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第二章 暗黒戦駆グレートスター


     3


 雪菜から電話がかかってきたのは日曜日の夕方だった。

 そのとき俺はつけっぱなしになったテレビを見ていた。夕方の報道番組がやっていた。

 司会のキャスターは開口一番、マネキン襲来の被害を伝え、取材のVTRが始まった。

 懐かしい光景が映り、俺はテレビの音量を上げた。


 そのバッティングセンターは一か月前のマネキン襲来の被害にあって、5台あったマシーンの4台が潰れ、ネットは引き裂かれていた。ネットを補修し、残った一台の投球マシーンでしばらくは営業を続けようとしていたのだが、いつも受付でコインをくれたおじいちゃんのリウマチが悪化し、気持ちまでぽっきり折れて店を閉めることにしたらしい。


 テレビを見ていると、雪菜から電話がかかってきた。

「寛人、テレビ見た?」

「バッティングセンターのやつなら」

「それそれ。びっくりだよね」


 雪菜の声は深刻だった。

「でも、しょうがないよな」

 おじいちゃんはインタビューで、そもそも経営が苦しかったと話していた。それでも街に一つしかなかったし、地元の野球部が練習場所に困るだろうと経営を続けてきたそうだ。

「いつ店を閉めるんだろう」

「今週の水曜って言ってるな」

「最後に一回打ちに行く?」

「良いけど、俺火曜日は用事あるよ」

「私は月水、予備校」

「だよな。となると今から行くしかないんじゃないか?」

「い、今から?」


 雪菜は素っ頓狂な声をあげた。

「さすがに急だったか?」

「いや、今ちょっとメイクの練習してたんだよね。だから、その……別にいいけど、あんまりバッティングセンターに合う格好じゃないというか……」

 雪菜は決まり悪そうに言葉を濁した。

「どんな格好でもいいよ。記念に何球か打つだけだ。三十分後に雪菜の家に行けばいいか?」

「三十分後? 良いけど、本当に今の服装じゃあれだよ?」

「良いよ、なんでも。じゃあ、俺も身だしなみを整えたら家出るから」


 電話を切ると、歯を磨き、顔を洗って、寝癖を整えた。

 ジーパンに履き替えると外に出た。

 バッティングセンターは街に一軒しかなく、小中学生の頃はときどき行ったものだった。

最後に行ったのは高校受験の当日だっただろうか。

雪菜は国語と英語が致命的に解けず、あまりの出来の悪さに、家に帰らず俺の家に寄った。俺は落ち込んだ雪菜を連れて、気分転換に行ったのだ。

 約束より少し遅れて着いたのに、雪菜はインターフォン越しに「もう来たの?」と戸惑った声を出す。


「まだ準備できてないのか?」

「いや、準備はできてるけど、心の準備が……」

「良いから出て来いよ」

 雪菜は何度もバッティングセンターに合う格好じゃないと念を押した後、俺に急き立てられて諦めて玄関から姿を見せた。

「いや、どんな格好でも良いとは言ったけど……」

 俺は雪菜の姿を見て、まず何から言うべきか分からなくなった。

「だから、合わないって言ったじゃん?」

「合わないというより、なんでまためもりちゃんの格好なんだ?」

 雪菜はつまみ食いを見られた子どものように目を反らした。

 メイクの練習をしてたというだけあって、この前よりも完成度はあがっている。

 姫カットも長く、リップの色も薄い。アイラインでたれ目っぽく、目じりを下げている。

 今度はとことんめもりちゃんに寄せたようで、目の下のほくろまで書いてある。

「いや、せっかく衣装買ったんだから、着ないとね? それに寛人がめもりちゃんといる気分になれたら良いなって」

「俺は別に雪菜にめもりちゃんになってほしいわけじゃないぞ」

「こ、今回はちゃんとめもりちゃんっぽくするつもりだよ? 歩き方もいつもよりおしとやかに、話し方は……こ、こんな感じかなあ」


 雪菜は恥ずかしそうに緩んだ口で、おっとりした言い方をする。

「別に無理して慣れない話し方することないよ」

「う、うん。分かった」


 しばらくの間、沈黙が続いた。俺の反応が思わしくなかったせいか、雪菜は玄関から顔を覗かせたまま動かない。

「………………やっぱり着替えてくる!」

「良いよ、そのまま行こう」

「そう?」


 戻りかけた雪菜を引き止める。まだ踏ん切りがつかない雪菜の手を引くようにして俺はバッティングセンターに向かった。

 そこは襲来地点の近くにあり、マネキンが爆発した際に頭部が飛来し、グラウンドに直撃したらしい。

 壊れた投球マシーンは既に片付けられており、そのスペースはがらんとしていた。端の投球マシーンだけが、ぽつんと置いてきぼりを食っている。


「こんにちは。とりあえず2プレイで」

 俺は受付で料金を支払い、コインを2つ受け取った。それを持って雪菜とネットをくぐる。

「よし、久しぶりに競争しようぜ。どっちが打てるか」

「そうだね。最後の勝負だね」


 俺は備え付けのバットを手に取り、二三度素振りをする。それから機械にコインを投入し、バッターボックスに立った。

 スッっと軟球が投げ込まれる。俺は左足でリズムをとると、タイミングを見計らって大きく踏み込んだ。

 カンッと乾いた音がするが、打球は力のないピッチャーゴロ。それでも腕に伝わる振動が心地いい。


「これは勝ったな」


 俺はファールを連発し、早くも雪菜が勝利宣言をする。

 ルールというほど厳密なものはないが、一応打球によってポイントが違った。ゴロなら一ポイント、ライナーとフライは二ポイント、投球マシーンの向こうのネットに当たれば、ホームランということにして三ポイントだ。


「寛人は飛ばそうとするからよくないんだよ。力を入れなくても打球は飛ぶよ?」

「雪菜は昔から得意だったもんな。中学生のとき夢中になりすぎておしっこ漏らした」

 俺は軽口を叩きながらバットを振る。

「本当なら間に合ってたんだって。誰もいないのにトイレの鍵がしまってたんだよ」

「その言い訳は何度も聞いたよ」


 俺は笑いをこらえながらバットを振る。

「寛人だって、すっぽ抜けたバットで鼻打ってたじゃん!! それからしばらく鼻血のこびりついたシャツ着てた!」

「あれは前のやつの手汗が異常だったんだよ!」

 そんなことを言い合っているうちに、二十五球を打ち終え俺は雪菜と交代した。

 俺はネット裏の椅子に腰かけ、ネットに指をかける。

「よし、こんな格好じゃちょっと変だけど、やるからには手を抜かないからね」

 雪菜はゴスロリワンピース姿でバットを担いだ。機械にコインを投入すると、バッターボックスにたつ。ピッチングマシンを睨みつけ、挑むようにバットを向ける。


「やっぱり最後は勝って終わらないと…………ねっ!」

 話しながらリズムをとると、くいっとバットを引き付け、投球に合わせて小さく回転する。その瞬間、フリフリのスカートが空気を孕んでふわりと膨らむ。

 その隙間から踏み込んだ左足が露わになる。しなやかに引き締まった太腿には黒のガータートスが巻かれていた。

 カキンッと小気味良い音が響き、白球はライナー性の軌道を描いてネットを揺らす。


「雪菜……上手くなってないか?」

「めもりちゃんが乗り移ってるから」

「いや、めもりちゃんはそこまで運動神経良くないと思うけど」

「でも、今日は調子がイイかも!」


 雪菜は機嫌良さそうにバットを振る。

「もっと左足に体重を乗せた方が飛ぶんじゃないか?」

 俺はスカートの隙間に視線を戻す。

「じゃあ、次は特大のホームラン狙ってみるから。見てて」

 雪菜はピッチングマシンに視線を戻す。

「ああ、ちゃんと見てるよ……」


 雪菜は左足を小さくあげると、打球に合わせて大きく踏み込んだ。スカートがはためく。

膨らんだ裾からガータートスのさらに上、きわどいところがちらりと見える。ゴシックなワンピースには不釣り合いのピンクの布切れは一瞬にして、隠れてしまう。

「ホームラン!」


 雪菜が得意げな顔で振り返った。

「どう? 見てた、今の一発」

「見てた、見てた。すごかったよ」


 勝負は俺の惨敗に終わった。その日の雪菜は調子がよく、ほとんど空振りをしなかった。俺も目が慣れて来てからは結構飛ばしたのだが、序盤の空振りを取り返せなかった。

「はあ、楽しかったね」

 バッティングセンターを出るとき、最後だからとアメ玉を貰った。

「そうだな」


 なんとなく寂しい雰囲気を感じ取ってか、雪菜がひときわ明るい声を出した。

「でも、今日はかなりめもりちゃんだったでしょ? 私、配信見てかなり特徴を掴んだんだよ? ほら、こんなところにほくろもあったりして」

 雪菜はワンピースの襟をずらすと、鎖骨を露わにした。首元に小さなほくろがある。

「元気づけようとしてくれるのは嬉しいけど、俺は雪菜にめもりちゃんになってほしいわけじゃないからさ」


「む……でもでも、寛人だって画面の中でしか見たことないじゃん!!」

「まあな……」

 俺は模型店で不機嫌そうに眉を歪める少女を思い出した。

彼女はめもりちゃんであってめもりちゃんじゃなかった。めもりちゃんは画面の中で楽しそうにお喋りするアンドロイドであって、口の悪いダウナー女ではない。

 だから本当に現実にめもりちゃんがいたら、それがどんな子なのかは分からない。


「じゃあ、現実世界に居たらこんな感じかもじゃん」

 雪菜はムキになって言った。

 雪菜はどうしてそこにそんなにこだわっているんだろう。

 何というか、めもりちゃんを重ねられないほど雪菜の存在は大きいのだ。だから、雪菜は普段通りの雪菜でいてくれるのが一番居心地がいいのだが。


「前も言ったけど、雪菜とめもりちゃんはタイプが違うんだよなあ。第一、雪菜はちょっと目が離れてるだろ。それにほっぺたが細いしな。めもりちゃんはしもぶくれというか、ちょっとおたふくなところがかわいいんだよなあ」

「そ、そうだよね。私は目が離れてて、頬がこけてるからめもりちゃんとは全然似てないよね」

 雪菜は俯きがちに言った。

「うん、俺は別に推しが現実にいないことに絶望してるわけじゃないから。画面の中で会えればそれで満足だから、雪菜は雪菜でいてくれれば――」

「分かった。もうしないって」


 雪菜は俺の言葉を遮った。

「でも、よく似あってたよ」

「それはどうも」


 雪菜は弱々しく笑うと、ふいに歩を早めた。


 あ――。


 そのときだった。俺たちは前から来るフードをかぶった少女とすれ違った。マネキン襲来の日、冴えない中年男性に負ぶってもらっていた少女だ。

 遠目からで顔を見たわけではないが、あの少女と背格好が同じだった。ローブもあのときのものと同じに見えた。

 すれ違いざまに俺は少女の顔を盗み見た。そして、無意識に目を見開いた。少女はローブの下に仮面をつけていた。


 今日はあの男性と同じではないようだ。おんぶをしてもらっていたということは親しい間柄なのだろう。俺の家の近くに住んでいたから、あの男性もマネキン襲来の被害にあったはずだ。

 あの男性は無事だろうか。

 俺は振り返って少女の後ろ姿を目で追った。少女の足取りはどこか不自然に見えた。

 少女に気を取られていたため、雪菜に置いて行かれそうになる。

「運動したからお腹すいた。早く帰ってご飯食べよっと」

 雪菜はお腹をさすりながら、どんどん歩いていく。

「そうだな。家まで送っていくよ」

 俺は走って彼女に追いついた。


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