第二章 暗黒戦駆グレートスター
今までそれに気が付かなかったのは、俺が戦闘に気を取られて、ほとんど足元を見ていなかったからだ。そして、もう一つには俺が得られる情報は極めて断片的だからだろう。
俺というグレートスターにおける意識に上る情報は、めもりが処理している無数の情報の一部に過ぎない。
必要な情報は感覚として俺に共有されるが、不要な情報は俺にはあがってこないようになっている。
「おい、穴が空いているのを知ってたか?」
「はい、見えていますので」
「見えてたら教えてくれよ」
「教えたじゃないですか。足が沈む感覚を送ったでしょう?」
確かにそういった感覚はあったが、それがなんらかのメッセージだとは思わなかった。
「直接言ってくれよ」
「無意識が意識に送る情報は非明示的です。明示的な判断を下すのは意識ですので」
そういうことか。足が沈む感覚があった時点で、めもりはその情報の重要性を認識し、俺にヒントを送っていたわけか。
戦闘の最中となれば、足元に穴があるという情報の優先度は相対的に低くなる。だから、俺はその情報を無視して、目の前の光景に集中していたわけで、ある意味ではお互いに適切な対応だったとも言える。
「まどろっこしくて仕方ないな」
「もちろん、直接言うこともできますが、それでは処理までに時間がかかりますし、私の処理リソースをコミュニケーションに割くことにもなります。緊急性が増すほど、私はこれを動かすことに“必死“になりますから。寛人さんは寛人さんの仕事をしてください」
総合的な判断を下すのが俺の仕事というわけか。
そして、まさに俺の仕事をするなら、この穴はD/スイートが空けたものだろう。最初から不自然に思っていたが、あれだけの巨体が音もなく地上を歩き回ることは不可能だ。
D/スイートは姿を隠した後、俺の死角になる位置に穴を掘り、そして、俺の死角になる位置から地上に飛び出したわけだ。
「寛人さん、うしr――」
耳元でめもりが囁いた。
が、そのとき、不思議なことが起こった。俺はめもりが後ろと言ったときにはすでに、体勢を変えて、D/スイートの突進に身構えていた。
そして、めもりが言い切る前に、その攻撃をかわして、反撃の体勢を取っていた。
彼女が言葉を発する前に、俺は気配としか言いようのない微妙な空気の動きや、些細な音を感じ取っていた。
そして、後ろからD/スイートが攻撃してきたことを悟ったのだ。
これが明示的なコミュニケーションでは時間がかかるということなのだろう。めもりは重要な情報は感覚として共有した上で、改めて言語化した情報を俺に伝えていたのだ。だから、感覚的な情報の方が早く俺の意識に上り、俺は彼女がそれを言う前に対応できたのだ。
「分かりましたか?」
「なんとなくだがな。こういうことなんだなって」
D/スイートは正面から戦うことに不利を感じているようで、一撃ごとに地下に身を隠した。
「ついでに、先ほどの攻撃で採取したD/スイートの生体組織の解析が終わりました。雪菜さんはD/スイートのうなじ、後頭部からやや下がった位置に収納されています」
「後頭部を避けてあいつを倒す? それとも、雪菜を摘出した上であいつを倒す?」
「理論上はどちらも可能です。どちらを選択するかは」
「俺が決めればいいんだろ」
「はい」
しかし、倒すにしても、雪菜を救出するにしても問題は、D/スイートの攻撃にどう対応するかだ。奴はヒットアンドアウェイを繰り返しており、攻撃をするチャンスはない。
移動のほとんどを地下で行っているとしたらなおさらだ。
そして、状況は悪くなる一方だった。俺の周囲には既に十個以上の穴が存在しており、その全てを常に視界に捉えておくのは不可能だった。すべての穴が地下で繋がっているとしたら、D/スイートはどこからでも俺を攻撃することができるし、どこへでも逃げ込むことができた。
俺は考えをまとめる暇もなかった。
「寛人さん」
「分かってるっ」
D/スイートは背後から突撃すると、俺が攻撃をかわすのを見越して、素早いフットワークで側面に回り込んだ。そして、死角から振り向きざまの一撃を浴びせてくる。
俺は攻撃を防ぐとそのままD/スイートの腕を掴んで、背負い投げした。D/スイートは空中で体制を整えると、難なく着地して後退し、ビルをよじ登ると、穴の中へと姿を消した。
「けっこう痛むんだな……」
俺は右腕のあたりに確かな痛みを感じていた。
グレートスターの腕は装甲が削れ、内部構造が剥き出しになっていた。
恐らくもう一度同じ場所に攻撃を食らえば、なんらかの障害が発生するだろう。それが痛いほどよく分かった。
「粗末にされては困りますからね。痛みはそのまま機体の損傷度と捉えてもらっても構いません。しかし、痛みによって戦意を喪失されては困りますから、こちらで多少は制御しています。まあ、どっちにしろ機体が全壊するほど傷つけば、死ぬほど痛いですよ?」
「それで良い」
人間だって同じことだろう。痛みがなければ危険な行動を躊躇わなくなるし、喧嘩をしても途中で決着がつかず、死ぬまで殴り合うことになる。
とはいえ、生物にはどうしても戦わなければならないときがあり、そういうとき意思決定の妨げにならないよう、アドレナリンなどを分泌して痛覚を鈍らせることになる。
グレートスターが感じ取っているあらゆる情報は、無意識のレベルでめもりが処理して、意識をつかさどる俺に共有されるされることになっている。めもりに頼めば、痛みを完全に遮断してくれるのかもしれないが、それは死の直前まで取っておくことにする。
「それにしてもどうする……、どうやってあいつを倒す」
「それを考えるのが寛人さんの役目です」
「分かってるけど……」
何か作戦を考えなければ……、何か使えるものを見つけなくては……。俺は周囲を見渡した。そうだ。まずはプランを立てるんだ。
恐らく、雪菜を救出してから、D/スイートを倒すべきだろう。ヒットアンドアウェイを繰り返す敵に攻撃するチャンスはそれほど多くない。不意を突かれた状態で、雪菜の収納場所を避けつつ攻撃するのは不可能。
雪菜さえ救出できれば、あとは手加減はいらない。どんな方法を使ってでも、攻撃できる。
「もう一度、武器のリストを」
「どうぞ」
俺は共有された武器リストを見て、閃いた。
「なあ、奇襲ってかなり理性的な戦略だよな?」
俺はめもりに呟いた。
「そうですね。自分の実力と相手の実力を見極めた上で、効果的な攻撃方法を見つける、という意味では高度な知性と言えますね。まあ、スイートの処理能力を考えれば、それくらい可能でしょうか」
「君とスイートならどっちが賢いんだ?」
「断然スイートですね。私はスイートの半分ほどのスペックしかありません。だから、寛人さんに意識的な演算をしてもらっているのです」
「了解。それじゃあ、駆け引きのできる相手なんだな……」
俺はリストに表示された一つの武器を選択した。
レバーアクション式のショットガン。その名は“アンダーコントロール”。一筋縄ではいかないファミリーを束ねるゴッドファーザーにとって、こんなにいい名前はないと思わないか?
俺の決定と同時にグレートスターが腰に手を回す。それと同時に風になびくように右翼が展開する。グレートスターがホルスターからショットガンを抜き出した。
俺はD/スイートの攻撃を間一髪のところでなんとかかわすと、D/スイートが消えた地面に銃口へ向けて、アンダーコントロールを全弾ぶっ放した。
日本中の工事現場を一か所に集めたような音が鳴り響いた。
アスファルトの砕け散る音とともに、塵芥が巻き上がる。
「寛人さん、地面に向けて攻撃しても意味がありませんよ?」
「これで良いんだ。これですべてが上手く行く!」
弾切れを悟ったのだろう。D/スイートが素早く地下を移動すると、足音から俺の位置を把握して、死角に回り込んだ。
俺は次の攻撃に備えて目を閉じた。
「そこか!!」
今度は間一髪ではなかった。俺にはやろうと思えば、スマホを開いてセルフィーを撮る余裕さえあった。
俺はアンダーコントロールからナイフに持ち変えると、体勢を崩されることなく、D/スイートの懐に潜り込み、腕をしならせ、D/スイートの後頭部をえぐり取った。場所は完璧に把握しているし、めもりは間違わない。俺は切り落とされた雪菜を優しくキャッチすると、再びホルスターに手を伸ばす。
D/スイートは虚を突かれて、完全に背後を晒している。
「終わりだ!!」
引き金に指をかけると、アンダーコントロールをくるりと回転させ、回転を利用して、銃弾を装填する。
そのまま照準を合わせて引き金を引いた。
D/スイートの腹部に馬鹿でかい風穴があく。剥き出しになった動力部に火が付くと、それは一瞬で光を放って爆発した。
俺は背後に手をやり、爆風から雪菜を守った。
「これで良かったんですよね?」
めもりが耳元で囁いた。
「なにが?」
「私は最初、寛人さんが地面にショットガンをぶっ放したとき、ヤケクソになったのかと思いました。そして、その後、あえて弾切れを起こすことでD/スイートの攻撃を誘ったのかと思いました」
「そのつもりだったよ」
「それだけじゃありません。あの一瞬、ショットガンを地面に撃ったことで、グレートスターの周囲に無数の石やアスファルトの破片が漂っていた。それがD/スイートの反撃によって起きた気流で、機体の表面にあたった。私がその感触を意識に伝達すると見越して」
「確信があったわけじゃないけどな」
意識をつかさどる俺は、情報のほとんどを視覚と聴覚に頼っている。そのために死角が生じるのだ。しかし、無意識では意識に上らないだけで、もっと多くの情報を処理しているはずだ。人間だって普段服を着ている感触を意識しないだけで、感じていないわけではない。
それを利用すれば良い。
実際、無意識はD/スイートの居場所を察知していた。
後は、無意識で処理される微妙な感触を認識可能なレベルにまで引き上げてやればいい。
それがグレートスターに石や破片がぶつかる感触だった。
期待通り、めもりはその感触を僅かではあるが意識に共有してくれた。
だから、俺は正確な位置を掴むことができたのだ。




