第二章 暗黒戦駆グレートスター
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次の日、雪菜は学校を休んだ。
何の断りもなく、朝俺のうちに寄らなかったことはこれまでに一度もなかった。
「今日どうしたんだ? 体調悪いのか?」
退屈な昼休み、俺は弁当を食べながら雪菜にメッセージを送った。
しばらくするとメッセージの左下に小さく既読の文字がつく。
ピコンという着信音がして、返信のかわりに写真が送られてくる。
「なんだこれ、ちょっと加工し過ぎじゃないか?」
それは雪菜がめもりちゃんのコスプレをした写真だったが、顔はめもりちゃんを意識し過ぎたのか別人のようになっており、体型まですっかり変わっていた。
「こんなの作って学校に来なかったのか?」
俺はそうメッセージを送る。
ピコン。
再び送られて来た写真はさっきのよりもさらに大胆で、メイド服を着て床にぺたんと座っているのだが、股の間に手をつき、胸を強調するように腕で挟みこんでいる。
「かわいいけどやりすぎだ」
ピコン、ピコン。
雪菜は俺の言うことを無視して、写真を連投する。
「もう良いよ。分かったから」
ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン、ピコン。
着信音が止まらず、俺は顔を顰めた。雪菜は一方的に、写真を送り続けてくる。
「怒ってるのか? 昨日俺がめもりちゃんと雪菜は違うって言ったから?」
俺は卵焼きを口に放り込んだ。にしても、こんなあてつけがましいことをしなくてもいいだろう。
俺はムッとして通知をオフにすると、スマホをポケットにしまう。
翌日も雪菜は学校を休んだ。
昨日は結局、夕方まで写真を送り続けてきたが、何を聞いても返信はしてくれなかった。
その写真も五時を境に全く送ってこなくなり、今日に至ってはメッセージに既読もつかない。
「さすがに会いに行くか」
俺は放課後、うちに帰らず雪菜の家に寄った。
インターフォンを鳴らすと、雪菜の母親が出てくる。
雪菜のお母さんは俺を見て、さっと表情を曇らせた。
「あれ? 寛人くんと遊んでるんじゃなかったの?」
雪菜の様子を尋ねようとしたが、お母さんは俺の言葉を遮っていった。
「いえ、今日は学校も休んでますけど……」
「それは知ってるわよ。学校の先生からも連絡があったし……。でも家にはいないわよ。起きたときには家を空けてたけど、夜遊びする子じゃないから、朝早くに出てったものと思ってたのよ……」
胸騒ぎがした。
「雪菜、どこに行ったか知りませんか?」
「私はてっきり寛人くんとどこか遊びに行ってるのかと」
お母さんは落ち着きなくエプロンで手を拭った。
「俺とですか?」
「ええ、雪菜が『寛人が引っ越さなきゃいけなくなって、落ち込んでるから気分転換させてあげるんだ』って言ってたから、てっきり二人でどこかに行ってるんだと。あんなことがあったんじゃ、学校に行く気もしないだろうし、寛人くんとならまあ良いかと思ったんだけど……」
「そうですか。昨日は何時まで家に居たか覚えてますか?」
「ええっと……七時に晩ご飯を食べたときはいたけど、そこからは自分の部屋にこもっちゃって見てないわね。昨日の夜から居ないの?」
俺がその質問に答えられないことを悟り、お母さんの表情がさらに深刻になった。
「すみません、俺にもちょっと……でも、ちょっと探してみます。雪菜が帰ってきたら教えてください」
「うん、お願いね。ありがとう」
俺は雪菜の家を後にした。
雪菜は夜遊びをするタイプではなかった。
俺は雪菜が送ってきた写真をもう一度見返した。時間帯は様々で夕陽の影が長く差している写真もあれば、朝日に目を細めている写真もある。
どんな暇人でも、一晩中写真を撮り続ける人間はいないはずだ。それだけに誰かと一緒だったとしても、そいつのメンタルが雪菜より良い状態だとは思えなかった。
写真の中には雪菜の家以外で取られた写真も多く、場所が特定できそうなものもあった。
図書館とおぼしき本棚の陰で、意味深に手を股に挟んでいる写真を見つける。大量に送られて来たため、深く考えなかったがその写真は明らかに不自然だった。図書館の電気は既に消えており、窓の外は真っ暗になっている。
俺は地元の図書館に行ってみた。写真に映っていた本棚を見つける。やっぱりだ。雪菜は昨日の夜、この図書館に来たんだ。
メッセージツリーをスクロールしていくと、繁華街をバックにあざとい表情をしている写真もある。退廃的な視線に思わずゾクリとする。演技にしてはどうにも生々しい。
俺はスマホでマップを開くと、雪菜が写真を撮ったとおぼしき場所にピンを刺していく。
そうすると彼女の異常さがより鮮明になった。彼女の行動範囲は半径十キロの範囲に散らばっており、その範囲をぐるぐると歩き回っていることが想像できる。
「今もこの範囲を歩き回ってるんだろうか。それともどこかで一休みしてるのか?」
俺は雪菜の行動をもう一度整理してみた。昼はどこかで眠って、夜写真を撮りに出かけるのだとしたら、今日も昨日と同じような場所からスタートするはずだ。
マップを確認すると、雪菜のいる場所がなんとなくわかったような気がした。雪菜は今、先日、怪獣が現れた街の周辺にいるはずだ。
街中を走り回って雪菜を探した。
雪菜は鉄道の高架下でうずくまっていた。
見慣れないコートを羽織り、背中に大きな機材のようなものを背負っている。
顔は見えないが、髪型と髪色、それに見覚えのある靴から雪菜だとわかった。
「ううう……ううう……」
近寄ると雪菜のうめき声が聞こえた。
「……最初から……そういうつもりだったんだ?」
雪菜の声はくぐもっていた。
「そうだよね……そんな美味しい話があるわけないよね……」
それは俺に向けられた言葉ではなかった。愚痴っぽい独り言か電話で誰かと話しているようだった。
「だって、おかしいと思ったもん。整形するのに……あんなに食べる必要ないじゃんって……あー、気持ち悪い」
「もういいよ。ここまで来たら怖くもない。あなたのしたいようにして……」
「雪菜、大丈夫か?」
俺はそう声をかけた。
「寛人……なんで今さら来たの?」
雪菜が顔をあげると同時に、背中に背負っていた機材のようなものもにゅっと俺の方を見た。
「え……?」
俺は思わず後ずさった。
「そう怖がらなくてもいいよ。この子はあたしたちの友だちだよ? あたしの願いを叶えてくれたんだよね」
雪菜が弱々しい笑みを浮かべる。
「何の話なんだよ」
「あたし、この一週間は離れ目じゃなくなったんだよ? ねえ、あたしかわいくなったでしょ? でも、もう時間切れ。ただで願いをかなえてくれるなんてそんな都合のいい話あるわけないじゃんね。今度は、あたしがこの子の願いを叶える番なんだって」
「そんな奴の言うことに耳を貸す必要はないだろ。俺、ちょっと言い過ぎちゃったかもしれないけど、雪菜は今のままでじゅうぶんかわいいし……」
「もう遅いんだって。遅すぎるんだよ! もう全部終わっちゃったの。あたしが完璧にかわいい瞬間も、楽しい時間も全部終わっちゃったの。こんなことする前に言ってほしかった。この子が来る前に、どうして来てくれなかったわけ?」
「そんなこと言われても……」
「分かってる。あたしのわがままだよね……」
雪菜は続けて言った。
「じゃあね、寛人。約束、守れなくてごめん」
雪菜が“約束“と言った途端、俺は無意識に拳を握っていた。
「勝手なこと言うなよ。お前が言い始めたことなんだぞ」
「もうどうしようもないじゃん? 多分すごく危ないことになると思うから……逃げて……。寛人は幸せになって……ね」
その台詞を言い終わるころには、雪菜は既に原型を留めていなかった。
身体全身にバカでかいイボのようなものができると、またたく間に膨れ上がり、雪菜の姿を覆い隠してしまう。
それは完璧な球体をしていて、茶色く、しっとりと濡れて輝いていた。まるで雪菜の身体の上で無数のカエルの卵がひしめき合っているみたいだった。
イボのかたまりは球形を留めながらぐにゅぐにゅと蠢いていた。
一つ一つのイボが分裂し、さらに大きくなっていくのが分かった。ボコンと球体の真ん中が陥没し、ナマコのような形状になると、ぼんやりと頭と尻尾のようなものが浮かび上がる。
それは生物の進化の歴史を再現するかのように、魚からカエル、鳥のような見た目を経て、一瞬にしてビルに並ぶほどの人間になったかに見えた。
しかし、妙にずんぐりとしたその形は普通の人間ではなかった。
その光沢のある表面は皮膚ではなく冷たい鋼鉄で、よく見ると屋根瓦を重ねていくように小さな鉄片で覆われている。関節部は装甲が薄いようで、隙間から内部の光が漏れ出しているのが分かる。
俺はもうその物体の正体に気が付いていた。
土偶だ。特徴的な髪型と顔からはみ出すほどでかい目。胴体には血管のように紋様が走り、青白く輝いている。
土偶は苦し気な咆哮をあげると、俺に背を向けて街を破壊し始めた。
「雪菜が怪獣になった……?」
口の中が乾いていた。
「はは、だから夜更かしなんかするもんじゃないんだ」
俺は首を振った。
あり得ない。これは何かの夢だ。
「多分、家から帰って来て、そのままソファーで寝ちゃったんだ。こんな夢見たくないぞ。さて、夢から覚めるのってどうすればいいんだ……」
夢と分かれば、急ぐことはない。
頬をつねってみるか? でも、あれは夢かどうかを確かめる方法で、夢から覚める方法じゃない。トイレに行きたくなったら覚めるだろうか。
俺は小さく笑って、街を踏みつぶしていく土偶を見送ろうとする。
こんなのはあり得ない。あり得ないなら夢のはずで、夢なら真面目に取り合うことはない。
俺はこの場から苦笑して立ち去ればいいんだ。
身体の向きを変えて、家に帰ろうとする。
しかし、そこで動かそうとした足がピタリと止まった。
俺はさっきまで雪菜が居たところに目をやった。イヤリングが落ちていた。ときどき雪菜が耳にしていた金色のイヤリングだった。
なぜかその光景から目が離せなくなる。
何一つ信じられない状況の中で、ポツンと地面に落ちたイヤリングだけが、現実に思えてならなかった。
雪菜がいなくなる――
「助けなきゃ!!」
気が付くと俺は叫んでいた。
「でも、どうやって……あの中に雪菜がいるのか?」
俺が遠ざかっていく土偶を見上げたときだった。
かつん、かつん、と乾いた音が聞こえた。それに気が付くと同時に、透き通った声が耳に飛び込んできた。
「私と合体してグレートスターになりますか?」
驚いて振り返ると、そこにはこの間の少女が立っていた。あの日と変わらないゴスロリワンピースに、USBメモリのイヤリング。
しかし、あの日と違うのは少女の背中からヘビのようにワイヤーが伸び、俺を飲み込もうと雁首をもたげていた。




