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谷中愛ものがたり  作者: 悠鬼由宇
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第三章

百葉と羊が呆然と車内で抱き合う二人を眺めていると、

「おい、降りておいで。紹介するから。」

龍也が見たことのない笑顔で二人を誘う。二人は呆気に取られ、ゆっくりと車を降り、

「ももっち… 父さん、変だよぉ…」

「羊ちゃん… 今は考えちゃダメ。」

ボソボソ喋る二人を大男が視認し、

「親子… いや、姉妹なのか?」

龍也はニッコリと首を振りながら、

「違うよ。二人は血が繋がってない。」

大男は腕を組み、首を傾げる。変哲もない野球帽、太い眉に恐ろしい程の目力を蓄えた大きな目。太く潰れた鼻に分厚い唇。顔も身体も日焼けで真っ黒だ。

身長は龍也よりも遥かに高く、百八十五センチ以上あるのではないか。がっしりとした肩幅に分厚い胸板。ラグビーや柔道の選手の様だ。

「タツ、車は俺ん家の前に停めろ、この先の左側だ。」

「分かった。先に行くよ。」

そう言うと龍也はサッと車を走らせて行く。

大男は無言で歩き出す。その背中はまるで函谷関の如き二人の前に立ちはだかり、二人はかつてない恐怖を感じながら男の後を追う。

「大、丈夫かな… なんか怖いよこの人…」

「うん… 絶対、人殺してるよ…」

「本当に、この人が、農家?」

「格闘家にしか見えないし…」

やがて大男と二人は立派な家の前に立つ。龍也は車を停め荷物を両手に持ち、逆に三人を出迎えた状況だ。

「入れ。」

男が玄関を開け、三人はお邪魔しますと中に入る。男の雰囲気とは違い、実にアットホームな感じの内装、置き物に羊と百葉は少しホッとする。

リビングに通され、少しくたびれた革張りのソファーに座らされる。


「シンタさん。この子が羊。今小四。」

大男が羊を一睨みすると羊はヒッと怯えた声を出す。

「そんで彼女が竹岡百葉さん。大学四年生だ。今回の依頼主の一人だよ。」

大男が百葉を一睨みすると百葉はヒッと怯えた声を出しつつ、

「あの… 竹岡です… この度は、大変お世話に、なります… ヒッ」

龍也が二人に向き直り、

「この人が。俺の昔の部隊の小隊長だった、小畑信太さん。十年前に退官し、ここ実家の農業を継いでいるんだ。」

信太は二人を睨み回し、軽く頭を下げる。二人はヒッと呻き声を上げる。

それから数分ほど天使がリビングをグルグル飛び回った後。

「俺たちは駅に紀野くんと林さんを迎えに行ってくる。二人はここで弁当を食べて待っていてくれ。」

二人はカクカクと頷き、そして身を寄せ合う。

龍也は腕時計に目を走らせ、

「ところで、その二人はちゃんと電車に乗れたのかな?」

百葉は震える手でスマホを取り出し、

「さ、先程、紀野さんから、十二時二十四分に三崎口駅に到着予定、と連絡、が入りました。」

龍也は眉を顰め、

「ふーん。少し遅れているな、まいっか。そろそろ行こうか、シンタさん。」

龍也がそう言って立ち上がると、

「ゆっくり、しておけ。」

野太い声でそう唸ると信太も立ち上がり、龍也と共に出て行った。


「ッパー あああ、怖かったあー、息止まるかと思ったわー。ももっち、よく挨拶できたな、流石大学生じゃん。」

「はあはあはあ。こんなに緊張したの初めてだよ… 何あの威圧感… グリズリーの剥製と喋ってる感じだったよ。」

「ヒグマだな、アレは。きっと夜中に山に入って野ウサギとか捕まえて頭から齧ってるに違いないっ」

「夜中にバッタリ出くわしたら、死んだふりしたまま死んじゃうかも…」

「それな! あるある。それにk―」

バタンとリビングの扉が開く。信太がのしのしと入ってきて、小物置き場から車のキーを取り二人を睨みつけ、

「生の野ウサギは、不味い。」

一言吐き出すと、ドシドシとリビングを出て行き、扉をドカンと閉めた。

二人の意識が回復したのは、三分後であった。


「ったく。ももっちがあんなこと言うからだよ、絶対あのヒグマキレてたよ…」

「えーアタシ? 羊ちゃんがヒグマなんて言うからー」

「それにしても。食ったことあるんだな、生で…」

「だよね、だよね、言ったよね… 怖いよマジで… あ、羊ちゃんこっちのおにぎりもどーぞ。」

「サンキュ。どんな味すんだよ… てか、腹壊さねえのかよ… バケモンだな。あ、卵焼き食いたーい。」

「はいどうぞ。それより… 羊ちゃん」

急に小声になった百葉に、

「どしたん?」

「なんかさ、すごい視線を感じるんだけど…」

「へ?」

羊はキョロキョロと周りを見回し、リビングの窓の外で視線を止める。

「あれ?」

庭の先に人影が走った気がしたが、ハッキリと分からない。

「アレじゃね、近所のガキが覗き見でもしてんじゃね?」

自分だってガキのくせに。そう思いつつ首を傾げていると。

「おおおーーーい、シンタあーー、干物持ってきたぞおーーーーーーーー」

途轍もない大声がこの小畑家に響き渡る。


百葉と羊は、一体今日何度目だろうか、体を強張らせ身を寄せ合い、リビングの入り口を睨み付ける。バタバタとした足音が近づき、

「おーーい、いねーのかーー? ん? あれ?」

リビングの入り口に仁王立ちしているのは。

小柄な真っ黒な女の子だった、歳の頃は十七、八。

潮焼けした真っ茶色の髪を後ろでぞんざいに束ね、小さく真っ黒な顔からピカッと光るアーモンド型の白く大きな瞳。スッとした鼻だちとやや薄いながらも形の綺麗な口元。よく見ても見なくても、とびきりの美少女なのである。まるで韓流のスクリーンから抜け出してきたような、完璧な顔立ちながらまだあどけなさを残すその雰囲気にその場の時間が一瞬止まる。

首は長く細く、接続された胴体も見事にウエストがキュッと引き締まっている。それなりの双丘がポツネンとくっついている。細く長い足が短パンからズンと伸びており、その美しさに百葉は思わず己の足と見比べてしまう。

「誰?」

その子が言う。

「誰?」

羊が負けじと返答する。

「えっと。アタシは京だけど。」

「えー、私は羊ですが。」

ふーんと呟いた後。京は眉を顰め、

「あれ? 京とヨウ。なんかそっくりじゃね? ウケるー」

と言って笑い出す。

羊は渡世のお付き合い、とばかりにアハハハと乾いた笑いを返す。

「で、そっちの姐さんは?」

「あ、姉じゃないです。私、竹岡百葉と言います。」

「いや、姐さんじゃん。」

「ですから、姉ではないと…」

「?」

「?」

「こいつ何言ってんの?」「この人何言っているの?」

二人が同時に羊に言うと、

「おおお! 見事なおハモリ。ウケるー」

今度は京と百葉が目を見合わせ、互いに首を傾げる。


なかなか噛み合わない会話を続けていると、不意に京が、

「おい、明、入ってこいよー」

と玄関に向けて大声を上げる。トテトテと小さな足音がしたかと思うと。小さな真っ黒な男の子がニュイっと顔を覗かせる。

「あ。さっき庭からこっちを覗いてた子じゃね?」

羊がニパッと笑うと、

「どもどもはじめまして私はとり山あきらともうします。この四月からこの地にすまいはやみつきがたちました。ところでお二人はどこのどいつでいらっしゃるのでしょうか?」

羊は唖然とし、百葉は呆然とする。男の子じゃない、女の子だった! それも、ハーフっぽい感じの、とびきり可愛い女の子だ。

百葉は不意に、三年前の羊と初めてあった時のこと思い出したー

谷中に初めて来て、下宿先の老夫婦宅への道に迷い、その時に歩いていた親娘連れに助けを求めるとー

『はい、このじゅうしょですと、ここからさんぼんめのかど、からあげやさんのかどをみぎにまがり、にふんほどあるいたところにあるたばこやさんのむかいのおうちかとおもわれます、もしわからなければいっしょにいきましょうか?』

突如笑いが込み上げ、口を抑えながら爆笑してしまう百葉を京、羊、明の三人が呆気に取られつつ眺めている。

「すまんな。失礼な姉で。気にしないでくれたまへ。」

羊が咳払いをしつつ呟くと、

「まあたしょうしつれいですがあきらはきにしませんとも。それよりおねえさんたちはシンタになにかようじがあってこられたのでしょうか?」

「ああそうなのだ。ちょっとした頼み事をこの姉が、な。邪魔して申し訳ない。」

な、何? 羊ちゃんどうしちゃったの? 何その話し方…

笑い過ぎて溢れる涙越しに羊を眺めると、えらくイキリながら話している。ああ、年下の子にはこんな感じで… 何それ、ウケるー

きゃはははは

百葉はかつてない程の大爆笑を爆発させる。

何故かそれに釣られて京も大爆笑する。

舌打ちをしながら、

「こんな失礼な姉たちは捨ておこう。ところで君、四月からここにと言うことは、それまではどんな生き様を晒していたのかい?」

「いえたいしたこともございません。なかばかんどうされていただめ人げんの父おやのじっかがここでしてー」


     *     *     *     *     *     *


「何年振りだ?」

「シンタさんが退官して以来だから、丁度十年振りだね。」

「そうか。」

「うん。」

「あの子、が?」

「そう。王神美の産んだ子。市原拓海の子。」

「そうか。そっくりじゃねえか。」

「だろ?」

「それと、あの姐ちゃんが?」

「そ。こないだ話した、竹岡百葉ちゃん。」

「似てるな?」

「だろ?」

「エス(スパイ)じゃねえのか?」

「違う。身元は綺麗さ。」

信太がフンと鼻を鳴らし、

「で?」

龍也は防諜上、詳しい話は信太にしていなかった。掻い摘んでここまでの状況を伝えると。

「その田村って怪しいな。」

「流石。その御徒町飯店ってーのが、北京(中国政府)の諜報員の支局なんだ。」

「ほう。」

「そして。その田村は、『聶隠娘』の日本支部長だ。」

「聶隠娘って… 王神美がいた…」

「ああ。未だに世界最強の暗殺組織。」

「マジか…」

信太は握るハンドルが少し汗ばんでいるのに気付く。

「じゃあ、今から世話する林華花も…」

「ああ。」

信太は車を農道の脇に停車させ、

「タツ。俺はここで大人しく余生を過ごしてんだ。巻き込みたくねえ人間も多々いる。」

龍也はコクリと頷き、

「水田陽菜。二十歳、慶應大学二年、祐天寺在。安心してくれ、既に保護監視下にある。」

コイツは昔からこうだった。根回しの良さは変わってねえ。信太はニヤリと笑いながら、

「…で?」

「ああ。去年、中国の国家医薬管理監督局がコロナ特効薬として金芝を探し出したんだ。」

「ほう。」

「北京はそれを大量生産し、世界各国、特に反資本主義国にばら撒こうと画策した。」

「……」

「だが。その栽培施設に悉く邪魔が入り、一時は金芝自体が消滅の危機に陥った。」

「梁国綺、か。」

中華人民共和国国家主席である周金兵は就任以来絶大な権力を誇っていたが、コロナ禍に入りその対策に失敗、人民の離反が相次いでおり、周主席の次に権力を掌握している梁首相が今年に入り勢力圏を大幅に拡げているのである。

「そんなスーパーな特効薬を国内外にばら撒けば、後十年は安泰だもんな、周は。」

「そう、だから梁派は躍起になってこの金芝を潰しまくったんだ。」

「で? 何故北京は田村の元に?」

「中国国内では栽培が困難だから、国外、それも栽培法が確立されている国、にて、さ。」

「……他の支局にも送ったんだろうな?」

「ああ。だが、輸送中に菌糸が全滅したり、都合の良い農家が見つからなかったりで。」

「……まさか、ウチだけ?」

「今の所、な。北京も様子を窺っている状況だ。」

「梁派には?」

「日本に菌糸が送られていることまで。それが何処に送られ、何処で栽培されているかまでは把握していない。」

「日本政府の対応は?」

「見て見ぬ振りだ。岸多総理らしい。上手く栽培出来たら、農水省でしれっと引き取るだろう、と上は見てる。」

シンタはうっすらと苦笑いし、

「こんなキノコ如きに、命張れるかよ… バカじゃねえの、何だったんだよ俺たちのあの戦いはよお、死んでいった富さんや山瀬は一体何だったんだよ…」

龍也は頷きつつ、

「山瀬さんのお嬢さん、去年広島大卒業して大学院生してますよ。」

下を向いていた信太は肩をピクリと動かす。

「あと。富さんの息子さん。今年中学生ですって。上のお姉ちゃんは高校一年だったかな。」

「トミさん…の… サトちゃんとトモが… そっか。そっかあー。」

「もしシンタさんが栽培に成功し、金芝が世に出ればさ、若者を含め大勢の人達の救いになるんだぜ。」

「……」

「勿論、俺たちが全力でサポートする。習志野も江田島も既に動き出している。」

信太は顔を上げ、

「オイオイ。豪華なメンバーじゃねえかよ。魚釣島のパーティー、こんなど田舎でやらかすのかよ!」

龍也はニヤリと笑い、

「目前の海岸線は江田島が。背後の山岳地は習志野が。」

既に顔を輝かせながら信太は、

「で、タツが市ヶ谷で、か。っクーー、血が激ってきやがったわ。」

龍也はバッグからスマホを取り出し、

「俺らとの連絡は今後これで。初期の画面ロック解除は、水田陽菜の生年月日。平成からだ。」

信太はそれを受け取り、胸のポケットに仕舞うとパーキングブレーキを戻し、車を発車させる。

龍也は動き出した車窓の景色を眺め、

「良いところじゃん、この辺り。」

「だろ?」


     *     *     *     *     *     *


車は京浜急行三崎口駅の駅前ロータリーに到着する。

停車して十分ほど経つと、実に奇妙な二人組のカップルが駅を出て来る。

長身の男は完全にアウトドアスタイル。幅広のハットにサングラス、半袖のフィールドシャツにカーゴパンツ。足元はしっかりとしたブーツを履いている。

男の胸元程の若い女性は、白い無地の野球帽に黒ぶちメガネ。白のダブダブのTシャツにストレートジーンズ。足元は薄汚れたスニーカーだ。おかしな色のリュックを背負っており、一体何処に何をしに行くのか誰も判明できない出立ちである。

二人は二メートルの距離を保ちながらも挙動不審さはありありと感じられ、いつ通報されてもおかしくないレベルである。

突如男の方が駅前の植え込みに頭を突っ込み動かなくなる。女は三メートルの距離を半円状に動きながら周囲を警戒している有様だ。

やがて男が何か植物を女に掲げて見せるも、女はそれを無視し更に警戒を深めている。やがて彼女は信太の黒のレクサスR Vを発見し、男にそれを告げたようだ。

男はハッとなり、慌てて立ち上がって、女の後についてレクサスに歩き出す。

「紀野光治くんか?」

龍也が助手席の窓を下ろし問いかけると、男は軽く頷く。

「林華花さんだね?」

「はい。はぢめまして。林です。」

龍也は頷き、

「乗りなさい。」

二人は後部シートのドアを開け、車内に入ってくる。凄い熱気と共に微妙な匂いが入ってくる。

信太は周囲を警戒し、不審な車両や歩行者がいないことを確認後、ゆっくりと車を出した。


「俺は千葉。竹岡さんの知り合いだ。運転しているのが小畑さん。今回世話になる農家の人だ。」

半身になり後部座席の二人を間近で眺める。いよいよおかしな二人である。

「ちょっと遅れたみたいだな、何かあったのか?」

華花がプクッと膨れっ面で、

「この人、変ですね。約束の時間、来ません。約束守らない日本人、いますね。」

龍也が紀野を見ると、

「これ。カラカサタケ。天ぷらにすると美味しいですよ。」

と言いながら、手で白いキノコをクルクル回している。

「それに、私、話しても、この人、返事ないです。この人、頭変ですか? 这让我很生气…」

思わず龍也は吹き出してしまう。

彼女をよく見ると。キノコのような髪型に薄黒い顔。顔の小ささが髪型でより強調されており、スタイル的には悪くない。着こなしが最悪なだけである。黒縁メガネの奥にある目は一重で細長く、時折見せる鋭い視線が堅気の女子とは思えない。鼻は丸く、口元はおちょぼ口だ。

デパートの一階に二時間ほどこもれば、何とか普通の女子高生くらいにはなるだろうが、これではちょっと頭のおかしな未成年女子、だ。

「林さん、着替えは持ってきたよね? 農作業に適したもの。」

農作業? 眉間に皺を寄せていると、横から

「农场工作(農作業)」

と中々の発音が車内に響く。さすが東大生、と思っていると、

「ああ。ないよ。」

龍也は頷き、

「分かった。シンタさん、丁度あそこにワークマンがあるや。あそこでこの子の作業着とか買おうか。」

「ああ。」

そう言うと信太はハンドルを切り通り沿いの作業着ショップに車を向けるのだった。


「なあタツ」

「何だいシンタさん」

「中々あの二人…」

「お似合いじゃない?」

龍也と信太が口を挟む暇もなく、紀野が手際よく華花の衣類を決めていく。作業着が決まると更に手袋や帽子、作業靴も選び抜いてやったものだ。

華花も最初はブツブツ文句ばかり垂れていたが、徐々に整ってくると、

「似合いますか? そうですか?」

とノリノリになっている。

龍也はふと思い出し、

「そうか、君は妹がいるんだったね? この子と同じ年頃の。」

紀野は遠い目を天井に向け、

「見ます?」

と言ってスマホをスクロールし、龍也に画像を見せる。そこには兄とは似ても似つかない美少女が拗ねた表情で写っている。

「おい。この子には見せるなよ。」

紀野はマントカラカサタケを見るような表情で、龍也に軽く頷く。

会計は龍也が済ませ、レシートを大事に仕舞い込み、領収書を受け取る。

「おい。お前の作業着は買ったのか?」

「しねえよ。俺は栽培しねえよ。」

「たまには遊びがてらに、手伝いに来い。」

龍也はニヤリと笑い、

「たまには、ね。」


車窓を眺めながら、不意に紀野が

「ここは何という地名なのですか?」

「恵比須。」

「ふうん。恵比須天と関係あるのかなあ。」

「大昔。漁師が恵比須天の仏像を釣り上げたんだとよ。」

「成る程。それにしてもー海が綺麗で、山も興味深い植生で。良い所じゃないですか。」

集落への砂利道に入りながら、紀野は嬉しそうな表情で呟く。

その隣で、いつまでも海を眺めている華花は、

「私、海、初めて見ました。港はあります。でも海は初めて… 海、とてもキレイ。」

龍也がバックミラーを見ながら、

「林さん、出身は?」

シュッシン… 目を顰めていると横から、

「你来自哪里?(出身は何処?)」

一瞬の間の後、

「貴州省だよ。貴陽という所で生まれました。」

車は信太の家に到着し、四人は車から降り家に入る。

リビングには、誰も居ない。弁当を食べ散らかした後があるだけだ。

「畑にでも行ったんだろ。」

と信太は言うので龍也、紀野、華花はソファーにそのまま座り込む。

「君たち、食事は?」

二人は軽く頷く。駅弁でも買って車内で食べたのだろうか。

「分かった。では、今から今後のことを説明する。紀野くん、随時彼女に翻訳してやってくれないか?」

分かったと紀野が頷く。


     *     *     *     *     *     *


それにしても、面倒臭い事に巻き込まれてしまったものだ。

紀野は大きな溜息を堪えながら龍也の話を聞き続けている。

何だよ、絶対的な機密って? 確かにあの弁護士事務所の所長に言われていたから、研究室の誰にも話してはいないが。今後も誰にも話さない事って、一体全体…

それにしても、貰える報酬額には正直驚いた。最初の話では時給三千円換算、と言われていたが、何もしない時間があっても、月に三十万円とは… 何処から出るのだろう、まあいいや。俺は俺の研究をするだけだ。

それにしても…

チラリと隣の華花を眺め、再度大きな溜め息を吹き出す。

やけにお喋りな女の子だ。まるで実家の妹みたいだ。四六時中キョロキョロしていて、何か見つけるとアレは何、これは何、とまとわりついてくる。

妹ほど美少女じゃないし、竹岡さんほど神々しくないから正直気は楽なんだけど。それでも時折体を密着させてきたり、腕や手を何気なく触って来るのには閉口だ。その度にドキッとしてしまうだろうが…

この世に生を受け二十四年。研究と探索と勉学だけに勤しんできた俺。それがここ最近、竹岡さんやこの子が絡んできて今まで考えたこともない事象に遭遇している。

これから一体どんな絡みとなっていくのだろう、横山にでも相談したいものだが、守秘義務があるからなあ…


「…と言うことなんだが。コンテナの件はそれで大丈夫か?」

「はあ、いけると思われます。」

「分かった、明日信太さんとホームセンターに行き、必要な材料を購入してきてくれ。領収書は忘れずにな。」

「はあ。」

それにしても。

誰だこの二人は。

さっきから一人で説明している千葉とかいう人は、この現場の統括責任者の様だが。さっきの説明では、ここの農家の人の古くからの仕事仲間と言っていたが。とても農業に携わっていたとは思えない。

歳の頃は三十前後か。短髪で中肉中背。やたら目が鋭くて、初め駅で声をかけられた時は警察の人かと思った。俺がこれまで関わったことのないタイプの人間だ。

言葉が簡潔で要点を得ており、非常に理解しやすい。現場の警察官というより桜田門でデスクワークしているタイプである。

隙が無い。この一言に尽きよう。余り付き合いたくない人種である、今後は適切な距離感を保っていこう。

そして。

その隣で腕を組み目を瞑っている大男。

紹介ではこの家の主であり農業を営んでいる、小畑信太。

いやいやいや。農家のオッサンじゃねえし。普通の農家の人はそんな上腕二頭筋じゃねえし。

どう見ても、マタギ? ヒグマ猟で活躍してそうな感じの男だ。だが不思議な感じなのだが、隣の千葉と共通した雰囲気を持っている。それが何かとは言葉には出来ないのだが。そう、何か目に見えぬ絆で結ばれているような…

かつて共に大雪山に籠り、伝説のヒグマを悪戦苦闘の末に仕留めた的な仲間意識が垣間見れるのは気のせいであろうか。

俺が説明した金芝の栽培法も即座に理解してくれ、こちらが必要な事もすぐ分かってくれた。シイタケのような山間での栽培でなく、ビニールハウスが必要だと伝えると、

「分かった。」

と一言。その一言に途轍もない重みを感じ、ああこの人に任せちゃっていいかな、と思わせる人間性を感ぜざるを得ない。

言葉の重みを深く理解しているこのようなタイプの男はこの数年お目にかかることは無かった、実家の信州には多々いたものだったが。

そう。この男からは俺と同じ田舎臭がするのだ、だから恐ろしい外見に関わらずホッとできるのかも知れない。まあ本人が聞いたら首を捩じ切られそうなので、口外する事はあるまい。


「…それと、今後定期的にここを訪れてもらうのだが。頻度はどれくらいが適切か?」

「菌糸体培養中は出来れば毎日チェックしたいな。」

「…すると、九月まではずっとここに?」

「ええ。その後原木に伏せ込みをしてハウス栽培に入ったら、週一程度でいいかな。」

「成る程。ハウス栽培中も君の要望により動画で生育状態を確認できるようにした方がいいかな?」

「それなら、月イチでいいかも。」

「分かった。シンタさん、それでいいかい?」

大男は黙って頷く。

「一つ問題がある。」

「何でしょう?」

「彼女、林さんなのだが。栽培の手伝いに必要な日本語を、秋までに叩き込んでくれないか?」

叩き込むって… 紀野が顔を硬らせると、

「シンタさんをはじめ、この集落の人は誰も中国語を理解できないからな。」

「はあ。」

「中国の実家は農家だったそうだ、コキ使ってやってくれ。」

「ハア。」

龍也が大きく頷き、

「こちらからは以上だ。紀野くんから他に何か?」

「あの。Wi-Fiなんて使えないですよね?」

龍也が信太を振り向くと、

「使えるぞ。後でパスワード教える。」

「はあ。後は特に。」

「よし。では解散。」

「?」

「もとい。この辺りを散策してきたらどうだ。畑を案内してもらおうか、どうだいシンタさん?」

信太は軽く頷くと立ち上がり、リビングを出て行く。龍也と紀野はその後を追った。


     *     *     *     *     *     *


三人が外に出ると、あまりの暑さに足元がふらつく程であった。

セミの鳴き声も近く、とても七月に入ったばかりとは思えない気候である。ただ長期予報では来週辺りからまた雨が多くなるらしい。

なだらかな砂利道の登り道を歩みながら、紀野は周囲の景色に故郷を重ねている。集落の両側はなだらかな山に囲まれており、それも人工林ではなく主に落葉樹で覆われている。見える範囲だとクヌギ、コナラ、エゴノキ、ミズキ、ハゼノキ、カラスザンショウなどか。

ふむ、悪くない。

夏の深緑、秋の紅葉、春の新緑が大いに満喫できるであろう。そしてどれ程の山の幸が期待できるだろう。どれ程のキノコ達…

自然に顔が綻ぶ紀野はスタスタとやけに姿勢良く歩く二人に遅れを取り、慌てて小走りで跡を追う。

「へえ。いい所じゃん、シンタさんの故郷。」

「だろ。」

「ここで、このオッサンが育ったのか。」

「テメエだってオッサンだろうが。」

「まあね。互いに年取ったね。」

「だな。」

やがて砂利道の前方が開けてくる。暫くして龍也と紀野が見たものは…

意外に広大な畑、そして稲がたわわに実った田圃、そして。

畑仕事に没頭している、老夫婦、百葉、華花。そして、田圃の周りを駆け回っている羊と真っ黒な小さな女の子と高校生ぐらいの女子。

その余りの伝統的かつ牧歌的な田園風景に龍也は思わず立ち止まり目を見張る。紀野は遠い昔を思い出し顔を綻ばす。信太は百葉の屁っ放り腰に顔を顰め、華花の手際良さに目を細める。


「あああ、クマだ! クマが出たぞおー!」

「ようさんあれはクマでなくシンタですよ。よくはたらくつかえる男ですよ。」

「おーい、シンター、マムシ捕まえたからマムシ酒作ろーぜー!」

大中小の美少女達が信太に群がる姿を紀野は呆然と眺めている。やがて彼女達は龍也に目を止め、

「誰?」

「だれですかこのきむずかしげなだんなさんは?」

羊は意気揚々に、

「私の父の、千葉龍也です。今年の五月で三十三歳になりました。あそこにいる竹岡百葉さんをこよなく愛しているのですが根性なしなので未だ告れm―― いってーなーー、クソオヤジ! いきなり何すんd――― きゃあー、助けてえーー、ちかーん、へんたいーー」

マムシを左手に絡めた大女子と左手に見たことのない道具を持った小女子が大爆笑している。

信太が厳つい顔を更に強張らせながら、

「この、大きい方が磯部京。小さい方が鳥山明。」

龍也はコクリと頷いたのだが。

はあ? とりやまあきら? 紀野は思わず吹き出してしまった。そして、

「明ちゃん。ひょっとしてそれ、自分で発明したのかい?」

明は物凄いドヤ顔で、

「ええそうです。うみでひろったラジオをつかったやぶかよけですよ。」

「これがめっちゃ効くんだわー。おい明、いつアタシの分作ってくれんだよ?」

「しさく品をかれいにぶっこわしてくれたのはどこのどいつでしたっけ?」

「お、おお…」

妹と同い年頃だろうか。その余りの純粋な美しさに紀野はボーッとしてしまう。

「おっといけませんよ。この人にはフィアンセがいるのですからすきになってはつまりません。」

紀野は驚き、羊は興奮し

「えええーーーー、誰々? え… まさかのこのヒグマ…?」

京が躊躇いもなく羊の頭をパシっと叩く。そのスナップの効いた叩きに羊は予想外の衝撃を受け、畦道を転がり回ってしまう。

龍也は信太の耳元で、

「仕込んだだろ、相当?」

信太はニヤリと笑った。


「へえーー。京ちゃんのフィアンセ、遠洋漁業に出てるんだあー。凄いねー」

「ウチ、ビンボーだからな。少し稼いでもらわねーと。借金返さなきゃいけねーからなあ。」

羊はうっとりとした目で、

「遠洋漁業に行ってしまった愛する彼氏を健気に待つ乙女… ックーー、痺れるねえ、カッコいいねえ、いなせだねえ。」

「「「ところで。」」」

大中小の美少女達が口を揃える。

「そいつ誰? 怪しい探検家にしか見えねえんだが。」

「ああこの人がももっちの言っていたキノコくん、さんか。」

「キノコくんさん? いったいそれはどんな生きかたをしてきたのでしょうか。きになります。」

「何でも、ももっちの通っている東京大学の農学部の大学院生で、キノコの研究をしているそーだよ。その道では「山のキノコくん、海のさかなクン」という双璧の間柄らしいぜ。」

ふうん。それが京と明の反応だ。

この数年。紀野は無意識の内に東大生という肩書きを誇りにしてきた。何故なら誰もが、

「おおおお、東大生! 凄いですねえ!」

と言うリアクションを絶えずしてくれたから。

だが。目の前の少女達は…

「なあ、キノコって金になるのか?」

「どうでしょうねシンタがほそぼそとシイタケなんかはつくってますけどどうですかねえ。」

「やっぱ、アレか。頭いい奴ほど金儲けが下手くそって。」

「かのうせいはひていできませんね。この男もいい年をしてキノコくんとか、ちゅう二びょうもひていできませんね。」

厨二病!? こ、コイツら、いい加減に!

「おーーい。こっちでスイカ食べるのー」

華花の叫び声が響くと、大中小はわあーーいと叫び返し、畑に走っていくのだった。


「それにしても、こんなに大勢で。嬉しいわあ。」

信太の母親である小畑初枝がしみじみと呟く。

「昔を思い出すわあ。子供達が大勢いて、みんなでそれぞれの仕事を手伝って。」

信太の祖母の小畑みつがほのぼのと呟く。

「これも海神さまの思し召しかのう、カッカッカ。」

祖父の照夫が豪快に笑う。海神?

「ああ。今、遠洋漁業に出ている京ちゃんの彼氏。去年の秋にね、フラッとこの集落にやってきて以来ここにいるの。」

「そうそう。奴が来て以来、この集落はいいことばかりでな。昔みたいに人で溢れるようになるといいのお、婆さん。」

百葉は三人の話を不思議そうに聞いている。そして、

「あの、本当に今晩、みんなでお邪魔しちゃってよろしいのですか?」

みつがニッコリと微笑みながら、

「大歓迎よ。準備して待っていたのよ。」

「そうですか。良かった。」

「それにしても、妹さんとそっくりねあなた。」

初枝は百葉と羊を見比べながら言うと、

「あの子とは血が繋がっていません。私は子供の頃に両親を交通事故で亡くし、施設で育ったのです。」

いつの間にか信太も話に耳を傾けている。そして龍也にアイコンタクトすると龍也は目で頷く。

「三年前、施設を退所した後、縁があって千葉家にお世話になりました。それ以来一緒に暮らしているんです。」

「それはそれは。」

「ふむ。ふむ。」

「あなた、頑張ったのね…」

「えへ。ですから、私実家とか田舎が無いんですよ、だから今ちょっと、田舎に帰るってこんな感じかなーって思っていて。」

三人は優しく微笑み、

「どうだい。ここは?」

百葉も満面の笑みで、

「サイコーです。私の故郷にしたい位です。」

その瞬間。信太の両眼から一筋の涙が流れ落ちた。

場が、凍り付いた。

龍也でさえ、口をポカンと開け、呆然としている。祖父母も母親もオロオロするばかりだ。大中小に至っては見てはいけないものを見てしまった恐怖感に硬直している。紀野も最上のシロマイタケを眺める表情だ。そして意外や意外、華花の目にもうっすらと光るものが。

やがて、明が、

「こうみどりにしてとりいよいよしろく 山あおくして花もえんとほっす」

すると、羊が、

「今春みすみすまた過ぐ いずれの日か是れ帰年ならん」

百葉はニッコリと笑い、

「杜甫の絶句ね。二人とも良くできました。」

羊と明のハイタッチに、場がホッと和むのである。


     *     *     *     *     *     *


三浦半島の先端近く、恵比須の集落は夜の帷に包まれている。暑かった日中と違い、涼しい海風が集落を吹き流し、昼間の茹だるような熱気はすっかり消え去っている。

月のない夜空に星が煌々と瞬いており、初めてこの地を訪れた若者達を清らかに見守っている。

この集落に存在する四家、すなわち小畑家、水田家、鳥山家、そして磯部家の面々が水田家の庭先に集い、若き旅人達をもてなす宴が開かれている。

信太が数日前に京と共に捕獲したイノシシを鍋にし、宴は最高潮に盛り上がっているー

「それにしても流石キノコくんさん。あっという間にこんなに美味しいキノコを取ってきちゃうんだから。」

この集落で田圃を耕している水田家の若女将、水田香が紀野を褒めそやす。

「確かに。まさかこんな身近にこれ程食べられるキノコが生えているなんて知らなかったな。」

若主人の水田洋一は感心しきりだ。

「似ているんですよ、俺の田舎に。」

洋一の勧める日本酒を啜りながら、真っ赤な顔で紀野が呟く。

「どお、この猪鍋は。美味しいかしら?」

紀野の横に張り付いている華花は無心で喰らい続けている。

「はひ とれもおひしいでふ。」

「そっか。でも日本語上手で助かったわー、えーと、ハナちゃん?」

華花は香をジッと見つめ、やがてニッコリと笑顔で、

「はひ はなれふ。」

そう言うと、猪肉を一口で包張ったものだ。

「不要嘴里含着东西说话。(口にものを入れたまま喋るな)」

はいよ

「未成年人不得饮酒(それと。未成年は酒飲むな)」

嘈杂うるせえ

「それよりさ。アレ、作ってくれよ…」

「什么?」

「麻婆豆腐。」

水田家の人々が一斉にこちらをむき、

「えー、作れるの? 本場の中華料理! うわ、食べたーい。」

いきなり注目を浴び、あたふたする華花ことハナである。


「…という訳で、彼には説明しておいたわ。あとは畑にWi-Fi環境を、ねえ。ルーターも届かないし、4Gも入らないのよねえ、どうしたもんかしら。いっそ光ファイバー引いちゃおうかしらねえ。」

この集落で鶏の飼育をしている鳥山琴音が頭を悩ませている。それを龍也と百葉は呆然と眺めている。

「それとも、指向性アンテナで無線LANかますのもアリよねえ。まあ、秋までに考えておくわ。工事代は全部そちら持ちでいいのよね?」

龍也はカクカク頷く。

「いっそのこと、5G引っ張ってきちゃおうかしら… ねえ貴方、総務省に知り合いいないかしら?」

「はあ、まあ、探しときます…」

「お願いね。それよりも貴方達、もっと沢山お上がりなさい、猪鍋。すっごく精力がつくのよ。」

龍也と百葉は凍り付く…

(百葉ちゃん、今この婆さん、何て?)

(…恐ろしいこと、言いましたよね…)

「これで来年の春には元気な子供が産まれるわ。うふふ。こんな狭い集落だけど、遠慮せずヤリまくりなさい。貴方はたっぷり奥に出すのよ。貴女は一滴も零さないようにね、うふふ。」

二人は即座に赤面し、

(…俺の聞き間違いなのか?)

(…夢だと信じたいです…)

御歳七十九の琴音婆さんに、すっかり翻弄される二人であった…


「…ところで、あの明ちゃんはお孫さんなんですよね?」

百葉が話を変えようと必死に問いかける。琴音は子供達で盛り上がっている辺りを細い目で眺め、

「あの子はね。私の出来損ないの末っ子の娘なの。この春から一緒に住んでいるわ。」

「水田宙さんの娘さん、ですか?」

実は龍也は鳥山家の四人の子女までは調べていたが、水田家のお荷物と言われている水田宙の娘の存在までは知らなかったのだ。

琴音は膨れっ面で、しかしながら目は笑いながら、

「宙はね、本当にダメな子だったわ。高卒で横浜に出てずっと水商売で身を立てて。それが六年前、フィリピンからきた女の子と突然結婚して。」

龍也は内心呆れ果てながら聴き続ける。

「半ば勘当状態だったのよ。それが、今年の冬、明の母親が病気になって。その手術、入院の間に一人でここにやって来たんだよ。それでさ、すっかりここが気に入って。以来ここに私と住んでいるの。」

「あの、明ちゃんって、とても賢いですよね。小学校とかで浮いたりしていません?」

百葉は三年前の事を思い出すー

谷中台小学校に進学した羊はあまりの授業の内容のレベルの低さにショックを受ける。当時も担任だった松戸教師がインド式九九などを勉強させるなど工夫をしてくれたが、それが逆に周囲の親の反感を買い、入学早々大変な時期を過ごしたものだった。

「いいえ全然。一クラス八人しかいないから、みんな好きな事をして過ごしてるみたいよ。」

マジで? 百葉は軽いショック状態に陥る。

「時には六年生の授業に混じって、ワイワイやってるわ。そうね、学校全体が一クラスみたいな感じかしら。」

なんと… 究極の英才教育が、こんな田舎に存在したとは…

「自然も豊かだから、学校で面白いものをいっぱい経験しているみたい。こないだなんか夏祭りで使う花火を自作してたわよ。」

何それ楽しそう!

「貴女は今、大学四年生って言ってたかしら?」

「はい。弁護士目指して勉強中なんです。」

「そう。とっても優秀なのね。ウチの末っ子に爪の垢を煎じずに飲ませたい位よ。」

ちょっと照れながら、

「上のお子さん達は?」

遥か遠くを眺める目付きで、

「一番上の子は貴女の先輩よ。今はボストン州立大の教授をしているわ。」

持っていたコップを取り落とす。な、なんですって… ボス大の…

「二番目は横国大を卒業した後、教師になったわ。今はロンドンの日本人学校の校長をしているの。」

唖然として龍也を見ると、まるで知っていたかのうように頷いている。

「三番目は。一橋大を出て金融機関を転々として。今はメルボルンで外資系ファンドの支店長をしているわ。」

よ、羊ちゃん… あなた、ここに住んだ方が…


そんな羊は、彼女の人生で初めて高性能な同世代(と言っても三つ下だが)と大いに盛り上がっている。

「そっか。アルカリ土類金属でも、ストロンチウムは手に入れられないよね… 天青石なんて日本には無いし。」

「日本でもしまねけんとかでとれるらしいですよ。でもそんなのめんどくせーのでつうはんでえん化ストロンチウムを入手しましたが。」

「なるほどー。で、綺麗な赤色は出たの?」

「…ただいまぜっさんくせん中なのです。それにしても明はれいしのそんざいはしりませんでしたよ。ホントにそんなスーパーなきんるいをシンタがさいばいできるでしょうか…」

「栽培自体はそれ程難しく無いみたい。手間がかかるんさ、かなーり。だから明っち、あのヒグマとハナちゃんを手伝ってやってね。」

「よろこんで! ああ、ひさしぶりにワクワクしてまいりましたあ。あの時いらいでしょうか、ここにきてはじめてトリカブトをはっけんし、イノシシをどくさつしたいらいです!」

「マジで! それチョー楽しそー。次やる時、絶対呼んで! そうだあ、シガテラ毒で試してみようよ!」

「いいですねえ、それはためしたことがありません。京ちゃんにたのんでウツボがとれたらどくをちゅう出しておきますよ。ヒッヒッヒっ」

「あとさあ、ヒプノトキシンも面白そーじゃん?」

「カツオノエボシですね。イッヒッヒっ」

空恐ろしいリトル魔女達の企みも知らず、その横で京は大いびきで寝ていたものである。


     *     *     *     *     *     *


翌日。曇天の朝から蒸し暑い日曜日。

予定では早々に龍也達は恵比須を離れ、中華街でランチをする予定だったのだが。

百葉が朝七時に目覚めると、羊の布団は空であった。リビングに寝ぼけ眼で顔を出すと、

「おはよう。羊は京ちゃん、明ちゃん達と海に出かけたよ。今日一日ここで過ごしたいってさ。」

龍也がコーヒーを啜りながら教えてくれる。

「おはようございます。朝から田舎満喫、ですね。シンタさん、昨夜の猪鍋、ビックリするほど美味しかったですよ。また食べたいなー」

信太はニコリともせず、

「いつでも、来ればいい。」

「有難うございます。ああそうだ、昨日京ちゃんたちに聞いたんですけど、シンタさんもフィアンセがいらっしゃるんですってね?」

含んでいたコーヒーを吹き出した信太は、あからさまに動揺し始める。

「それは… アレだ… まだ正式なアレではなく… そうだっ 丁度よし。おい貴様!」

急に睨みつけられ、ヒッと叫んでしまう百葉に、

「お前ら女子大生が好む… アク、アクセ、アクセサ… アクセク…」

「ア、アクセサリー、ですか?」

「うむ。それだ。」

「はあ。」

「答えよ。」

「ヒッ」

「何だ?」

「え、ええと…」

「正直に!」

「ひいい… えっと、えっと、指輪とか?」

ゆびわ… まるで戦場で残弾がゼロとなったかの如く絶望した顔で信太が唸る。

「それは… 絶対不可欠、なのか?」

「えっと… もらったら、嬉しい、デス…」

おっと。思わぬ人物がその言葉に反応する。指輪、か。龍也はそっと脳にインプットする。左手の薬指のサイズは五号、いや七号? どちらだ? よし明日にでも船橋絵梨花に調べさせよう。

「むむむ… 実はだ、竹岡。」

「はいっ」

「来月の盆休みに、帰ってくるのだ。」

「フィ、フィアンセさんが、ですか?」

既に全身がトマトのように真っ赤な信太が深く頷く。

「作戦を、示唆してもらいたい…」

百葉はゴクリと唾を飲み込む。もし失敗したなら、自分と龍也の命はないだろう。それは大袈裟としても、これ程純情な中年男性が花の現役女子大生、それも天下の慶應義塾大学へ通う女子大生に贈り物をして大失敗したのなら…

「わ、分かりました。ま、まずはサイズです! サイズを間違ったら元も子もないです!」

サイズだと… 信太は目の前がブラックアウトしていくのを感じる。その横で龍也も明日の船橋への指示は命令に変更することを決心する。それもカク秘、いや極秘命令だ。

「どう…したら…いい のだ…」

龍也はコーヒーを啜るフリをしてゴクリと唾を飲み込む。この人にそんなミッションは不可能だ。インパール作戦の方がまだ可能性は高い。

「え。簡単じゃん。お母さんに聞けば良いかと。」

「「成る程!」」

龍也と信太が同時に吼えたので百葉は腰を抜かしそうになる。

龍也は明日のミッションをキャンセルし、いかに羊から聞き出すかその策を練り始めた。


「ただいまあー」

小畑初枝の声だ。朝から畑に行っていた小畑老夫婦、初枝、そしてハナが帰ってくる。

「いやあ、ハナちゃんいいわ。アンタなんかよりよっぽど要領いいし、よく野菜のこと分かってる。この子は掘り出しモノねえ。」

「そなこと ないですよお、ハツさん。あ、みなさんおはよです。あれ、キノコは?」

うわ… 菌類扱いされている… 百葉が苦笑いすると、奥の客間から紀野が眠そうに起き出してくる。

「おい キノコ。もと朝早く起きるためよ。该死的白痴!(この馬鹿野郎が!)」

小さく吹き出した龍也をハナは目の端で捉える。そして紀野に、

「今日から忙しい。働く。ちゃんと。」

老夫婦が大笑いする。初枝は朝食の支度にかかる。


それにしても。

あの伝説の男達が目の前にいることが信じられない。

十一年前の魚釣島で起きた魚釣事変で我が国の民兵を残らず掃討した日本の特殊部隊。

その小隊長の鬼熊と隊員鬼龍。

日本防衛大学卒ながら空挺部隊に所属。卓越した対人戦闘術と戦闘指揮で三十六名の我が国民兵を全滅させた部隊長。

その三十六名中実に十四名を殺害、我が国の特殊部隊の間で『鬼』と恐れられた鬼龍こと千葉龍也。そして何よりも…

私の憧れだったあの人、伝説の美し過ぎる暗殺機械、王神美の落とし子を娘として育てているこの事実を、私は未だに受け入れかねている。

いや、そんな事よりも。

あの女が余りにも神美姉様にそっくりで… 御徒町飯店で初めて見た時は、思わず尿漏れしてしまった程である。

分からない、どうして姉様そっくりな女が、鬼龍の元に?

支部長殿も頭を抱えていらっしゃった、あれはどう見たって神美に違いないって。

まあ良い。いつか事実が見つかる事だろう。

はああーーー

それにしても… 憂鬱だ。

キノコ野郎の相手をするのが、心底憂鬱だ。

どうしてこんなクズ野郎の身辺保護をしなければならないのだ。こんな事の為に私は厳しい訓練、恐ろしい実戦の経験を積んできたのではない。

コイツの面倒を見るくらいならば、昨年の北朝鮮軍幹部の暗殺の方が楽勝だ。

下手くそな中国語を上から目線で吐きやがって。無学の農民の娘と見下しやがって。

いつか我慢しきれずに切り刻んでしまいそうだ。もしそうなったら、私も支部長に切り刻まれるだろうが…

九月には東京に戻ると言う、それまでの辛抱だ。

ああ、憂鬱だ。気が重い…


ああ、久しぶりに良く寝たな。こんなに熟睡できたのはいつ以来だろう。今年に入って初かもしれない。信太さんのイビキは煩かったけど、そんなに気にならなかったし。

田舎は、いい。生き返った気分だ。山の空気を吸うと全身に力が湧いてくる気分だ。海の空気も全身が癒されるのを感じる。この地は山そして海の非常にバランスの取れた土地柄と言えよう。俺の実家は山奥だったから、海はとても新鮮だ。実に言い。

この地の人々も、悪くない。いや寧ろ都会の人々よりも遥かに良い。変な下心もないし欲望も感じられない。研究でのしあがってやろうという研究室に渦巻く欲にヘキヘキとしていた俺は、久しぶりに心穏やかな日を過ごした感を否めない。

ああ。体が軽い。朝から空腹で仕方がない。

まるで高校生までの生活に戻った気分だ。あの頃は良かった。毎日自然と触れ合い、信頼できる家族や仲間と接し合い。

今は横山以外の人間は誰一人信用できない。研究室の教授さえ、いつ俺の成果を学会に持ち出されてしまうか、気が気でない。

九月までの約二ヶ月間。実に悪くない。大した報酬も貰えることだし。

ハアーーー。

コイツさえいなければ。

今もベニテングダケを見るような視線で俺を睨みつける、この女。

下手くそな日本語でやたらにベラベラ喋るわ、聞き取りづらい北京語でギャーギャー騒ぐわ。まあ妹ほど美少女でなく竹岡さんほど神々しくないから、一緒にいて楽と言えば楽ではあるが。

それでも始終キョロキョロし、あれは何だこれは何だと喧しいのには閉口する。

まあまだ十六、七で中国の田舎から出てきたのだから、仕方ないか。精々お給料分は面倒見てやらなくてはならない。

農作業はそこそこ使えそうだし、仕事中は熱心で真面目なのは良い。

欲を言えば、この変な髪型を何とかして欲しいな。キノコに対する侮辱としか思えない。あとこの変な黒縁メガネもいただけない。今風のお洒落なメガネに替えたなら、一抹の期待も無くはない。まあ、どうでも良いことだが…


結局、この日羊は丸一日、京や明と共に海よ山よと遊び倒し、夕方には疲れ果てて京の家で昼寝を貪っていた。

龍也、信太、紀野は恵比須漁協で使わなくなった冷蔵庫を引き取り、ホームセンターで必要な機器類を購入し、信太の自宅裏に即席の保温庫を設置出来た。明日にでも紀野は作業を開始すると言う。

百葉は小畑の畑仕事をハナと共に手伝ったのだが、何せ日頃の運動不足が祟り、夕方前には熱中症でダウンしてしまった。

三人が恵比須の地を離れたのは早目の夕食を頂いた後。

遊び疲れ満腹となり後部座席でいびきをかいて爆睡している羊を柔らかい笑顔で眺めつつ、

「私、本当に恵比須が自分の田舎のような気がしています。」

龍也は軽い欠伸をして、

「俺も、ああいう田舎は無かったから。結構、良いもんだな。」

「ウフっ」

「?」

「シンタさんと千葉さん。本当の兄弟みたいでしたよ。」

「…ははは。」

「…また、行けます、よね?」

「うん。行こう。」

「はいっ」

車はやがて横浜横須賀道路に入る。幸い日曜日の渋滞もそれほどひどくなさそうだ。

「と…うさ…ん 喉…かわ…いた…」

後ろから寝ぼけながら羊が呻くので、龍也は横須賀P Aに入り飲み物を買うことにする。

「百葉ちゃんも来るかい?」

「はい。あ、でも羊ちゃん一人きり…」

「ど…うぞ、おか…マイな…く… ぐうーーーー。」

「羊、鍵閉めておくからな。暴れると防犯装置作動するからな。」

「ぐうーーーーーー。」

龍也と百葉はクスッと笑いながら車を降り、キーをロックする。

自販機で飲み物を買い、車に戻る途中、百葉が段差でつまずき倒れそうになる。咄嗟に腕を差し出し百葉を抱き締める形となり…

「す、すみ…ません…」

「いや。大丈…夫?」

「はい。大…丈夫で…す。」

「あぶ…ないか…ら、暗い…から…」

「…は…い…」

「手を…つな…い…で…いいか…な… はあはあはあー」

「はあーはあーはあー よ、よろ、し、いか、と…」

ブルブルと震える左手を差し出す龍也。

プルプルと小刻みに揺れる右手を差し出す百葉。


二時間前。

「おい羊。」

「なーに?」

「その、あの、えーと、」

「……」

「百葉、ちゃんの、薬指の、サイズ、知ってるか?」

心で渾身のガッツポーズをする羊であったが、心の中のリトルシープが囁く。簡単に教えていいの? そんなんで良いの? 羊は意地悪な笑顔で首を振り、

「知らない。手でも握って実測すれば。」

絶望のどん底に突き落とされる龍也を眺めながら、父さん、獅子は我が父を千尋の谷に落とすの。頑張って。そう呟くリトルシープちゃんであった。


「よしよしよし、そうだ、そのまま、いけーー、おおおお! よっしゃあーーー! 合体―――! きゃはははーーー ウッシャアーーーーーー」

ブーーー ブーーー ブーーー ブーーー

歓喜する羊の耳及びサービスエリア全体に、無情な警報音が鳴り響いたものだった。


     *     *     *     *     *     *


翌日、月曜日。

百葉は大学の授業を終えてから上野のしまだ法律事務所に出勤する。

「そう。万事上手くいったのね。ご苦労様。」

「あとは、紀野さんとハナちゃん… 林さんが上手くやっていければ良いのですが。」

「竹岡さん。ちょっと出掛けるわよ。」

「はあ?」

真琴は百葉を連れ出して、昭和通りの裏手にある喫茶店に入って行った。

ブレンドを二つ注文し、

「さ。話して頂戴。話が大分大事になっているようだけれど。」

百葉はコクリと頷き、

「私がお世話になっている千葉さんが、防衛省に勤務する自衛官だとはお話ししましたよね。」

真琴は百葉の目から視線を外さずに軽く頷く。その鋭い視線は、嘘やまやかしを決して見逃さないという意志を感じさせるものだ。

「今回、キノコ農家を紹介してくれたのが、千葉さんです。その方は千葉さんの昔の上司で、今は引退して実家の農家を継いでいらっしゃいます。」

「そこまでは聞いているわ。問題は。何故、防衛省が資金援助することになったのかと言うことよ。栽培に必要な機器、紀野くんの人件費までも。ウチとしては大いに助かってはいますが。」

「私も詳しくは知らされていません。ただ金芝の存在自体が、いわゆる国家機密に相当するそうです。」

「国家機密って…」

ブレンドが運ばれ、真琴はそれを一口含み、ゆっくりと飲み下す。

「実は午前中に田村さんから連絡があって。今後は全部こちらでやることになったから、と言われたの。紹介料と手数料合わせて二百万円振り込んでくれるそうよ。」

「そうなんですか!」

「正直、ウチは殆ど何もしていないから、とてもラッキーだと思うわ。」

「そうですね。」

「貴女の初仕事にしては上出来な儲けよ。」

「えへへ。」

真琴は大きな溜め息をつき、

「でも。釈然としないわね。鳶に油揚げを攫われた気分なの。腑に落ちないの。」

「はあ。」

「田村さんの口調からするとね、一切手を引け、と言う感じ。過分な代金は頂いたけれど、納得いかないのよねえ。」

「ですか。」

「貴女は何とも思わないの? 自分の案件を国家に掬われて。」

「私は特に… 全て千葉さんに任せていますので。」

「千葉、龍也。か…。貴女に聞いても埒があかないわ。ねえ、一度千葉さんとお話し出来ないかしら?」

「はあ… 分かりました、聞いてみますね。」

百葉はスマホを取り出し、その旨をメッセージする。程なく返信があり、此方としてもきちんと説明したい、との事だった。

「分かりました。今夜は如何かしら? 場所はー私の実家の居酒屋で。」

それは大いに興味深い! 百葉は急ぎその旨を伝言すると、十八時以降ならば可能との事。

「では、十八時に。店の場所は今貴女に送ります。」

エアドロップで受け取った店舗情報を龍也に転送すると、承知した、との事。

「国家機密に立ち向かうわよ! 死中求活かつ祖逖之誓ですからね竹岡さん!」

なんか変な方にスイッチの入ってしまった真琴を唖然と眺めながらも、尊敬する所長の生まれ育った実家に行けること、そして密かに敬慕する所長の母親に会うのが楽しみになってきた百葉であった。


「でも、所長のお母様は本当に素晴らしい方ですよね。女手一つで所長を育て上げ、都立日々矢、東大法学部、そして弁護士。きっと優しくて強くて賢い方なんでしょうね。」

百葉の問いかけも、変なスイッチの入った真琴はスマホで何か検索中で返事がない。百葉はフッと笑いながらコーヒーを口にする。

いいなぁ、お母さん。

もう十七年経つのか、お母さんが死んじゃって。

今でもお母さんの声と匂いとその笑顔が放った輝きだけは覚えているよ。お母さんが天国に行っちゃってからも、不安な時はその声を思い出し、落ち込んだ時にはその匂いを思い出し、辛く苦しい時にはその輝きを思い浮かべているんだよ。

ずっとそれでやってきて、百葉は大学四年生になったんだよ。来年からはこの先生と一緒に弁護士活動をするんだよ。

ああ、見せたかったな、東大の入学式。秋の司法試験合格の通知。そして、来春の東大の卒業証書。

それと…

この右手の温もり。

昨夜、大切な人からもらったんだよ。握ってもらったんだよ。

私、ちょっと震えちゃった、だって私が愛する男の人の手の温もりだよ!

お母さんに会って欲しかったな。龍也さんに会って欲しかったよ。

きっと喜んでくれたよね、こんなに大きくて強くて優しい人を

愛せて良かったね、って。

お父さんは… 微妙だね。ちょっと拗ねちゃうかもね、でもきっと、

優しいお母さんがそっと嗜めてくれるはず。

百葉の愛した男性ですから、間違い無いですよって。

会いたいよ、お母さん。そしてギュッと抱きしめて欲しいよ。

よく頑張ったねって、言って欲しいよ。

これからは幸せになるんですよ、って言って欲しいよ…


真琴の調べ物はひと段落し、冷めたコーヒーを啜る。ふと目の前の百葉を眺めると、微笑みながら一筋の涙をこぼしつつ転寝をしている。

その姿にフッと笑いながら。

「私の母が優しく強く賢いですって?」

コーヒーを飲み干すと伝票の上に自分の分の小銭を置き、真琴はそっと席を立った。


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