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第二章 暗黒戦駆グレートスター

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 一ノ瀬雪菜は部屋の電気もつけないままベッドに倒れ込んだ。布団に顔を埋め、焦点の定まらない目でシーツを眺める。

 世界がどうしようもなく暗く見えた。

 そのまま眠ってしまえればどれだけ楽か、雪菜は悔しそうに唇を噛んだ。

 意識は覚醒しているわけでもなく、といってまどろんでいるわけでもない。味のしないガムを噛み続けているような、どんよりとした意識の中で寛人の言葉が頭から離れなかった。


「雪菜はちょっと目が離れてるだろ。それにほっぺたが細いしな。めもりちゃんはしもぶくれというか、ちょっとおたふくなところがかわいいんだよなあ」

 一番気にしていることを一番言われたくない人に言われた。

 寛人に悪気がないのは分かっている。彼自身が言っていたように、単にAI原めもりと雪菜ではタイプが違うと言いたかっただけだろう。

 寛人の言い方は本当になにげなく、悪口にあたるとも思っていないようだった。

 それだけに寛人もやはりそう思っていたのだと痛感してしまった。

 雪菜は寝返りを打った。足をベッドから投げ出したまま、ぼんやりと天井を見上げる。

 ぎゅるるとお腹が鳴る。能天気な音が忌々しかった。


「ああああああああああああああ」

 無音に気が狂いそうになり、怖くなって声を発した。

 しかし、一瞬だけかき消された沈黙が、かえって気になるようになってしまう。そうなると、十秒も我慢していることができなくなった。

「あああああああああああああ」

 苦しくなってまた声を出すが、虚しさが募るばかりだった。

「はあ……」

 雪菜はため息をつくとベッドから起き上がった。スマホの内カメラを起動する。

 髪の毛を整えると、スマホを自分にかざし映りの良い角度を探した。

 それからぷくっと空気を貯め、頬を膨らませてみる。離れ目が誤魔化せないかと顔を傾け、目を寄せようとするが、寄り目になるだけで目の位置は少しもよってくれない。


 一番、マシな角度を探し、あとはカメラの修正機能を信じてボタンを押した。

 フォルダを開いて、写真を確認するが盛れると評判のカメラアプリでも離れ目は誤魔化せない。膨らんだ頬も間の抜けた表情になるだけで、AI原めもりのやわらかい感じにはならない。


「知ってた」

 雪菜は言うと、ノートパソコンを机から持ってくる。

 ベッドの上に置いて、電源を入れた。

 グラビア雑誌なんかでも使われているという有名な写真編集ソフトを検索してみる。

「一年で五千円ね……」

 それが安いのか高いのかは分からないが、今の雪菜にはそれを躊躇う余裕すらなかった。スマホの電子決済で購入すると、早速ダウンロードして、今日撮った写真を取り込んでみる。

 使い方を調べているうちに、顔の輪郭を修正する機能は見つけることができた。

 マウスを使って顔の輪郭を指定する。

 画面右端のバーを動かすことで、自在に幅を変えられるようだ。

 細く貧相に見える頬を調整し、AI原めもりのあたたかい表情になるように動かしてみる。


「なんか不自然」

 単純に一か所の幅を変えるだけではうまく行かない。

 雪菜は他の機能も試しながら、自分の顔を書き換えていく。最初の写真よりも美人になっていく気がした。しかし、細かいところがどうしても気になるようになっていく。

 色々と機能を試しているうちに、目の幅を調節する方法も分かってきた。


「これなら寛人も褒めてくれるかな……」

 雪菜は呟いた。

 しかし、寛人に見せようと画像を保存した途端、次は目が寄りすぎているように思えてくる。

「んー、ちょっと気になる」

 雪菜はもう一度、ソフトとにらめっこを始める。

「雪菜、ご飯食べないの!?」

 ふいに部屋のドアがノックされた。

 雪菜は驚いて振り返る。母親がドアの隙間から顔をのぞかせた。

「ちょっと!! ノックしてそのまま開けたら意味ないじゃん!」

「ご飯もう冷めてるわよ?」

「ほっといて!」

 決まり悪さもあって険悪な声になる。

「もう……」

 母親が部屋から出ていくと、雪菜は画面に表示された時計に目をやった。


「ウソ、もうこんな時間!?」

 さっきまで七時過ぎだったはずだ。自分はちょっと画像編集ソフトをダウンロードして、写真をいじっていただけだ。それがいつの間にか九時半になっている。

 それだけ時間をかけたのに、写真はまだ一枚も仕上がっていない。

「あー、もう駄目! キリがない」

 雪菜は苛立った声をあげ、布団に倒れ込んだ。


「かわいくなるってめんどくさいよね」


 ふいに少女の声が響き、雪菜は顔を上げた。

 え……。気が付くと、誰かがベッドの縁に腰掛けて、パソコンを覗き込んでいる。

一体、いつからそこにいるのか、その人物はまるで友だちの家に遊びに来たように、すっかりくつろいでいた。


「誰?」

 雪菜は恐る恐るそう声をかけた。

「私? 私は……誰でもないの。本当だよ。だって、性別もないし、顔もないしね」

 そう言って少女が振り返った途端、心臓が止まりそうになった。少女の言う通り、彼女は顔をすっぽりと覆う仮面をしていた。

「なんらなゆきちゃんが名前を付けてくれてもいいよ?」


 冷たい仮面に反して少女の声は人懐っこい。


「そんなこと言われても……」

「あはは、面白い顔。困らせちゃったみたいだね」

「どうしてここに?」

「んーー、何となく、友だちになれそうだったからかな」

「どっから入ってきたの?」

 少女は雪菜の台詞を無視した。


「人間ってどうしてこうブサイクなんだろうね? 目の大きさが左右で違ったり、鼻がひん曲がってたり、顔が大きいくせにパーツだけ小さかったり。全く美しくないと思わない?」

「ま、まあ……本当の美人は少ないかもね」


 雪菜は試されているような気がして、歯切れ悪く言葉を濁した。

恐怖もあったが、それ以上に目の前の少女が何をしたいのか謎だった。

雪菜は助けを求めるべきかも分からず、じっと成り行きに注目していた。


「私がかわいくしてあげる」

 少女は指先をパソコンに近づけた。少女は肘から手全体を覆う手甲をしている。その先から導線のようなものがするすると伸びて、USBの差込口に潜り込んでいく。

 驚嘆をもってその光景を見ていると、少女が厳しい口調で言った。

「そんなところは良いから画面を見てて」

「う、うん」


 画面に目を移すと、画像編集ソフトが高速で操作されていく。膨らみ過ぎた頬が一瞬で収縮し、ちょうどいい長さに収まる。鼻筋、目の大きさ、唇の厚さまで調整され、作り物のように整った顔立ちになる。


「どう?」

「か、かわいい……」

「でしょう? これを人間の手でやろうと思ったら大変だよ。時間もかかるし、やればやるほどどつぼにハマっていく。今、ゆきちゃんがやっていたようにね」

「う、うん……」

「でもさ、こうやって画像をいじるなんてばかばかしいと思わない? だって、現実の自分はそうじゃないんだもん。パソコンの中では美人かもしれないけど、現実は変わらないんだもん」

「そ、そうかもね」


 話がどこに向かっていくのか分からないまま雪菜は頷いた。

「でも、私ならあなたの顔を変えてあげられるよ?」

「整形はだめ! お母さんに怒られる……」

 雪菜は警戒心を露わにした。

「整形じゃないよ。自然に顔が整うの。ね、ちょっと私に身体を預けてよ」

「いや……でも……」


 雪菜はパソコンの画面を見た。この均整の取れた顔を手に入れることができるのか。細かい輪郭や離れ目、唇の厚さが微調整されただけ。美人にはなったが別人というわけではない。

 もし、明日この顔で登校しても、周りは「いつもよりなんか美人に見えるね」としか言わないだろう。「もしかして恋しちゃった?」と尋ねられ、それにはにかんで見せればそのまま納得されてしまいそうな些細な変化だ。


 それだけにバランスというものが如何に大きいかを痛感する。

(この顔なら、寛人も目が離れてるなんて言わない……)

 雪菜がぺろりと唇を舐めたのを少女は見逃さなかった。

 少女はゆっくりと顔を近づけると、雪菜の唇に自分の唇を重ねた。

「む……」

 雪菜は完全に油断していた。

 急に近づいてきた顔が、まさかファーストキスを奪うとは思わなかった。


「んっ」

 驚きは恐怖に変わった。仮面の唇が艶めかしく蠢き、器用に雪菜の唇をこじ開けた。そして、やはり冷たい舌が口腔に侵入していく。

「だ、だめ……」

 雪菜は目まぐるしく動く舌にただ困惑することしかできなかった。舌が絡み合い、意識が遠のくほど口腔を犯されたところで、雪菜は解放された。

「な、なにしたの……」

 雪菜は気まずそうに言った。

「挿入する準備だよ」

 言った途端、少女の指先から伸びた導線が雪菜の脇腹を貫いた。


「ひいっ……」

「骨でも筋肉でも、人間の身体は通常の営みとしてそれを分解したり、補強したりしてるの。だから、それをコントロールできれば、骨を作ったり溶かしたりして、顔の骨格も自由に変えられるんだよ」

「そんなの怖いよ」

「怖くないよ。整形みたいに切ったり削ったりしてるわけじゃないでしょ? それに自然の営みだから、整形みたいに時間が経って垂れたり、へなったりしないもん」

「でも、凄く痛いんだけど……」

「さっき麻酔を投与したから、そのうち気にならなくなるよ。でもね、一つ問題があるの」

「なに?」


 雪菜は心配そうに少女を見た。勝手にこんなことを始めておいて、この段階になって問題があるとはひどい。

「それはすごくエネルギーがいるってこと。材料となるたんぱく質とかカルシウムもそうだし、炭水化物も必要。だからさ、このまま私を負ぶって、ご飯食べに行こうよ」

「え、良いけど……」

 今さらそんなことを言われても断りようがない。それに雪菜自身、晩ご飯を食べていないこともあって異常な空腹を感じていた。

激しい性衝動にも似たうずきを伴う空腹だった。


「はい、じゃあ、私をおんぶして、このマントにくるまれば着替える必要もないでしょ」

 雪菜は言われるがままに少女をおぶって立ち上がる。少女は拍子抜けするほど軽かった。

「はい、じゃあ、しゅっぱーつ!」

 雪菜は空腹に突き動かされてふらふらと立ち上がった。

 背中にしがみついた少女が、後ろで狡猾な笑みを浮かべた。



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