第二章 暗黒戦駆グレートスター
「え……」
「見ての通り私は生物ではありません。機械と生物に明確な境界線があればの話ですが……」
少女は戸惑う俺を無視して話を続けた。
「私は一ノ瀬雪菜とあなた、能身寛人を守るようプログラムされています。だから、お二人に危険が及べば、私は戦います。あの生体構造物、通称“スイート”が雪菜さんである以上、私はあれを倒して、雪菜さんを救います」
少女は誘惑するようにワイヤーを俺の頬に絡ませた。
「ちょ、ちょっと。俺と雪菜を守るようにプログラムされてるって、誰から? 何のために?」
理解が追いつかない。
「分かりません」
少女は小さく首を振る。
「分からないってなんだよ。自分がしようとしてることが分からないのか?」
「やるべきことは分かっています。あの生体構造物を倒して、雪菜さんを助けるのです」
「だから、その理由を教えてくれよ」
俺は頬に触れるワイヤーに戦慄しながら言った。
「それはわたしにも分かりません」
「機械のくせに分からないのか?」
「正確に言えば、そのデータにアクセスするためには管理者の許可が必要なのです。そういうときあなたたちは分からないというのではありませんか?」
「ったく、話しにくくてしょうがないな」
俺は舌打ちをした。
「あの土偶は遺伝子編集と細胞を活性化させる機能を持った機械、通称“スイート”が雪菜さんと合体した姿です。私は慣例に従ってあれをD/スイートと呼びます。Dogu/スイートの略で、この前街を襲ったP/スイートは、あれの親戚みたいなものです。スイートは初期発生に必要なものを雪菜さんから手に入れると、自律的に成長し、巨大化していきます」
「雪菜はどうなったんだ?」
俺は戦慄しながら言った。変形していく雪菜は、アレに飲み込まれて溶かされてしまったように見えた。
「雪菜さんは体内のどこかに保存されているはずです。データが破損した際のバックアップとして。そのため雪菜さんはあの中でまだ生きています。あの土偶を倒せば、雪菜さんを救出することができるでしょう」
「雪菜はまだ助かる!?」
「あなたが協力してくれるなら、その可能性は大いにあります」
「俺に何ができるんだ?」
「私と合体してグレートスターになることです。グレートスターは既に知っていますね? 怪獣から街を守る戦闘機」
「でもあれは昔のおもちゃで……」
そこで少女は俺の言葉を遮った。
「そんなことはどうでもいいと思いませんか? 重要なのはそれが可能だとして、あなたがやるか、どうかです」
「くっ……」
D/スイートは街を破壊しながら遠ざかっていった。
――私、この一週間は離れ目じゃなくなったんだよ? ねえ、私かわいくなったでしょ? でも、もう時間切れ。ただじゃなかったみたいなんだ。ただで願いをかなえてくれるなんてそんな都合のいい話あるわけないじゃんね。今度は、私がこの子の願いを叶える番なんだって――
雪菜の台詞が頭から離れなかった。
雪菜をあんな風にしてしまったのは俺だ。あの日、俺が雪菜の顔について言ったことを、彼女は気にしていた。加工され、すっかり別人になった写真を送ってきたのも、かわいそうなくらい見た目に執着し始めたのも、俺のあの日とことが一因だ。俺が雪菜を傷つけてしまった。
俺のせいで……雪菜が消える。
「教えてくれ俺はどうすればいい?」
俺は少女に視線を向けた。
「リラックスしてください。少し痛むと思いますけど、暴れないでください」
「何でもいい。早くしてくれ」
少女は表情なく頷くと、鉄でできたマネキンのような足で俺に近寄り、キスをした。
その瞬間、彼女の手からワイヤーが伸びて俺をぐるぐる巻きにし、その先端が俺の皮膚を破って腹に食い込む。
俺が痛みで目を見開いたとき、彼女の背中から鉄の翼が生え、それが腕のように伸びると、近くにあった自動車を掴んで飲み込んでいくのが見えた。
彼女の義足が無数のワイヤーに変じると、それが地を這い、近くにあった樹木を縦横無尽に飲み込んでいく。
俺とめもりと自動車と楠の木が一つになると、誰ともつかない体が一瞬で膨張し、その表面が鋼鉄で覆われる。
自分の一部が溶けだして、少女の身体と混ざり合うのが分かった。液体でも固体でもなく、生物とも無機物ともつかない何かで溺れていた。
底のない真っ暗闇に落ちていく気がした。
しかし、一瞬、暗闇に包まれたあと、開けた視界の先にはビルが見えた。
見上げるほどの大きなビルだが、今では最上階に手が届きそうだ。
ビルのガラスに反射して、俺は自分の姿を見た。
巨大な手足はゴツゴツしていて、見るからに冷たかった。スーツを模した格好をしているが、あらゆる場所に防盾が装備され、それが曲がった関節からわずかに突き出している。
タイの結び目は内部の光を漏らし、真っ赤に輝いている。
グレートスター。それもこの前、街を救ったタイプ404ではなく、鋼鉄のハットの中に視線を隠した、かつて俺が持っていたあのグレートスターの姿だった。
(なんでグレートスターなんだよ……。それ以外ならなんでもよかったのに……)
俺は下唇を噛んだ。
D/スイートは住宅街を踏み荒らし、繁華街に向かっていた。駅前は帰宅ラッシュで大勢の人でごった返している。
コックピットとも呼べない殺風景な空間に俺は居て、グレートスターが見たものが俺の脳内に直接流れ込んできているようだ。俺は幾本ものワイヤーで拘束され、膝の上に座った少女が俺を抱きすくめている。
「行きましょう」
「……分かった」
耳元で少女が呟いたと同時に、展開したコートが火を噴いて揚力を得る。
青空に浮かんだ柔らかい雲が一瞬で背後に流れていく。
俺はD/スイートの行く手に回り込む。視界の端で、塵埃が巻き上がるのが見えた。
「雪菜を救い出すにはどうすればいい?」
「まずは彼女がどこに収納されているのかを見極めなくてはいけませんね……」
「そんなのどうやって分かる?」
「あれの生体組織を解析すれば構造が分かります」
遺伝子は肉体の設計図だ。スイートが生体組織を活用しているなら、ほんのわずかな細胞を取り出しただけで、内部の構造が分かることになる。
問題はどうやってあれから細胞を取り出すか、表面は鉄の鱗で覆われていて、あそこから細胞を取り出すには、相当物騒な綿棒が必要だ。
「武器は?」
「今、一覧を送ります」
脳内に共有される。
「最初から全部教えてくれよ」
「良いんですか? 脳ミソがパンクしますよ」
少女は冷たい声で続けた。
「あなたは意識的な運動をつかさどっているだけです。手を挙げようと思えば、どこの動力にどの程度力を出力するか、それと同時にどの機関にどの程度エネルギーを供給するか等、考えずに済むのは、無意識の営みを全て私が管理しているからです。意識は総合的な判断を下すのは得意ですが、それゆえに処理能力はそれほど高くはありません。私が知ってる情報をすべて共有すれば……」
「分かった、分かった!! このままで行こう!」
俺の決定により、グレートスターが腰に手を回す。格納庫が開き、中からナイフを取り出すと、グレートスターはD/スイートに突き進んだ。
それはダガーナイフと呼ばれる両刃型の短剣で、木製の柄が飴色に輝いていた。
脳内に共有されたリストによれば、そのナイフはムーンシャインと名付けられているらしい。アメリカでは密造酒を指すスラングだが、その由来に相応しく刀身は月光のごとく輝いている。
俺はD/スイートの腹部に狙いを定めて、袈裟懸けに切りつけた。
D/スイートは、バックステップで距離を取ると、そのまま逃げだした。背後にビルを見つけると、トカゲのようによじ登り、その影へと姿を消した。
その動きは爬虫類のようだった。
俺はD/スイートを追いかけて、やや遅れてビルの後ろに回り込んだ。しかし、そのときには既にD/スイートの姿はなかった。
「どこだ?」
俺は耳を澄ませた。周囲には救急車のサイレンの音、人の叫び声、コンクリートの破片が崩れ落ちる音が満ちていたが、あの巨体が動いたことを思えば静かすぎるくらいだった。
あれほど大きい物体が容易に気配を消せるはずがない。それなのにD/スイートは完全に建物の陰に身をひそめていた。
俺は左右にくまなく視線を向けたが、D/スイートはどこにもいなかった。
次の瞬間。
「寛人さん、五時の方向です」
脳内に響く声に従って俺は振り返った。横目にD/スイートの攻撃を捉えると、身を翻す。
身体全体を回転させるようなパンチだった。俺は上体をのけぞらせることで軌道上から身を反らすことを狙った。
D/スイートの腕がグレートスターの顔をかすめた。その直後、轟音とともに視界の端で無数のガラス片が飛び散った。
「くそったれ!」
D/スイートは反動に身体を持っていかれて、背後を晒していた。俺はその背中にムーンシャインを振り下ろした。
D/スイートはそれを感じ取ってか、後ろを振り向くことなく加速すると、再びビルをよじ登って、その背後に姿を消す。
グレートスターはコートを展開して揚力を得ると、上空からビルの後ろに回り込んだ。
しかし、そこにD/スイートの姿はなかった。
俺は左右に視線を彷徨わせた。
すぐ近くにいることは確かだった。この短時間でそこまで遠くに逃げられるわけはない。
しかし、奴を見つけるのは骨が折れそうだ。
眼前には死角が多すぎた。
高層マンション、商業ビル、大型ショッピングセンター……。それらすべてが空を貫き、複雑な地形を成していた。
こんなのは森の中でジャガーと戦うようなものだ。俺たちが左右、上からの攻撃を警戒している間に、D/スイートは建物の影を縫って、どこにでも姿を消すことができた。
「まさしくコンクリートジャングルってわけだ」
「厄介ですね」
めもりの言い方はちっとも厄介そうではなかった。
「とにかく、背後を取られないように……」
「すでに取られていますよ。早急にかわしてください!」
「もう少し早く言えないのかよ!」
俺はD/スイートの突進をかわすと、すれ違いざまに奴の脇腹にナイフを滑らせた。手ごたえはあったが、刃先が生体組織にまで達したかは分からなかった。D/スイートは再びビルの背後に身を隠そうとする。
俺はそれを追おうとして、何かに足を取られて、体勢を崩しそうになる。
「クソ、これじゃ、一緒になって街を壊してるのと変わらんぞ」
「余計な気を使わないことですね」
「お前と違って俺には良心があるんだよ」
冷淡な口調にカッとなって言った。
「私に良心がないとどうしてわかるんですか?」
「あるのか……?」
少女はその質問には答えなかった。
「あれを食い止めなければどうせ街は無茶苦茶になるんですから、おっかなびっくり戦って戦闘を長引かせるより、一刻も早くあれを倒す方法を考えるべきです」
「そうは言ってもよ」
俺は舌打ちを堪えた。
先ほどから足を取られる感覚が気になって仕方がない。なるべく道路に着地するよう心掛けているが、道幅もいっぱいいっぱいだ。何かが足に触ったり、足が大きく沈むたびに何かを壊した気になって良心が痛んだ。
「にしても、あいつはどこにいるんだ!」
高層ビルの影から姿を現したD/スイートは、完全に街に溶け込んでいる。
俺はなるべく街を壊さないよう幹線道路に陣取り、ゆっくりと歩を進めた。しかし、その意図に反して、ガンっと足が沈みこむ。
俺は慣れないスケール感に戸惑いながら、足元を注意深く見た。
「な、なんだこれは――」
頬が引きつるのを感じた。
穴だ。
直径二十メートルくらいだろうか。足元には馬鹿でかい穴が開いていた。
それはただ他の部分に比べて道路が削れているといったレベルではない。底の見えない暗闇が地下深くまで続いていた。
足が沈むのは、何かを踏みつぶしたからではなく、経験上平地だと決めつけていた場所に、バカでかい穴が開いていたからだ。
そして、それは一つや二つではない。建物の陰に巧妙に隠されてはいるが、よく見れば、街には無数の穴が空いていた。




