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「雨の中の出会い2」

 ヴェラは二階で休んでいる。魔法使いの女、いや、魔女プルレは食事の支度に取り掛かっていた。

 アルフは外と通じている扉のある居間で、武器の鉄球とそれを繋ぐとても長く常人では重い鎖を丁寧に調べて手入れしていた。油を塗り、鎖同士の摩擦を和らげるのが主な作業である。損傷していた場合は、素直に鍛冶屋へ出すしか無かった。ただ重く大きな単純な武器のため、この仕事ができない鍛冶屋はまずいなかった。

「パンは保存食ので我慢してね。後は豆のスープと、お酒はどうする?」

「酒は遠慮しよう」

 まだまだ未知なる相手にアルフは気を許したわけでは無い。それでもヴェラの部屋から離れてこの女に導かれるまま食事を待つとは、俺は一体どうしてしまったのだ。

 アルフは夕食を断ろうとした。が、立ち上がり掛けた時、同じ服装のままのプルレが現れ、アルフは座り直していた。

 パンは確かに保存用のだが、手作りらしい。豆のスープは濃い緑色に濁っていた。

「さぁ、召し上がれ」

 プルレが頬杖をついて対座し微笑んだ。その瞬間、アルフの胸にドキリとしたものが走った。何て美しいのだろう。

「ヴェラのことが忘れられない?」

 プルレは相変わらず、眩しい笑みを浮かべてアルフを見詰めている。魔女の衣装の下でこんもり存在を主張する胸を見た。触りたい。いや、揉みたい、揉みくちゃにしたいとアルフは思った。プルレが魅惑的な笑顔で微笑んでいる。

 ヴェラ。その瞬間、アルフの脳裏を凄まじい怒りが走った。アルフはテーブルを蹴って立ち上がり、足元の鉄球を手にした。

「そっかぁ、ヴェラのこと、そこまで愛していたんだね」

 プルレは立ち上がり、腰から素早く短い杖を引き抜いた。

 杖に刻まれたルーン文字が輝いた瞬間、テーブルは凍り付き、雪が家中に吹き荒れた。

 アルフは寒さを感じたが、そんなことを気にしている場合ではない。目の前の女は敵だ。俺を魅惑の魔術で篭絡しようとした。

 アルフは鉄球を眼前で横に回転させた。吹き付ける冷風が鎖の盾に弾き返され、猛烈な寒波がプルレに向かう。

 プルレはあっという間に霜だらけになった。そしてすぐに部屋の蝋燭という蝋燭が一気に消えた。

「反射の魔法なんて高度な魔法もあるけど、こういう返し方もあるのね。さすがはアルフ」

 アルフはプルレの言葉を無視して勘を頼りに階段を駆け上った。雪をザクザク踏み締める音だけが木霊する。

「ヴェラ!」

 扉を開けると、ヴェラと思われる影があった。

「アルフ? 何があったの?」

 ヴェラがゆっくり腰を起こした。

「王妃ヴェラ! アルフに惚れたのはあなただけじゃないってことよ!」

 必死な声が背後から轟いた。

 アルフは素早く振り返り、鉄球を一直線に放った。例えるなら瓶が割れるような音がした。鉄球はプルレの前の何か壁のようなものに阻まれた。

「アルフ、あなたのことは戦場で見かけたわ。私、その時にあなたが好きになったのよ! たった一人で城門に赴く姿、勇敢すぎて、世の中の男には、あれだけ肝の座った男はいないって確信したわ。私、あなたが欲しいの! お願い、ヴェラ、アルフを譲って!」

 プルレの影は半ば懇願していた。自分を好いている。厄介なことになった。と、アルフは思った。戦う理由をどうにかして探し出す。その間にヴェラが言った。

「魔法使い。よく聴いて。私の今の唯一の持ち物はアルフだけ。彼だけが居れば良いと思っている」

「それは」

「そう、あなたにアルフは渡せない」

「一晩の子種だけでも?」

 その問いにヴェラはかぶりを振った。

「ああああああっ!」

 プルレが苦悶の叫び声を上げた。そして杖に炎が宿り、プルレの悲しみで気が狂った顔が映し出された。プルレは首を振り回し、ひとしきり叫んだ後、声高に言った。

「どうしてそんな役立たずな女になんか! アルフ! 私の裸を見ればきっと、私が好きになるわ! 今から、私、服を脱ぐ!」

「いい加減にしろ!」

 アルフは声を上げた。プルレは身をすくませ、目を瞬かせながら、涙を流しこちらを凝視していた。

「君が俺に惚れてくれたのは嬉しい。だが、俺が好きなのはヴェラだけだ。君が本当に俺に恋をしているなら、もう一度、戦場へ行け! 俺が物怖じしないのはこの厚い鎧のおかげだ。俺は君が思っているより、肝が座っているわけじゃない。この鎧を着れなければ、君の勘違いしている勇敢な姿とやらも見せられなかった。プルレ、好きになってくれてありがとう。だけど、世の男はまだまだ捨てたものではない。それに何も男の価値を判断するのは、勇気や強さや、肝の太さだけじゃない。それは女性にも言えることだ」

「で、でも、私本当にあなたことが」

 そう縋りつくように言うプルレの前でアルフは鎖と鉄球を担ぎ、ヴェラを胸に抱き上げた。

「こんなところに身を隠しているから人恋しくなるんだ、もっともっと外へ出て見てくるんだ。世の人間達も性悪はいるが、そんなの一部だけだ。みんな、逞しくこの戦乱の時代を生き抜いている。自分の目と耳でよく見て来い」

 すると、ヴェラがアルフの手から下りた。

 そしてゆっくりとプルレに近付き抱き締めた。

「ごめんなさい、アルフは渡せないわ。少しの間だったけれど温もりをありがとう」

 そしてプルレから離れ、廊下へ出る。プルレは膝を付いて泣き崩れていた。

 アルフもその隣を通り、二人は魔女の悲恋の声を背にしつつ、霜で満たされた館を後にしたのであった。

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