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再戦

 アルフの予想通り、騎兵が追いついて来たが、それはたったの一騎だけであり、その人物を見てアルフは驚いた。

「破壊の傭兵に再戦を申し込む!」

 やって来たのは既にこの世の人でなくなったと思われていた人物、マクリード伯爵であった。

「生きておいでだったのですね」

 ヴェラが静かに言うとマクリード伯爵は馬から下り、ヴェラに一礼した。

「王命により、あなたを助けに参上しました」

「たった一騎でですか?」

 ヴェラは言葉ほど驚きも感心もしていないように見えた。

「はっ、供は連れておりません。兵を伏せていたりもしません。ヴェラ様が私の言葉を信じて下さるかはわかりませんが、このマクリード、正々堂々、破壊の傭兵と勝負致したく存じます!」

 マクリードが宣言するが、アルフとしてもヴェラを取り戻そうという輩が相手ならば叩き潰すまでだった。無言で背嚢を落とし、鎖を掴んで鉄球を頭上で旋回させた。

「王妃様、破壊の傭兵は我が挑戦を受けたようです。一騎討ちの見届け人をお願い致します」

 ヴェラが答える前にマクリードはちょび髭を右手で扱くと、腰の柄に手をやった。そしてそのままゆっくり距離を縮め始めた。

 以前のマクリードでは無いな。未知なる自信に溢れている。元々武芸の人間で伸し上がりアルフは彼のことが嫌いでは無かった。マクリードとは、常に先陣を切って戦に望む男であった。そして、この高潔ぶりにアルフは胸を打たれていた。彼のような友が居てくれれば心強かった。

 マクリードが踏み込んだ。

 アルフは鉄球を眼前に放った。迫る鉄の玉をマクリードは何と以前とは違い剣で打ち返した。

 剣は折れず、そのまま距離を詰める。

「貰ったぞ、破壊の傭兵!」

 マクリードが目の前で剣を放った。アルフは血の気の引く思いで鎖を広げどうにか受け止めた。マクリードの顔が迫る。

 アルフは小さく身をよじり、肘鉄を敵の顔面に打ち当てた。そして蹴飛ばす。マクリードは追撃の鉄球を転がって避けて立ち上がると、剣を向けて言った。

「ゼロ距離ならばと思ったが、侮った!」

 マクリードの自信は新たに手に入れた頑健な剣からきているようだ。アルフは鉄球を頭上で再び回し始めた。アルフの間合いだが、マクリードは予想よりも早い動きをしている。以前とは違い、甲冑を身に着けている。その下には鎖帷子をも着ているだろう。なのに速い。しかし、気になることがあり、アルフは尋ねた。

「何故、生きている?」

 マクリードは頷いた。

「運が良かったからだ。私は確かにお前によって身体の内部を破壊され死の直前だった。しかし、敬虔な戦神教徒である私に戦神様は使いを寄越された」

 あの神官か。逃避行の途中でヴェラの靴擦れを治療した男の姿が脳裏を過ぎる。

「私は瀕死の床から蘇ったのだ。破壊の傭兵、貴様を倒すために!」

 マクリードが吼える。アルフは警戒しながら頭上で鉄球を回していた。

「貴様にこれが見えるか!? 喰らえ!」

 マクリードが駆けるが、アルフは一瞬見間違えた。影だ。あまりにも速い突撃にマクリードの影が残っている。マクリードは再び眼前にいた。

「終わりだあっ!」

 マクリードの頑健な切っ先がアルフの顔面に向かって来る。アルフは鎖一本で受け止めた。鎖の大きな一つの輪がマクリードの力でたわみ、切っ先が正にアルフの鼻先に迫っていた。

 マクリードが尚も押してくる。アルフは鎖をどうにか伸ばし、張った。そして次の瞬間、アルフは両手で鎖を伸ばし、マクリードの剣に直接巻き付けた。

「何だと!?」

 マクリードが驚愕の声を上げるが、遅い。アルフは鎖を引っ張り、マクリードの剣を奪った。

 アルフはマクリードの鼻面を拳で殴りつけた。

「ぐおっ!?」

 アルフの剛力を受け、マクリードをよろめいた。

 よろめくだけとは大したタフさだ。アルフは足払いを掛けてマクリードを転ばせた。

 剣を奪われた時点でマクリードは勝機を見失っていた。ここまで虚ろに一方的に倒される様を見てアルフはそう思った。

 アルフは頭上から鉄球をマクリードの見上げる血だらけの顔面に振り下ろそうとした。

「アルフ、止めて!」

 ヴェラの厳しい声が飛び、アルフは思わず手を止めた。

 こいつは害悪になる存在だ。アルフは横目でヴェラに訴えると、察したように彼女は頷き、こちらに歩み寄って来た。

「せっかく助かった命を無駄にするものではありません。マクリード卿、素直に勝敗を認めますね?」

 ヴェラの声は厳しくも穏やかだった。マクリードは立つことすら反抗的な態度と思ったのか、倒れたまま鼻からの血で汚れた顔を頷かせた。

「破壊の傭兵、貴様の勝ちだ。距離と剣だけでは貴様には勝てぬようだ。私の全力が敗れた」

 マクリードは目を閉じてそう言った。

「破壊の傭兵。いや、鉄球アルフよ、私も共に連れて行ってくれ」

 思わぬ言葉にアルフは口を開きかけていた。だが、無言で手を差し出し、目を開いたマクリードはその手を取った。

「お前と共に居れば更なる武に磨きが掛かるだろう」

「家族はどうする?」

 アルフが問うとマクリードは笑った。

「幸い、とも言うべきか、私には家族はいない。だが、王都へ戻り、使用人達に給金と暇を与えなければなるまい。それが主人の務めだ」

 マクリードの言葉にヴェラが頷いていた。

 完全に立ち上がったマクリードは力強い笑みを浮かべた。もはや敵意は無い。もともとマクリードは正直な男だ。アルフはそう判断し、気を緩めた。

「せっかく得た爵位を不意にするが良いのか?」

 アルフが問うとマクリードは頷いた。

「政務よりも、一戦士で居たい。爵位が欲しければ、貴殿と共に他国で伸し上がれば良いだけのこと」

 その言葉にアルフは頷いた。握手が解かれ、ヴェラがマクリードに剣を渡した。

「ヴェラ様、かたじけない。このマクリード、先ほど申しました通り責任を果たすため王都へ戻ります。いずれ、またお目に掛かりましょう」

 マクリードはこちらを見た。

「それまでヴェラ様を頼むぞ、アルフ」

 アルフは頷いた。マクリードはニコリと笑うと剣を鞘に収め、背を向けた。そして馬に跨り、こちらに向かって敬礼すると、元来た道を引き返して行ったのであった。

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