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第二章 暗黒戦駆グレートスター


     1


 あの日から一週間。

 俺の家は戦闘の一番激しかった場所で、かなり酷い状態だった。

 父が隣町にアパートを借り、復興の目処が立つまで俺はそこで暮らすことになった。

「寛人ってほんとめもりちゃんしか頭にないんだね」

「あ?」


 雪菜は新しい俺の部屋に入るなりそう言った。そのとき俺はいまだに片付かない段ボールにパソコンを置いて、めもりちゃんの配信を見ていた。

「だってほら、普通、まずは部屋を片付けるでしょ?」

「いいよ、そんなこと。前の部屋だって片付いてたわけじゃないし」

「ふむ。それで見つかったの? プラモデルは」

「もう諦めたよ。散々探したけどどこにもないし、あれだけぐちゃぐちゃじゃあ、粉々になってる可能性の方が高いしな」


 あの日以来、何度か前の家に足を運んでグレートスターを探していた。

あのプラモデルは、めもりちゃんがくれたという意味でも大切なものだったが、それ以上に俺にとっては必要なものだった。

 家の周りのガレキを探し、その後は近所の人に話を聞いたり、がれきの撤去作業に来ていたボランティアにも声をかけてみた。

 しかし、有力な情報は得られず、無気力になってやらなくなってしまった。


「で、でももう少し探したら見つかるかもしれないよ? ちゃんとよく探した?」

「何度も探したさ。近くにいた人全員に話を聞いたんだから。それでも見つからなかったんだから、きっとガレキに押しつぶされて粉々になったんだよ。もう良いんだよ」

「そっか……」

 雪菜は悲しそうに目を伏せた。


     2


 アパートに越して以来、俺はコインランドリーを利用するようになった。前の家の洗濯機が壊れてしまったのだが、長くこのアパートに住むわけでもない。

もし、新しいのを買って、次の家でサイズが合わなければ、また洗濯機を買うことになる。

 そういう都合から、父親は新しい洗濯機を買わなかったのだ。

 だから、俺はその日も溜まった洗濯物を山盛り持って近所のコインランドリーに来ていた。洗濯物を放り込んで洗濯機を回すと、休憩スペースに腰を掛けて本を取り出した。

 休憩スペースにはやわらかい日差しが差し込んでいて、洗濯機の回る音が静かに満ちている。利用客が自分一人のときはとても快適だった。

 俺は読書に集中していて、入り口に誰かが立ったことにも気が付かなかった。


「あの……もしかして能身寛人さんですか?」

「はい、そうですが……」

「やっぱり……良かった。私、AI原めもりですう。能身寛人さんのコメント、いつもすっごく楽しんでますう!」


 俺が本から目を離すうちに、女性はそう捲くし立てた。妙に間延びした言い方が耳に残った。

「え、AI原めもりちゃん?」


 俺は半分パニックになりながら顔をあげた。

目の前にはゴスロリ系のワンピースを着た、黒髪ロングの女性が立っていた。重たい前髪、腫れぼったい唇に、耳にはUSBメモリのイヤリングをしている。

 その少女と目が合う。妙に機嫌のいい笑みと、不自然に目立った胸のふくらみ。

 少女が媚びるように首をかしげる頃には俺は冷静さを取り戻していた。


「お前、こんなところで何してるんだ?」

「えーっと、たまたまコインランドリーに寄ったら、能身寛人さんがいて、私いつも元気を頂いてたので、お礼が言いたくなったんですー」

 可愛い子ぶった声に俺は目を眇めた。

「雪菜、めもりちゃんはそんな言い方しない。第一、こんなところに一張羅で来る奴があるか」

「雪菜じゃないよ? 私AI原めもりだよ?」

 雪菜は往生際悪くそう言い張る。


 ひと目見た瞬間は確かにめもりちゃんに見えた。

だが、よく見ると目も鼻も頬も十年以上見てきた雪菜のそれだった。

「マジでお前何してるんだ?」

「もう、気分を味あわせてあげようと思ってるんだから、ちょっとはノればよくない?」

「何の気分だよ。自分をAI原めもりだと思ってるイタい女に付きまとわれる気分か?」

「アイドルと街中で会う気分に決まってるじゃない」


 雪菜はドヤ顔でワンピースの裾をツンと持ち上げた。胸の前のリボンが小さく揺れる。あらゆる偏見を排除して見れば、確かに雪菜は美少女だ。


 だが、オタクは推しのことになると途端に面倒くさくなるのだ。俺にはもうゴスロリ系の服を着た雪菜にしか見えない。

「死ぬほど暇だったのか? その服どうしたんだよ」

「もう、本当にノリ悪いな。これは買ったの。イヤリングは自分で作ったんだよ?」

「いや、そんなことは聞いてないけど」

「寛人を元気づけようと思ったの。最近色々あって落ち込んでたじゃん? プラモデルはなくしちゃうし、家は壊れるし。だから、大好きなめもりちゃんに会えれば嬉しいかなって思って」

「それで、そんな恰好でここまで歩いてきたのか?」


 悪気があったわけではないのだろう。だが、結果的には一瞬でも本気にしてドキドキした俺がバカを見たわけだ。

「ねえ、一緒に写真撮ろうよ」

 雪菜は俺の隣に座ると、カメラを起動してスマホをかざした。

 シャッター音が鳴ると、雪菜はスマホを操作して写真の出来を確かめる。

「やっぱり雪菜と自撮りしてるようにしか見えん」

「絶対、そんなことないって。メイクもめもりちゃんに寄せたんだよ?」


 俺は改めて雪菜の格好を見た。確かに努力の跡がうかがえなくはない。カラコンを入れて、眉を垂れ気味に書いて、鼻筋が目立ち過ぎないようにハイライトを入れている。

 とはいえ、めもりちゃんと雪菜では顔の系統が違い過ぎる。めもりちゃんは唇も薄く、どこか頼りない顔立ちをしているが、雪菜は全体的にはっきりした顔立ちをしている。

「全然だめだね。まず話し方がわざとらしかったな。めもりちゃんはそんなあざといOLみたいに語尾を伸ばしたりしない」

「ふむふむ、めもり覚えました!」

「やめろって」


 俺が突くと雪菜はケラケラと笑った。

「まずもっと姫カットの量がほしいな。めもりちゃんのトレードマークは他にもあるけど、あの笑ったときにふわりと揺れる姫カットがかわいいんだよ。それと立ち振る舞いだ。めもりちゃんはもっとおっとりした子なんだ。そんな股開いて座らないし、ぐいぐい近づいてこないし」

「むう……もう少し改良が必要か」

「それにしてもどうしてここだって分かったんだ?」

「寛人の家に寄ったら、おばさんがここだって。洗濯物はいつ終わるの?」

「さっき回したところ」

「あたし、お腹すいたな」

「ねえ、これ食べたことある?」


 雪菜は休憩スペースの端に置かれた自動販売機に近づいて行った。

 雪菜が指さしたのは、カップ麺のイメージ写真だった。

「いや、ない」

「ええっ? 食べたことないの?」

「まだ五回しか来たことないし、そんなもの食べんだろう」

「ウソ? 寛人にはコインランドリーのカップ麺に憧れはないの?」

「どこでどう間違ったらそんな憧れを抱くんだよ」

「ねえ、食べようよ」


 駄々っ子のように体を振る姿はもう完全に雪菜にしか見えない。

「食べたかったら食べればいいだろう」

「寛人一緒に食べようよ」

 俺はテーブルに本を置くと、財布を持って立ち上がった。

「別にいいけど、高いなあこれ。スーパーで買って、家でお湯沸かせば半額で食えるぞ」

「こういうのは雰囲気を楽しむものじゃん?」

「そうかな」


 コインランドリーに一体なんの雰囲気があるというのだろう。

「じゃあ、私はしょうゆ。寛人は何にする?」

「じゃあ、シーフードで」

 俺たちは順番にカップ麺を買うと、テーブルに戻って三分待った。蓋の隙間から立ち上る湯気に日が差し込んで色がつく。


 ちょうどお昼時だったので俺も腹は減っていた。

 二人でカップ麺を啜り、喉が渇いたのでお茶を買って飲む。

雪菜はまた自動販売機に近づいて行った。

「ねえ、アイスも食べようよ」

「もう、洗濯も終わったから帰るぞ」


 俺は洗濯機の中から乾燥の終わった衣服を取り出していく。

「アイスだけ食べて帰ろうよ」

「アイスなら帰りにスーパーで買って帰ろうぜ」

「やだやだ、コインランドリーのアイスが食べるううううう。寛人は一緒に食べてくれるもん!」

 俺はため息をついて財布を持って自動販売機に向かう。

「私キャラメル。寛人は?」

「チョコミント」

「えー、いちごみるくにしなよ。それで半分こしよ?」

「別にいいけど」

「やった!」


 出てきたアイスを持ってテーブルに座ると、アイスを半分ずつ食べた。

雪菜は始終上機嫌だった。

俺はニコニコしながらアイスキャンディーをくわえる雪菜を眺めた。せっかくだから、めもりちゃんと洗濯に来ている気になってみようか。

もしめもりちゃんが俺の前でこんな風に笑ってくれたら、オタク冥利に尽きると言うものだ。なるべく目を細めて、遠目から雪菜を見る。

これはめもりちゃんだ。俺はめもりちゃんと洗濯をしに来たんだと自己暗示をかける。めもりちゃんがアイスキャンディーを食べているところ、めもりちゃんがアイスキャンディーを食べているところ。


 俺がそう言い聞かせていると、雪菜がキャンディーから口を離して言った。

「どうしたの、寛人。風邪引いたカエルみたいな顔して」

「…………やっぱりダメだ」

 俺は諦めて立ち上がると、ごみを捨てて鞄を背負う。

「そろそろ帰るよ」

「はいはーい」

 雪菜もごみを捨てる。

 俺はスマホをポケットにしまい、アパートに戻った。


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