!!」」」
またしても女子から謎の歓声があがる。
バカかっての。
真面目な顔して、ぼそっと冗談言って何が面白いんだよ。それで本当に笑えるか? 冗談を言うときはタメを作って、大袈裟に畳みかけるように言うから面白いんだろうが。
「まあ、そういうわけだから仲良くしてやってくれ。じゃあ、俺は授業に行くから、あとは委員長頼んだぞ」
笹原はそう言って教室を出て行った。
俺は一時間目の教科書を鞄から引っ張り出す。
化学の宇野を待って、ざわつく教室で俺はめもりの背中を凝視していた。
「なあ、ちょっと来てくれ」
落ち着かない朝の授業をやり過ごして、俺は昼休みのチャイムとともに、めもりの席に向かった。
「ん? どうしたの?」
めもりはクラスメイトの手前、あざとい声で言って首を傾けた。
「良いから、ちょっと二人で話そう。校庭なら座れるところもあるし」
昼休みが始まるや否や転校生に近寄っていった俺にクラスメイトの視線が注がれる。
白々しく首をかしげるめもりの手を掴んだ。
「いいよ」
めもりも場所を変えたかったのだろう。彼女は素直にうなずくと弁当を持って立ち上がった。
俺とめもりは弁当を持って校庭に向かった。
「おい、どういうことだよ? なんでうちの学校に転校してきたんだ?」
俺はベンチに腰を下ろすと開口一番そう質問した。
「別に。雪菜さんと寛人さんをお守りするなら、二人と同じ空間にいた方が確実だと判断しただけです」
二人きりになるとめもりは途端に素っ気なくなった。
「あくまでも自分の仕事をするってか。それはいいとしてもだ、その話し方はどうにかしてくれよ。クラスではあんなに愛想よかったのに、どうして二人だとそうなるんだ?」
「私が誰とどんな風に話そうと寛人さんには関係ないはずですが?」
「それはそうだけど……、あからさまじゃないか。昨日は言い過ぎたよ。八つ当たりっていうか、めもりには関係ないことだったってのは俺も分かってたんだけど」
「ご心配なく、別に怒ってませんので」
「ご心配なくって……でも、クラスでは配信中みたいに愛想よくしてるのに、俺にだけよそよそしいじゃないか」
「良いですか? 私は寛人さんと雪菜さんを守るために転校してきただけですので、クラスメイトと仲良くするつもりも、勉学に励むつもりもありません。クラスメイトに愛想よくしているのは、あまりにも無愛想だとかえって目立つだろうと考えてのことです」
「それができるなら俺にも愛想よくしてくれよ。めもりには感情がないかもしれないけど、俺にはあるんだ。あんまり冷たくされると傷つくんだからよ」
「嫌です」
めもりははっきりと否定した。
「なんでだよ」
「分かりません」
分かりません。それはつまりその情報にアクセスするには管理者の許可が必要ですということになるのだろう。あるいは、単に人を煙に巻いているだけか。
俺は諦めて弁当に視線を落とした。
「分かったよ。それならそれで良いが、さっきの挨拶はなんだ? トウモロコシが好きだとか」
「本当のことを言ったまでです。美味しいじゃないですか、トウモロコシ」
「本当か? じゃあ、ぼそっと冗談を言うタイプが好きってのは?」
「それも事実です。冗談なんか言わないと思ってた人が、二人きりになったときにぼそっと冗談を言うとなんかかわいいって思う。それが人情じゃないですか」
「人情ね……」
めもりは俺の隣で弁当を開きはじめた。
めもりが何を食べるのか気になったが、中身は電池やバッテリーではなかった。大きいおにぎりが二つに、ウィンナー、卵、ほうれん草のおひたしと続き、端っこの真っ赤なミニトマトが小さく色を添えている。
「めもりの身体ってどうなってんだ?」
俺はふと疑問に思って聞いた。
「セクハラですか」
「いや、そうじゃなくて。あんな風に身体からワイヤーが伸びたり、鉄の羽が生えて、車を飲み込んだりするだろ。それでも表面は皮膚でできてるみたいだし、飯だって普通に食ってるし」
俺は器用に箸を使いこなし、淡々とご飯を口に運ぶめもりを見た。
「皮膚は生体組織を使っていますから、その維持のためには多様な栄養素が必要になります。そして、食物を分解、吸収したり、また生成された毒素を排出するための器官には一部生物由来のものもあります。もちろん電気を外部から補給することもありますよ。その様子はちょっと見せられませんけどね」
「それはどういう意味だ?」
「青少年には刺激が強過ぎるってことですよ」
「なんだよ、それ」
俺は顔を顰めながら玉子焼きを口に放り込んだ。その後も話をしたが、めもりの態度は素っ気なく、何を聞いても表面的なことしか返ってこなかった。
めもりは転校する羽目になったことについても、良いとも悪いとも思ってないらしく、学校生活に期待もないらしい。
それだけに俺と雪菜を守ることを最優先にしていることは分かった。
弁当を食べ終える頃には、授業開始の五分前になっていた。
「そろそろ教室に戻ろうか」
「寛人さんが戻るなら」
「ああ、俺は授業を受けなくちゃいけないからな」
「それなら授業が始まる前に渡しておきますね」
めもりはそう言ってポケットの中からタブレットを取り出した。
「なにこれ」
手渡されたものを受け取って俺は言う。
「連絡用の端末です。その中にあるGメッセージっていうアプリで私と直接話せるようになっています。開いてみてください」
俺は言われるままにそのアプリを開いてみた。メッセージアプリではあるが、めもり専用のためホーム画面はなく、そのままメッセージツリーが表示される。
「なるほど、これでめもりと話ができるのか?」と打ち込み、送信した。
「はい」
めもりが話すと同時にコメントが表示される。
「俺のスマホに入ってるアプリじゃ駄目なのか?」
と返信すると「駄目ですね。なるべく常駐ソフトを多くしたくないので」と返ってくる。
「常駐ソフトってそんなに容量を食うもんじゃあるまいし……、めもりって意外とスペック高くないよな。グレートスターになっても一人じゃ戦えないし」
「そうですね。親から過度な期待を受けた子どもと同じです。名前負けしてます」
「たしかにめもりって言う割にめもりが多くないと」
俺はそう打ち込んだところで、馬鹿馬鹿しくなって顔を上げた。
「って、目の前にいるんだから、直接話した方が早いだろ」
「私としてはさしたる違いはありませんけどね。それ以外にもその端末にはいくつか機能があります。暇なときにでもいじってみてください」
「ちなみにネットは使えるのか?」
「はい、一応使えるようにはなってます」
俺は端末のアプリ一覧から大手検索エンジンをタップする。せっかくなのでAI原めもりの配信でも見ようかと動画サイトへ移動した。
「なるほど。ちゃんとタブレットとして普通に使えるんだ」
「そういうわけですので、常にそれを持ち歩いてください」
「いや、悪いんだけどさ、やっぱりこんなものいらないわ」
俺は彼女にタブレットを突き返した。
「どうしてですか?」
「そりゃ状況を考えれば、君は俺の推しだ。推しと連絡できるのは嬉しいけど、君はただのVtuberじゃない。昨日も言ったけど、俺は君に協力なんかしたくないし、グレートスターが、みんなの注目を集めているところなんて見たくないんだ」
めもりはそれを受け取らなかった。
「随分と頑ななんですね。まあいいでしょう。寛人さんだけが防衛対象ではありませんので、必要がないなら雪菜さんにあげてください」
「俺はそれすら嫌なんだよ」
俺がもう一度タブレットを突き返そうとしたところでチャイムが鳴った。
「ヤベ、授業始まる」
「次は何ですか?」
次の授業が何だったかを思い出し、俺は青ざめた。
「体育だよ、体育。遅刻なんかしたら、津田に殺される。お前も体操服に着替えろ」
「そう言われても体操服はまだありませんので、何か適当なジャージを着ればいいと言われています」
「女子は女子更衣室で着替えるんだ。早く誰かに連れて行ってもらえ」
「まだ着替えもせずにグズグズしてる生徒がいるでしょうか」
「しょうがない。俺が連れてってやるから急ぐぞ」
俺は端末をポケットにねじ込むと、めもりの手を引いて走ることにした。




